第930話「救いの手」
入り組んだ整備用トンネルをレティと共に突き進む。すでに警備NPCたちは俺たちの存在を感知しており、後方からは続々と機械の足音が迫ってくる。俺は頭に叩き込んだ地図を思い出しながら、いつでもルートを変えられるように複数の候補を用意しておく。前方から警備NPCが来たら、即座にルートを変えてできるだけ戦闘を回避するのだ。
しかし、それでも一本道で待ち構えているものなど、どうしても対敵を避けられない状況もある。
「レティ!」
「任せて下さい! 『雷砕破』ッ!」
細い一本道の先に、電磁ブレードを展開した蜘蛛型の警備NPCが待っている。カシャカシャと8本の足を小刻みに動かして迫る蜘蛛の前に、レティが勢いよく躍り出た。
彼女は銀のハンマーを軽やかに回し、柄を握りこむ。装填された電池から電流が通じ、黒いハンマーヘッドがバチバチと雷を帯びる。彼女はその状態のまま、勢いよく蜘蛛の頭へと叩き込んだ。
「っしゃい!」
バギン、と鉄が衝撃音を発してひしゃげる。ハンマーから放たれた電流が警備NPCの基盤を焼き、行動を鈍らせる。
「『打段弾』ッ!」
さらにレティはハンマーを打ち込む。メロディを奏でるようにリズムよく打撃を与え、蜘蛛型NPCを完膚なきまでに破壊する。
「うおりゃああああーいっ! 『電伝破』ッ!」
極め付けに、彼女のハンマーが更なる稲妻を蜘蛛に打ち込む。その衝撃で機械は吹き飛び、後方に控えていた僚機たちを巻き込んで爆散する。雷属性の攻撃の特徴である伝播をより強く引き出したこのテクニックは、レティが不得手とする対群戦闘における主力となり得た。
「ふははっ! どうです、すごいでしょう!」
「流石だな。さあ、その調子でアイツも倒してくれ」
「ぬわああっ!?」
レティが誇らしげに耳をピンと立てたのも束の間、黒こげになった蜘蛛型NPCたちを蹴散らして、一回り大きな警備NPCが現れる。四本足の獣のような風貌だが、背中に巨砲を担いでいる。それは俺たちに赤いカメラアイを向けると、即座に姿勢を低くして照準を定めた。
「させるかーーーっ! 『フルスイング』ッ!」
筒の中で爆発が起き、螺旋を描きながら砲弾が射出される。狭いトンネル内部に、避ける場所はない。だが、射出と同時に飛び出したレティが、ハンマーをバットのように振りかぶり、低く腰を落として振り抜いた。
「てりゃあああああっいっ!」
ガガガガガッ! とハンマーと砲弾が激突する。数秒の膠着の後、レティがハンマーを振り上げる。勢いで負けた砲弾はそのまま持ち主の元へ帰り、即座に爆炎を広げた。
「うおおっと」
爆風がこちらまで迫り、粉塵に目元を隠す。
「レッジさん、こっちです!」
目をぎゅっと瞑ったまま、レティが俺の腕を掴む。彼女は耳を澄ませ、煙幕の中をするすると走り抜けていく。
「まったく、次から次へとキリがありませんね」
「向こうもどんどん主力を集めてきてる。精鋭が出てくる前に、なんとか辿り着きたいところだが」
レティの誘導で煙を抜け、トンネルの続きを走る。背後からは常に追っ手が迫ってきているため、足を止めることはできない。時折罠を撒いて距離を稼ぐのが関の山だ。
「っ! レティ、止まれ!」
「ぬわわっ!?」
交差路へ飛び出そうとしたレティを慌てて引き止める。直後、横道からトンネルを貫く熱線が噴き出した。
「ひょええ……」
俺の制止が僅かに遅れていたら、その瞬間にレティは消し炭になっていたことだろう。それを想像したのか、彼女は顔を青ざめさせる。
「ちょっとヤバいな……」
十字に交差したトンネルの前方三方向に巨大な警備NPCが陣取っている。赤熱するノズルをパージし、ガコンと乾いた音を響かせ足元に転がす。すぐに新たなノズルが換装され、ブルーブラストの濃密な光を帯び始めた。
交差地点に飛び出した瞬間、今度は三方向から同時にビームが迫るだろう。そうなれば、そもそも避けられる空間的余裕がない。
「レッジさん、後ろからも!」
後方からはようやく俺たちに追いついたと言わんばかりに武装を展開する警備NPCたち。二進も三進も行かない絶望的な状況だ。
「壁、壊したら……」
「だめだ。この近くに空白地はない」
近くを通っているのは高濃度BBグリッドだ。仮にケーブルの被膜を破けば、その瞬間に俺たちはチリも残さず消し飛ぶ。
