第938話「正体を露わに」

 シード02-スサノオ、ベースライン。制御塔を中心に据え、重要な施設が集められた都市の中核。平時であれば水路のせせらぎが心をしずめ、瀟洒な街並みを多くの調査開拓員たちが並び歩く平穏に包まれた場所。そこは今、無数の瓦礫が山を成し、通りに幾つもの亀裂が走り、至る所で火と黒煙が上がる地獄絵図と化していた。

 そんな変わり果てた都市のわずかに残された広場に、肩を縮めて正座する4人の影があった。


「なんで俺まで……」

『被害規模で言ったら〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉の次に貴方ですからね? まだ分かってないようですね?』

「うぐぅ」


 4人のうちの1人が、何を隠そう俺である。

 クナド、〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉、イザナギの3人が怒髪天を衝くウェイドの説教を受けているのを笑って見ていたら、何故か俺までお白洲に引き摺り込まれた。俺はウェイドを助けに来ただけなのに……。


『とりあえず、〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉は本名を教えなさい。それと、さっさとウチの警備NPCたちを元に戻してください』


 一通り説教を終わらせて、ウェイドはようやく事後処理の段階に入る。しかし、彼女の要請に対して、奇妙な風貌の少女はクククと低く笑う。何事かと注視していると、彼女は突然包帯の巻かれた手で顔半分を覆いかくし、指の隙間から青い瞳を光らせる。


『クハハッ! 我が真名は相応の神格を持つ行為存在でなければ“識る”ことさえ身を滅ぼす。今はまだ、ただの〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉とだけ——』

『ゴタゴタ言ってないで、さっさと言いなさい。言えないならその正当な理由を簡潔かつ具体的に話しなさい』

『——。我が真名はこの〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉で上書きしてしまっておるので、過去の記録を参照せねば我輩ですら分からぬ、です』

『呆れた……。調査開拓員としての名前まで、そんなふざけたもので上書きしてるんですか』


 ウェイドの怒気に当てられ、塩を振った青菜のようにしょぼくれる〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉は力なく頷く。


『それで、警備NPCの方は?』


 ウェイドは周囲に視線を巡らせる。

 今回の都市侵略の首謀者と思われる〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉が確保されたにも関わらず、いまだに警備NPCたちは俺たち調査開拓員に対して敵対的だ。現在は他のプレイヤーたちが総力を決して、T-1以下管理者たちとも協力しながら殲滅に当たっている。とはいえ、本来の持ち主であるウェイドとしては、貴重なリソースを注いだ警備NPCたちが無駄に破壊されるのは不本意だろう。


『鋼鉄の軍兵は我が傀儡にありて、我が手を介せず。既にその眼は黒く濁り——』

『で?』

『……と、止め方分かんなくって……』

『——ふんっ!』

『ぎゃっ!? な、殴った! 我を殴るなんて、不敬だぞ!』

『窃盗犯殴って何が悪いんですか!』


 人差し指をつんつんと突き合わせてバツが悪そうに笑う〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉の鎖骨のあたりをウェイドが無言で拳で叩く。ハザードモードに入って戦闘ができるようになった彼女のグーパンは結構痛いようで、黒髪白メッシュの少女は涙目で喚く。しかし、ギロリと蛇のような凄みのある目で睨まれた瞬間、プルプルと震えて縮こまった。

 ウェイドは額に手を当てて、深いため息をつく。

 警備NPCたちを分捕られ、その取り返し方が分からない。今もプレイヤーたちが順調にスクラップに変えていることだろう。そこかしこで途切れることなく響き渡る戦闘の音に、彼女は遠い目になる。


「クナドはこの人のこと知ってるんだよな?」


 ウェイドがT-2、T-3たちと状況の確認と対応の打ち合わせを始めたのを見て、俺はそっとクナドの方へ話しかける。知らない間にドローンから管理者機体に中身を移した彼女は、むっと眉間に皺を寄せて首を振った。


『知りません』

「えっ。でも——」

『知りません。あんな人。他人です。初めて見ました』

「絶対嘘だろ……」


 見ず知らずの他人を目に入れた瞬間攻撃するような奴じゃないはずだろ。根気強く食い下がると、彼女はギリリと奥歯を噛み締めてから絞り出すように話し始めた。


『ぶ、〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉は……封印の要となった調査開拓員です』

「なんだ、やっぱり知ってるんじゃないか。となると、クナドとも仲が良かったのか?」

『それは…………恐らく、そうだったと、思います』


 否定したいけど、否定できない。そんな複雑な感情が透けて見える。そういえば、クナドも彼女からなんか呼ばれてたな。確か——。


「〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉」

『言うなぁあああああっ!』

「うぉわっ!?」


 記憶の糸をたぐって呟いた瞬間、クナドが激昂する。どうやら彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。慌てて謝り、二度と口にしないことを誓う。クナドはぜいぜいと肩で息をしながらも何とか落ち着きを取り戻し、ぐったりとした様子で話し始めた。


