第949話「二匹目の兎」

 更なる崩落に備えて建てたテントの中で、赤髪の少女が身をよじる。それに気付いて顔を向けると、彼女は小さく呻きながらゆっくり瞼を開いた。


「こ、ここは……」

「残念ながらまだ廃坑の中だ。と言っても、君が気絶してから10分も経ってないと思うが」

「うわぁっ!?」


 周囲を見渡して首を傾げる少女に声をかけると、まるで幽霊でも見たかのように飛び上がって驚かれる。強いショックを受けて強制ログアウトするかと思ったが、元気そうで何よりだ。


『お、目ェ覚ましたか』

『怪我してないっすか? レッジさんがご飯を用意してくれてるっすよ』

「あわわ、あわわ」


 テントに備えたローチェアに背中を預けていたアマツマラたちも気付いて話し掛ける。しかし、管理者と話すことに慣れていないのか、彼女は狼狽するばかりだ。

 俺は焚き火に掛けた鍋で温めていたレトルトのボムシチューを皿に開け、バゲットと共に差し出す。少女は少し驚いた後、おずおずとそれを受け取った。


「俺の名前は知ってるみたいだが、君の名前を聞いても?」

「Lettyです」

「え?」


 木匙でシチューをかき混ぜながら、少女が即答する。耳を疑い聞き返すと、彼女はフレンドカードを取り出して見せてくれた。


「英字表記でLettyか。もしかしてこれ」

「はい。〈白鹿庵〉のレティさんに憧れてて……」


 Lettyはぽっと頬を赤らめてシチューを口に運ぶ。

 赤い長髪、ルビー色の瞳、モデル-ラビット、黒鉄の軽装鎧、機械脚。そして極め付けは、彼女の側に置かれているハンマー。薄々勘付いていたが、やはり彼女はレティを模倣するようなプレイをしているらしい。


