第948話「ニセモノ」

 粉塵が舞い上がり、視界が閉ざされる。近くで動く気配を感じて手を伸ばすと、誰かの肩に触れた。


『パパ、大丈夫?』

「イザナギか。なんとかな。そっちはどうだ?」


 照明ドローンの光量を増やし、粉塵が落ち着くのを待つ。イザナギは俺に先んじて廃坑の中へ入っていたからか、落盤に巻き込まれずに済んだようだ。


「っ! アマツマラ!」


 咄嗟に内側へ引き込んだ管理者の名前を呼ぶ。最後尾にいた彼女は、落盤の直撃コースだったはずだ。


『ヘーキだよ。テメェの足元だ』

「は? うおっ!?」


 真下からくぐもった声がして視線を下げる。坑道内に流れ込んできた土砂の中から、細い二本の足が飛び出していた。


「全然無事じゃないじゃないか! 今引き抜くからな」

『よろしく頼む』


 体の8割方が土に埋まったアマツマラを慌てて引き抜く。大根を収穫するような感じで、スポンと抜けた。彼女は長い赤髪を土で汚しつつも、確かに平気そうな顔をしていた。


『伊達に管理者機体じゃねェってことだ。で、ホムスビはどこいった?』

「そういえば、ホムスビがいないな」


 アマツマラに指摘されて気付く。視界も明瞭になり、ドローンの光も奥まで届くようになったが、アマツマラの姿がない。俺とイザナギ、白月とアマツマラだけだ。


「先頭だったから、この落盤に巻き込まれた可能性はないと思うが……」


 管理者の彼女が俺たちを見捨てて奥へ逃げた、という線も考えづらい。となると、不慮の事故か何かが……。

 ドローンと共に周囲を見渡し、少し奥まったところに目が留まる。


「おい、アマツマラ」

『なんだ?』

「こんな亀裂、無かったよな?」


 坑道の途中にパックリと裂けた隙間が横たわっていた。ドローンの光を注いでみるも、底は判然としない。大きさは1メートルもない程度だが、小柄な管理者であればすっぽりと収まってしまう。


『多分これだろうなァ』


 アマツマラも俺と結論に至ったらしい。亀裂を慎重に覗き込み、眉間に皺を寄せる。

 以前までこんな亀裂はなかったとなると、先ほどの落盤が起こった時に開いたものと考えられる。問題なのは、底までの深さが分からない以上、ホムスビを救出するのが難しいという点と、俺たち自身も廃坑の中に閉じ込められてしまっている点だ。

 坑道の入り口は大量の岩や土で封じられ、俺の力だけではこれを取り除くのは難しい。


『入り口の方は重機NPCが掘り返してるはずだ。どれくらいかかるか分からねェけどな』


 俺たちを安心させるようにアマツマラが言う。先ほどの落盤で重機NPCに被害がないと言えないところが心配ではあったが、彼らのAIが頼みの綱だ。


『それに、あたしらはネットワークに繋がらねぇ。となると、いくつかのプロトコルが始まって、救出作戦が練られてるはずだ』

「管理者だもんな。そりゃそうか」


 ホムスビとアマツマラが廃坑に閉じ込められツクヨミのネットワークから離れたことは、すでに他の管理者たちに知られているだろう。であれば、〈ウェイド〉が陥落した時と同様に救出作戦が始まっている可能性が高い。


「つまり、俺たちの最善手は何もしないってことか?」


 アマツマラは頷く。


『下手に動いて捜索の邪魔になる方が面倒だからな』


 彼女はそう言って瓦礫の上に胡座をかく。赤いワンピースでそんな姿勢になって大丈夫かと少し心配すると、俺の視線に気づいた彼女がにやりと笑う。


『へっ。変な気ィ回さなくてもいい。ちゃんと下に着てる』

「ならいいんだけどな」


 アマツマラがぴらりとワンピースの裾を摘み上げると、黒いスパッツのような装備が見える。お互い機械人形とはいえ人工知能に対する倫理規定などはあるのだ。


『パパ、私も着た方がいい?』


 イザナギが俺の服の裾を掴む。そういえば、彼女の服はどういったものなのだろうかと疑問が湧いてくる。


『これも、術式。破れたら縫えるし、追加もできる』

「便利だなぁ」


 イザナギ自身は有機的な生物として成立しているらしいが、彼女が身に纏う黒衣は術式で作り出したものらしい。それを聞いたアマツマラが少し警戒するが、別にブラックホールを編んだわけではないだろう。