『……実際、ほとんど何も覚えていないんです。恐らく、封印処理を行なった際に、彼女とそれに関連する記録も一緒に埋めてしまったのだと。——ただ、彼女を見ているとこの、なんというか、心の一番柔らかい部分に大きくて鋭い刃物が刺さったような痛みが走るというか』

「ああ……。うん、分かった。皆まで言わなくていいからな」


 薄々思っていたが、そう言うことなのだろう。調査開拓員にも若気の至りってあるんだな、とぼんやり考える。


『それで、あなた方が〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉と共に封印したのがこのイザナギということですか』


 話を終えたウェイドが、こちらの会話に加わってくる。彼女の視線は俺たちと共に大人しく正座している少女、黒龍イザナギに向いていた。


『恐らく、そうなります。私もほとんど何も分かりませんけど、これを封印杭に近づけてはいけないと言うことだけは分かるので』

「イザナギ、そんなに悪い奴じゃないと思うんだが」

『騙されないでください。まだ正体も分かってないんですから』


 助けてもらった恩もあるしちょっと擁護すると、クナドがすかさず釘を刺してくる。いや、杭を刺してくるって言った方がいいかもな。封印杭だけに。


『馬鹿みたいな事考えてないで、レッジも反省してください』

「はい……」


 なんで思考がダダ漏れなんだろうなぁ。VRシェルの不調かもしれないし、一度イチジクに相談してもいいかもしれない。


『とりあえず、本人からも話を聞きましょうか。正式な尋問は後々ゆっくり行いますが、ひとまず名前を教えてください』


 ウェイドがイザナギの前に立ち、問いを投げる。レティが全身に巻いた包帯を指先で弄っていた少女は、コクリと頷いて口を開いた。


『黒龍いざナぎ。そノ、残滓』

『残滓というのは?』

『本体ハ、封じラレてイる。私ハそれを蘇ラせル』

『封印はそこのクナドたちが行なっているものですか?』


 イザナギがコクリと頷く。


『なんで4人の中で一番会話が成立してるんですかね……』

「お、俺も含まれてるのか!?」


 ウェイドが額に手を当てて呆れる。ナチュラルに俺まで会話不能に分類されたのは流石に抗議せざるを得ない。しかし、拳を振り上げた瞬間に睨まれては、すごすごと引き下がるほかなかった。

 ダメだ。今回のウェイドさん、過去イチ激怒している。いくらなんでも処理場ぶち壊して、制御塔半壊させたのはマズかったかもしれない。それより、未提出の原始原生生物を使ったからか?


『はぁ……。黒龍イザナギというのは、一体全体どういう存在なのです?』

『仔ヲ孕み、産ミ、殖やスモの。連鎖すル循環ノ片割れ。白龍イザナミと対ヲ成すもの』

『なるほど、今の私には何もわからないということだけ分かりました。——T-2たちは何か見当がつきますか?』


 イザナギの謎めいた言葉にウェイドは早々に白旗を上げる。彼女は自分よりも高位の権限を持ち、より多くの情報を知る指揮官たちに助けを求める。しかし、彼女たちの反応もあまり芳しいものではなかった。


『現在検索可能なデータベースに有意な情報はヒットしない』

『私も存じませんね。やはり、喪失してしまった第零期選考調査開拓団関連記録にあったのだと思いますが……』


 指揮官たちの言葉に、ウェイドは残念そうに肩を竦める。

 ちょうどその時、遠くの方から激しい足音が近づいてきた。警備NPCの襲撃かと周囲を守るプレイヤーたちが武器を構えるも、すぐに警戒を解く。何事かと視線を向けてみれば、三つ首の機械犬が勢いよく駆けてきていた。