「ほわああ……」
絶体絶命の窮地に立たされ、レティが耳をぺたんと垂らす。この状況を打破する方法を賢明に考えるが、何も思いつかない。これまでか、と諦めかけたその時だった。
『コッチだヨ』
「っ!?」
脳へ直接響くような声。その聞き覚えのある声に肩を跳ね上げる。周囲を見渡すが、それらしい姿はどこにもない。熱線銃を構えた警備NPCたちが徐々に距離を詰めてくる。
その時、足元の鉄板がコンコンと内側から叩かれた。
「レティ、下を殴れ!」
「はええっ!? はいっ!」
何も考える余裕はない。俺が言うと、レティもまた悩むそぶりすら見せずハンマーを地面に叩きつける。鉄板が曲がり、その下に広がる空間が露わになる。俺たちの行動を見た警備NPCたちが、一斉に飛びかかってくる。
「飛び込め!」
「はいぃっ!」
レティが鉄板を吹き飛ばし、警備NPCたちを薙ぎ倒す。僅かに稼いだ時間で床下の空間に飛び込み、俺や白月、しもふりも後に続く。
『こッち』
「聞こえたか?」
「はい! あっちの方です!」
再び声。今度はレティもしっかりととらえたようだ。彼女が耳をピクンと動かし、暗闇の中を走り出す。俺は照明ドローンを彼女に追従させ、白月と共に走る。鉄板を剥いだ穴からは、警備NPCたちが次々と雪崩れ込んでくる。
『こコダよ』
「レティ!」
「だらっしゃい!」
声のする方角に立ちはだかる壁を、レティはノータイムで破壊する。その中に飛び込むと、背中の間近まで迫ってきていた警備NPCたちは、唐突に俺たちを見失った様子で混乱したように周囲を見渡す。しばらく索敵を続けたのち、彼らはすこずこと来た道を引き返して行った。
「こ、こんなところに空白地があったとは……」
「誰だか分かんないですけど、助かりましたよ」
ひとまず危機が去り、俺たちは崩れ落ちるようにしゃがみこむ。伏せの姿勢を取ったしもふりに背を預け、冷たいドリンクで緊張をほぐした。
「なあ、さっきの声って……」
「坑道で聞いたのと同じものでした」
俺の言わんとすることを先回りして、レティが頷く。この空白地へと導いたのは、コボルドやクナドの案内で進んだ地下坑道でも聞いた、謎の少女の声だった。それが何者なのか、どうしてここにいるのか、なぜ俺たちを導いたのか、何も分からない。
「しかし、また助けてもらったな」
坑道では、現在の調査開拓団の技術では破壊すらできなかった石扉を破壊した。そして、今回もまた窮地を救ってくれた。正体は分からないが、助けてくれたというのは事実だ。
「近くにいるのか?」
ドローンの光を周囲に向けるも、がらんとした空間に人影はない。奇怪な現象に首を捻り、正面へ顔を戻す。
『こンニチは』
「うおわっ!?」
鼻先が触れ合うほどの至近距離に、頬骨の浮いた血色の悪い少女の顔があった。ニコリと笑うも引き攣った口角が恐ろしい。突然のことに驚いて飛び上がると、レティも今気づいたと驚愕に目を剥く。
「なんっ、いったいいつの間に!?」
慌てて距離を取り槍を構える。だが、ぼんやりと立ち尽くしている彼女の姿を見て、それが声の主であることに気づいた。レティは油断なくハンマーを握っているが、俺は槍の穂先を下げて、ゆっくり近づく。
「こんにちは。さっき助けてくれたのは、君だよな?」
そう問いかけると、彼女はこくりと頷く。少なくとも言葉は通じるようで、ひとまず安堵する。
「ありがとう。君のおかげで助かった」
彼女は虚な眼窩をこちらに向けて、引き攣った笑みを再び浮かべる。
「とりあえず、君の名前を聞いてもいいか?」
そう問いかけると、彼女は細い喉を引き締めて、ノイズ混じりの声を放った。
『わタしは、残滓。クラい、チの底に封印さレた、龍ノヒトひラ。さいドの復活ヲ望むモノ。わたシの名ハ——』
彼女は伝える。
『——黒龍、いザナぎ』
━━━━━
Tips
◇黒龍イザナギ
[閲覧権限がありません]
[Unknownにより、データが書き換えられました]
[最新改訂版を表示します]
◇ 邪悪なる暗黒と滅亡を司る暴虐の黒龍
〈
悠久の時を経てなお、かの黒龍の力は衰えることなし。むしろその力は着々と増大し、世の理性と叡智を食い散らさんと牙を研ぎ続けている。偉大なる〈
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます