第929話「狭所用装備」

 〈ウェイド〉の地下、最新の地図には記載されていない空白地点に拠点を整え、レティからたっぷりと説教を食らったのち、動き出す。まずは他のプレイヤーたちと連絡を取り合って状況を把握するわけだが、この突発的なイベントで中心となっているプレイヤーは存在しない。各々が好き勝手に動いているのが実際のところだ。そう言う時にたよりになるのが——。


「レングス、状況はどんな感じだ?」

『混沌としてるな。まあ、T-1が生き残ってたのが幸いだ。あのバカみてぇな砲撃に乗じて、レッジ以外にも何人か中に入ったらしい』


 誰よりも情報を扱うことに長けている、wiki編集者たちである。彼らは有識者委員会というバンドでもない同業者集団で繋がっているらしく、今回はそのネットワークを流用させてもらうことになっていた。

 俺はレングスに現在地を伝え、他のプレイヤーの位置も教えてもらう。とはいえ、早速行動を始めている者も多いため、実際とはズレがあるだろうが、仕方ない。


『なるほど、空白地か。考えたな』

「とりあえず警備NPCの追跡を撒けるのは自分たちで実証済みだ。困ってる奴がいたら広めてもいいぞ」

『とりあえず空白地の確認は進めておこう。情報助かった』


 空白地の情報を与える代わりに、レングスからも警備NPCや都市のセキュリティに関する情報を受け取る。警備NPCと敵対することなんて考えたこともなかったから、彼らのステータスさえほとんど知らないのだ。

 検証班の中に警備NPCに喧嘩を吹っかけるのを趣味にしている厄介な輩がいるようで、彼が身を持って手に入れた情報が今回は重宝されている。


「とりあえず、中央制御塔に行ってみるよ」

『気軽に言ってくれるぜ。本丸じゃねぇか』


 呆れるレングスに苦笑しつつ、通話を切る。顔を上げれば、レティとしもふりが準備万端の姿で立っていた。彼女は普段の軽鎧から、全身をぴっちりと包む真紅のラバースーツのようなものに着替えている。持っているハンマーも片手で軽々扱えるような、1メートルもない小型のものだ。しもふりも装いを変えて、ゴツゴツとした外装をパージして、全身が地味な色に包まれている。


「レティ&しもふり、狭所隠密戦闘モードです!」


 レティの特大武器カテゴリのハンマーをぶん回すプレイスタイルはダイナミックだが、狭い場所の多い市街地などでは少し扱いにくい。それを彼女は前々から気にしていたようで、先日の未踏破区域での戦闘を経て、ネヴァに新しい装備をオーダーしていたらしい。

 しもふりも最近はめっきり活躍する出番が減っていたため、より様々な戦場に対応できるように試行錯誤を凝らしたようだ。


「ふふふ。これならかなり狭いところでも縦横無尽にバリバリ活躍できますよ! 見ててみくださいね、レッジさん!」

「お、おう。期待してるよ」


 新しい装備に身を包み、テンションを上げるレティ。


「その装備、クリスティーナのスーツに似てるな」

「あ、分かりますか?」


 もしかしてと思って口に出してみたが、実際そうだったらしい。彼女の肌にぴったりと沿うようにして密着する真紅のラバースーツは、騎士団が誇る最精鋭部隊第一戦闘班の突撃副長であるクリスティーナのものを参考にしているらしい。


「深海大電気ウナギの真皮っていうすっごいレアな素材を大量に使うんですよ、これ。そのぶん装備補正とか記憶領域も大きいんですけど」


 俺の知らないところでちょくちょく素材集めなど頑張っていたようで、レティは自慢げだ。伸縮性のある素材ということで防御力に不安があるのかと思ったが、普通に一線で通用する軽鎧程度はあるらしい。


「深海大電気ウナギって強いのか?」

「まー、野生のレイドボスって感じですね。どデカいのと範囲攻撃が厄介なんですけど、対雷装備整えたアタッカーが30人以上入ればなんとかなると思います」


 週一くらいで討伐ツアーが立ってますよ、とレティが言う。

 フィールドの僻地なんかにはボスエネミーではないものの、強力な原生生物というのがそれなりにいる。俺はあまり積極的に狩りに行ったりはしていないのだが、レティは他のメンバーと共に色々巡っているらしい。


「このスーツ、衝撃反応瞬間硬化高耐久衝撃分散柔軟装甲っていうのが、内側に貼り付けられてるんですよ」

「なんて?」

「衝撃反応瞬間硬化高耐久衝撃分散柔軟装甲です」


 つらつらと語られたが、早口言葉みたいでイマイチ理解が追いつかない。文字で書いてもらって、ようやくなんとなく分かった。ていうか、ネヴァってこういうツラツラ連ねるような命名好きだよなぁ。


