第942話「親子判定」

 パパ。父親。男親。お父さん。


「どどどどどどどどどどっ! どーいうことですかぁああああっ!?」

「うごべっ!?」


 思考がフリーズしている俺に、血相を変えたレティが猛烈な勢いで頭突きを敢行してくる。フレームが歪みそうな衝撃に後方へ吹き飛ぶと、ぼふんと柔らかなものが頭を受けとめる。


「いつのまに結婚システムなんて実装されたのかしら? 私、聞いてないけど」

「え、エイミー……さん?」


 なんか、凄い圧を感じる。笑顔は優しいのに、俺の肩を掴む腕の力は信じられないほど強い。


「わたしも教えて欲しいなぁ」

「わ、わたしも!」


 ラクトやシフォンまでグイグイと詰め寄ってくるし、離れたところではトーカが刀を準備している。ここ戦闘禁止区域だよな?


「俺自身分からないよ。ていうかイザナギの出自はみんなも聞いてるだろ!」

「そりゃそうだけどさ。ま、とりあえず本人に聞けばいいか」


 命の危険を覚えて訴えると、ラクトたちはすんなりと引き下がる。彼女たちもジョークであんな反応をしてきたのだろう。……それにしては随分と堂に入った迫真の演技だったが。

 ともかく説明を求めて、言語能力を修復したイザナギに向き直る。


「イザナギ、なんで俺のことをパパなんて言ったんだ?」

『パパはパパだから』


 説明になってねぇ!

 どうしてまったく接点のなかった封印中の総司令現地代理とかいう大層な肩書きの少女と、ただの一般調査開拓員でしかない俺の間に関係線が結ばれるのだ。


『パパはパパだし、ママはママ』

「ほわっ!? わ、れ、レティですか!?」


 混迷が深まる中、イザナギは更なる爆弾発言を投げてくる。彼女は隣に立っていたレティの腰を掴むと、彼女のことをママと呼んだのだ。


「どういうこと、レッジ?」

「ふーん。ふーん。そんなことしてたの?」

「待て待て待て待て」


 何故かエイミーとラクトが再び足元から震え上がるような恐怖の表情になる。

 俺は地獄の底で糸を掴むような気持ちで、イザナギに質問を投げつける。


「俺がパパで、レティがママだっていう理由はなんなんだ!?」

『……。二人の記憶が、私の中に継承されたから』

「あだだだだっ!?」


 イザナギの返答で、エイミーの腕がギリギリと俺を締め付ける。トーカが鯉口を切っている。ここ本当に戦闘禁止区域だよな?


『ククク……。我輩、失笑! 貴様ら、完全体ではないとはいえ、この我輩を打ち破りし英傑たちであるにも関わらず、何を狼狽えておる。この黒龍の鱗の言葉をなぜ理解できぬ!』


 そんな中で勢いよく立ち上がったのは、今まで隣でT-1が食べていた稲荷寿司に怯えて蹲っていたブラックダークだった。彼女は無駄に大仰なポーズを取りながら、混乱している俺たちに冷静になるよう呼びかけた。


『此奴はたった今、貴様らが封じ隠しておった“記憶の霊薬”を飲み込んだ。それは此奴の中に溶け、広がり、そして今渾然一体となって、ここに在る。なれば、自明のことであろう』


 ダメだ。ブラックダークの言葉も全然理解できん。


『ああ、なるほど。そういうことじゃったか』

「理解できたのか……」


 ぽむん、と手のひらを叩くT-1。驚くべきことに彼女はブラックダークの言葉を理解しているらしい。


『主人様もレティも、一度あの汚染術式に染められておった。その際に二人の情報も色々と吸収しておったんじゃろ。それがイザナギの身体——言ってしまえば元の場所に戻ることで、彼女の知識として共有された。じゃから、二人とも今のイザナギと親子関係にある、という話じゃろうな』


 なんて話だ。親子判定がガバガバすぎる。

 俺もレティも、先ほどイザナギが飲み込んだ汚染術式に感染していたから親子となった。そういう話ならば……。


「イザナギ、この人は?」

『ママ』

「この人も?」

『ママ』


 うん。エイミーを指し示しても、シフォンを指し示しても同じ答えが返ってくる。


「この人は?」

『ママじゃない』

「くっ!」


 予想通り、〈白鹿庵〉で唯一汚染術式の被害を受けていないラクトはママ判定から外れていた。何故かラクトはめちゃくちゃ悔しそうな顔をしてテーブルに拳を落とす。

 コシュア=エグデルウォンから広まった汚染術式は、夥しい数の感染者を出した。今〈ウェイド〉を歩いている人々の中にも、かなりの数のパパもしくはママが存在することだろう。


