第950話「バランス」
硬い岩の天井を打ち破り、現れたのはレティだった。彼女は落ちてくる瓦礫を次々とハンマーで砕き安全を確保すると、俺を挟んで対面に立つLettyを見た。
「レッジさん!? こ、この方は……?」
回答を間違えたら面倒なことになるのは明白だった。しかし、沈黙は更なる泥沼を呼ぶだけでもある。俺は頭を回転させて波風のたたない言葉を選ぶ。
「レティのファンだ。偶然ここで閉じ込められた時に見つけたんだ」
「れ、レティのファン!? んへへ、そんな、恥ずかしいですね」
レティは耳を立てて驚くと、くねくねと身を捩って照れる。彼女のプレイスタイルやスキルビルドを追いかけるプレイヤーは今までもそれなりに居たらしいが、流石にここまで熱心なのは珍しいのだろう。
「あわ、ほぁ、ほ、本物……だぁ」
Lettyの方を見れば、こっちもこっちで大変だ。突然憧れの人物が降ってきたのだから当然だろうが、完全に口から魂が出かかっている。
俺は二人が膠着している隙に、イザナギたちの安否を確認する。レティは上手くやってくれたようで、3人とも無事だ。彼女が開けた穴から次々と警備NPCたちが入ってきて、素早く周囲の安全を確保したり管理者達の状態を確認したりと動き回っている。
「レティは救援と一緒に来たのか?」
「はっ!? ああ、そうですね。たまたまログインしたらウェイドさんから通話が掛かってきたんです」
レティの肩をぽんぽんと叩いて正気に戻し、事情を尋ねる。彼女はログインした直後のことから順を追って話し出した。
「今日は特にすることもなかったので、レッジさんに合流しようと思ったんです。でもなぜか現在地不明になってまして。不思議に思ってたらウェイドさんから緊急の通話が掛かってきて。レッジさんがホムスビさんたちと一緒に地下坑道で行方不明になったって言うじゃないですか」
驚きましたよ、とレティは耳を揺らす。
「居場所自体は既に見当がついてたんですが、危険度調査? とかなんとか言ってなかなか突入しなかったので、勝手に飛び出したんです」
「レティ……」
場所が場所だけに救援は慎重を要する、というアマツマラの主張は正しかったらしい。しかし、正しい理由でウェイド達が石橋を叩いていたら、レティが叩き壊して強引にやって来た。
結果として無事に合流できたからいいものの、なかなか豪胆なことをするもんだ。
「アグレッシブなレティ様も素敵です!」
「えっへっへ。……ところで貴女の名前を伺っても?」
目をキラキラと輝かせるLettyに頭を掻くレティ。彼女が誰何すると、Lettyはぴんと背筋を伸ばして答えた。
「私、Lettyって言います。英字でLettyです。レティさんに憧れて、何度かキャラリセしてサバイバーパックで〈猛獣の森〉に落ちるところから始めました!」
「そ、そうですか……。筋金入りですね」
「はい!!」
予想を遥かに越える狂信っぷりだ。聞いたレティも反応に困っている。彼女はLettyが装備しているのが自身が入れ替えで売却した中古装備であることにもすぐに気がつく。
「その機械脚、一点物ですもんね。よく手に入れましたねぇ」
「これを競り落とすのも大変でした……。まずオークションを常に監視して、探偵バンドにも捜索を依頼して」
「そ、そうですか……」
頭から爪先まで完璧に再現されたLettyの姿は、本人ですら感心してしまうほどだ。しかし、注意深く眺めていたレティはある一点で視線を止める。
「——Lettyさん」
少し声のトーンが落ちる。
浮かれ切ったLettyはそれに気付かず、なんでしょうと首を傾げる。
「貴女、本当はレッジさんを誘惑するために来たんですね! レティの目は誤魔化せませんよ!」
「あわわっ!?」
突然、レティはハンマーをLettyに突き付ける。突拍子もない行動にLettyも俺も、アマツマラたちも目を丸くして飛び上がる。
「ちょ、ちょっと待てレティ!? 何があったんだ」
「ぐるるるるっ!」
猛獣のように威嚇するレティを慌てて羽交締めにする。Lettyに怪しい要素なんて欠片も……。……まあ、悪い奴ではなさそうなのに。
「貴女はさっき、レティを完全に模倣したと言いましたね!」
「は、はい!」
「なら、それはどーいうことなんですか!」
ずびし、と効果音が聞こえたような気がした。レティが指差したのは、黒鉄の胸当てに押さえつけられて窮屈そうにつぶれた胸だ。
