第953話「ハンデつき勝負」

 ラクトの突発的な思い付きによって、レティの代わりにLettyを入れた〈白鹿庵〉パーティが結成された。この急展開に一番驚いているのは他ならぬLettyであり、むしろ他の面々は乗り気である。

 彼女の実力や経験を鑑みて、ひとまずは〈奇龍の霧森〉のボスである“饑渇のヴァーリテイン”が妥当だという結論が出て、俺たちは別荘を出発する。


「あわわ、あわわわ……」

「もっと気楽にしてていいんだよ。肩の力抜いてさぁ」


 “甲殻砕き”という蟹狩りに特化したハンマーを抱えてプルプル震えるLettyに、ラクトが声を掛ける。だが、それすら逆効果になってしまうのか、Lettyはガチガチに緊張してしまっていた。


「絶対迷惑掛けますよぉ」

「大丈夫大丈夫。本物の方がよっぽどトラブルメーカーだし」

「なんでこっちに飛び火してるんですか!?」


 その後もLettyは何やら呟いていたが、既に話は既定路線に入ってしまっている。捕獲されたエイリアンのように両腕をラクトとエイミーにガッチリと掴まれ、否応なしに連行されていた。


「ていうか、皆さん全員バリテンソロできますよね?」


 流石に観念したのか、周囲の視線が痛かったのか、自分の足で歩きながらLettyが首を傾げる。

 “饑渇のヴァーリテイン”は第一開拓領域のボスだ。第二開拓領域でもバリバリ活躍しているラクトたちは当然、一人でも楽々ノーダメージ撃破が可能だ。それこそ、レティとエイミーの打撃属性組はバリテンチャレンジというあの巨大な龍をどれだけ高く打ち上げられるか、という趣味の悪い競技を楽しんでいる。

 つまり、Lettyは自分の出番などないのではないか、と言いたい訳だ。まあ、そんなのを許すような奴らではないが。


「それじゃあ、私は全裸素手で行こうかしら」

「全裸!?」


 笑ってとんでもないことを言うエイミーにLettyが耳をピンと立たせて驚く。

 全裸と言っても、まあ実際に全裸になるわけではない。装備類を全て外して、素のステータスだけで挑むと言うことだ。更に、彼女はトレードマークでもある拳盾も外すという。格闘家は素手でも戦えるから別にありなのだが、盾を持たない盾役というのも奇妙な話だ。

 Lettyが止めようとするが、エイミーは歩きながら装備を全て解除する。スキンを付けている場合は黒いインナーのような装備だけは外せないが、その状態が通称“全裸”である。


「なら、わたしも何か縛ろうかな。アーツとか」

「機術師がアーツ縛ってどうするんですか!?」


 ラクトが軽く宣言し、Lettyが悲鳴をあげる。


「一応、わたし〈弓術〉も持ってるんだよ?」


 背中の短弓を示しながら、ラクトは唇を尖らせる。

 彼女が弓を使っているのは、消費コストの重たいアーツだけでは、雑魚エネミーなどの小さな戦闘で牛刀を持って鶏を割くような事態になるからだ。あくまでサブウェポン的な立ち回りなので物理戦闘職に必須の〈戦闘技能〉スキルは持っていないし、ブルーブラッドも完全に術士向けの配分になっている。そのため、弓師として見るなら、彼女は中堅かそれ以下くらいの戦闘能力しかないだろう。


「ラクトは弓でバリテンソロしたことあるのか?」

「ふふん。ないしょ」


 気になって尋ねると、彼女はにやにやと笑ってはぐらかした。ソロでできるって言ったらLettyが油断するから、あえて隠したな……。


「使うのも“ベーシックアロー”だけにしようかな」

「ええええっ!?」


 ベーシックアローは粒子変換物質生成機というとんでもマシンによって無限に作られる最弱の矢だ。当然、その威力はお察しで、ラクトが普段使っている金属矢のようにアーツを乗せることもできない。

 機術師が機術を封印して最弱の矢だけで戦うとは、滅茶苦茶な舐めプレイである。


「トーカはどうするの?」

「ああ、もう全員何かしら縛る感じなんですね」


 ラクトが自然にトーカへ話を向ける。Lettyも諦めの瞳で、趨勢を見守ることにしたようだ。


「正直妖冥華がかなり強いんですよね。でも、これを縛ったら他の刀が……」


 トーカは縛りなど考えず暴れ回るつもりだったようで、困ったように眉を寄せる。Lettyが希望を見出して目をキラキラさせている。しかし、トーカは何か思いついた様子で、ひっそり気配を殺していた弟に目を向けた。


「ミカゲ、クナイって刀剣だったよね?」

「まあ、一応。……消耗品だけど」

「なら、それ貸しなさい。ひとつでいいから」


 姉に要求されては、弟が歯向かえるはずもない。ミカゲは素直に普段使っているクナイをひとつトーカに差し出した。

 クナイは投擲武器であり、忍具であり、刀剣でもあるという少々変わったアイテムだ。基本的には消耗品で、コストが低いかわりに使い捨てることが前提である。刀剣のなかで最もリーチの短い小刀よりも更に間合いが狭く、また〈投擲〉スキルや〈忍術〉スキルを持っていない場合は威力も低い。


