第933話「激突する矛と盾」
都市全域から排出される廃棄物の全てをかき集め、噛み砕き、溶かし、そのほぼ全てを再利用可能な資源へと還元しつつ、どうしても不可逆的なゴミを圧縮して廃棄する。ある意味では都市運営の上で最も重要な施設と言っても過言でもないのが、この産業廃棄物処理場だった。
巨大なブルーブラストリアクターを中央に据え、そこから供給される莫大な熱量によって無数の炉が昼夜問わず間断なく動き続けている。都市の隅々から張り巡らされた下水道やダストシュートの終端が全て集まり、都市そのものが陥落した今も止まらずゴミを処理し続けている。
そんな処理場の内部に入ったのはカミルと出会った時以来だが、相変わらずのうだるような暑さだ。むしろ熱さと言ってもいいほどの温度で、しもふりに積み込んでおいた冷却アンプルがなければ今頃オーバーヒートしていたことだろう。
「それで、これからどうするんですか?」
あまりの暑さにしもふりも舌を伸ばして荒い呼吸を繰り返している。彼をぽふぽふと撫でながら、レティが俺の方へ視線を向けた。
「まず初めに言っておくと、ここから塔の最上階までエレベーターが繋がってるとはいえ、そのまま侵入するのは不可能だ」
「でしょうね」
産業廃棄物処理場は制御塔の直下にある。その上にはヤタガラスのホームがあり、地上一階がエントランス、2回以降は基本的に立入禁止区域。ウェイドの本体がある最上階に至っては、まず入れない。
俺たちは立ち入ったことがないわけではないが、あれは力づくだった。あの時はまだ警備も緩かったし、中枢管理装置自身がそんな馬鹿なことをやる調査開拓員の存在を知らなかったからできた、不意打ちのような芸当だ。
今の塔の八階は、管理者の近衛筆頭である護剣衆をはじめ、無数の高性能警備NPCが詰めている。一体一体がアストラをはるかに超える実力を持つような
そのことはレティもよく分かっていて、きっぱりと断言する俺に特段驚きもみせない。
「だから、向こうから来てもらう」
「来てもらうっていう、意味がよく分からないんですけどね」
レティが首を傾げるのも分かる。
俺は急かす彼女を落ち着かせ、しもふりの腹部に抱えられたコンテナの奥にしっかりと固定して置いた耐爆高耐久簡易保管庫を慎重に取り出す。
「いつのまにそんなものを……」
「ウェイド奪還の手順を考えると、必要になるかと思ってな」
パスワードの入力と調査開拓員識別ナンバーの認証を行い、厳重に封されていた箱の蓋を開く。耐爆ガラスが更に内部を隔て、その中にはマイナス270度以下、290気圧以上で保たれている。そこに、無数の種瓶がずらりと並べられていた。
その光景を見て、レティがぎょっとする。彼女もこれが何か分かったらしい。
「これまさか、全部——!」
「原始原生生物の種瓶だな」
「ウェイドさんに全部没収されたんじゃないんですか!?」
「こんなこともあろうかとスペアを用意しておいたのさ」
実際出番が来ただろう、と鼻を高くする。しかしレティから予想していた賞賛の声は返ってこず、馬鹿は死んでも治らないとでも言いたげな冷たい視線が向けられる。
俺は想定と違う展開に戸惑いながら、頑丈な保管庫の覗き窓を叩く。
「まあ、安心してくれよ。この保管庫は俺でもここまでしか開けない」
「はい?」
「元々が植物園に預けた原始原生生物が何らかの理由で喪失した場合に備えたスペアだからな。別に戦闘なんかで使うつもりはなかったんだ」
この特別製の保管庫を注文する際、ネヴァに伝えた条件はただ一つ。誰であろうと絶対に破壊できないほど、頑丈なものにすること。
俺の全力攻撃はもちろんのこと、レティやアストラが100年掛けても破壊できない、プレイヤーメイドの非破壊オブジェクトだ。当然、何かしらのアクシデントで内部の種が一斉に萌芽したとしても、この檻は破れない。
そう言ったことを力説すると、レティは困惑を深めた様子で首を傾げる。
「ちょっと待ってください。それなら、これに使い道はないんじゃないですか? 誰も中の種は取り出せないし、使えないんですよね?」
「ああ。どんなことをしても絶対に壊れないとネヴァのお墨付きだ」
何言ってんだコイツ、とレティが脳内で呆れているのがありありと分かる。
ネヴァ曰く、植物園のチャンバーよりもはるかに厳重な封印だそうなので、実際、信頼性はかなり高い。例えこの箱でサッカーをしたって問題ないだろう。転がらないし、蹴ると痛そうだが。
「でまあ、言ってしまえばこれは絶対に壊せない最強の箱というわけで」
「はぁ……」
まだ話の本筋が掴めないレティは生返事。
俺は箱をポンポンと叩きながら、灼熱の処理場にある巨大な破砕機に視線を向ける。
「対するアレは、都市の区画再開発なんかで出た非破壊オブジェクトでも問答無用で粉々のスクラップに変えてしまう破茶滅茶に強力なスクラッパー。言い換えれば、絶対に壊せない物はない最強の破砕機だ」
「まさか……」
