第952話「間違いさがし」

 別荘に戻ると、既に他のメンバーが揃っていた。先に連絡を送っていたので、彼女たちもレティのトレースプレイヤーに興味深々といった様子でLettyを出迎える。


「いらっしゃい!」

「あら、本当にレティに……。結構レティに似てるわね」


 玄関のドアを開けると、ラクトとエイミーが現れる。二人はおどおどとしているLettyの姿を見て、その再現度の高さに驚きの声を上げた。


「エイミー、どこ見て言い直したんですか?」

「さ、どうぞどうぞ。カミルがお茶淹れてくれてるから」

「あわわ、あわわあふわ……」


 本物の〈白鹿庵〉メンバーを前にして言語機能を喪失してしまったLettyは、エイミーに手を引かれて中に入る。リビングにはトーカたちも揃っていて、カミルがお茶とお菓子を用意していた。


『来たわね馬鹿レッジ。ウェイドに農園荒らされて大変だったんだから』

「すまんすまん」


 カミルはお盆を抱えたままこちらをギロリと睨みつける。ウェイドに栽培している原始原生生物の情報を持ち込んだら、カミルしかいない時に強制家宅捜索が入ったのだ。その対応で随分と疲れてしまったらしい。


「こんにちは。貴女がLettyさんですね」

「ほわっ!? ととと、トーカさん!」

「はえええ……。すっごいそっくりだね」

「シフォンさん!」


 俺がカミルから説教を受けている間にも、Lettyは仲間たちと挨拶を交わしている。俺が冷たい床の上に正座させられた一方で、彼女は椅子に腰を下ろして紅茶とシフォンケーキを食べていた。ま、彼女はかなりガチガチに緊張していて、味もあんまり分かってないみたいだが。


『ちょっと、聞いてるの?』

「もちろん。次はもっと早く連絡する」

『そんな事態にならないようにしろって言ってるのよ!』


 俺もカミルのシフォンケーキを食べたいのだが、なかなかありつけそうにない。イザナギはちゃっかりLettyの隣に腰掛けて、生クリームとチョコクリームがたっぷりと載ったシフォンケーキにフォークを突き刺していた。


「あの、レッジさんがNPCに叱られてるんですけど……」


 優しいLettyが俺に気づいて耳を垂らす。しかし、エイミーたちが俺と彼女の間に立つようにして視線を遮り、なんでもないと首を振る。


「いつもあんな感じだから、気にしなくていいわよ」

「それよりもこのシフォンケーキ美味しいよー」


 あれ、仲間って……。


「ああ、そうだカミル。レトルト食品とか使い切ったから補充よろしく頼む。あと、イザナギの服もちゃんとしたのを揃えたいんだが」

『どうせ坑道で閉じ込められた時に食べると思って、一通り買い足してるわ。ストレージに置いてるから。イザナギの衣装はよく分からないけど、服飾系バンドのカタログはいくつか取り寄せておいたから見てみれば?』

「サンキュー。さすがはウチの優秀なメイドさんだな」


 説教を逃れたい下心も含めて話題を変えるも、カミルは先回りして全て用意してくれていた。その洞察力には舌を巻くが、優秀すぎて説教から逃れられない。


「め、メイドロイドってあんなに優秀なんですか?」

「カミルは特別かもね。特殊依頼の報酬で契約したやつだし。あと、レッジが関わってるし」

「なるほど……」


 ラクトのほとんど説明になってない説明に、Lettyはほうほうと頷いている。前半はともかく、後半の情報で何が分かったんだ。


「レッジよりもLettyちゃんの事教えてよ。なんでレティのトレースなんかしてるの?」

「ええっ? そ、それはですね……」


 ついには俺は完全に蚊帳の外へ放り出され、女性陣が和気藹々と話し始める。話題は当然、Letty本人についてのことばかりで、俺やレティにとってはヤタガラスの車内で聞いたものがほとんどだ。


「ねえ、レティ。隣に並んで見てよ」

「間違い探ししましょう。とりあえずひとつ見つけたわ」

「エイミー!」


 楽しそうだなぁ。しかし女3人どころか倍の6人も集まった姦しい空間に飛び込めるはずもない。畳の上でくつろいでいたミカゲも間に衝立を置いて身を縮めている。


『市場の無人販売も確認してきたわよ。売上金どうするの?」

「6割はウェイドの支払いに、3割はネヴァの支払い。1割は共有口座に。ああ、そうだ。そのうちホムスビからも請求が届くから確認しといてくれ」

『借金返した直後に新しい借金抱えてくるのやめてくれない?』

「そんなこと言われてもなぁ」


 フィールドへ長時間出掛けた後に帰ってくると、大体はこうしてカミルと事務的な話をすることになる。バンドの共有口座の管理や設定した消耗品などの購入、〈ワダツミ〉の市場マーケットにある無人販売所やネヴァの工房の委託品などの売上、〈ウェイド〉にあるガレージとこの別荘の管理などなど、そういったものは全てカミルが管理しているのだ。本当に〈白鹿庵〉は彼女がいなければ回らないレベルで依存してしまっている。

