第946話「現場の再検証」

 ホムスビが製造から販売まで行っている名物ホムスビ弁当は、頻繁にアップデートが繰り返されていることもありなかなか旨い。基本的に坑道で鉱石を掘っているプレイヤーたちに向けて作っているからか、塩気の多いのが特徴だ。

 イザナギもホムスビ弁当を気に入った様子で、姉妹たちの言い争いには一瞥もくれずに弁当の卵焼きを咀嚼していた。


「ほら、箸はこう使うんだ」

『ん……。こう?』

「そうそう。イザナギはすぐ覚えるから楽でいいな」


 最初は握り箸だった彼女も、少し教えただけで綺麗に持てるようになる。志穂に箸の使い方を教えてた時はなかなか大変だったなぁ……。

 郷愁に胸を締め付けられていると、ようやくアマツマラとホムスビの言い争いが落ち着く。


「結局どうなったんだ?」

『レッジさんに対するペナルティは後日改めて送るっす』

「あっはい」


 そこはしっかりしてるんだなぁ。なんだかんだ言って、ホムスビもしっかり管理者である。


『それとは別に、レッジさんには第二十八大坑道に来てもらいたいっす。そこで、実際の被害を確認してもらうっす』

「そっちは問題ない。元々行くつもりだったからな」


 俺がイザナギと共に〈アマツマラ地下坑道〉へやって来たのは、それが目的だった。〈窟獣の廃都〉から廃坑を通り抜け、イザナギの助けを借りてこの坑道に出てきた。その現場をもう一度確認しておきたかった。


『なら、さっさと行くぞ』

「アマツマラもついてくるのか?」


 先陣を切って歩き出すアマツマラ。てっきりここまで来たらホムスビに後を任せて地上へ戻るものだと思っていたから、その行動は少し意外だった。


『当たり前だろ。ホムスビだけに任せてたらどうなるか分かったもんじじゃねェからな!』

「イザナギってそんなに怖いか?」

『てめェのことを言ってんだよ!』


 ぷんぷんと怒りをあらわにしながら、アマツマラは制御塔の外に出る。ホムスビ、イザナギと共に彼女の後を追い、街中にあるトロッコの発着場に入る。


『そこのトロッコ路線で一気に目的地まで行けるっす』

「乗るのはトロッコじゃないんだな」


 大きな線路の終端に載っていたのは、四輪の軌道自転車だ。保線作業なんかで作業員の移動のために使われることでお馴染みのアレである。


「もしかして、これ漕ぐのって……」

『わたしとレッジさんで頑張るっす!』


 動力がないことに肝を冷やしたが、どうやらホムスビも手伝ってくれるらしい。二馬力ならなんとかなるだろう。


『ほら、早く乗り込め』

「はいはい」


 アマツマラに急かされて、軌道自転車のサドルに跨る。イザナギと白月は真ん中の金網に座って、準備万端だ。


『それじゃ行くっすよ!』


 ホムスビの合図でペダルを漕ぎ出す。チェーンが回り、想像よりも軽い力で軌道自転車が動き出す。速度がぐんぐん上がり、線路上を滑らかに進む。イザナギの黒髪、アマツマラの赤髪が風に靡く。


「ホムスビって毎日弁当売りに回ってるんだろ? そのたびにこの自転車漕いでるのか?」

『いえ。最初はそうでしたけど、調査開拓員さんたちが小型トロッコを作ってくれたっす。おかげでかなり楽になったっす!』


 ニコニコと花のような笑顔で語るホムスビ。彼女が調査開拓員たちに人気なのも頷ける。この子はいい子だ……。


『調査開拓員さんがいないと、わたし達は何にもできないっすからね。せめてお腹いっぱい食べて元気に働いてもらいたいっす』

「ホムスビはいい子だなぁ」

『え、ええっ!?」


 素直で純真な少女に、ついそのままでいてくれと思わずには居られない。ウェイドも彼女を見習って、俺に感謝の気持ちを抱いてくれていると嬉しいのだが。具体的には、植物園の管理者権限とか欲しい。


「うおっ!? おっさん!?」

「おっさんが自転車漕いでる!」

「ホムスビちゃんだー!」

「アマツマラの姐さんもいるじゃん!」

「いえーい! ホムスビちゃん見てるー!?」


 線路上を走っていると、坑道で作業中のプレイヤーたちが手を振ってくれる。ホムスビは名前を呼ばれるたびにぶんぶんと大きく手を振り返しているし、アマツマラも邪魔くさそうな顔をしながらも少し手を動かして応えている。

