第941話「知らない子」
上告も控訴も許されず、裁判は判決だけ言い渡して終了した。調査開拓員たちが復旧任務に戻っていく中、俺はウェイドに連行されて植物園の中にあるカフェテリアへとやって来た。
「レッジさん何食べます? とりあえずメニューの上から下まで全部頼みましたけど」
「……適当につまむよ」
なんでいつも通りでいられるんだと驚くほど、レティは平常運転である。ラクトたちも気を利かせてか隣のテーブルに退避して、こちらにはウェイド、T-1、イザナギ、クナド、〈
『そう言うわけなので、レッジはイザナギの世話をお願いします』
「そう言うわけねぇ……」
NPCの店員が持ってきた“剛雷轟く霹靂王花コーヒー”とやらを一口飲み、ビリビリと痺れる謎の味に眉を顰める。原始原生生物の有効利用研究の一環で変わった商品が出てくるが、久しぶりにだいぶ謎な商品に当たってしまったな……。
T-1はエレクトリカルおいなりさんを食べて黒髪をぶわりと広げているし、そんな彼女を見てブラックダークは滅茶苦茶怯えている。
「イザナギってT-1よりも上の役職なんだろ? 俺がどう世話するんだよ」
『役職的に上なのは総司令現地代理であるイザナギです。彼女はそこから分かれた、複製体のようなものなので権限的にも扱いが難しいのですよ』
どうにかして世話役を回避できないか試みるが、ウェイドも毅然として反論してくる。イザナギはイザナギだが、本物のイザナギではない。トンチか?
『イザナギが万一暴走して、管理者なんかを破壊しても困るからのう。主様にはよく懐いておるようじゃし、預けるのが一番安全じゃと結論が出たのじゃ』
「俺の知らないところで議論が進んでるなぁ……。ていうか、俺をバッファか何かにしてないか?」
『替えが効く調査開拓員と、替えが効かない管理者。どっちが適切か分かりますよね』
「あっはい」
結局のところ、すでにこの話は決まってしまっている。一介の調査開拓員に過ぎない俺には、今さら覆せるようなものではないのだ。
『……レッジは、ワたシの事ガきラい?』
「そう言う訳じゃないけどな。ほら、口元汚れてるぞ」
当事者である包帯まみれの少女は、俺の隣に座り床につかない足をプラプラと揺らしている。レティが一括で注文した大量の料理から、完全オーガニックベジタリアンバーガーとやらを食べたがっていたので、ペーパーフィルムを剥いて渡してやると、顔面をケチャップで盛大に汚してしまった。
『……手慣れてますね』
「どこかの姪が手のかかる子だったからなぁ」
「い、今はそんなことないもん!」
ウェイドの声に軽く答えると、隣のテーブルから抗議の声が飛んでくる。オンゲの中で身バレするような発言は気をつけてくれ。
「とりあえずひとつ聞きたいんだが」
イザナギの口元をナプキンで拭い、野菜ジュースの入ったコップを渡してやる。ウェイドはいいでしょうと頷き、質疑応答の時間を設けてくれた。
「イザナギの傷は治るのか? ていうか、このどう見ても栄養失調な体つきは食べ物でどうにかなるのか?」
『それはまだ解析中なのじゃ』
答えたのは、稲荷寿司の空き箱をタワーのようにうずたかく積み上げたT-1だった。
『第零期先行調査開拓団のような有機外装ではなく、第一期調査開拓団のような機械人形でもない。軽く見たところ、術式生命体と称するのが良いのじゃが……。そっちはまだ解析が進んでおらぬでのう』
『術式生命体ねぇ』
イザナギは美味しそうにハンバーガーを食べている。彼女は今まで存在した調査開拓団員とはまた別の理論に基づく身体組成をしているらしい。そのハンバーガーは血肉となり得るのだろうか。
本来なら動くことも儘ならない彼女は、現実事象改変術式というもの使って運動を行っている。というより、特定の位置に特定のポーズで再出現するというアニメのコマ割のようなことを常に繰り返している。しかし、その術式を自身の外傷を打ち消すように使うことはできないと聞いていた。
「それじゃあ、言葉の方は? もうちょっと流暢に喋れるようになるか?」
『……言語ジュツ式がイちぶ破損シている。修セイ術しキを生せい、適用スル余剰領イキがあレば、修せいカ能』
「つまり?」
『別な“黒龍の鱗”を見つけて取り込めば、言葉も流暢になるってコトじゃな』
イザナギのノイズがかった音声は聞き取りづらい。T-1が要約してくれて、ようやく理解できた。
「レッジさん?」
「別に今のは意図してない」
ちらりと此方に視線を向けてくるレティに、ロングスクリューポテト(爆砕バナナ味)を押し付ける。
「T-1たちはイザナギの復活には前向きなんだな?」
『総司令現地代理じゃからなぁ。事情を調べつつ、平和的に解放できるならそれが一番なのじゃ』