「あれ? じゃあなんでそんなボロボロなんだ?」


 破損もすぐに修繕できると言った割に、イザナギの服は悲しいほど見窄らしい。裾は破れているし、穴を塞いだ縫い跡も沢山ある。


『クナドの記録を参照して、適当なものを再現した』

「あいつ、こんな趣味なのか……」


 言われてみればダメージ加工がされたワンピースに見えなくも無い。クナドめ、何にも反応しなかったのは隠してたな。

 しかし、そういうことなら話も変わってくる。イザナギにずっとボロを着せておくのも居心地が悪いし、何より周囲からの視線が痛いのだ。今度レティたちに頼んで服でも見繕ってもらうつもりだったが、彼女が自分で作れるなら楽でいい。


『イザナギ、オブジェクトデータは変換できるか?』

『できる』

『じゃ、とりあえずもうちっとマシなワンピースのデータ渡すよ』


 話を聞いていたアマツマラがイザナギの手を握る。グニグニと指を複雑に動かしたかと思うと、イザナギの服装が一瞬で変わった。スサノオが着ているのと同じ黒い管理者用ワンピースだ。


「おお、綺麗になったな」

『ん』


 裾丈も長くなり、膝頭が隠れるほどに。包帯だらけの腕も手首まで隠れ、印象も柔らかくなった。相変わらず髪はボサボサに荒れているし顔の血色も悪いが、かなり管理者たちに似てきた。

 イザナギ自身もクナドのファッションよりこちらの方が気に入ったのか、両腕を広げて満足げだ。


「って、こんな悠長なことをしてていいのか?」


 イザナギの服装が整ったところではっと我に返る。俺たちは依然として廃坑の中に閉じ込められているわけで、ホムスビも行方知らずだ。

 アマツマラは石の上に座り込んだまま、そう焦るなと諭してきた。


『あたしらにできることはないからな。大人しく待っとけばいい。ホムスビも非常ビーコン付けてるしな』


 非常ビーコンは管理者機体が行方不明になった場合に点灯する無線標識だ。これさえあれば、救出隊の創作作業も捗る。

 そうであれば、やっぱり俺たちが下手に動くのは——。


『おーい! みんな無事っすか!? 動けるなら、ちょっと来てほしいっす!』

『どうした!?』


 突然、亀裂の底からホムスビの声が響く。それを聞いた瞬間、泰然としていたアマツマラが弾かれたように動き出す。彼女は亀裂に頭を突っ込むと大声で叫ぶ。


『何かあったのか!? 緊急事態か? 破損箇所は? 危機レベルは?』


 怒涛の勢いで捲し立てるアマツマラ。落ち着いているように見えて、妹が目に見えないという状況にはやはり冷静でいられなかったのだろう。


『あ、わたしは平気っす。動けるっすよ』


 ホムスビの声は元気そうだ。その言葉に、アマツマラはあからさまに安堵する。


『それで、何があった?』

『亀裂の下に別の廃坑があって、そこも落盤してるっす。で、そこに調査開拓員さんが一人巻き込まれて、土砂の下敷きになっちゃってるっす!』

『マズいな。救出できそうか?』

『わたしだけじゃ厳しいっすね。協力してほしいっす』


 どうやら、俺たち以外にも不幸にも落盤に巻き込まれた被害者がいるらしい。ホムスビの声を聞いて、俺たちは迷うことなく判断する。亀裂の深さ的に、管理者はともかく俺は飛び降りたら自殺になってしまうだろう。

 槍を壁面に突き立て、反対側に背中を押しつけ、イザナギを抱きかかえてゆっくりと降りていく。白月とアマツマラだけ自由落下で先行していた。ずるい。


『レッジさん! 無事で良かったっす!』


 20メートルは降っただろうか。ようやく地面に立つことができて胸を撫でおろす。とはいえ、そこもひどい落盤で、前にも後ろにも行けないような状態だ。


「これ、誰か一人上に残した方が良かったか?」

『どうせ引き上げるのは無理だろ。全員で固まってた方がいい』


 少し失敗したかと思ったが、アマツマラの言葉で慰められる。

 それで、哀れな調査開拓員はどこかと見渡すと、瓦礫の中から2本の足がピョンと飛び出している。さっきのアマツマラもこんな感じだったな。


「あれ?」


 その足を見て、首を傾げる。それは黒い金属製の機械脚だった。覚えがあったのは、幾度となく間近で見てきたからだ。


「これ、レティとおんなじ奴だな」


 少しモデルが古いが、ネヴァが作った機械脚だ。タイプ-ライカンスロープ、モデル-ラビット限定装備で、その脚力を大幅に補強するもの。彼女は今もその発展系を使っている。