 そういう姿を見ても、ホムスビたちは調査開拓員からの人気が高いのだと実感する。やはり、管理者自身がフィールドに繰り出し積極的に交流を図っているのが大きいのだろう。


「おっさん、さっき奥でレティちゃん見かけたぞ!」

「えっ?」


 賑やかなプレイヤーたちの声の中に気になるものがあった。レティは今、ログインしていないはずだが……。

 詳細を尋ねようにも、発言したプレイヤーはもう遥か後方だ。フレンドリストを確認しても、レティはログインしていない。


「どういうことだ?」

『そっくりさんってことですかね? 坑道で働く調査開拓員さんたちは結構赤髪も多いですし』


 首を傾げる俺に、ホムスビがそんなことを言う。ここのプレイヤーたちに赤髪が多いのは、レティよりもホムスビやアマツマラの赤髪に似せたいという理由からだろうが。


「この奥で見たらしいし、うまくいけば会えるかもしれないな」

『そっすね。とりあえず、もうすぐ着くっすよ!』


 快適な軌道自転車の旅もやがて終わりを告げる。大きな坑道の奥に見えて来たのは、黄色いテープや三角コーンで立ち入りが制限されたエリアだ。大爆発の影響を色濃く残し、地面と壁が大きく抉れている。


「ここか」

『っす! 今は特定の任務を達成した調査開拓員さんしか入れないようにしてるっす』


 レッジさんは〈窟獣の廃都〉に行ったことがあるので大丈夫っす、とホムスビがテープを持ち上げる。イザナギと共にテープの向こう側に進み、その甚大な被害をあらためて目の当たりにした。


「なかなか凄いことになってるな」

『だから言ってるだろ。きっちり落とし前付けてもらうからな』


 釘を刺してくるアマツマラに頷く。そんなに警戒しなくても、逃げたりしないって言うのに。


「これ、廃坑の入り口はまだ先だよな?」

『そうっすね。ここからは少し歩くことになるっす』


 ホムスビが先頭に立ち、瓦礫の坂を滑り降りていく。こうして見直してみても、イザナギがやったとはなかなか信じられない。穴は斜め下へまっすぐ続いていて、硬い岩盤を易々と貫いている。所々補強もされているが、いつ落盤してもおかしくない雰囲気だ。


「廃坑からコボルドたちが出てきたりはしてないのか?」

『一応扉を作って監視してるっすけど、そういうのはないっすね』


 〈窟獣の廃都〉は発見直後から次々と攻略系バンドが調査を行っている。コボルドの翻訳機開発計画も、ドワーフたちを巻き込んで進行しているらしい。それでもまだまだ謎は多いようで、特に廃都の周辺にある入り組んだ廃坑の探索に時間が掛かっているのだとか。

 一応、俺は第一発見者になるので、その調査に参加しないというのも無責任な話かもしれない。


「クナドは戻ってきたことあるのか?」

『まだその許可は降りてないっすねぇ』


 クナドならば色々知っていることもあるはずだが、彼女が廃都や封印杭に戻ることは許されていない。仮にそれが原因で〈ウェイド〉の陥落事件が再発したら対応するだけのリソースがまだ回復しきっていないのだ。

 そんなところにイザナギを連れてきてもいいのか、という問題はあるが。そっちは俺が責任を負ってる感じなんだろうか。


「イザナギ、何か気になるところがあったらすぐに教えてくれよ」


 キョロキョロと周囲を見渡しているイザナギに声を掛ける。ここに彼女に関する何かがあるかどうかも分からないが、手掛かりでも見つかれば一歩前進なのだ。


『ん……』


 穴を進んでいると、突然イザナギが立ち止まる。彼女は後ろを振り向き、周囲を見渡した。


「どうした?」

『……。うさぎ?』


 彼女も確証がないのか、首を傾げながら言う。俺も周囲の気配を探ってみるが、何も違和感はないように思える。


『レッジさん、こっちっすよー』

『あんまり遅れんなよ』


 そうこうしていると先を歩くホムスビたちに急かされる。俺はイザナギの手を引いて、彼女たちの後を追いかけた。


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Tips

◇ホムスビ-スタイル

 貴方を磨く、うつくしく。美容系専門集団〈ヴィーナス〉のヘアスタイリストが新たに提案する管理者スタイル。シード02-アマツマラの管理者ホムスビちゃんをイメージしたモデル。鮮やかなスカーレットの短髪に、星のような煌めきを散りばめて。活発で明るい後輩系の愛嬌をあなたに。


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