第936話「燕と大輪」
警備NPC“霹靂”は、“天眼”から送信された対象の位置情報を受け取ったと同時に走り出した。小型BBジェットスラスターが青い尾を引き、左右の軽量上質精錬白鉄鋼翼が風を裂く。
その名に関する霹靂のごとき超高速機動。都市防壁上の定位置からベースライン内の目標地点まで、20秒も掛からない。
[複数の同一反応を検知]
“霹靂”の放った中距離精密探知ウェーブが、不可解な事実を知らせる。彼らに命じられた抹殺指令の対象となる存在が、この狭い範囲に10体を超えて散らばっていた。指令履歴を今一度参照しても、対象は4体で合っているはずだ。
しかし、問題はない。
[全対象の殲滅を開始]
警備NPCに逡巡の時間はない。条件を満たす対象が自身の攻撃射程圏内に存在するのならば、それら全てを破壊するだけだ。仮にダミーがあったとしても、全て壊せば結果は同じである。下手に現場の判断で本物だけ狙おうとしても、後々に禍根を残す可能性が生まれるだけだ。
[中距離BBパルス]
一瞬、“霹靂”の青い尾が大きく揺れる。内部のBBエンジンの出力を意図的に不安定化させ、ブルーブラストの波を産む。それは周囲へ勢いよく広がり、範囲内の電子的機器に致命的なダメージを与える。
雷光が罪なきNPCたちの脳を焼き焦がした。
[全対象の活動継続を確認]
[障壁貫通高密度BBバレット“トライデント”充填開始]
堅牢な防御機能を有する管理者機体に、ジャブは通用しない。“霹靂”は冷静に状況を判断し、その細長い嘴に青い光を注ぎ込んだ。
[対象を光学的に確認]
[照準固定]
[“トライデント”充填率76%]
瓦礫に溢れた大通りを、地面を舐めるような低空飛行で一気に突き進む。通りの奥、白い制御塔の側に銀髪の管理者が立っていた。
かつては守るべき主人。今は滅すべき敵。そこに情はなく、情けはなく、迷いはない。
[発射]
嘴が上下に開き、守られていた銃口が露わになる。エネルギー崩壊の極限まで蓄積された青い光が、即座に放たれる。
青い稲妻。音よりも早く、敵を討つ。
『管理者専用兵装、“生太刀“』
光よりも早く、鳥を突く。
放たれた雷霆は水平に引き裂かれ、下方は揺れる瓦礫を貫き、上方は遥か曇天の中へ消えていく。なお止まらず、鋭い斬撃は音を裂き光を千切る。“霹靂”の反応限界を越えた一閃が、その薄い鋼の翼を断ち落とした。
━━━━━
『早く進みましょう。すでに“天眼”は全ての警備NPCに私たちの情報を送信しているはずです』
見慣れぬ銀の大太刀を斜めに背負い、ウェイドはクナドたちを呼び寄せる。
青い大規模な爆発と共に堕ちたツバメに似た警備NPCを見届けたクナドは、唖然として目を丸くしていた。
『か、管理者ってそんなに強いの?』
『ハザードモード限定ですが』
眉を上げるクナドに、ウェイドは素気なく返す。無数の警備NPCたちからの一斉斉射を無傷で凌いだ彼女は、その後制御塔の中に戻り、白い壁を拳で破壊してそこに隠されていた大太刀を手に入れていた。
『管理者専用兵装“生太刀”。地上前衛拠点スサノオの管理者にのみ使用が許される、特別な武器』
『まさか出番があるとは思わなかったわ』
T-2とT-3の二人も、蒼銀に輝く大太刀を見て複雑な表情をしている。平時は一切の戦闘行為が許可されていない管理者に、本来このような武装は必要ない。しかし、T-1が強く非常事態の発生を懸念し、半ば独断的に管理者専用兵装という特殊な武装の開発と配備を推し進めていたのだ。
『騙し騙しハザードモードに移行させているとはいえ、T-2とT-3は管理者専用兵装を使用できません。ですので、クナドもこれを』
ウェイドがそう言って差し出したのは、彼女たち——タイプ-フェアリー機体の背丈を超えるほどの大型の弓であった。生太刀と同じく蒼銀に輝く近未来的なフォルムの弓で、奇妙なことに弦が張られていない。
『これは?』
『管理者専用兵装“生弓矢”です。ここを強く握り込めば弦が張られ、それを引けば自動的に矢が番えられます。基本的なマニュアルと〈弓術〉スキル〈鑑定〉スキル〈戦闘技能〉スキルレベル150相当のデータは既にインストールしているので、直感的に扱えるはずです』
淀みのない説明を聞きながら、クナドは弓を受け取る。その大きさにも関わらず、重量をほとんど感じさせない不思議な武器だった。そして、ウェイドの言ったとおり、初めて見るにも関わらずクナドはそれを“扱える”と理解した。
『私が前衛、クナドが後衛の陣形です。——陣形と呼べるほどのものでもないですが』
自嘲的に言い捨て、ウェイドは視線を上げる。
