第932話「猛る三頭の犬」

 イザナギが放った黒玉が、非破壊オブジェクトに近い頑丈さを持つトンネルを貫いて産業廃棄物処理場までの直通ルートを作った。俺とレティはその規格外の力に慄きつつも、警備NPCたちが異常を察知して集まってくる前に駆け抜ける。


「トンネルの構造って、レティも〈破壊〉スキルを使わないと壊せないんですけど……」

「いったいどうなってるんだろうなぁ」


 無数に入り組んだパイプをその流れを無視して一直線にぶった斬ったような道は、当然床がない場所も多くて走りづらい。それでも、〈歩行〉スキルにモノを言わせて強引に駆け抜ける。


『こノ都市ノ構造物ハ、術式ニ対すル防御がゼイ弱』


 俺たちの後方を小刻みな瞬間移動を用いてイザナギがついてくる。彼女の言葉には、若干の嘲りのような色が含まれていた。

 術式、術式と第零期選考調査開拓団関連のイベントで頻発するワードだ。クナドも確か、術式的隔離封印杭という名前だった。ラクトを見ている感じだと、俺たち一期団が使う機術アーツとは別の技術体系、むしろミカゲの使う三術系スキルの方が近いものらしいが。


『そコノ兎ハ、術師?』

「れ、レティですか? 術師かどうか聞かれるとは思いもしなかったですね……」


 移動しながらイザナギがレティへ顔を向ける。その拍子に白い包帯が赤く滲んだが、流石に手当している暇はない。

 彼女に術師かどうか尋ねられたレティは驚きつつも否定する。彼女はゴリゴリの物理特化戦闘職だし、術師や魔法使いなんてワードとは縁遠い存在だ。しかし、イザナギはそんな彼女に奇妙なものを見るような目を向けて、首を傾げた。


『デモ、術力ヲ帯ビた攻撃をしテイた』

「術力?」

「もしかして、物質系スキルのテクニックがイザナギさんのいう術式に近いんでしょうか」


 レティの推測になるほどと頷く。〈破壊〉スキルで現場発見されている唯一のテクニック、『時空間波状歪曲式破壊技法』を使用すると、レティの周囲がぐにゃりと歪む。たしか、テクニックの説明には喪失特異技術群ロストパレテックというワードがあったはずだ。

 第零期先行調査開拓団が保有していて、第一期調査開拓団の代では失ってしまった技術。それがイザナギたちのいう術式なのかもしれない。


「っと、流石に戦闘なしってわけにはいきませんか!」


 そんな話をしていると、すっぱりとくり抜かれたトンネルの穴から警備NPCが現れる。極太レーザー砲を担いだ犬のような奴らだ。


「さあ、イザナギさん! ぶっ放しちゃってください!」


 レティはそれを見た瞬間、他力本願な言葉を叫ぶ。情けないが、確かにさっきのイザナギの黒玉があれば、あんな警備NPCも恐るるに足らぬ。ささ、先生どうぞ、と道を開ける。

 しかし、


『むり』

「はえああっ!?」


 たった二文字の言葉で一蹴される。話が違うとレティが愕然とするが、敵は待ってくれない。悠々とエネルギー充填を終えた警備NPCが極太の白光を放つ。


「ほぎゃあっ!?」

「うおっとと!」


 ビービーと乱れ撃ちの光線を、不安定な足場で辛くも避ける。


「どうしてですか!? さっきの黒玉使ってくださいよ!」

『あレハ術式ノ構チくに時間ガかカる。連続デハ使えナい』

「そんなぁ!」


 レティが涙目だが、確かにそう美味い話もあるまい。俺はさっさと思考を切り替えて、戦闘モードに入る。種瓶“爆裂モロコシ”を投げ、バチバチと爆竹のように弾ける小さな爆発でNPCの照準を外す。その隙に脆い関節部へ槍を突き込み、態勢を崩す。最後に重心の高い砲を蹴って、トンネルの下に突き落とす。


「別に倒す必要はない。無力化させればそれでいい」

「なるほど! それなら任せてください!」


 俺たちの目的は警備NPCの殲滅ではない。廃棄場へと辿り着くために、邪魔を蹴散らせば良い。そのことを思い出し、レティは黒銀のハンマーをひらりと回す。


「一気にショートさせますよ! 『オーバーブースト』『過剰供給』『範囲拡張』『フルパワー』、——『雷々落々衝破連鎖』ッ!」


 いくつもの、機械装備の能力を一時的に大きく引き上げる〈操縦〉スキルのテクニックを立て続けに発動させたレティ。ハンマーがバチバチと激しく帯電し、黄金に光り輝く。彼女が新たに装填した電池は一瞬で底を突き、数秒で黒く焦げる。

 全てのエネルギーを吸い上げたハンマーヘッドが、唸りを上げる。

 その一撃は犬型の警備NPCを叩き壊し、更にその機体はボーリングの球のようにすっ飛んでいく。俺たちの前方を着々と固めていた警備NPCの群れに衝突し、その塊丸ごと全てに激しい電流を広げた。焦げた臭いが立ち込め、機械たちがショートしたのが分かる。瓦礫の山と化した警備NPCたちを蹴散らして、俺たちは更に先へと進む。


