第951話「憧れの人に」※

 “気絶”状態のプレイヤーをパーティメンバーではないプレイヤーが勝手に動かすことはできない。悪質なハラスメント行為などを防ぐため仕方のないことだ。


「ん……。あわわっ!? 私、また気を失って……ってこれどうなってるんですか!?」

「おお、気がついたか」


 “気絶”から復帰したLettyは、自分の置かれた状況を知って慌てふためく。


『あんまり動くと落ちるぞ』

「あわあわわ」


 気を失ったプレイヤーを他のプレイヤーが運ぶことはできないが、管理者であれば別だ。ある意味管理者特権とも言えるような権限を駆使して、アマツマラとホムスビが担架に乗せたLettyを運んでいた。二人はLettyに比べて小柄なので、万一彼女が暴れると担架から落としてしまう。それを防ぐため、Lettyはロープをグルグルと巻きつけてガッチリと担架に固定されていた。


「私このまま運ばれるんですか!?」

『〈ホムスビ〉までもうちょっとだからな。そこまで送ってやるよ』

「優しさが逆に辛いんですが!」


 ふっと笑って気にするなと言うアマツマラ。Lettyはどうにか拘束から逃れようと身を捩るが、伸縮性のあるロープは動けば動くほど余計に深く体へ食い込んでいく。

 結局、Lettyはさらに苦しげな表情で荒く息をして、担架に身を任せるようになった。


「それで結局、この後時間は大丈夫なんですか?」

「レティ様!?」

「様付けしないでくださいよ。そういうのあんまり好きじゃないので」


 担架の隣にやってきたレティは、辟易した顔で言う。彼女のリアルを知っていれば、その実感のこもった声にも納得してしまう。リアルの方は知らないLettyは、戸惑いながらも了承した。


「えっと、それじゃあ、レティさん?」

「呼び捨てでもいいんですけどね。ま、それでよろしくお願いします」

「はいっ! その、お邪魔でなければぜひ……」

「レッジさんの言ったとおり、ここで会ったのも何かの縁ですからね。実はもう仲間には連絡しちゃいました」


 ペロリと舌を覗かせるレティ。Lettyはワタワタと慌てて、担架を持つアマツマラにドヤされていた。


『それじゃ、わたしたちは事後処理もあるので。今日はありがとうございました』

「いいよ。また落ち着いたら連絡してくれ」

『その時はよろしくっす!』


 〈ホムスビ〉で管理者たちと別れ、レティたちと共に〈ワダツミ〉を目指す。その道中、ヤタガラスの車内で改めてLettyとレティの挨拶が行われた。


「Lettyさんはどうしてレティの真似をしようと思ったんです?」


 行き道で買ったハンバーガーのペーパーラップを剥がしながら、レティが尋ねる。


「それはその……。動画サイトでレティさんの活躍を纏めた動画を見たのが最初ですね」

「レティの活躍ですか」


 当然、そんな動画は彼女個人や〈白鹿庵〉が出しているわけではない。情報系のバンドやジャーナリストを名乗るプレイヤーが勝手にイベント中のレティを撮影してアップロードしているのだろう。

 〈ネクストワイルドホース〉なんかの割合しっかりしたところなら公開の許可取りでいちいち連絡がくるのだが、そんな良心的なバンドばかりではない。


「バリテン大気圏突破事件とか、大蟹絶滅事件とか。最近だとおっさん撃破事件なんかも再生数100万回を超えてて……」

「なんですかそれ!」


 Lettyが挙げたものは、俺も知っているものから知らないものまで色々だ。大蟹絶滅事件って、レティはいったい何をやらかしたんだ。

 とにかく、レティは動画サイトでもかなり纏められているらしい。


「私、最初はただのヒューマノイドで始めたんですよ。機術師を目指してて、その時は〈キヨウ〉まで行ってました」

「結構進んでるじゃないですか。わざわざデータ消さなくても、スキルビルドだけ変えれば良かったのでは?」

「それだと本物のレティさんにはなれないんですよ!!」

「は、はぁ……」


 勢いよく立ち上がってレティに迫るLetty。その気迫に、本物の方が押され気味だ。


「レティさんの真っ直ぐで純真な意志の強さは、サバイバーパックを選んで〈猛獣の森〉に落ちた時からずっと変わっていないんです。途中から路線変更して意思を曲げるような行為をしてしまえば、それはもうレティさんじゃないんです! キャラデリだって、本質的なところではスキルリビルドとそう変わらないのは分かってるんです。分かってるんですが、これは私の意識の問題なんです。だから、私はキャラクターデータを消しました。それなりに課金もしてたんですが、そこに後悔はありません! なぜなら、私はできる限り完璧なレティさんになりたいから!」

