第927話「疼痛が胸を突く」

 突如飛来した巨大な砲弾が決め手となり、〈ウェイド〉の堅固な防壁がついに陥落した。滝の上で威風堂々と佇む巨大な戦車の正体を考える暇もなく、俺たちは一気に町の中へと雪崩れ込む。


『その息じゃ! 他の部隊も続くのじゃ!』


 フィールド中に朗々と響き渡るT-1の声。それに合わせて、森の中から巨大な車輪のようなものが次々と飛び出してきた。円の縁に沿うように取り付けられたバーナーが火を吹き、猛然と勢いを増して転がってくるそれは、どこかで見たことあるような、失敗兵器のような外見だ。


「うおおおっ!」


 猛烈な勢いで転がってきたドラムは、敵陣の真っ只中で盛大に爆発する。花火薬をたっぷり詰め込んでいるのか、地面を抉るような衝撃だ。次々と爆発が巻き起こり、警備NPCたちも殲滅されていく。


「ひぃっ!? 来るな来るな! なんでこっちに、ぎゃああっ!?」


 しかし、その大車輪は操作性に難があるようで、度々味方である調査開拓員の元へも突っ込んでいく。爆発はLPにダメージこそ入らないが、爆風によって高く吹き飛ばされている様子は哀れだった。


「レッジさん、こっちです!」


 T-1の支援も受けて、瓦礫を飛び越え街の中に入る。そうして、近くの建物の影に飛び込むと、すかさず濃緑色の天幕を広げた。


「ふぅ。とりあえず一安心か」

「まだまだここからですけどね」


 薄暗い路地裏に建てたテントは隠密特化の“雲隠”だ。この中でじっとしてさえいれば、警備NPCの監視の目も欺ける。とはいえ、かなり小さめのテントなので、俺とレティと身を縮めたしもふりが入るともう一杯一杯だ。


「れ、レッジさん。ちょっと詰めますね。これは仕方ないことなんですけど」

「ああ。もうちょっとこっちに」

「ひゃあっ」


 不安そうにモジモジしているレティの体を引き寄せる。数多の犠牲を払いながら、なんとか町の中まで潜入することができたのだ。ここで呆気なく見つかってしまうのだけは避けなければならない。

 巨砲によって穴の空いた壁を乗り越えることができたのは、俺たちだけではない。他にも何人かの身軽な仲間たちが都市に侵入し、さまざまなところへ隠れ潜んでいるようだ。


「それにしてもT-1のやつ、よくやったな」

「あのでっかい戦車、なんだか見覚えがありますね?」


 防壁近くでは未だ激しい戦闘が続けられており、いくつもの爆発や機術攻撃に混ざって、間隔を開けた砲音も響く。その都度、10秒ほど後に激震が町を襲い、防壁に大きなダメージを与えている。


「超大型重戦車特殊警備NPCだよ」

「じゅうせん……。あっ! もしかして、T-1さんが暴走した時の!」

「そうそう。出番がないまま死蔵されてた失敗兵器だ」


 あの時はT-1が各地の都市を掌握して、警備NPCを嗾けてきた。それもかなりヤバい状況ではあったが、調査開拓員が一丸となって立ち向かったものだ。そのなかで、T-1が開発途中だったさまざまな欠陥を抱えた警備NPCを製造していたのだ。

 超大型重戦車もそのうちの一つで、二階建てのビルほどの大きさがあるトンデモ兵器だ。1発砲弾を打つたびに数分の再装填時間を要したり、そもそも専用の砲弾がめちゃくちゃリソースを喰ったり、なかなか厄介な代物だった。

 しかし、正式採用に至らなかったとはいえ、その威力は折り紙付きだ。万が一に備えて都市の防衛体制を急ピッチで増強している他都市のリソースを喰うこともなく、T-1が自由に動かせる戦力である。


「まさか自分が暴走した時の経験が活きるとは、T-1も思ってなかっただろうな」

「そのままの勢いで、警備NPCを全部制圧してくれると嬉しいんですが」

「そうもいかないだろう。欠陥兵器対正式採用兵器だと、一時的にはともかく最終的な勝敗は決まってる」


 だから、俺たちがその結果を覆すのだ。


「まずはベースライン、できれば一気に塔まで侵入したいな」


 そういうと、レティは浮かない顔になる。彼女の懸念は分かるし、実際当たっているだろう。

 十中八九、都市の中枢へ行くほどに警備は固くなる。壁の側で暴れている“澪刃”など比較にならないほどの戦闘力を持つ警備NPCたちがいくらでも待ち構えているはずだ。


「ま、そう心配するな。俺に考えがある」

「レッジさんがそう言う時って大抵大変なことになるんですけど……」


 胸を叩いて安心させようとしたのに、何故かレティの不安はより深まってしまった。



 地上前衛拠点シード02-スサノオ。中央制御塔八階。ウェイドの本体たる中枢演算装置が鎮座する都市の心臓部にて、管理者たちは拘束されていた。


『くっ』

『ダメですね。強固な封印術式です』

『管理者機体の演算能力では突破できません』


 管理者ウェイド、指揮官T-2、T-3。彼女たちは〈クサナギ〉の球状筐体の前に直立し、微動だにしない。術式的に拘束されている彼女たちは、重い枷などの物理的拘束すらされていない。しかし、彼女たちの本体である中枢演算装置へアクセスすることも禁じられ、首から下を動かすことも叶わない。