「私はクナイだけで戦いましょう」

「あわわわわ……」


 しかし、トーカは何ら怖じける様子もなく、クナイを弄びながら言った。

 これもまた、ヴァーリテインが泣いていいくらいの舐めっぷりである。


「シフォンはどうします?」

「はえっ!? そ、そうだなぁ。タロット使うと、場合によっては瞬殺しちゃうし……」


 シフォンの口からこぼれた言葉に少し驚く。彼女も最前線でバリバリ活躍しているのだから当然バリテンソロも余裕なのだろうが、〈占術〉の運ゲー具合によっては〈白鹿庵〉でも随一の火力が出るらしい。知らず知らず急成長していた彼女に、嬉しいやら寂しいやら、複雑な叔父心である。


「タロットは完全封印で、武器を5GBまでにしようかな」

「5GBって爪楊枝しか出せないんじゃない?」

「案外なんとかなると思うよ」


 最近のシフォンは〈占術〉スキルがメインのように思えるが、実際は〈攻性機術〉によって瞬間的に生み出した使い捨ての武器によるトリッキーな戦いが真骨頂だ。今回はそちらに絞る一方で、アーツの出力自体を縛ってバランスを取るつもりらしい。

 ちなみに彼女たちが普段使っているアーツは最低でも30GBくらいはあるので、5GBは舐め腐っているとヴァーリテインに訴えられても仕方がないレベルである。


「ミカゲは直接攻撃禁止のサポート役でいいんじゃない?」

「自分で決める余地もないんだ……。別にいいけど」


 ミカゲの縛りはトーカが決めた。サブアタッカーが居なくなるというのもまあまあ面倒臭くなるが、彼はサポートとしても優秀だから、そんなにキツい制限というわけでもないだろう。


「こ、こんなので勝てるんですか……?」

「結構縛ったわねぇ。ここまでくると、Lettyの腕次第ね」

「あわわ」


 戦々恐々とするLettyにエイミーが追い討ちをかける。各人が色々と縛りまくったせいで、パーティとしての戦力は本来の1割あるかないかくらいだ。Lettyが再び緊張で顔を青くしているが、ラクトたちはむしろやる気に満ちている。


「Lettyもバリテンは倒してるんでしょ?」

「それはまあ……。でも、ツアーにくっ付いて行ってただけですよ」


 戦力に自信がないプレイヤーも複数人で集まってボスを倒すことで、次のフィールドへの通行権限を得ることができる。そういう集まりをツアーと言って、毎日どこかしらで開催されている。Lettyはバリテン討伐ツアーを利用して、他のプレイヤーたちと協力した上で〈ワダツミ〉への通行権限を手に入れたらしい。

 そのせいで、彼女は自分の実力に全く自信がない様子だ。


「あれ、そういえばレッジさんの縛りはどうするんですか?」


 自分だけパーティから外されて不満げだったレティが指摘する。そういえば、俺も一応バリテン戦に参加することになっていた。


「テントもドローンも種瓶も使ったら面白くないわねぇ」

「俺に何をしろって言うんだよ」


 エイミーの四肢をもぐような発言に肩を落とす。一応、槍とナイフで戦えないこともないが、俺は別にアタッカーでもないし。


「Lettyの希望は?」

「レッジさんに全力で戦ってもらいたいです」


 パーティの中心に立つ人物に尋ねると、強い言葉が返ってきた。


「ダメダメ。レッジが全力出したら〈ワダツミ〉まで壊れちゃうよ」

「やめときなさい。下手なこと言うと借金地獄に引き摺り込まれるわよ」

「俺をなんだと思ってるんだよ」


 即座に拒絶した仲間たちに思わず苦言を呈する。バリテン倒すくらいで〈ワダツミ〉が沈むわけがないだろうに。


「レッジさん、一歩も動かず戦ってみません?」

「えっ?」

「テントって元々、動かないものなんですよ。だったら、レッジさんも一回移動縛りで戦ってみたらいいんじゃないかと」

「えっ」


 レティが突然、おかしなことを言い始めた。俺が無理だと首を振るも、時既に遅し。ラクトたちまでそれに同調し、おもしろそうだと囃し立てる。


「じゃ、レッジさんは移動縛りで。あ、ドローンとか種瓶とかもなしですよ。テントもあんまり大きいのは使っちゃダメです。槍とナイフはいいですけどね」

「死んだら恨むからな……」

「死んでから言ってください」


 にっこりと笑うレティ。

 俺に拒否権などないのであった。


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Tips

◇クナイ

 刃の付いた小型の忍具。投げて攻撃に使う他、刀剣として扱うことも可能。忍術や投擲に習熟していない者にとっては、とても扱いにくい代物。反面、使いこなせば窮地を脱する便利な道具となるだろう。


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