「こ、これは……」
痛いところを突かれたとLettyは胸を腕で隠してたじろぐ。その反応にレティは鬼の首をとったように勝ち誇る。
「どうせ、レティの容姿に似せて、そこにさらに巨乳を足せばレッジさんを誘惑できると考えたんでしょうけどね、そうはいきませんよ! たしかにエイミーはでっかいですし、トーカもそれなりにありますけどね! 〈白鹿庵〉の女性陣の3/5はぺったん——」
「お前は何を言ってるんだ、レティ!」
「ふぎゃっ!」
勢いのままに捲し立てるレティの口を慌てて抑える。申し訳ないとLettyを見ると、彼女は涙目になってオロオロとしていた。
「う、そう言うつもりはなかったんです……」
「ならその理由を答えるんですね!」
「それは……」
Lettyは顔を真っ赤にさせて、俺の方をチラチラ見る。あんまり言いにくい理由なら別にいいぞと答えるも、彼女は勇気を振り絞って口を開いた。
「その……。現実の体とバランスが変わると全然動けなくて……」
「ふぎぎぎぎぎぎっ!」
「レティ! どうどう!」
Lettyは頑張って正直に答えたのに、レティは余計暴れ始める。俺は近くに控えていた警備NPCたちをクラックし、彼らも使って地面に組み伏せる。
仮想現実と現実の体格差というのも、どれだけ許容できるかは個人差の大きいポイントだ。〈換装〉スキルによる大胆な機体の改造は逆に歩くことすらおぼつかなくなる者もいるし、もっと繊細な人だとタイプ-フェアリーになっただけで立ち上がれなくなることもある。ラクト曰く体の比率がある程度合ってれば割といける、というのがほとんどらしいが。
話を聞く限り、Lettyは割合繊細寄りの感覚なのだろう。確かに、レティと隣あった状態で見比べてみれば、足の長さや背の高さなんかが若干違う。Lettyは現実の体をできる限りレティに近づけているような状態らしい。
その上で、レティのプレイスタイルも重要だ。彼女はタイプ-ライカンスロープの身体能力を活かした高機動戦闘を得意とする。高く飛び跳ねたり小刻みなステップで障害物を避けたり、機敏な動作が求められる。そのプレイスタイルを踏襲しようとすると、現実から大きく離れた体つきではバランスの取り方や動き方が分からず困難に陥ってしまう。
「こ、これでもサラシをキツめに巻いて、かなり凹ませてるんですよ。レティさんみたいな真っ平にはまだ程遠いと思うんですけど」
「ふぐーーっ! ふぐーーーっ!」
「Letty、そのへんにしてやってくれ」
「わわっ!?」
地面に組み伏せられたレティが血涙を流しそうな勢いでもがいている。流石に可哀想になって、Lettyを制止した。
『そこの3人、もう落ち着いたか?』
頃合いを見計らって、アマツマラがやって来る。警備NPCと重機NPCがレティの開けた穴を整備して、上から縄梯子を投げ入れてくれていた。どうやら、脱出の準備が整ったらしい。
『すみません、レッジさん。こんなことになってしまって……』
しょんぼりとしたホムスビが声の調子を落として謝罪してくる。
「謝ることはないさ。しかし、調査どころじゃなくなったな」
『廃坑は早急に整備するっす。それが終わったら、またよろしくお願いしたいっす』
「分かった。俺もできることなら何でも協力するからな」
かなり落ち込んでいるホムスビの肩を叩き、励ます。レティは警備NPCが簀巻きにして運び上げていた。
「Letty」
「な、なんでしょうか?」
次々と上へ登っていく救援チームを見ていたLettyに声を掛ける。
「ここであったのも何かの縁だ。時間あるなら、白鹿庵に来るか?」
「あわわっ!? そ、そんな……! あふっ」
「うおわっ!?」
これだけ熱心なファンは珍しいし、よければラクトたちにも紹介したい。そんな思いで誘ってみると、彼女はバタバタと慌てた後、臨界点に達したのかくらりと地面に倒れ込んだ。
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Tips
◇身体感覚不一致
現実の肉体と、仮想現実のモデルデータの間に大きな差異があった場合、身体感覚不一致が発生しゲームプレイに支障をきたす恐れがあります。その際はアップデートセンターにてモデルデータの調整を行ってください。
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