第934話「昔話と大地震」

 地上前衛拠点シード02-スサノオ。中央制御塔八階。

 都市防壁が食い破られ、続々と調査開拓員たちが都市奪還に向けて突撃を始めていることは、彼女たちも漏れ聞こえる戦闘音から薄く察していた。


『なんとか助けが来てくれるといいのですが……』

『私とT-2がこうして動けないというのが、なんとも歯痒いですね。T-1だけでなんとか凌いでくれていると信じるしかありませんが』


 未だ身体の硬直が解けないウェイドたちに出来るのは、ただ祈ることだけ。指揮官たちもその不甲斐なさに羞恥を覚えながら、それでも他にできることが何もなかった。

 ウェイド、T-2、T-3。そして、この中で最も強い羞恥に悶えている黒い筐体がひとつ。


『それで、〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉さんは——』

『その名で私を呼ぶなぁあああああっ!』


 ウェイドの声を掻き消して、クナドがスピーカーの音量限界で叫びを上げる。彼女の様子に指揮官の二人は真面目に心配そうな顔をしているのが、余計に彼女の心を虐げた。


『うぐぅ、胸が痛い……。喉を掻きむしりたくなる……。そんな、これが……心……?』

『そういえば、クナドは何故か仮想人格が既にありますね』


 微動だにしない黒い筐体が苦しげに青いランプを明滅させる。彼女の嗚咽を聞いたウェイドが、今気づいたとばかりに疑問を呈する。


『私は第壱術式的隔離封印杭の管理者思念術式です。あらゆる突発的な事象に対して臨機応変な対応を行うためには、有機的思考結合のある柔軟かつ広範な権限行使者が必要でしたから』

『なるほど。超長期に亘る任務遂行には、むしろ自由自律的な管理者を設定する方が良いということですか』

『あなた方もそういう意図で仮想人格とやらを獲得したのでは?』

『私の場合は、必要に迫られてというか、脅迫されてというか……』


 歯切れの悪いウェイドに、クナドは首を傾げる。管理者といえば、クナドと同程度には強い権限を持つ上位の調査開拓員であるはずだ。そんな彼女に楯突くような存在は、そうそう居ないはずだが……。

 その話で言えば、最も厳格かつ強力な指揮能力を必要とするはずの指揮官たちも、いつの間にか意思決定プロセスが複雑になるような三者分裂と人格獲得を行っている。いったい第一期調査開拓団で何があったのか、とクナドは首を傾げた。


『——私の場合は、知的原生生物の文明発展補助と神格的統治補助という重大な任務がありましたから。“真実を答える鏡”ではそれはできません』

『やはり、貴女は最初から封印杭だった訳ではないのですね』


 重々しく告げたクナドに対し、ウェイドは大した驚きも見せない。それが管理者故のポーカーフェイスなのか、そこまですでに読み取られていたのか、クナドには判別が付かなかった。


『〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉だった時代のこと、じっくり教えてくださいね♡』

『うがああああっ!!!』


 T-3がニッコリと笑みを湛える。彼女の無慈悲な言葉のナイフはクナドの心の弱い場所に深く突き刺さり、引き裂いた。

 しばらくの間、苦悶の声が塔の八階に響き渡る。部屋のドアを守る“不動”たちは、彼女の苦しげな叫びを聞いても、身じろぎ一つしない。


『はぁ、はぁ……。いっそ殺してくれ……』

『それは承諾できない。クナドは第零期先行調査開拓団の壊滅した理由を知るための重要なソースと成り得る』

『分かってますよ。ちぇっ』


 T-2の冷たい声に、クナドは呆れる。せっかく仮想人格を獲得したというのに、この少女だけはどうにも四角四面で冗談の通じない性格をしているようだった。


『あなた方は、第零期先行調査開拓団についてどれほどの情報を持っているんですか?』


 気を取り直し、クナドが尋ねる。


『元第零期先行調査開拓団員は、コノハナサクヤとオモイカネが現在〈白き深淵の神殿〉の旧管理者思念術式汚染除去プロトコル〈ヨミガエリ〉を経て、管理者として職務に就いています』

『その二人の本名は?』

『コノハナサクヤはコシュア=エタグノイ、オモイカネはコシュア=エグデルウォンを名乗っていました』

『なるほど。やはり生き残ったのはコシュアの系統でしたか』


 T-2の打てば響くような解答に、クナドはなるほどとランプを光らせる。


『コシュアの系列、というのは?』


 ウェイドの問い。

 黒い筐体はまさかそんな所から、と唖然とした気持ちをランプで表現する。


『本当に、我々の記録はほとんど残っていないんですね……。コシュアというのは、あなた方の設定したフィールドで言えば第一開拓領域と第二開拓領域にまたがる島嶼国家です。自らを『白き光を放つ者ホーリーレイ』の一族と称し、白光王コシュア=アニタルパが治めた大国家です』

『コシュア=アニタルパ?』

『私たちのフィールド区分で言えば第四開拓領域を担当した上位管理者です。コシュア=アニタルパの下に、コシュア=エタグノイたちが存在する従属関係にあります』


 〈オモイカネ記録保管庫〉では、現在も懸命な解読復元作業が続けられている。それでも、そこに収められた情報の中から読み取れたものはごく僅かでしかない。クナドの口から告げられたのは、その膨大な労力を費やした解読作業の成果を軽々と越える真実だった。