「そ、そうですかぁ」


 いつもは元気で俺たちを押している側のレティが、完全に劣勢に立たされている。これはこれで、見てると楽しいな。

 俺はハンバーガーを反対から溢しかけているイザナギの世話をしながら、二人の対決に内心で胸躍らせていた。レティが少し涙目になってこちらへ助けを求めてくるが、面白いのでこのまま続けさせる。


「あんまり知らないんですけど、レティの真似してる人って他にもいるんですか?」

「いますよ。掲示板にもスレッドありますし」

「え゛っ」


 レティの口から濁った声が漏れる。Lettyがウィンドウを開いて見せてくれたのは、公式掲示板の一スレッド、“赤ウサギ同好会【394匹目】”という名前のものだった。


「あんまりご本人に見せるものでもないと思うんですけど……。ここで日夜レティさんのビルド考察とかされてますよ」

「へぇ。おお、今の構成もほとんど分かってるんだな」


 レティの肩越しに覗き込むと、スレッドには彼女のスキル構成や装備品に関する考察が色々と書かれていた。かなり精度も高くて、これをそのまま採用するだけでほとんど完全なレティになれそうだ。


「うぅ、恥ずかしいですね……」

「まあ使ってるアイテムが分かっても入手できないんですけどね。レティさん含め〈白鹿庵〉の皆さんってネヴァさんのハンドメイドばかりですし」

「それもそうだなぁ。ネヴァは量産品はあんまり作らないし」


 俺と共同開発したテントやドローンはともかく、ネヴァが顧客からじっくりヒアリングした上で製作する装備類は一点物だ。いくら熱意があっても、どれだけ金を積んでも、レティが今使っている装備は手に入らない。

 そのため、スレッドではレティの使っている装備に外見上よく似たコスプレ装備とでも言うべきものも列挙されていた。


「ジェネリックレティさんとか結構いますよ」

「ジェネリックレティ……。ふふっ」

「もーっ! 笑わないでくださいよ! そういうレッジさんだって真似されてるんじゃないですか?」


 頬を膨らせ拳を振り上げるレティ。たしかに、俺の真似をするプレイヤーだって居てもおかしくない。有名なプレイヤーのトレースプレイはそれ自体がひとつのジャンルになるほど大きな流れのようで、アストラやアイ、ケット・C、メルといったトッププレイヤーは当然のこと、〈白鹿庵〉のメンバーも一通りスレッドが用意されていた。


「お、これって俺じゃないか?」


 見つけたスレッドの名前は“【絶望】要塞おじさんを目指すスレ【無理】5292人目”だった。


「いや、ナンバリングおかしくないか?」

「合ってますよ。イベント中なんかは1日で数百スレッド消化されますし」

「ええ……」


 レティが何故か勝ち誇ったような顔をしているが、あえて無視してスレッドを開く。


━━━━━


◇名無しのおっさん

このスレッドは“要塞おじさん”ことレッジのトレースプレイのため、彼のスキルビルドや装備などについて考察を深めていくところです。第一に、本人の迷惑にはならないよう細心の注意を払いましょう。


▼▽▼以下テンプレ▼▽▼

おっさんの基本情報(現在判明しているもの)

機体:タイプ-ヒューマノイド(モデル-おっさん)男性型

使用武器:深紅猩猩の玉矛,身削ぎのナイフ

使用装備:“牙獣猩猩衣”

スキル構成考察:

〈槍術〉〈撮影〉〈鑑定〉

〈釣り〉〈歩行〉〈罠〉

〈制御〉〈操縦〉〈換装〉

〈野営〉〈家事〉〈解体〉

〈栽培〉〈取引〉

※各スキルのレベルは不明

テントに関しては〈野営〉スキル攻略スレへ。

DAFシステムに関してはドローン考察スレへ。

種瓶に関しては栽培考察スレへ。

管理者関連、白神獣考察、VR思考制御、料理、NPC、メイドロイド、非破壊オブジェクト破壊方法、バグ技などなど、おっさんに関わるスレッドは大量にあります。ガイドBOT“案内ウサギ”に向けてコマンドを入力すれば、該当スレッドへの誘導がされますので、活用してください。

おっさん考察スレでは毎日激しい議論が行われています。より詳しい情報を知りたい方はそちらへどうぞ。公式wikiにも専用ページがあります。〈FPO日誌〉も高頻度で更新されていますので、こまめにチェックするのをおすすめします。


◇名無しのおっさん

スレ立て乙


◇名無しのおっさん

2げっと


◇名無しのおっさん

前スレ1000、髪は大切にしろよ


◇名無しのおっさん

そういやおっさんっておっさんなのにフサフサだよな


◇名無しのおっさん

VRでハゲの方が少ないだろ


◇名無しのおっさん

リアルだとおっさんもハゲてんのかな……


◇名無しのおっさん

おっさんだからな


◇名無しのおっさん

おっさんは俺らおっさんの希望の星だからな。当然ハゲてるにきまってる。


◇名無しのおっさん

ハイパージャンプ一生練習してるんだけど、全然決まらん。あれどうやってんの?