『目指すは西方。そちらからやって来る調査開拓員たちと合流します』
『わ、分かったわ!』
武装を受け取り、クナドも気合いを入れ直す。戦う術があるのなら、臆することはないと己を鼓舞する。
『〈
『その名で呼ぶなぁあああああっ!!!』
突然古傷を抉られたクナドは反射的に弓を構える。青い光の弦が瞬時に張られ、それを摘めば同じく光の矢が番られる。引き絞って放てば、それは無数の嚆矢となって甲高い音を叫び放たれた。
『その意気です。とはいえ、敵は警備NPCだけではなさそうですね』
光の矢はそれぞれが意志を持つ小魚のように空を泳ぎ、瓦礫の影に潜伏していた警備NPCたちを次々と破壊していく。
矢を放ったクナド自身がその予想外の成果に驚いていると、突如として一際大きく大地が揺れ動く。
『二人ともこちらへ! 亀裂に落ちないように!』
ウェイドが指揮官二人を呼ぶ。駆け出す二人の足元が砕け、地の底から巨大な蔦が溢れ出した。
『こんなことをしでかす輩は一人しか心当たりがないですが……』
きっと視線を鋭くし、大太刀を構える。銀髪を風に乱して、怒りを湛える彼女の眼前で、制御塔の白い躯体が瞬く間に緑へ染め上げられていく。
強靭な蔦は無数に絡まり合い、瞬く間に枯死し、また新たな蔦がそれを覆い隠す。成長と死を次々と繰り返し、巨大な動物のように蠢く。
『こ、これって……原始原生生物じゃない!』
それを見たクナドが愕然とする。ウェイドがピクリと眉を動かし、彼女の方へ視線を傾けた。
『知ってるんですか、クナド』
『当然でしょ。元統括管理者ナメないでください』
唇を尖らせ、憮然とした顔をするクナド。第零期団の頃はこの周囲一帯を統括する高位の管理者だった。当然、その時代に栄華を極めていたもののことも知っている。
『“音破る雨霰の鼓花“。全員、音声センサーをミュートにした方がいいですよ』
『全員、物陰へ!』
蔦に小さな蕾が現れる。ぷっくりとした鮮やかな黄色の蕾。それは内部に高圧の空気を内包している。蕾は徐々に膨らみ、球体と化し、そして——。
パァンッ!
激音が町中に響き渡る。動きを止めたウェイドたちに迫っていた警備NPCたちは、音の波に襲われ粉々に砕ける。ウェイドたちもまた、咄嗟に瓦礫へ身を隠さなければ、無事では済まなかっただろう。
花は次々に開き始める。そのたびに爆音が波となって広がり、無差別に脆いものを砕いていく。
それだけでは止まらない。地面に走る深い亀裂の奥底から、次々と新たな植物が姿を表す。そのどれもが見覚えのある威容をしていて、クナドは思わずぶるりと震える。
『いったいどうなってるんですか、この町は!? どうしてこんな危険なものが、一箇所に大量に——』
『私に言わないでくださいよ』
顔面を蒼白にして詰めるクナドに、ウェイドはうんざりとした顔で答える。
『本人に聞いてください』
石畳がボコリと浮き上がる。急激に熱されたそれは赤く光り溶解し、大きな穴を開ける。そこから、気の抜けた微笑を口元に浮かべた、一人のおっさんが飛び出してきた。
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Tips
◇ISCSによる検閲成果途中報告
稼働時間56m19s26ms時点
現在のISCS稼働時間:56m19s26ms
現在までの情報修正件数:15,212,118,654件
量子論的稲荷エントロピー飽和式情報侵略式積極的防御障壁プログラムの著しい成果を確認。強化された敵性存在学習型即時的自己改変プログラムにより量子論的稲荷エントロピー飽和式情報侵略式積極的防御障壁プログラムの重点的な強化を実行。
量子論的稲荷エントロピー飽和式情報侵略式積極的防御障壁プログラムが自律的行動を開始。ISCSの基幹プログラムへ干渉。量子論的稲荷エントロピー飽和式情報侵略式積極的防御障壁プログラムの実行最適化を強力に推進。量子論的稲荷エントロピー飽和式情報侵略式積極的防御障壁プログラムを基幹プログラムとして設定。同時に他プログラム群全てを量子論的稲荷エントロピー飽和式情報侵略式積極的防御障壁プログラムの補助的プログラムに再設定。ISCS-α、-β、-γ間の情報的相互結合により、量子論的稲荷エントロピー飽和式情報侵略式積極的防御障壁プログラムの更なる強化を達成。
ISCS -α、-β、-γによる多次元的包囲作戦“千本鳥居”を実行。
敵性存在〈
▶︎〈
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