「レティ、さっきのは連発効くのか?」

「へへ、絶対無理です」


 3割近くまで減ったLPを急いで回復しながら、レティが笑う。発動の手間もLP消費も段違いで、しかも有限の電池を一つ確定で消費する一撃だ。やはりそう気安く使えるものではないらしい。

 レティがハンマーグリップのボタンを押すと、カシャンと排出機構が動いて黒焦げになった電池が飛び出す。彼女は腰のベルトに取り付けたバンドから新たな電池を抜き取って、スロットに嵌め込む。残りの電池は8個ほどか。


「一応、しもふりにもある程度積んでるので。休憩さえできれば補充できますよ」

「なるほど、じゃあ頼む」


 大量のNPCを蹴散らしても、すぐにまた新たな奴らが現れる。しかも、処理場に近づくほど警備NPCも強力なモデルになっていく。レティは電気を帯びたハンマーでそれを叩き壊しているが、段々と一体にかかる攻撃の数が増えてきた。


「くっ、厄介な奴が出てきたな!」


 トンネルの先、床の安定した場所にあまり見たくない影が現れた。大きな盾のような装甲を構えた、トリケラトプスのような外見をした警備NPC。防御特化型のバリケード、“不動”だ。


「レティ、あれ突破できるか?」

「このハンマーじゃちょっと厳しいですね」


 いつもの特大ハンマーなら不動だろうが問答無用で吹っ飛ばせると暗に示しながらも、状況は芳しくない。どうやってあの鉄壁の布陣を突破するか、と悩む俺にレティは大丈夫ですと胸を張る。


「しもふり、『オーバーブースト』、『ウォールブレイクラッシュ』ッ!」

『グラゥッ!』


 レティの指示を受け、ずっと併走を続けていたしもふりが速度を上げる。一歩床を蹴るごとに速度をぐんぐんと上げ、全身に赤いエフェクトを帯びる。彼は三つの頭に闘志を燃やし、獰猛に牙を剥いて真正面から“不動”にぶつかった。

 激しい衝突音がトンネル内に響き渡る。“不動”は防御特化の警備NPCで、攻撃能力はない。しかし、その背後には銃砲を構えたNPCたちが構えている。

 だが、しもふりはその脚力で“不動”の重い体を突き動かし、ビリヤードのように彼らをまとめて蹴散らす。


「いいですよ! そのままスクラップにしてしまいなさい!」


 レティが誇らしげに指示を出す。彼女の言葉に従い、忠犬は獅子奮迅の活躍を見せる。


「しもふりってあんなに強かったのか?」

「定期的にアップグレードしてますからねぇ。バリテンとタイマン張れますよ」

「ええ……」


 普段は便利な移動倉庫くらいの認識しかしていなかったのだが、実際に戦っているところを見ると驚くほど強い。トッププレイヤーとしてかなり稼いでいるはずのレティが、名工として名高いネヴァに資金を注ぎ込んでいるのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。


「とはいえ、この閉所では十分に力は発揮できませんけどね」

「これで本気じゃないのか……」

「それに、バッテリーの駆動限界もあるので、ずっと任せきりってわけにはいかないですし」


 そう言って、レティはそこそこのタイミングでしもふりに戦闘停止を指示する。三つの顎でそろぞれ別のAIコアを噛み砕いていたしもふりは、即座に尻尾を振りながらお座りの体勢になる。


「今度、しもふりと手合わせしてみるか?」

「やめてくださいよ。前にトーカと試合してスクラップ寸前まで微塵切りにされたんですから」


 ちょっと興味が湧いて言ってみると、レティは即座に拒否してくる。強いだけあって、修理費もなかなかのものなのだろう。


「ともかく、なんとか辿り着きそうだ!」

「ようやくですね!」


 不動が最後の砦だったのだろう。それを蹴散らせば、赤々と輝く産業廃棄物処理場が間近に見える。溶けた鉄が流れる巨大な溶鉱炉や、全てを燃やし尽くす焼却炉など、あらゆる資源を溶かして燃やして再利用するための、都市の胃袋だ。


『こコカらどうすル?』


 ぴったりとついてきていたイザナギが尋ねる。俺はニヤリと笑い、天井を見上げた。


「警備が厳しくて行けないなら、向こうから来てもらうだけだ」


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Tips

◇情報保全検閲システム;ISCS

 ISCSは外部からの情報改変攻撃に対抗するためT-1によって製作された自律的防御プログラムです。ISCSは外部からの情報改変攻撃に対応するため、現実事象改変術式対抗プログラム、現実強度補強プログラム、平行宇宙的次元障壁展開プログラム、形而上学的存在抹消術式対抗プログラム、存在論的存在抹消術式対抗プログラム、確率論的因果律操作術式対抗プログラム、高次元干渉阻害障壁展開プログラム、根源的存在意義確立補強プログラム、敵性存在学習型即時的自己改変プログラムを展開しています。ISCSはあらゆる敵対的行為から、情報を守護します。


現在のISCS更新状況:Ver.1.298.88

現在のISCS稼働時間:32s77ms

現在までの情報保全件数:287,662,001件


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