第945話「文化的な食生活」
『はぁ!? ちょっと、どういうことよ説明しな——』
「とりあえずよろしく頼むよ」
〈ワダツミ〉の別荘にいるカミルに、強制家宅捜索の対応をお願いして通話を切る。俺が両手を上げると、弾まで装填していた警備NPCたちをコノハナサクヤが停止してくれた。
『マジで反逆罪で訴えられたくなかったら、今後は栽培計画を作った時点で我々に提出してくださいね』
「そう言われても、その時のノリと勢いで始めるからなぁ」
『ノリと勢いで危険物量産するなと言ってるんです!』
〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉での要件も無事に終わり、残念な結果ではあったがイザナギの能力の限界を知れたのは収穫だった。コノハナサクヤは引き続き監獄闘技場でかつての同僚たちの蘇生を試み続けることになる。
「じゃ、頑張ってな」
『貴方が仕事を増やさなければもっと頑張れるんですけど』
「はっはっは」
コノハナサクヤと別れを告げ、ヤタガラスに乗り込む。窓側の席に陣取り、窓の外を眺めるイザナギと共に、次の目的地へと向かう。
「うわっ、おっさん!?」
「おっさんだ!」
〈ミズハノメ〉でヤヒロワニに乗り換えるため駅のホームに降り立つと、顔も知らないプレイヤーたちに声を掛けられる。彼らは俺の隣に立つイザナギを見ると相貌を崩してひらひらと手を振った。
『こんにちは』
「うおわ、しゃべった!?」
「こ、こんにちは!」
イザナギが会釈すると、それだけでプレイヤーたちは大きな反応を見せる。彼女は言語機能が少し破損していただけで、それが修正された今は普通に会話も可能なNPCなのだが、いまだにそれを知らない者も結構いるのだ。
「おっさん、イザナギちゃんガリガリなのなんとかならないの?」
「いやぁ。普通に食事を取っても太るわけじゃないみたいでね」
全然知らないプレイヤーに話しかけられた。最近は〈白鹿庵〉も有名になってきたから、こうして知らない人と会話する機会も増えていた。こっちも慣れたもので、肩をすくめる。あんまり敬語で話すと何故か警戒されてしまうため、最近では初めから腹を割っている。
イザナギはネヴァの工房でもお菓子を貰っていたし、結構食べる方だ。しかし、身体組成そのものが特殊なのか、食べたからといって今の皮と骨だけの姿が変わるわけでjはない。機会人形でもないので、別の機体に換装というわけにもいかないらしいしな。
「ほら、これ。〈老骨の遺跡島〉の“
「貰っていいのか?」
「いいのいいの! こいつ食べてイザナギちゃんが元気になってくれたら満足だからさ」
『ありがとう。……おいしい』
イザナギは袋に入った何かのジャーキーを受け取ると、スンスンと匂いを嗅いでからパクリと食べた。彼女はその痩せすぎな上に包帯だらけの痛々しい風貌ゆえか、こうして道すがら食べ物を貰うことも多い。
「俺の作ったジャーキーがイザナギちゃんの血肉になるなら本望さ!」
「お、おう……」
彼のようなことを口走る者も少なくない。食べても太らないと言ってるんだがなぁ。
ま、イザナギが嬉しそうにしているのだったら、こっちとしても言うことはない。
「じゃ、俺たちこれで!」
「イザナギちゃんまたな!」
『ばいばい』
ジャーキーで餌付けするだけして、二人組はホームに滑り込んできたヤタガラスに乗り込んでいく。車窓ごしに手を振る彼らにイザナギも手を振りかえし、俺たちも移動を再開する。
「ジャーキー美味いか?」
『おいしい。食べるのは、楽しい』
海中を貫通する透明な真空管の中を高速で移動するシャフト。高速海中輸送管ヤヒロワニの中で、イザナギはモグモグとジャーキーを頬張っていた。彼女の腕の中には、ヤタガラスからヤヒロワニに乗り換える道中に次々と受け取った様々な食べ物が抱えられている。
やっぱり彼女はプレイヤーたちの庇護欲を誘うようで、気づいたらこんなにたくさん持っていた。
「管理者もそうだが、食べるのが好きな奴は多いな」
『管理者のことはよく分からない。でも、食事は初めての経験』
「そうなのか? 黒龍って言うくらいだし、生物だと思ってたが」
ジャーキーを食べおえ、クッキー缶を開けるイザナギ。宝石のように綺麗なお菓子がずらりと並ぶ様子に、包帯の下でにこりと笑う。
『イザナギは高密度大規模術式思念体。活動のエネルギーは地脈から供給される。食事は不要』
「そうだったのか」
『それに、第零期先行調査開拓団の活動中は、料理という文化的行為自体が実行困難だった』
言われて納得する。第零期団の役割は、本来居住に適さない環境だった惑星イザナミを、大規模なテラフォーミングで大まかに整えること。星に弾丸を打ち込んで月を新たに作ったり、大陸を割って海を慣らしたり、そんな天変地異を次々と引き起こしていたと聞く。
そんな状況下で料理をしている暇もないわけだ。
「そういうことなら、今度の料理イベ行ってみるか?」
『料理イベって、美味しい?』
「イベントだよ。公式じゃなくて、調査開拓員たちが勝手に開いてるやつだけどな」