「それで、そっちのハンマーは?」


 話題を防具から武器へと移す。レティの手に握られているのは、長さ80cmほどの短めの柄に、ゆるく弧を描いたヘッドの付いた片手ハンマーだ。銀色の光沢を持つハンマーで、柄の手元にはスロットのようなものがある。


「“軽量雷爆鎚・一式”です」

「おお、シンプルな名前だ」


 正式採用版機械式以下略とは打って変わって、随分とすっきりとしている。そんなことに感激していると、「ま、まだ開発初期ですからね」と言われる。どうやらこれも正式以下略と同じ道を辿るらしい。

 雷爆鎚はラバースーツの素材にもなったウナギの発電器官やらを使う、分類上は機械鎚に属するタイプの武器だった。手元のスロットには電池を装填するようで、叩くと攻撃対象に電流が流れこむ。どうにかして破壊力を上げられないかとネヴァと試行錯誤した末に開発された、血と汗と涙と努力の結晶なのだと胸を張られる。


「ちょうど都合のいいことに、雷属性なんですよね」

「警備NPCに対して効果抜群ってことか」


 レティは頷き、銀色のハンマーを撫でる。流石に彼女のメインウェポンである正式以下略ハンマーの方が威力が桁違いではあるものの、取り回しの良さで言えば雷爆鎚に軍配が上がる。今回の奪還作戦でも活躍してくれる事だろう。


「そういうわけなので、ここからもお任せください!」

「そうだな。よろしく頼む」


 レティの装備更新のタイミングはとても良かった。状況的に彼女はあまり満足に動けないかと思っていたのだが、杞憂だったらしい。俺は意気込む彼女を激励して、早速今後の行動を共有する。


「整備トンネルは都市のあらゆるところに直通してる。構造は俺が頭に叩き込んだから、案内は任せてくれ」

「サラッと言ってますけど、とんでもないですね……」


 カミルからぜひ読んでおけと進められた分厚い本を眺めていたら覚えてしまったのだ。まさかこんなところで役に立つとは思わなかったが。


「目標は中央にある制御塔、その八階だ」

「一番警備が厳しいところですね……」


 制御塔の八階は管理者の本体であり都市の心臓部である中枢演算装置が置かれている。当然、その警備は平時から非常に頑強なものになっている。

 一度、俺たちはそこに侵入したことがあるものの、すでにその当時を遥かに超える警備体制に強化されていることだろう。


「ま、そこに辿り着くまでもなかなか大変だが。まずは塔の直下にある産業廃棄物処理場に入る」


 かつてはカミルが身投げしようとした、灼熱の溶鉱炉がある場所だ。都市が排出した様々な廃棄物を全て集め、99.99%以上をリサイクルした上でどうしようもないゴミを処理する。

 そこから塔の最上階まではエレベーターで直通となっているが、まあ、それに乗って行けるほど甘くはないだろう。


「処理場の中にも空白地がいくつかある。まずはそこを目指すぞ」

「了解です!」


 今後の行動を頭に叩き込み、レティがしっかりと頷く。彼女がいれば、百人力だ。


「ここから出たらすぐに察知されるはずだ。気合い入れるぞ」

「はいっ!」


 共にカウントダウンを始め、タイミングを合わせてトンネルへ飛び出す。周囲に警備NPCの巡回はないが、索敵型NPCは既に察知しているはずだ。となれば、数分としないうちにあちこちから凶暴な兵士たちが飛んでくる。


「こっちだ!」


 俺はレティと共に、脱兎の如く走り出す。

 向かうは都市の中央である。


━━━━━

Tips

◇深海大電気ウナギ

 〈剣魚の碧海〉深部に生息する超大型原生生物。全長200mを超え、直径は10mに迫る。体内に非常に強力な発電器官を有しており、危険を察知した場合は周囲に激しい電流を放つ。性格は非常に大人しく、普段は海溝の底で眠っている。


[Unknownにより、データが書き換えられました]

[最新改訂版を表示します]


◇闇の帳が包みし漆黒の水底にて艶美なる揺蕩う雷神竜

 〈始まりの地ポイント・ワン〉を囲む大洋〈人魚女王の涙滴ティアーズドロップ〉の深淵にて深き眠りにつく強大なる竜が一種。その躯体は世界を七周しなお余りあるほど長く、巨人の戦斧を持ってしても断ち切れぬほど太く強靭。その権能は雷を操る強力かつ絶大なもの。身の内に宿したる雷神の魂ソウルオブサンダーが激しく疼くと、敵を焼き焦がし海を枯らすほどの雷撃を万里へ広げる。かの竜が怒り猛ることは稀である。故に、かの竜が動き出したその時、世界は終焉へと転がり落ちるであろう。


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