第947話「術式の正体」

 第二八大坑道から分かれた枝道を進むと、由来不明人工構造物-アマツマラ0201があった場所にたどり着く。現在は大爆発の影響で見るも無惨な光景が広がっているが、黄色と黒のカラーをした重機NPCたちが瓦礫の撤去を行っていて、奥に続く廃坑の口は見えていた。


『ここが現場っす』

「これはなかなか……」


 あの廃坑の中からこちらへ出た時は、周囲をじっくりと眺める余裕もなかった。改めて周辺一帯の様子を眺めて、イザナギが放った黒弾の強さを知る。非破壊オブジェクトである〈ウェイド〉の構造もぶち抜けるくらいだから、これでもかなり出力は抑えてたんだろうな。


『重機NPCの使用に係るコスト、枝道で採掘できない機会損失。爆発に巻き込まれた調査開拓員の機械人形製造費、瓦礫処理、崩落対策、由来不明人工構造物の喪失……。色々払ってもらわねェとなァ?』

「ぶ、分割払いでなんとか」


 胸ぐらを掴みかからんと迫るアマツマラ。これほどの被害を見れば、のらりくらりと躱すわけにもいかない。被害額合わせたら何億ビットになるんだろうな?


『安心してくださいっす。今回の件は別にレッジさんが全面的に悪いタイプのものではないっすから。ウェイドと協議しながら、落とし所を探ってるっす』

「ホムスビは優しいな……」


 ずっとそのままで居てくれ、とホムスビの短い赤髪を撫でる。彼女はくすぐったそうに笑い、廃坑の前まで飛び降りた。


『っと。それで、イザナギにもいくつか聞きたいことがあるっす』

『わたし?』


 名前を呼ばれたイザナギは首を傾げる。皮膚が裂けて血が出るのを予見して、構えていた包帯を巻きつける。イザナギのちょっと動いただけで傷ができるほど脆い体もどうにかならんものかね。


『ここに埋まってて、廃坑の入り口を固めていた由来不明人工構造物-アマツマラ0201なんすけど。既存のどんな方法を使っても、一切傷が付かなかったんす。それこそ、現在研究が進んでいる物質系スキルでも』


 それは、クナドも把握していなかった石の扉のことだ。破壊の専門家たちが気炎を上げて挑んだが、一人の例外もなく僅かな亀裂さえ与えられなかった。調査開拓団の技術力を遥かに凌駕する未知の構造物だ。

 イザナギはそれを黒弾の一発で破壊した。

 そのせいで長い時間と手間を掛けた調査が泡沫と化したわけだが、俺たちはそれに助けられたのだから功罪を計るものではない。


『もし、この構造物について何か知ってるなら、教えてほしいっす』


 アマツマラ0201の石扉部分は完膚なきまでに破壊されたが、その上下左右へ広がる壁面は無事だ。その表面に刻み込まれた複雑精緻な紋様を撫でながら、ホムスビは頼み込んだ。


『この構造物をぶっ壊した攻撃についてもだ。その辺に転がってる瓦礫なら使ってもいいから、教えろ』


 アマツマラは足元に落ちていた構造物の破片を手に取る。彼女たちにはその欠片さえ作ることはできないが、イザナギの黒弾を解析できれば、それは心強い技術となる。

 二人の管理者から見つめられ、イザナギは廃坑の前まで瞬間移動する。扉部分の破壊された構造物にそっと触れて、何かを思い出そうとしているようだった。


『これが何か、しらない。でも、術式的な意味が乗せられている』

『また術式っすかぁ』


 探るようなイザナギの言葉に、ホムスビが目を閉じる。零期団関連はとりあえずなんでも術式だ。ホムスビたち一期団は全く知らない、未知の技術体系である。


『物理攻撃が効かなかったのは、たぶん、物理完全隔絶障壁のせい」

「物騒な名前だな」


 文字通り、物理的な影響を全て拒絶する最強の盾だ。そんなものが自在に扱えるとなれば、かなり調査開拓活動が躍進することだろう。


『つまり、アタシらはその石壁に触れることすらできなかったってことか?』

『その認識で間違っていない。単純な接触は無限遠の拒絶を受ける』

『で、イザナギは何をしたんだ?』

『破壊術式を練って投げた』

『また術式っすかぁ……』


 ホムスビが更にガックリと肩を落とす。まあ、大体予想はしてたが。

 破壊術式とはなんだと更なる説明を求めるアマツマラに対し、イザナギは掌を広げてみせる。空に向けたその上に、黒いソフトボールほどの大きさの球体が現れた。


「これが破壊術式?」

『うん』


 しっかりと見る機会はなかったので、目を近づけて観察してみる。渦巻く闇のようなそれは、よくよく見てみると黒いわけではないような気がしてくる。なんというか、光すら吸い込んでいるかのような。