 思わずレティの名前を出した瞬間、その機械脚がピクンと動く。とりあえず、生きてはいるようだ。


「引っ張れば抜けるか?」

『やってみるっす!』


 俺が右足、ホムスビとアマツマラが左足を掴み、一緒に引っ張る。なんだかデカいカブを抜いているような気持ちになるが、これ以上の応援は望めない。


「せーのっ!」

『ふんぬぬぬっ!』

『とりゃあああっ!』


 息を合わせて力を重ね、思い切り引っ張る。

 ズボ、と下半身が露わになる。それを見て、俺はまた首を傾げた。


「この装備、やっぱ見たことあるな。ていうか、レティが前使ってたやつだ」


 黒鉄鋼を使った軽装鎧。機械脚と合わせた際の一体感もあり、割と長い間強化を重ねつつ使っていたものだ。

 なんというか、今のところ俺の中でこの調査開拓員の印象が数世代前のレティになっている。


『とりあえず、全部引き抜くぞ』

「お、おう。よしっ」


 アマツマラに急かされ、再び足を引く。何かつっかえているような抵抗を受けながら、力任せにぐいぐいと引っ張る。


「い、いだだっ!」

「お、声は出せるみたいだな」


 土砂の中からくぐもった少女の声がする。ていうか、めっちゃレティに似た声がする。このあたりで、俺もかなり違和感を覚えていた。


「せーのっ!」

『ぬぬぬっ!』


 最後の一息。

 イザナギも俺の腰に掴まり、一緒に引っ張ってくれる。その力添えもあって、謎の調査開拓員はポコンと抜けた。

 土に塗れれた赤髪が広がる。線の細い体は、レティとよく似ている。ただ一点、おそらく土砂の中でつっかえていたらしい、大きな胸以外。


「うわわわっ!?」


 偽レティとでも言えそうなほど、俺の仲間にそっくりな彼女は、胸を揺らしながら地面を転がる。よろよろと立ち上がり、俺を見て、ルビー色の瞳をぱっと輝かせる。


「あ、あなた!」

「うおっ!? お、俺?」


 彼女は元気よく俺の間近まで詰め寄り、小さな顔で迫ってくる。俺の手を握り、期待に満ちた目で言った。


「あなた、レッジロールしてる人ですか!?」

「えっ?」

「ここで会ったのも何かの縁。いや、レティ様のお導き! 私と一緒に〈白鹿庵〉ロールしませんか!?」

「えっ」


 土砂に埋まっていたことなど微塵も感じさせない熱烈な勢いだった。俺も、ホムスビとアマツマラも、彼女の元気についていけない。


「あれ? そこにいるのは管理者? え、ていうか白月ちゃん!? え、イザナギちゃん!? あ、え、あ、え……?」


 反応に困って立ち尽くしていると、向こうが勝手に違和感を見つけてくれる。彼女は周囲をキョロキョロと見渡し、そこに立つ管理者や白月たちに気付く。そうして、オロオロとして俺に視線を戻す。


「あ、あの……。もしかして……本物?」

「何を本物とするか分からんが……。俺は〈白鹿庵〉所属のレッジだよ」

「きゅぅ」


 フレンドカードを取り出して見せる。それを確認した偽レティの少女は、ふらふらと足元から崩れ落ちた。


━━━━━

Tips

◇“黒鉄の軽鎧”

 黒鉄鋼を主軸に物理防御力を高めた頑丈な鎧。機動力を確保するため、無駄を削いでいる。

 更に“黒鉄の機械脚”と接続するため、細部をカスタムしている特注品。

▶︎キャパシティデータ

 『頑丈』『頑強』『機敏』『跳躍』『流転』

 『覚醒』『耐毒』『耐雷』『耐火』『耐水』


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