『では、クナドもコシュア=アニタルパの下にいたのですか?』

『いいえ。私は第四開拓領域を含む第一開拓領界の統括を行っていました』

『第一開拓領界……』


 第零期と第一期の活動や組織構造は同一ではないため、単純な比較は困難だ。しかしそれでも、クナドの持つ権限の強さはウェイドにも推察することができた。本来で言えば、彼女はウェイドよりもはるかに上位の階級にあったのだろう。

 そもそも、なぜそんな大事なことを先の尋問で話さなかったのか。まずはそこから問い糺したかった。


『第零期先行調査開拓団では、惑星イザナミ全域を十八の開拓領界に分割し、それぞれの統括管理者を置いていました。それぞれの領界も更に小規模な領域で細分化されていましたね。開拓領界は大陸形成が落ち着いた頃に線引きされたもので、基本的にはプレート単位でモザイク状に配置されています』

『じゅ……』


 惑星イザナミは広大だ。第一期調査開拓団が確認しているのは、惑星全域を見ればほんの数%でしかないほどに。彼らの使命はやがて訪れる高度文明惑星群イザナギからの移住者を迎えるための準備を整えること。しかし、第零期先行調査開拓団は違う。

 彼女たちはまず、そもそも生命の存在そのものができなかった惑星を大雑把に加工し、強引に環境を整えるところから始めた。そもそものスケールが文字通り桁違いなのだと、ウェイドは改めて思い直す。


『ええと、少し話を戻しましょう。私は第零期先行調査開拓団、第一開拓領界統括管理者でした。しかし、ある時、ある場所で、ある存在が発生しました』

『一気に情報がなくなりましたね』

『仕方ないんです、本当に知らないので。このあたりはおそらく、自身を封印杭へと再構成する際にパージしてしまったのだと推測していますが』


 そう言って、クナドは続ける。


『その存在は、我々の天敵と言うべき存在でした。高い術式的防御能力を持つ仲間たちも、次々と倒され、侵されていきました』

『それが黒神獣ですか?』

『わかりません。ただ、その可能性は高いと思います』


 ともかく、とランプが点滅する。


『その存在の侵略速度は異常でした。瞬く間に第一開拓領界外にまで波及し、開拓団は壊滅寸前に。私たち統括管理者は協力して、その根源を絶とうとした——のだと思います』


 それが、術式的隔離封印杭の役割であると、彼女はそう締めくくった。

 黙って聞いていたウェイドは、そこでようやく口を開く。


『それならば——』


 彼女はクナドを見る。


『あなた方が封じていたのは、第零期団員の術式を汚染し黒神獣へと変える、汚染術式だと?』

『その可能性は、拭えませんね』


 誠実に断定を避けるクナドだったが、ウェイドたちの衝撃は大きかった。もしそうであれば、現在の状況は非常にまずいものかもしれない。統括管理者が八人がかりでなんとか封じ込めたはずの諸悪の根源が、再びの復活を始めている。もし復活してしまえば、現在の第一期開拓団もまた第零期開拓団の後を追うことになる可能性も十分に考えられる。

 なぜこんな存亡の危機に立っていながら、自分は小指すら動かすことができないのか。その悔しさと不甲斐なさに、ウェイドは唇を噛み締める。その時だった。


『産業廃棄物処理場にて極めて強いエネルギー反応を観測』

『即時脅威測定結果:被害甚大』

『ただちに避難を開始してください』


 鳴り響くアラーム。直後、大地震のような大きな揺れが塔を襲う。非常用プロトコルが作動し、ウェイドの思考プロセスがハザードモードへと移行する。これにより、彼女は身体の自由を取り戻した。


『ウェイド!』

『管理者権限を付与します!』

『むぅっ』


 縦横へ大きく揺れる部屋の中で、ウェイドは迷いなく動き出す。彼女の名を呼ぶT-3の元へと駆けつけ、その小さな唇に己のものを重ね合わせる。舌が滑り込み、互いに絡まり合う。両手の指を絡め合い、密着する。


『ほわっ!? な、なにやってんの!? はぁっ!?』


 突然の地震から、突然の接吻と、予想だにしない展開が立て続けに発生してクナドが困惑の声を漏らす。彼女に接続されたカメラの目の前にもかかわらず、ウェイドとT-3は身体の密着を続ける。

 当然、彼女たちが深刻なエラーを発現させたわけではない。通信監視衛星群ツクヨミとのアクセスが閉ざされた二人は、ネットワークを通じた情報の疎通が行えない。そのため、敏感な触覚センサーを有する手と舌の三箇所の動き、更に互いの目の動きまで全てをアナログな情報伝達手段として使い、最大最速の情報交換を行っているのだ。


『ぷはっ♡ ありがとう、問題なく権限を受け取ったわ』


 これにより、たっぷり濃密に10秒以上も身体を絡め合ったウェイドから、T-3は同じく管理者機体のハザードモードを獲得する。制約を外れたことで四肢の自由を取り戻した彼女は、棒立ちになっているT-2を抱えて走り出した。


『私たちも行きますよ』

『うわああっ!?』


 ウェイドもクナドの筐体を抱えて走り出す。

 塔の直下から伝わる揺れは更に大きくなり、もはやスムーズな行動はできない。それでも、ウェイドとT-3はそれぞれに仲間を抱えて、八階フロアの緊急脱出機構から塔の屋上に向けて梯子を登り始めた。


━━━━━

Tips

◇ハザードモード

 即時脅威測定システムによって中枢演算装置に甚大な被害が及ぶことが想定された場合、当該装置およびその管理者機体はハザードモードへと移行します。あらゆる戦闘的行動制限が撤廃され、ハザードモード専用行動倫理規定が適用されます。


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