「つまりイザナギちゃんは、オレたちの娘……ってコト!?」


 近くの席で聞き耳を立てていたプレイヤーがなにやら叫ぶ。それを皮切りに、カフェテリア内が騒然とする。


「イザナギちゃん! 俺って君のパパかい?」

『パパ』

「ひゃっほう!」

「わ、私がママでちゅよー」

『ママ』

「いひひひひっ!」


 イザナミの前に続々と列ができ、親子判定が始まる。少女は問われるままに判定し、その結果によって調査開拓員たちが一喜一憂する奇妙な光景だ。管理者たちも思わず額に手を置いている。


『しかし、となるとさっきの汚染術式を飲ませたのは良かったかも知れぬのう』


 おもちゃにされているイザナギは一旦置いて、T-1が唸りながら言う。どう言うことかと目で問うと、彼女は具体的に説明する。


『あの汚染術式の中には調査開拓員の記録も多く含まれておったということじゃろう。ならば、第零期団の記憶しか持ち合わせていなかったイザナギが、今の開拓団に馴染む助けになるじゃろ』

「なるほど。一々常識的なことを教えなくてもよくなったのか」

『恐らく、じゃがな』


 モグモグと稲荷寿司を頬張るT-1。なんか油揚げの下から蔦みたいなのが突き破ってウニョウニョ動いてるんだが、食べていいやつなのか?

 ともかく、イザナギがパパママと呼ぶプレイヤーの事はわかった。問題なのは、これを受けて自ら汚染術式を浴びにいくプレイヤーの出現だが、まあそんな奴は少数派だろう。


『あの、T-1。さっきから意見箱に汚染術式の在り方を教えろという投書が大量に……』


 流石調査開拓員、行動が早い。困った顔のウェイドに、T-1はひらひらと手を振る。


『実際、汚染術式の調査は必要じゃからのー。そういう調査任務作って出しとけばいいんじゃないかの?』

「適当だなぁ」


 今回はT-1も八面六臂の大活躍だったようだし、少し疲れが溜まっているのかもしれない。なげやりな対応だったが、ウェイドの粛々とそれに応じる。


「うへへ。レッジさん、レティもママらしいですよ」

「え? そりゃまあ、レティも感染してたしなぁ」


 ニヨニヨと嬉しそうに笑みを浮かべるレティがやってくる。一度ママと言われたのに、わざわざ列に並んでもう一回聞いてきたらしい。調査開拓員の結構な割合がママになってるんだから、そう気にすることでもないと思うんだが。


『あ、カードのデコレーションに“パパ”“ママ”を追加しておきました』

「管理者って大変な仕事なんだなぁ」


 タワーのようなパンケーキを食べながら、ウェイドは仕事をする。フレンドカードの設定ウィンドウを見てみると、確かにパパとママのデコレーションが増えていた。こういうのも意見箱に寄せられた要望をもとにしてるんだろうな。


『ま、そういうわけじゃから。パパもママも頑張ってお世話するのじゃぞ』

「ひ、他人事だと思って……」


 大きなあくびをするT-1。押し付けるだけ押し付けて、自分は稲荷寿司のお代わりを注文している。


『パパ』

「うおっ。クサナギか。どうした?」


 足元にやってきたクサナギは、俺の隣の椅子に座ってこちらを見る。瞬間移動でやってくるから、気配が掴めなくてびっくりするんだよなぁ。


『パパは、大っきいパパだから』

「へ?」


 クサナギがポツリと呟くようにいった言葉。

 その言葉の真意を理解しきれず、俺は首を傾げるのだった。


━━━━━

Tips

◇オリジンラボスペシャルパンケーキ

 植物型原始原生生物管理研究所カフェテリア限定メニュー。施設管理責任者ウェイド監修の極上巨大パンケーキ。その形状は地下へ延びる円筒状の研究所そのものを表し、パンケーキに間にはチャンバーと収容対象を模した様々なトッピングが挟まれている。パンケーキの枚数は研究所の階層と連動しており、現在は18枚となっている。


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