イザナギの本体である黒龍イザナギは、クナドやブラックダークたちが随分と苦労した末になんとか封印したほどの存在らしい。それを彼女たちの目の前で解放するやら話して良いのかと少し気になったが、当人たちは特に異を唱えることもなかった。
「あれ? そういえば……」
『どうかしたかの?』
もそもそとハンバーガーをゆっくり食べているイザナギを見ていると、ふと気づいたことがある。
「黒神獣とかの汚染術式ってのはイザナギ由来なのか?」
『そういう説もありますが、現在は調査中です』
各地でたびたび出現する黒くて強力な原生生物。あれらは元を辿るとコノハナサクヤやオモイカネと同じ第零期団員であることが判明している。彼らが黒神獣化したのは、汚染術式というものに侵されたから、というのは俺も身をもって知っている。
そして、諸悪の根源とも言うべき汚染術式は、クナドたちの説明を聞く限りではイザナギを中心として広まったとされている。
「ウェイド、コシュア=エグデルウォンから分離した術式封印用記録媒体ってどこにある?」
『厳重に保管していますが』
「それをイザナギに渡したら、言語機能の修正くらいはできないか?」
『ええ? ど、どうでしょう』
ウェイドは困った顔をしてT-1たちに目を向ける。稲荷寿司を食べ続けていたT-1は、一瞬だけ指揮官の表情に戻り素早く思索を巡らせた。
『ふむ……。イザナギ、妾らは汚染術式を封印した記録媒体を所持しておる。お主はこれを使えるか?』
『検トウ中。——恐ラく、ソれは私の能リョク向上ニ寄与すル、と考エらレル』
『なるほど。では、用意しよう』
『T-1!? そんな簡単に決めていいの?』
イザナギの言を聞いて即座に動き出したT-1に、驚いたのはクナドである。今まで静かにしていた彼女だが、流石に声を上げざるを得なかった。
『何のためにこの植物園に来ていると思っておる』
T-1は冷静さを保ったまま、唇を曲げた。
『ここは〈
クナド、そしてイザナギの目を見ながらT-1が言う。その口振りで、俺は今更ながら彼女が調査開拓団を率いるリーダーであることを思い出した。
〈ウェイド〉は〈
『そういう訳じゃが、虚偽はないな?』
『大ジョウ夫』
T-1の最後の確認に、イザナギも間を置かず頷く。タイミングを見計らったかのように、真新しい警備NPCたちが頑丈な箱を運び込んできた。
『本当にやるんですか?』
『今後のための実験も兼ねておるからな。いつかはやらねばならぬことじゃ』
不安げなウェイドに、T-1は物怖じした様子もなく頷く。彼女が手のひらを箱にかざすと、幾つものロックが次々と解かれ、中から黒い結晶が現れる。
「イザナギはこれをどうするんだ?」
『ん、食ベる』
ハンバーガーを半分ほど食べていた彼女は、それをテーブルの上にそっと置いて、椅子から飛び降りる。T-1たちが見守るなか箱の前に立ち、そこに収まっている黒い結晶を手にとる。
『いたダキます』
そう言って、彼女は結晶を口に押し込む。ボリボリと硬質なものが砕けるような咀嚼音、そして、喉が動く。
『術シキ消化。解セキ。はン別。取込。——処リ領域拡チョう。余剰リョウ域検しょウ。確認。修正ジュつ式さく成。完了。言語ジュつしキへ適用。』
次々と機械的な言葉が飛び出す。そのたびにイザナギの肩が小刻みに跳ね上がり、体内で何かが暴れ回っているようだ。続々と作られたばかりの警備NPCたちがカフェテリアへ流れ込み、彼女の周囲を取り囲む。
『術しき展開。——適ヨウ。適用。——術式修復完了』
そして、再び彼女の目が開く。
荒れた黒髪、痩けた頬。窪んだ眼窩。濁った黒い瞳が、不思議そうに周囲を見渡し、そして俺を捉えた。
『理解した。改めて、感謝する。——パパ』
「パッ!?」
イザナギが投下した特大の爆弾発言に、俺たちは一斉に目を見開いた。
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Tips
◇完全オーガニックベジタリアンバーガーVer.6
植物型原始原生生物管理研究所カフェテリア限定メニュー。研究所内で管理育成を行なっている様々な可食植物を加工して作り上げた、100%植物由来のハンバーガー。
Ver5で発覚した“剛雷轟く霹靂王花コーヒー”と一緒に食べた際に機体内部のブルーブラッドが過剰沸騰して3秒後に大規模な爆発を引き起こす問題を解決するため、新たに発見された“泥の湖沼の腐蝕花”の腐蝕液を配合しました。
この商品を摂取したことによって生じるあらゆる被害について、当研究所では一切関知いたしません。自己責任でお願いいたします。
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