「この機械脚も鎧も、実際にレティさんが使ってた奴なんですよ!」

「えっ」

「アイテムIDを分析して売却後の足取り追って、大変でした。ネヴァさんの作品ということでプレミアも付いてて、競り落とすのも一苦労でしたけど、やっぱりご本人に包まれてる感じがしていいんですよね。ハンマーだけはレティさんも手放していないので自分で用意する必要があるんですけど、ネヴァさんに製作を依頼するのも大変だし、私程度の稼ぎじゃ絶対に買えないんですよ。だから掲示板とかでオススメ教えてもらったりしてなんとかハンマーも揃えたんですけど、やっぱり夢は“正式採用版大型多連節星球爆裂破壊鎚・・Mk.10・Ver99~最新版(完全)(最終モデル)(ぜったい)~”ですよね。あ、でも今はレティさん片手用の軽量ハンマーも使ってるみたいで、観察したところ深海大電気ウナギの発電器官を使った雷属性っぽいんですけど詳細が分かんないんですよね。やっぱりあれもネヴァさんの作品なんだろうなぁ。私もレティさんと同じ装備が使いたいなぁ。でもまずはスキルを鍛えてビルドを完成させるところからなんですけどね。ってやっぱりそうなるとネックになるのは〈破壊〉スキルなんですよね。原石はこまめに露天を見て安かったら購入してるんですけどやっぱり物質系スキルはなかなか渋いっていうか。でも実際ビルドを揃えたらレティさんと同じくらいカッコよく戦えるかって言われると絶対そんなことはないと思うんですけど。やっぱりレティさんの一番の魅力はあの天才的な戦闘センスですよね。スキルに依らない自分自身のテクニックというか、あの戦闘時の意識は到底真似できないと思うんですよ。特に最近だと第5回開拓指令で悪堕ちレッジさんをぶち壊した時なんか最高ですよね。自分より遥かにでっかい相手に臆せず挑むあの勇気には感服してしまいました。私もあの動画は100万回見ましたね。やっぱり特大武器って威力が絶大なぶん色々デメリットもあって、その重量とか取り回しの悪さとかも大変なんですよ。このへんは実際に使ってみないと分からないことなんですけど、そうするとやっぱりレティさんの偉大さというか凄さが身に染みて分かるんですよ。あのブンブンとダイナミックに振り回しながら実は繊細に周囲の状況を常に把握して適切に動くというのはそうそうできることじゃないですからね。〈白鹿庵〉の皆さんとの連携も素晴らしいですし、やはりレティさんは社交性も随一じゃないですか。私なんかただの陰キャなので初対面の人とは全然喋れないんですけど、あのまるで高貴なお嬢様のように凛として可憐でお優しくて慈愛に満ちた笑顔がとても素敵でもうほんと生まれてきてくれてありがとうって感じなんですけど。レティさんといえば今度の料理王決定戦にも審査員として参加されますよね。私も勿論参加するつもりですよ。なんてたってレティさんに自慢の手料理を食べてもらえる千載一遇のチャンスですからね。〈料理〉スキルを上げる余裕もまだあるので万全の態勢で挑みたいと思っています。レティさんの食べっぷりはまさに伝説と言っていいですからね〈新天地〉から始まった彼女の大食い伝説は今でも留まるところを知りませんから。私もレティさんの後を追うために〈新天地〉の週替わりチャレンジメニューに挑戦してるんですけど、まだゴールド級までしかいけてないんですよね。そこから先に行こうとするとやっぱり強制ログアウト食らっちゃって。なんとか満腹中枢を麻痺させられないか画策してるんですけどやっぱ難しくて、となるとレティさんのあの豪胆さが実感できるわけですよ。すごいですよね、レティさん。私の計算した限りでは自分の体積の十五倍くらいを食べてますから。胃の大きさの十五倍じゃないですよ、頭から爪先までの全身を含めた体積の十五倍ですからね。あ、このシチュー美味しいですね。とにかく絶対現実じゃ無理じゃないですか。やっぱりレティさんって魔法使いなんだと思うんです。うさぎの国からやってきた妖精さんですよ。じゃないとあの美しさは説明できない気がするんです。髪や眼の色なんか簡単に模倣できるはずなんですけどどれだけ似せても絶対にレティさんにはなれないんですよね。それが分かりつつも出来る限り彼女と同じになりたくてこう努力してるわけですけど。やっぱりレティさんってレティニウム的な特殊な成分を出していると思うんです。それが常人と彼女を隔てる最大の壁ですね。レティニウムを摂取したら元気になるんです。彼女を視界に収めるだけでもその日はステータスが爆増する気がするんです。やっぱりレティさんはかっこいいし美しいし優しいしレティニウム出してるし完璧すぎますよね。同じ人類とは思えないんです。だからやっぱ妖精さんなのかなって。その辺レッジさんはどう思います?」


 ……。


「うん。いいんじゃないかな」

「ですよね!」


 な、何を言っているのかほとんど分からなかった……。レティニウムってなに。

 見ればアマツマラやホムスビも突然勢いよく捲し立て始めたLettyに目を丸くしている。なんだこの子は。一回レティと会わせてあげたいな。


「それで、Lettyはどうしてこんなとこに居たんだ?」

「え?」


 このままだとレティに関する話しか聞けそうになかったので、話題を修正する。質問を受けたLettyは「まだ話してなかったっけ?」と言いたげな顔で口を開く。


「最初は機械鎚の素材だけでも集めたいと思って、鉱石を掘りに来たんです」


 彼女が見せたのはNPC販売のものよりもワンランク上のプレイヤーメイドのツルハシだった。レティのスキルビルドを模倣していると言いつつ、まだ完成していないため一時的に〈採掘〉スキルも伸ばしているのだろう。


「ただ、浅いところは掘り尽くされてるし、いい鉱脈はカグツチに取られてるんですよね」


 地下坑道は鉱石の一大産地だ。多くの坑夫と呼ばれる専門職たちが昼夜を問わず掘り返し、日々膨大な量の鉱石が採集される。スキルビルドや装備を完全に採掘へ特化させている本職にLettyが敵うはずもなく、僻地まで追いやられてしまったらしい。


「それでうろうろしてたら偶然この廃坑を見つけて、『これレッジさんのブログで見たやつだ!』ってテンション上がっちゃって、まんまとあの亀裂から真っ逆さまって感じですね」