レティが顔から血の気を引く。ようやく彼女も気づいたらしい。
この廃棄物処理場には、都市から出たありとあらゆるゴミが全て集まる。汚水、汚泥、オイルといった液体から、瓦礫や破損した機械人形、嬉々として飛び込んだ調査開拓員。その中には俺たちプレイヤーが破壊できない、非破壊オブジェクトも多く含まれる。なんなら、俺たちの機体そのものも、俺たちには破壊できないオブジェクトだ。
そんな硬くて歯応えのあるものを、あの巨大な破砕機はガリガリと噛み砕く。それはもう、問答無用で、一切の情け容赦なく。
「いやでも、流石に——」
「俺としてはどっちが勝ってもいいんだよ。処理場の口にあたるスクラッパーが壊れれば、施設全体の機能が止まる。そうなればゴミが都市に溢れ出して、それはそれで都市奪還の機会になるからな」
矛盾という言葉がある。今回の場合、矛と盾のどちらが勝っても大丈夫なのだから、しっかりと真正面から戦ってもらいたい。
「流石にまずいですよ! 下手したらウェイドさんたちごと吹っ飛びますよ!?」
「そうならないように色々用意はしてある。細工は流々、あとは仕上げをご覧じろってな」
俺は唸りをあげて千枚の刃を動かし続けるスクラッパーの縁に立つ。都市の全域から集められた巨大なパイプと接続し、続々と多種多様なゴミが吸い込まれていく。普段は専属のNPCしか立ち入ることのないこの施設では、手すりや柵といった安全設備などあるはずもない。大きく口を開けた貪食な化け物は、もっと食い物を寄越せと吠えている。
「レッジさん!」
「走る準備だけしとけよ」
胸に抱えた箱を、スクラッパーの口に投げ込む。その行方を見ることもなく、俺はすぐさま踵を返す。あわわ、と震えるレティの手を引き、黙って様子を見守っていたイザナギも呼ぶ。
「『野営地設置』“影雲”」
建てたのは、薄く黒い布のテント。テントと言うべきか悩ましい、ほとんど薄いカーテンのようにしか見えない、奇妙な天幕。大きく広げたそれに身を包み、レティ、イザナギ、しもふり、白月もその中に入れる。
「ほわわっ!?」
『んッ』
レティとイザナギの背中に腕を回し、密着する。このテントは容量が少ないのだ。図体の大きなしもふりがいると、それだけでキャパシティのほぼ全てを使ってしまう。できるだけ密着して、体積を小さくしなければならない。
黒い布が広がり、俺たちを包む。更にそれはひとりでに動き、グルグルと包帯を巻くかのように、俺たちをキツく縛り上げた。
「うぎぎぎっ!? れ、レッジさんこれは——!?」
「緊急退避用並行次元干渉テント“影雲”。言ってしまえば、中に入った奴を隣の次元に移して、回避不能な攻撃から逃れるためのテントだ」
「それってテントなんですか!? ぐえっ!」
レティが悲鳴を上げた直後、“影雲”がぎゅっと締まる。俺たちを包み、俺たちの体積よりも更に小さく、針のように細くなっていることだろう。なおも収縮は続き、やがて、俺たちは惑星イザナミの次元から消えた。
「12秒後に戻る。そこからは、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に」
「つまり行き当たりばったりってことじゃないですかーーーーっ!」
レティの絶叫は次元の狭間に響き渡り、それを聞く者は誰もいない。
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Tips
◇ISCSによる検閲成果途中報告
▶︎稼働時間6m22s51ms時点
現在のISCS稼働時間:6m22s51ms
現在までの情報修正件数:7,911,887,609件
敵性存在の情報改変能力の逐次的増強が著しく、情報保全能力が競り負ける状況が増加。敵性存在学習型即時的自己改変プログラムの対応能力を凌駕していると判断。
敵性存在はISCSの基幹プログラムに対する情報改変攻撃も積極的に実行。現在、全て無効化しているが、将来的に防御プログラムを突破される可能性は高い。
▶︎T-1による評価、およびパッチノート
・ISCSの機能的限界と敵対存在の能力増強を認知。力量分岐点到達前に、ISCSの基本的機能増強、および演算能力の補強が必要と判断。
・既存の各種防御プログラムの補強を実施。
・受動的防御プログラムに加え、能動的防御プログラム群を追加実装。
・量子論的稲荷エントロピー飽和式情報侵略式積極的防御障壁プログラムを実装。
・自己学習アルゴリズムを最適化。
・T-1演算領域の15%をISCSへ割譲。
・ISCSのクローンプログラムISCS-β,ISCS-γを追加。
・前項に伴い、ISCSの名称をISCS-αと規定
・ISCS-βはデータベース保全業務に最適化
・ISCS-γはネットワーク保全業務に最適化
・論理的トラップ、および術式封印外殻を用意
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