 完全に自由を奪われた状態だった。


『術式的防御措置を取っていないなんて、馬鹿なんですか! 一番基本的なものなのに、管理者なんて大層な肩書きを持ってるくせに!』


 そんな三人に遠慮のない罵倒を浴びせるのは、高さ1メートルほどの長方形をした黒いモノリスだった。背面のコネクタからケーブルが伸び、カメラやスピーカーといった入出力機器と接続されている。


『そういう貴女だって、あっさり捕まってるじゃないですか。クナド』

『私はあんな尋問を受けてなければ回避できてました!』


 緊急事態にも関わらず騒がしい声に、ウェイドがいいかげんうんざりとした様子でため息をつく。この表面にチカチカと青いランプを明滅させているモノリスの中には、レッジのドローンに移っていた第壱術式的隔離封印杭クナドの管理者思念術式が流し込まれていた。


『二人とも、愛を忘れてはいけませんよ』

『指揮官も指揮官ですよ。なんで知らない間に三つに分裂してるんですか』

『——時間跳躍中に起こった不明なイベントを起因にしています』

『とにかく落ち着きましょう。我々で口喧嘩していても事態は好転しません』


 いかに優秀な管理者や指揮官と言えど、本体である中枢演算装置との接続が切れてしまえば、上級NPCと同程度のことしかできない。防御力だけは高いものの、それ以外は戦闘にも出られないただの少女でしかない。


『それで、クナドは今回の犯人について目星がついているのですか?』


 直立不動の状態のまま、頭だけをモノリスの方へ向けて、ウェイドは追及する。今回の混乱の原因は未だ調査が進められているはずだが、タイミング的にクナドが関わっている可能性は大いにあり得る。

 しかし、クナドは今までもずっと、知らぬ存ぜぬを貫き通してきた。


『本当に何も知りません。我々は封印対象についての知識を持っていませんから』

『我々……。術式的隔離封印杭は何本もあるんですね』


 クナドの言葉から、情報を汲み取っていく。ウェイドの指摘に、モノリスは肯定の意を込めてランプを灯した。


『私の知る限りでは、術式的隔離封印杭は8本存在します。現在もあるのか、そもそも実際に建造されたのか、どこにあるのか、そういったことは何も知りませんが』

『あの、一ついいですか?』


 尋問中に何度も答えたでしょう、と辟易するクナド。その時、T-3が口を開いた。


『先ほど、クナドは“封印対象についての知識を持っていない”と言いましたね』

『……ええ。そうですが』

『ウェイドは“今回の犯人について目星がついているのか”と質問したはずです』


 T-3の指摘が場の空気を張り詰めさせる。イエスかノーで答えられる問いに対して、クナドは言い訳がましくそんな答えを返した。それは、彼女が何かを隠していることを表すものだ。


『クナド。正直に答えてください』

『…………』


 三人の険しい目がモノリスに向けられる。あまり心地の良いものではない沈黙が流れ、やがてそれに耐えきれなくなったクナドが青いランプを弱々しく光らせた。


『本当に、私が封印対象について知っていることは限定的です』

『それでも別に構いません。なぜ隠していたのですか』

『それは……』


 言い淀むクナド。

 その時、フロア中に聞き慣れぬ声が響いた。


『ククク、記憶を封印し、我が名を忘却の彼方へ封じ込めてなお、この〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉に畏怖するか。だがそれも仕方あるまい。“運命に選ばれし御子チルドレンオブデスティニー”が第一席、〈淡き幻影の玉珠の乙女ファントムレディ〉よ、貴様の死力を尽くした封印も長き悠久の時の中で綻びた。我が暗黒の黒龍は未だ疼いておる。この〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉の力を見誤ったな。今こそ目覚めの詩モーニングコールを高らかに奏でる刻! “黒の書アカシックレコード”をに記された、偉大なる救世主メシア復活の——』


『あああああああっ!!!!!!!』


 朗々と響く声をかき消すようなクナドの絶叫。

 突然の事態に、ウェイドたちは総じて呆然とするほかなかった。


━━━━━

Tips

◇〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ

 “運命に選ばれし御子チルドレンオブデスティニー”が第一席。かつては〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉の優秀な腹心として絶対的な忠誠を誓い、他の “運命に選ばれし御子チルドレンオブデスティニー”たちと共に黒の民を治め、“黒の書アカシックレコード”の教えを守り続けてきた。その美貌は千里を越えて轟き、太陽すら己の醜さを恥じて地平に隠れてしまうほど。故に心優しき〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉は自ら深き地の底へと身を隠し、自身を直視することを民たちに禁じた。彼女を信奉する黒の民たちはこの世で最も美しく価値のある宝石を彼女の幻影とし、長く信奉し続けたという。

 だが、栄光の時代はやがて終わる。〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉は他の“運命に選ばれし御子チルドレンオブデスティニー”たちと共に黒く邪悪な念を抱き、ついには偉大なる救世主たる〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉を深淵よりも深き場所へと封じ込める。(もちろん、彼女たちの反乱の計画は〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉の知るところであり、彼女たちは〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉の掌の上で転がされているだけなのだが)


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