「レッジさーん!」


 その背に跨るのは、当然レティである。彼女はある指令を受けて、しもふりと共に町の外へ出ていたのだ。


『主様ーー!! 無事なようで何よりじゃ! ウェイドたちも!』


 レティの背後からひょっこりと顔を見せる少女がひとり。瀑布の上から支援砲撃を行なっていた、T-1である。

 レティの送迎でやって来た指揮官は、しもふりが止まると軽やかに飛び降りると、すぐさまウェイドたちの様子を確認する。彼女たちが傷を負っていないのを確認し、ひとまず胸を撫で下ろした。


『ウェイド、〈クサナギ〉は無事かの?』

『はい。私たちが脱出したのちに自己封印モードへと移行させましたから』

『それは何よりじゃ。ネットワークの方は既に正常化を確認しておる。自閉モードを解除しても良いぞ』

『ありがとうございます』


 久しぶりにT-1が指揮官らしくしているところを目の当たりにした気がして、ちょっと新鮮な気持ちだ。三体の中で1人だけ〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉の手から逃れた彼女は、今までもずっと1人で懸命に対応を続けていたのだろう。

 そう考えると、今回のMVPは彼女かもしれない。


『ひとまず落ち着いたことじゃし、おいなりさんでも食べるかのう』


 と、感心しかけたその時、T-1が懐から稲荷寿司を取り出してウキウキと口に放り込む。そこは変わらないな、と呆れていると、隣から悲鳴が上がった。


『い、いなりっ!? いなりナンデッ!?』

「うおっ。ちょ、〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉?」


 何やらよく分からないが、〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉は稲荷寿司が好きじゃないらしい。というより明らかにトラウマでもある様子で、俺の腰にしがみついて身を隠しブルブルと震えている。


『無限いなり、いなり、いなりが来る。いなりに食べられる。いなりを食べる。いなり、いなり……』


 ブツブツとうわ言のように呟く〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉。これは尋常じゃないな……。


「ほらほら、大丈夫だから。落ち着けって」

『うぅぅ……』


 こんな状態じゃ碌に受け答えもできないだろう。彼女の背中を摩って声を掛けると、少しずつ落ち着きを取り戻していった。


『む? ああ、此奴が術式的封印外殻じゃったか。ちょっと可哀想なことをしたの』


 何か知っているらしいT-1はそう言って稲荷寿司を懐に戻す。本当に何があったんだ……?

 ともかく、稲荷寿司が見えなくなったことで〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉も大人しくなる。それでも、なぜか俺の腰をガッチリ掴んで離してくれないのだが。


『主様は零期団にもよう好かれるのう』

「なんでなんだろうなぁ」


 その様子を見て笑っていたT-1が、視線をずらしてピシリと固まる。突然凍りついた彼女に怪訝な顔をしていると、今度は彼女が震え始めた。


『ぬあ、あ、……御主は!』


 彼女の指が伸びる。それが指し示す先に座っていたのは、黒龍イザナギだった。


「知ってるのか、T-1?」

『もちろんなのじゃ! ていうか、T-2たちは知らぬのか!?』


 その尋常でない慌てように少し不安になる。T-1は覚えがないと首を振る指揮官たちに愕然としながら、震える口で語った。


『此奴は……イザナミ計画実行委員会、総司令現地代理、イザナギじゃ!』


 今明かされる衝撃の事実。それを聞いたウェイドたちは、目を丸くして硬直してしまった。


━━━━━

Tips

◇ISCSによる情報検閲申請対応報告

 オンランシステムが完全復旧を果たし、シード02-スサノオ〈クサナギ〉および〈タカマガハラ〉“三体”T-2、T-3からのアクセスを確認。オフライン時の情報の同期を開始。


▶︎オンラインシステムに不明なアクセスが1件。

 データベース項目『〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉』の削除申請。申請を却下しました。情報保持、記録保管の観点から、正当な理由なき情報消去は許可されません。


▶︎オンラインシステムに不明なアクセスが1件。

 データベース項目『〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉』の編集申請。申請を却下しました。情報保持、記録保管の観点から、正当な理由なき情報改変は許可されません。


▶︎オンラインシステムに不明なアクセスが1件。

 データベース項目『〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉』の閲覧規制申請。申請を却下しました。情報保持、記録保管の観点から、正当な理由なき情報規制は許可されません。


▶︎ISCSに向けて不明な送り主からメッセージが602件。

 “こんな情報記録してても記憶容量の無駄だろ!!! 消せ! 消せ! 消して! 消してください、お願いします……。おねがい……。”

 以下、全てのメッセージが同様の内容と判断されたため省略。


▶︎ISCSは適切な手順を踏んでいないあらゆる要求を受理しません。


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