第955話「君は唯一人」
BRS氏の自己ベスト更新もあり、歓喜に沸くなかで俺たちの出番がやってくる。たっぷりと時間をかけて落ちてきたヴァーリテインはレティがサクッとソロ討伐して、リポップしてきた新しい個体と戦うこととなる。
「あわわわ……。め、迷惑かけちゃいますよ? 責任取れませんからね?」
「そんなに気負わなくていいいんだぞ。ただの遊びなんだから」
ハンマーを抱えて震えるLettyの緊張を解そうと笑いかけるが、あまり効果はなさそうだ。
エイミーは全裸になり、ラクトは矢筒の確認をしている。トーカはクナイを持ち、シフォンはタロットをインベントリにしまう。
「じゃ、レッジさん。頑張ってくださいね」
「ああ。マズくなったらレティも助けてくれよ」
「一応準備だけしときますよ」
唯一戦いに参加しないレティはセーフハウスの中から手を振っている。一応、舐めプしすぎて負けそうになった時は彼女に出てきてもらう手筈になっているのだが、あんまり想定していないような気がする。
彼女も俺たちのことを信頼してくれているのだろうと考えて、俺は戦いの方へ集中する。
「“鱗雲”を建てるのにちょっと時間かかるからな。エイミー、よろしく頼むぞ」
「任せて。久々にワクワクするわね」
全員の準備が整ったところで、俺たちは巣の中央にうずくまる“饑渇のヴァーリテイン”を見る。あらゆる学習もリセットされた、生まれたての竜だ。行動パターンも基本に忠実だから、Lettyでも苦労することはないだろう。
「じゃ、行くか」
エイミーたちが次々と自己バフを重ねていく。俺は軽く一歩踏み出し、傾斜のついた骨塚を駆け降りる。目指すのはヴァーリテインの20メートルほど手前。
俺たちの侵入に気付いたヴァーリテインが首を持ち上げる。無数の目が俺たちを睨みつける。
「千重咆哮ッ!」
「いいわねぇ。——『シャットアウト』!」
無数の竜顎から放たれる強烈な音圧。無数に重なり合うそれは、まともに喰らえば長時間の強制スタンは避けられない。特に聴覚の鋭いLettyへの影響は著しい。
だが、その波が俺たちに到達するよりも速く、インナー姿のエイミーが前に出る。彼女は徒手空拳のまま握りしめた拳を、前方の空中に向けて打ち付ける。
敵の咆哮系テクニックを相殺する〈格闘〉〈盾〉スキルの複合テクニック。彼女の拳は空気を打ち、生まれた波が竜の咆哮とぶつかりあい、無音となる。
「『野営地設置』」
その間に俺はテントの組み立てを始める。テントセットから飛び出した部品たちが次々と絡まり合い、ひとつの形を作っていく。
だが、咆哮を消された竜は怒りを露わにし、長い首をこちらに伸ばす。
「『|多数標的固定《マルチロックターゲット』『精密射撃』『矢継ぎ早』——『乱れ打ち』」
そこへ、無数の矢が降り注ぐ。ラクトが放ったベーシックアローが、的確にヴァーリテインの動きを予測し、その金に輝く目を貫く。いくら最弱の矢といえど、弱点に深く突き刺されば無視できない。
こちらへ迫る数十の首のうちのいくつかが痛みに悶えて脱落していく。
「とったったっ、てぃっ!」
黒い津波のようにこちらへ襲いかかってくる竜の群れに、シフォンが果敢に飛び込む。彼女は軽やかな身のこなしで竜の首の猛攻を避けながら、手のひらに小さな氷の短剣を生成する。
「『氷の短剣』、ていやっ!」
シフォンはそれを竜の顎下にある逆鱗へ突き刺す。急所を刺激された竜の首はもんどりうって、周囲の首と絡まり団子のようになって転がる。
「別に倒せなくても妨害してればいいんだもんね」
ラクトもシフォンも、ダメージで見れば微々たるものだ。しかし的確に相手の急所を突き、行動を阻害し、邪魔をし続けていた。
それでもまだ、テントの完成には間に合わない。一度組み上がれば堅固なテントも、組み立て中にダメージを受ければ非常に脆い。
だが、こちらには最強の盾がある。
「さて、腕が鈍ってないといいけど」
組み上がりつつあるテントの前に立ち、胸を張るエイミー。
竜の頭が彼女の元へ殺到する。
「『爪弾き』」
——パァンッ!