「って、ブラックホール!?」

『そう呼ぶ場合もある』


 イザナギがこくりと頷くと、ホムスビとアマツマラがいきなり俺の腕を掴んで、同時に後方へ投げ飛ばした。


「うおおおおっ!?」

『総員退避!』

『イザナギはそれを早くしまえェ!』


 作業中の重機NPCたちがそそくさと坂を登って消えていき、アマツマラが激しい声を上げる。豹変した二人の管理者に戸惑いの表情を浮かべながら、イザナギは破壊術式を握り込むようにして消した。

 完全に消滅したのを確認して、ホムスビたちは足元から崩れ落ちる。


『心臓に悪いぜ、まったく』

『やっぱりちゃんとした実験環境を整えてからの方が良かったっすね……』


 どうやら二人は、イザナギの破壊術式がブラックホールであると聞いて、緊急回避措置を取ったらしい。


「イザナギは過去2回あの術式を使ったが、ちゃんとコントロールできてたんじゃないのか?」

『そりゃそうっすけど、万が一という事もあるっすから』

『ブラックホールって分かってたら、こんなところで実験させねェよ』


 地面に座り込んだ二人は、どこか納得のいったような顔つきだ。


『ブラックホールっすかぁ。そりゃ、なんでも壊すっすよね』

『とりあえず管理者に連絡だなァ。あ、イザナギ』


 アマツマラが顔を上げる。ぽつねんと立ち尽くしていたイザナギが振り向く。


『今後は許可が出るまで使わないでくれな。イザナギがその術式を完璧に制御下に置いてるってのは分かってるが、何かの拍子で暴走したらそれこそ惑星そのものの終わりだ』

『……分かった。許可が出るまで使わない』

『イザナギが素直で良かったよ。レッジだったらこうはいかねェからな』

「おい、なんでそこで俺を引き合いに出すんだ」


 突然槍玉に挙げられて抗議するも、無視される。

 しかし、イザナギはブラックホールまで意のままに操るのか。しかも手のひらサイズのものを自由に生成し、指向性を持たせて放つこともできる。俺がいま立っている場所は彼女の破壊術式ブラックホールによって破壊された跡だが、それにしては被害が少ないような気もする。


「イザナギはその術式を自由に動かせるのか?」

『サイズ、射程、威力、範囲。色々設定する。むしろ、そうやって制限を掛けないと、みんな危険』


 極小のブラックホールに更にいくつも制約を付け加えることで、制御できるサイズにまで押し込んでいるのか。彼女が全力で術式を使えば、彼女自身も危うくなるとは。

 イザナギ自身が無表情だから分かりにくいが、攻撃方法としてかなりアグレッシブだ。


「ま、本当の危機的状況だといちいち許可取ってる暇もないからな。使う必要があるって判断したら使っていいんだぞ」

『さっきのアマツマラの指示と矛盾する』

『おい、変なこと吹き込むんじゃねェよ!』


 イザナギに怪我がないのを確認していると、突然TELがかかってくる。応答するよりも早く強制的に通話が繋がり、勢いよく少女の声が飛び込んできた。


『レッジ! あなたついにブラックホールなんて作ったんですか!?』

「待て待て待て! 誤解だ!」


 鬼気迫る声はウェイドのもの。いつかやると思ってましたが、などと言っているが物凄い誤解である。


「俺じゃないから。イザナギの破壊術式だから」

『はぁ!? ………………こほん。すみません。では、以後気をつけるように』

「おい」


 アマツマラからの報告を確認したらしいウェイドは、長い沈黙の後に訂正する・

 なんなんだこの管理者は。早とちりして決めつけて。俺がブラックホールなんて生み出すわけないだろうに……。


「あっ」

『なんですか? 場合によってはホムスビたちに拘束を要請しますけど』

「ああ、いや。なんでもない。イザナギには許可なく破壊術式を使わないようにアマツマラが指示を出したからな。問題ない」

『本当ですかぁ?』

「本当に俺って信用ないんだなぁ」


 最後まで疑いが晴れないまま、通話が切れる。ウェイドめ、俺が本当にブラックホールを発生させてたらどうしてたんだ。


「で、このあとはどうするんだ?」

『予定では坑道の中も少しだけ見に行くことになってるっす。二人とも大丈夫そうなら、行きますか?』

「俺は大丈夫だぞ」

『いける』


 では、とホムスビが坑道の入り口に立つ。俺は持ち込んだ照明ドローンを飛ばして、暗い坑道内に光を流す。


『ま、すぐ帰ってくるつもりだからな。気負うこたねェよ』

「アマツマラ!」

『ほわっ!?』


 最後尾のアマツマラが気の抜けたことを言う最中、俺は天井の異音に気づく。咄嗟に彼女の手を掴み、坑道の奥へ引き込む。

 次の瞬間、轟音が響き、廃坑が落盤した。


━━━━━

Tips

◇破壊術式

 イザナギが使用する高密度大規模術式。外見上は黒色の球体。外部からの解析は全て失敗。

 ホムスビ、アマツマラによる突発的な検証の結果、極小の時空間異常点、重力異常点である可能性が示唆される。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る