「とりあえずブログ読んでくれてありがとう」

「貴重なレティニウムの供給源ですから」


 レティニウムってなに。


『おい、立ち入り禁止って書いてたはずだろ。進入許可持ってたのか?』

「ええっ!? そんなのありましたっけ? すみません、レティさんの残り香を探すのに夢中で見えてなかったかも知れません……」

『ええ……』


 管理者の眼前で堂々と違反を明言するLettyにアマツマラが声を荒げる。しかし返ってきた言葉が理解の範疇を越えていたのか、それ以上の追及ができていない。

 レティの残り香ってなに。


「そうだ、レッジさん! 重要なことを聞いていませんでした!」


 Lettyが突然こちらを向き、詰め寄ってくる。たじろぐ俺に、彼女はごくりと唾を飲み込んで尋ねた。


「このシチュー、レティさんも食べてます?」

「えっ? ああ、まあ、たまに食べてると思うけど」


 ボムカレーの派生商品、ボムシチュー。俺はこれに白米を合わせるのだが、レティはパン派だ。外見が似ているせいで深く考えずLettyにもパンを添えて渡してしまったけど、良かっただろうか。


「うへへ……。なら、これを食べればさらにレティさんと同化できるってことですね。んへっへへ……」

「ああー、うん。お代わりもあるからな」

「いただきます!」


 空の更にシチューを追加する。ただのレトルトなのに、Lettyは涙を流す勢いでモリモリ食べている。そんだけ喜んでくれれば、温め甲斐があるというものだ。

 ついでにアマツマラたちにもシチューのお代わりを渡しつつ、イザナギの方を見る。彼女も食欲旺盛で、一心不乱に無言で食べている。今日だけでかなりの数のレトルトパウチが消えてしまった。また買い貯めておかないとなぁ。


『どう考えてもシチューにメシは合わねェだろ……』

『それは偏見っすよ。アマツマラも食べれば分かるっす』


 ちなみにアマツマラはシチューにパン、ホムスビは白飯の派閥らしい。その辺は管理者でも個性が出るのかと少し面白かった。


「しかしアマツマラ。いつになったら救援が来るんだ?」


 呑気にテントを張って料理なんて楽しんでいるが、緊急事態には変わりない。閉じ込められてから結構な時間が経っているのに、待てど暮らせど救援が来た気配がないのだ。


『もう動いてるはずだけど、場所が場所だからな……。作戦立てて危険度測定するのにも時間掛かってんだろ』


 これがただの坑道での崩落なら話はややこしくない。問題はここが、本来の〈アマツマラ地下坑道〉から離れた、フィールド的には〈窟獣の廃都〉に属する古い時代の廃坑であるという点だ。

 調査開拓団によって開かれたものではない以上、周囲の構造がわからない。実際、俺たちは未発見だった下の廃坑まで落ちてしまっているわけで。そんな理由から救出のためにどう動くかというところがなかなか決まらない、というのがアマツマラの予想だった。


『食料はまだあるんだろ?』

『そういう問題っすか?』


 なんとも気楽なアマツマラにホムスビが呆れる。とはいえ、俺たちに何もできないのは確かなのだ。

 やっぱり待つしかないかと椅子に背を預けた時、Lettyが突然ウサミミをピクリと揺らした。


「敵か?」

「いえ。違います」


 てっきりライカンスロープの敏感なセンサーが敵の気配を感じ取ったのかと思って槍に手を伸ばす。しかし、Lettyはそれを否定した。真剣な表情で、驚きを滲ませつつ、確信を持って。


「この気配——レティさん!」

「えっ?」


 Lettyが勢いよく立ち上がる。

 そんなまさかとフレンドリストを確認すると、レティがログインしている。いやしかし、だからと言ってこっちに来ているというわけでは——。


「うおっ!?」


 坑道の天井がミシリと音を立てる。俺は警鐘を鳴らす直感に従い、イザナギをテントの奥に押し込む。管理者二人とLetty、あと白月もテントの中に入っているのを確認し、自分も入ってテントの隔壁を閉じる。

 次の瞬間、轟音と共に天井が崩れ落ちてきた。


『なんだ、また崩落かァ!?』

「いえ、違います。これは——」


 Lettyの歓喜に満ちた声。

 轟音を押し退けて、聴き慣れた声が響き渡る。


「レッジさぁあああああんっ!」


━━━━━

Tips

◇ボムシチュー

 美味さ爆発! ボムカレーの姉妹商品。じっくりコトコト煮込まれたホワイトシチューをお手軽に。パンにもよく合う。

 〈料理〉スキル1でも調理可能。食べると一定時間寒さに強くなる。


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