第944話「慈愛の監獄で」

 ウェイドから受注した特別任務【黒龍の解放】を進めるため、俺はイザナギを連れて開拓領域の各地を巡ることとなった。その足掛かりとして選んだのは、第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉は第一域〈花猿の大島〉である。


『何しに来たんですか?』

「いきなりひどいこと言うな……」


 大島のほぼ中央に位置する森の中、そこに〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉が存在する。そこを訪れた俺は、管理者直々に迎え入れられ、開口一番に警戒心をバチバチと発する言葉を浴びせられた。

 コノハナサクヤは闘技場内にある柱に身を隠し、顔だけをこちらに覗かせている。いつでも逃げられるように退路を確保しつつ、俺とイザナギの周囲には警備NPCがずらりと取り囲んでいた。


「ウェイドの任務で来たんだよ。ほら、ここに収監されてる黒神獣も汚染術式ホルダーだろ?」

『なるほど、そういうことでしたか』


 両手を上げて敵意がないことを証明し、来訪の事情を説明する。コノハナサクヤはそれを聞いて、ようやく納得してくれたのか全身を露わにした。


「なんでそんなに怖がるんだよ。イザナギはおとなしい良い子だぞ?」

『良い子だよ』


 イザナギの頭を撫でながら、少し非難する。彼女も元々は同じ開拓団の仲間だというのに、ここまで敬遠されるのは辛いはずだ。

 しかし、コノハナサクヤは「お前は何を言ってるんだ」と言わんばかりの目付きで俺を睨む。


『イザナギよりも調査開拓員レッジ、貴方を警戒していたんですよ』

「はっ!?」

『何を驚いてるんですか。植物型原始原生生物の秘匿栽培、所持、乱用。シード02-スサノオベースラインの壊滅、警備NPCの破壊……。いくらでも罪状を読み上げられますが?』

「うぐぅ」


 全部事実だから反論できない。とはいえ、これも全部開拓団のためを思ってやったことなのに……。

 どうやらコノハナサクヤは俺が前触れなくやってきたことで、自身が管理する〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉まで〈ウェイド〉の後を追うことになるのを危惧していたらしい。あそこを壊したのは〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉の侵攻という止むに止まれぬ事情があったからで、特段理由なく暴れ回る化け物じゃないんだが。


「ともかく、ここへ来た理由は話した通りだ。できれば、見せてもらいたいんだが」

『そういうことでしたら。警護は付けますが、ご了承くださいね』

「もちろん」


 警備NPCに周囲を取り囲まれながら、監獄闘技場の奥へと向かう。普段、調査開拓員たちが立ち入る場所から更に裏側へと向かい、そこに収監されている黒神獣たちに会いに行く。捕縛され、簡易輪廻循環システムとやらを適用されているとはいえ、黒神獣は一体だけでもボスとして君臨する強力な個体だ。だからこそ警備NPCが周囲を見張ってくれているのだと思うのだが——。


「なあ、コノハナサクヤ。なんで警備NPCの銃口がこっちに向いてるんだ?」

『潜在的な危険度が一番高い対象をマークするように設定されていますから』

「じゃあバグってるな」

『正常ですよ』


 本当にコイツらは護衛なのか……?

 冷酷なコノハナサクヤとやり取りをしつつ歩くと、やがて装飾のない無骨な内装の区画へやってきた。いくつもの檻がずらりと並ぶが、そのほとんどが内側から破られている。


「なあ、ここって元々はどれくらいの黒神獣が封じられてたんだ?」

『記録のサルベージはまだ完了していませんが、推定で20体以上と出ています。大半は脱走したか、他の黒神獣に捕食された可能性もありますが、すでに存在しません』

「黒神獣って共食いするのか……」

『共食いというか、同化ですけどね。コシュア=エグデルウォンは二つの神核実体を持っていたでしょう? あんな感じで複数の神核実体を取り込むことができれば、そのぶんが単純に強さとなりますから』

「ははぁ」


 脱走した黒神獣がどれほど遠くまで逃げたか、それは既に分からない。あまりにも時間が経ちすぎているため、どこにいても不思議ではないのだ。

 実際、隠しボス的にフィールドの片隅に潜んでいた黒神獣が見つかることもあり、その度に〈大鷲の騎士団〉などの実力派が押しかけてボコスカ殴って、この監獄に移送されてくる。