 俺自身の懐にある金は基本的に100kを上回ることがないが、バンド全体として見た時の収入は結構ある。農園で育てている野菜や種瓶もよく売れているし、工房に委託しているテントなんかもたまにドカンと売れてくれる。あとは、プログラムもいくつか有料販売していて、そっちもそれなりの稼ぎを見せてくれていた。

 なんだかんだ言って、〈白鹿庵〉の稼ぎ頭は俺なのだ。たまにレティたちも不要なドロップアイテムなんかを売っているが、それは基本的に個々人のポケットマネーになるしな。


「……レッジさんって好き放題暴れ回ってるわけじゃないんですね」

「え? まあ、一応リーダーだからね。バンドの管理なんかはちゃんとやってくれてるよ」


 話が一段落したのか、ラクトの頭に胸を載せていたLettyが意外そうな顔をこちらに向けてくる。彼女もこの短時間で随分〈白鹿庵〉に馴染んだようで嬉しいね。


「好き放題暴れるにはお金も必要だもの。ああ見えてレッジはちゃんと稼いでるのよ」

「そうですよ。意外かもしれないですけど」


 なんか、みんなして辛辣だなぁ。

 そもそもLettyたち〈白鹿庵〉の外のプレイヤーには、俺はどんな奴だと思われているのか少し気になる。聞くのが怖いから聞かないけども。


「Lettyはレティのトレースしてるわけだけど、〈白鹿庵〉のトレースバンドとかはないの?」

「あるにはあるんですけど……」


 ラクトの問いにLettyは歯切れ悪く答える。


「〈白鹿庵〉メンバーのトレースプレイヤーが全員分集まっても、第二域にすら行けないことが多いんですよね」

「そうなの? 結構バランスのいいパーティだと思うんだけどな」


 Lettyの言葉を聞いた面々は一様に意外そうな顔をする。盾役のエイミー、攻撃役のラクト、前衛もレティとトーカがいるし、中衛兼サポート役のシフォンとミカゲ、俺もいる。

 我ながらかなり隙のないパーティだと思う。


「全員が全員、皆さんと同じくらいの活躍ができればいいんですけどね。盾役はエイミーさんみたいに一人で数十匹のエネミーを引きつけることが難しいですし、ラクトさんの並列思考ができる人もめちゃくちゃ貴重です。他の方も皆さん、高いレベルの技量で凄まじいデバフをカバーしてるんですから」

「確かに、トーカの“血酔”とかシフォンの“消魂”とか冷静に考えると嫌らしいデバフだよね」

「シフォンの構成なんか、特に運ゲービルドだもんねぇ」


 トレースパーティの実情を聞いたラクトたちはそういうものなのかと不思議そうに頷く。やはり、〈白鹿庵〉は個々の力量もかなり高いレベルで纏まっているのが強みらしい。


「あとやっぱり、回復要員がいないっていうのが大変辛いですね」

「回復要員? テントレッジじゃ駄目なの?」


 辛そうに零したLettyの言葉にラクトが首を傾げる。なんか、俺の名前を挙げながら俺じゃないものを指していた気がするんだが。


「そもそもレッジさんのトレプレが少ないっていう問題がありますね。テントも安いものじゃないですし、それを的確に使うっていうのは難しいので。レッジさんロールしながら、〈野営〉を切って〈支援機術〉を入れてる人もいますよ」

「それもうレッジじゃないじゃん」

「レッジからテントを抜いたら何が残るの?」


 散々な言われようである。DAFシステムとか種瓶とか、テント以外にも色々やってるんですよ、実は。

 俺が抗議の声を上げる前に、ラクトが何か妙案を思いついた様子で手を上げる。


「そうだ、Letty!」

「な、なんですか?」


 不思議そうな顔で身構える赤髪の少女に、ラクトは笑って言った。


「せっかくだし、レティの代わりに入って〈白鹿庵〉プレイしない?」

「……わわっ!?」


 一瞬理解に時間を要した彼女は、目を丸くして頓狂な声を上げた。


━━━━━

Tips

◇シフォンケーキ

 焼きたてのほんのり温かなシフォンケーキ。ふんわりと雲のように柔らかく、少し甘味を抑えた素朴な味わい。たっぷりのホイップクリームとチョコクリームを添えて。

 “激務で疲れたあなたを癒す、至福のひとときを。”


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