◇名無しのおっさん

床のオブジェクトの隙間に足裏をねじ込んで、物理演算を振るわせるんだぞ


◇名無しのおっさん

言ってる意味が分からないんだよなぁ

そもそもオブジェクトの隙間とかどうやって判別するんだよ


◇名無しのおっさん

気合い


◇名無しのおっさん

センス


◇名無しのおっさん

祈り


◇名無しのおっさん

囁き


◇名無しのおっさん

バカばっかじゃねぇか


◇名無しのおっさん

うおおお、やっと“朧雲”買えたぞ!!!!


◇名無しのおっさん

おめおめ


◇名無しのおっさん

今んとこ一番高いテントだっけ?


◇名無しのおっさん

最高額は“崩壊した瓦礫の城主”だぞ


◇名無しのおっさん

非売品じゃねーか


◇名無しのおっさん

神核実体必須のテントはちょっと・・・


◇名無しのおっさん

セットでひとつと考えたら八雲も高いか


◇名無しのおっさん

あれフルセット持ってるやつこのスレに何人いるんだよ


◇名無しのおっさん

おっさんトレースは単純に金が溶けるんだよなぁ

おっさん本人はどうやって稼いでるんだよ


◇名無しのおっさん

畑だろ


◇名無しのおっさん

畑で原始原生生物育ててウェイドちゃんに投げるだけの簡単なお仕事だぞ


◇名無しのおっさん

管理者とお友達になりたいんですが


◇名無しのおっさん

おっさんくらい下心消したらなれるんじゃない?


━━━━━


「おお、結構色々書かれてるんだなぁ」

「レッジさんは恥ずかしくないんですか?」

「むしろ嬉しいくらいだけどな。よく調べられてるし」


 ざっと流し読んでみると、俺も忘れているようなことが色々書かれている。


━━━━━


◇名無しのおっさん

ひとつ質問したいのですが、白月の好物はなんですか?


◇名無しのおっさん

白月さんと呼べ


◇名無しのおっさん

煽りンゴ


◇名無しのおっさん

リンゴじゃない?


◇名無しのおっさん

〈ホムスビ〉で売ってる冷やしリンゴ。


◇名無しのおっさん

ありがとうございます。


━━━━━


 試しに質問を書きこむと、すぐに正しい答えが返ってきた。確かに白月の好物は〈ホムスビ〉で売っている冷やしリンゴで、今回もちゃんと買っている。彼は今、それを食べ終わって床で丸まっているが。


「ここの人たち、まさかレッジさん本人から質問されてるとは思わないんでしょうね」

「そんなの知ったら心臓止まりますよ」


 レティとLettyが俺を恐ろしげな目で見てくる。ちょっと白月の好物聞いただけじゃないか……。


「ま、直接付き纏ってくるわけでもないしな。別にいいんじゃないか?」

「そう言うものですかねぇ」


 他人のプレイにまで口を出す権利はないし、彼らもちゃんと節度を持って楽しんでいる。それなら、こっちから何か反応することもないだろう。

 レティもなんとか納得したのか、Lettyの方を見て頷く。


「ご、ご迷惑ならやめますよ……?」

「いやいや、別にいいですよ。——どうせ再現するなら完璧に忠実に再現して欲しかったですけどね」

「うぐぅ」


 Lettyの胸を見て唇を尖らせるレティ。そこまで言うならレティが胸部装甲を増設すればいいのでは、と思ってしまうが、それも無理なのだろう。


「レッジさん?」

「おっと、そろそろ着きそうだな」


 不穏な気配を感じ取り、座席から立ち上がる。俺たちは飛行機に乗り換え、別荘地へと向かった。


━━━━━

Tips

◇凍結青リンゴ

 シード02-アマツマラの名物。キンキンに冷やされた青リンゴは、地下の茹だるような熱気を払う。シャクシャクとした瑞々しい食感と甘さがやみつきに。

 食べると一定時間、暑さに強くなる。


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