「それで、今はこれだけの数が収容されてると」


 壊れた檻の森を抜けると、中身入りの檻がずらりと並ぶのが見える。流石にどれもコシュア=エタグノイがコノハナサクヤとなってから新たに作られた新しい設備で、黒い体色の獣たちが収まっている。ここから出せと獰猛に吠えるもの、隅の方で怯えて丸まっているもの、我関せずと眠っているもの、その様子は様々だ。

 ここにいる黒神獣たちが、表の闘技場へと引き摺り出され、そこで調査開拓員たちと戦う。死ぬことで汚染術式の成長がわずかに減衰し、いつか白神獣としての力が勝れば、再び理性を取り戻すかもしれない。ここはそんな僅かな望みに全てを託した療養施設なのだ。


『現在収監されている黒神獣は全部で36体です』

「初めの頃よりだいぶ多いな」

『調査開拓員の尽力によるものです。中には2体でひとつの神核実体を共有しているものも居ますが、基本的に神核実体の数でカウントしています。神核実体を複数持つものも多少はいるので、個体数で言えば33体となります』


 それでもなかなかに多い。俺が別のところへ気を向けている間にも、他のプレイヤーが各地の黒神獣を捕縛していたのだろう。もしかしたら、黒神獣の捕獲を専門とするプレイヤーもいるのかもしれない。どんなビルドになるのか皆目見当もつかないが。


「イザナギ、こいつらの汚染術式を取り込めるか?」

『みてみる』


 俺たちがここへやって来たのは、イザナギが黒神獣の汚染術式を取り除けるか確かめるためだ。もしそれが叶うなら、ここに収監されている黒神獣たちを元の姿に戻せるかもしれない。

 イザナギは檻の前に立ち、勢いよく吠え立てる犬型の黒神獣を真っ直ぐに見つめる。足がすくみそうなほど恐ろしい形相で牙を剥き、檻の隙間からマズルを突き出す獣の正面に立ち、少女は冷静さを保っていた。

 静かに真っ直ぐに獣を見つめる。しばらく無言の時間が続き、黒神獣の吠え声だけが聞こえる。

 ていうか、イザナギが離れたのに警備NPCたちは俺の周囲からいっさい動かない。どうなってるんだ。銃口もこっちに向いたままだし。ここ、一応非戦闘区域だよな?


『……無理っぽい』

「えっ」


 警備NPCたちに気を取られて、イザナギの言葉に少し反応が遅れる。


『無理というのは、どういう理由からでしょうか』


 代わりにコノハナサクヤが尋ねる。

 どうやら、イザナギはここの黒神獣たちから汚染術式を引き剥がすことができないらしい。


『結合が深すぎて、ほとんど一体化してる。無理に取り込めば、有機外装だけでなく、神核実体も破損する』

『そうですか……』


 コノハナサクヤの声に落胆はあれど、驚きはない。彼女も予想はしていたようだ。


『ここに収監されている黒神獣は、元々白神獣と呼ばれていました。とはいえ、私やエグデルウォン——オモイカネほどの神核実体を持っていたわけではありません』


 一口に第零期先行調査開拓団、白神獣と言っても、その内は様々だ。一期団もそうだが、管理者、調査開拓員、NPCと種類が存在する。

 一度汚染術式に侵された後、〈白き深淵の神殿〉で行われる〈ヨミガエリ〉プロトコルに耐えられるほど強力な神核実体を持っているのは管理者クラスのみ。調査開拓員やNPCクラスの下級団員は、その強烈な副作用に耐えきれず自壊してしまう。だからこそ、簡易輪廻循環システムというものでチマチマと砂の城を崩すように術式の除去を進めているのだ。


『あまり長く苦しませず、なんとか蘇らせてあげたかったのですが』

『ごめん』

『イザナギが謝ることではありませんよ』


 コノハナサクヤは慈しみの笑みを浮かべ、イザナギの頭を軽く撫でる。彼女はまた、全ての黒神獣が元に戻るまで、彼らを殺し続けるのだろう。

 俺はそんな彼女の優しさに胸を打たれて、農場の地下で栽培していた新作を正直に持ち込むことにした。


━━━━━

Tips

◇脅威測定システム

 警備NPCに標準的に搭載されるシステムのひとつ。索敵範囲内を自動的に走査し、その中で最も危険と判断した対象をマークする。ネットワークを介してデータベースにアクセスし、膨大な情報源から複合的な視点から判断を下すため、潜在的な脅威に対しても有効。


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