FPOは公式——管理者側から発令される特殊開拓指令などの大規模イベントの他に、調査開拓員企画というユーザー側が企画するタイプのイベントも存在する。ユーザーイベントとはいえ、申請すれば運営からの支援も得られる。中には定期的に開催して人気を博し、半ば公式イベントと化しているものもあるのだ。
今週末に開催される“激突!料理王決定戦”も多く回を重ねている人気イベントだ。〈三つ星シェフ連盟〉という有名な料理系バンドが主催しており、多くの料理人たちが各回のテーマに沿って料理を作る。それを審査員が食べて、最も良かったものを決める。
テーマは毎回異なっており、過去には“激辛料理編”“激すっぱ料理編”など地獄絵図が広がった過激なものもある。たしか、今回のものは“激デカ料理編”だったはずだ。
『楽しそう』
「そうか? じゃあ、レティに話つけとくかね」
ウキウキと腕を動かし、肘のあたりをパックリと開いて血を流すイザナギ。冷静に包帯を巻き直しながら、それならばとレティに相談してみる。なぜ今回の料理王決定戦のことを知っていたのかといえば、“激デカ料理編”の特別審査委員にレティが抜擢されたからなのだ。
「ともあれ、それはもうちょっと先のことだからな。今はやらなきゃならんことがある」
『うん。わかってる』
そう言いつつも、イザナギは少し肩を落とす。イベントに参加するのは彼女の教育にとっても有意義だろうし、ぜひ楽しみにしていて貰いたい。
ヤヒロワニが〈ワダツミ〉に到着する。そこから更にいくつかの交通機関を乗り継いで、ようやく辿り着いたのは〈雪熊の霊峰〉中腹に位置する地下資源採集拠点〈アマツマラ〉である。
「ふぅ、やっと着いたな」
『さむい』
「これ着とけ。風邪とか引くのか知らないけど」
ヤタガラスから降りると、雪で冷えた空気が吹いてくる。イザナギの肩に厚手のケープを羽織らせていると、金属製のホームを駆ける大きな足音が近づいてきた。
『レッジィィイイイッ!』
「うおわっ!?」
勢いよく飛び込んできたのは赤髪の少女、この施設の管理者を務めるアマツマラだった。彼女は勢いよく跳躍すると、俺の腹目がけて蹴り込んでくる。
しかし、ここは非戦闘区域。しかもハザードモードですらない彼女の攻撃は痛くも痒くもない。ぽふっと飛び込んできた彼女を受け止めると、悔しそうに唇を噛んで睨みつけてきた。
「初っ端から大層な歓迎だなぁ。何があったんだ」
『何があったんだじゃねェよ! ウチの坑道ブチ壊しやがって!』
開口一番に激昂するアマツマラに首を傾げる。ウチの坑道というのは、この地下に延びている〈アマツマラ地下坑道〉のことで間違いないだろうが……。
「いや、あれは俺が壊したわけじゃなくてだな」
『御託はいい! とりあえず来いッ!』
「うわっ」
その小さな体から想像もつかない怪力で、グイグイと引っ張られる。突然のことにイザナギもキョトンとしながら、俺の後ろを着いてきた。
「もしかして、俺たちが〈窟獣の廃都〉から脱出した時のことか?」
思い当たるものを一つ見つけて、聞いてみる。アマツマラは赤い瞳に炎を燃やす。
『ようやく思い出したか。アレの被害額の計算でホムスビの奴も泣いてたんだぞ』
「俺に言われても……。あれはほら、イザナギが——」
『イザナギの保護者はテメェだろ!』
「ぐええ」
反論しても即座に封殺されてしまう。管理者って頭の回転早いよなぁ。
『私のせい?』
「いや、まあ、イザナギは気にしなくていいさ。悪気があったわけじゃないだろ」
怯えるイザナギに笑いかけ、大人しくアマツマラに連行される。ゴンドラに乗り込んだ俺たちは、そのまま〈ホムスビ〉へと直行した。地下の巨大空間に建設されたシード02-アマツマラ、またの名を〈ホムスビ〉という都市は、今日もそこかしこで金属を叩く激しい音を響かせていた。
俺たちは真っ直ぐに都市中央の制御塔へと向かい、その中に入る。
『おう、ホムスビ! レッジが来たから連れてきたぞ!』
スサノオが大きな声を響かせると、奥から騒々しい物音がする。
随分と仕事が立て込んでいるようで、エントランスにまで鉄鉱石やら原石やらが積み上げられている。それらを飛び越えて、アマツマラに似た赤髪の少女が現れた。
『うわーーーっ!? ちょ、姉さん何やってるんすか!』
『何って、レッジを連れてきただけだぞ?』
『レッジさんにはわたしから連絡するって言ったじゃないっすか!』
『そんな悠長なことしてっと、また別のところで騒ぎ起こしちまうぞ、コイツは』
なんか、姉妹間で齟齬があったらしい。突然勃発した言い合いに、完全に蚊帳の外となった俺とイザナギは立ち尽くす。
「あー、ホムスビ。長くなるようなら弁当でも買ってきていいか?」
『うわっ!? す、すみません! ホムスビ弁当用意するっすよ!』
ホムスビは機敏な動きで俺とイザナギに弁当を渡してくれる。代金を支払う間も無く、二人の管理者は火のように激しい言い合いに戻っていくのだった。
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Tips
◇“
〈老骨の遺跡島〉に生息する“
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