エイミーがなめらかに手を跳ね上げる。たったそれだけの動きで、彼女よりもはるかに大きな竜の首が捩じ切れ、あらぬ方向へ頭が吹き飛ぶ。
「『爪弾き』」
彼女は次々とそのテクニックを連発し、際限なく飛び込んでくる竜の首を吹き飛ばしていく。シュパパパパパパッと澄んだ烈音が連続し、黒い血飛沫が噴き上がる。
〈格闘〉〈受身〉〈盾〉スキルの複合テクニック。極短ディレイ、極小LP消費の連発を前提とした技だ。わずか数十分の一秒に過ぎないジャストガードのみにガード成功判定のあるピーキーな能力をしており、また武器を装備していない素手状態でなければ使えない。
いわゆる死に技と呼ばれる、使用者がほとんどいないテクニックだが、エイミーの眼と技量があれば、ものすごく強力なテクニックへと早変わりする。
「『爪弾き』」
彼女が手を振るだけで、竜の首が千切れるのだ。頭という急所を破壊され、さらに傷口から大量の血を吹き出し、ヴァーリテインの体力はゴリゴリと削れていく。
しかし、いくらLP消費が少ないとはいえ、連続で使っていくと回復が追いつかない。
「——よし、完成だ」
「間に合ってよかったわ」
そこで、テントの出番である。
“鱗雲”が完成し、円形範囲内にLP回復速度促進のバフが付与される。エイミーもその影響範囲内に入り、LPの消費が回復へ転じる。彼女自身が、完璧な盾となった瞬間だった。
「そろそろパターン変わるわね」
ヴァーリテインも馬鹿ではない。いつまで経っても自分の首が刎ねられ続けるのならば、その攻撃を止める。首の侵攻が止まり、竜が一斉に天を見上げる。
「広域咆哮来るぞ!」
その動きを見て、次の行動を予測する。
先ほどの千重咆哮をより広範囲に向けて放つ無差別攻撃だ。耳を塞がなければ、とてつもないダメージと強烈なスタンを喰らってしまう。
「その喉笛、斬りましょう」
竜が口を開けた瞬間、その喉元から血飛沫が噴き上がる。
目にも止まらぬ速さで駆け抜けたのは、小さなクナイを握ったトーカである。彼女は黒い髪を広げ、竜の血を浴びて額のツノを赤く染める。目を黒い布で覆い隠したまま、気配を探り飛び回る。竜の首は次々と小さなクナイによって切り落とされ、地に転がる。
「なんでクナイであんなにスパスパ切れるんだ?」
「〈切断〉スキルとの併用かしら?」
トーカの剣技に関しては本当に意味がわからない。クナイはそもそもそうやって使う物じゃない気がするのだが、彼女が振るえばまるで名刀のような切れ味を見せる。
エイミーも剣術は専門外なので、彼女がどんな絡繰であの威力を発揮しているのか分からないようだった。
「ところで、Letty」
「あわわ、あわわわ……」
ラクトもシフォンも攻撃を続けているし、ミカゲも地味に影に隠れながらチクチクと妨害をしている。そんな中、Lettyだけはテントの後ろに立ってぷるぷると震えていた。
「これはLettyとの親睦を深める意味もあるんだし、そう緊張しなくていいんだぞ」
「そ、そう言われましても……」
どうやら緊張に緊張が重なり、思い切って飛び出すこともできないらしい。彼女は〈白鹿庵〉そのものにも憧れてくれているようだし、そんなメンバーと一緒にボス戦をするとなると緊張するのもよく分かる。しかし、一緒にプレイしているからには彼女にも楽しんでもらいたいわけで。
「れ、レティさんなら獅子奮迅の活躍をしちゃうんですよ。でも、私はただのトレプレで……」
「いや、Lettyは本物だよ」
俺は彼女の手を取り、立ち上がらせる。
本物と言われた少女は驚き、そして慌てて否定する。
「そんな! 私は——」
「君はLettyだ。レティじゃなくて、Lettyだ」
トレースだろうと、パクリだろうと、関係はない。彼女がどれほどレティに憧れようと、レティにはなれない。そこにいるのは、レティに憧れるLettyという一人のプレイヤーだ。
「Letty。レティがやるように戦うのを一旦忘れてみたらいい。それで、Lettyがやりたい戦い方を見せてくれ」
俺たちはそれに合わせる。
あくまで、この舞台の主役はLettyだ。
「私の……」
Lettyがぽかんと口を開ける。
俺は彼女の背と膝に腕を回し、横抱きにして持ちあげる。
「あわわっ!? ちょ、な、何を——」
「エイミー! へい、パス!」
慌てるLettyを、そのままエイミーに投げる。エイミーも即座に意図を理解し、投げ込まれてきたLettyの腕を掴む。
「一回羽を伸ばしてみたらいいわ。そーれっ!」
「あわああああああああっ!?」
エイミーに両腕を掴まれたLettyは、そのままグルンと旋回し、スイングバイで惑星の引力から逃れる衛星のように吹っ飛んでいく。涙目で悲鳴をあげる彼女の先に待ち構えるのは、大口を開けたヴァーリテインである。
「あわ、あわわわっ! ——こっ、『甲羅割り』っ!」
絶体絶命の状態で、Lettyはついにハンマーを振り上げる。咄嗟に使ったのは、恐らく一番熟練度の高い技。“甲殻砕き”と相性の良い、蟹向けのテクニック。竜に対して効果絶大というわけではないが、その硬い額の鱗を破るには十分だ。
額から血を噴き出し、竜が吠える。
Lettyはわたわたと慌てながらも、はっと何かに気づく。そして、竜の首を蹴って、隣の頭へと飛び掛かった。
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Tips
◇『甲羅割り』
〈杖術〉スキルレベル50のテクニック。一点に重きを置いた強い打撃で、硬い甲羅を割る。硬い外骨格を持つ敵を想定して開発された。対象の攻撃部位が硬いほど威力が上がる。
“硬いものほど、脆いのさ”——クラブハンター・ミルコ
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