第926話「捨て身の猛攻」

 メルたち機術師による都市防衛設備の射程圏外からの超遠距離飽和攻撃により、大きな隙が生まれた。この好機を逃す手はないと、俺たちは一斉に霧立ち込める森の中から飛び出す。


「全員散開しろ! 少しでも多く辿り着けるようにするんだ!」


 誰かが大きな声で叫ぶ。

 都市防衛設備の大部分が降り注ぐ攻性機術の対処に追われているとはいえ、俺たち地上組も一切の反撃を受けない訳ではない。隙を縫って放たれる弾丸が次々と仲間を爆散させ、少しずつ欠落していく。


「レティ、大丈夫か?」

「任せてください! 行きますよ、しもふり!」


 俺はレティと共にしもふりの背に跨っている。三つの頭を持つ猛犬が勇ましく吠える。その巨躯に似合わぬ機敏さで、次々と飛来する砲弾を避けながら、ぐんぐんと都市防壁へと迫る。

 同時に森を飛び出したはずの情報通の女性たちはすでに遥か後方におり、しもふりはその俊足で次々と前方の調査開拓員たちを追い越していく。やがて、隣に並ぶのは同じく移動速度に秀でた機獣や現生生物のペットに跨ったライダーたちになった。


「やっぱり速攻掛けるなら機獣ですね! 〈伝令兵オーダリー〉も凄いですけど!」


 機獣たちに紛れて、己の足で駆けているプレイヤーも若干数存在する。彼らは複合ロールの中でも随一の速度を誇る〈伝令兵オーダリー〉構成の速度特化型だ。極まれば、どんな機獣も敵わないほどの韋駄天ぶりを見せつける。


「ぐわーーーっ!」


 しかし、〈伝令兵〉にも弱点がある。それは、その極まった突進力故に小回りが効かないこと。弾道予測の下、照準を定めた狙撃砲が砲弾を吐き出せば、避けることは難しい。


「レティ、ちょっと掴まるぞ」

「ひょわっ!? な、なんです突然!?」


 着実に仕留められていく仲間達を見て、居ても立っても居られなくなった俺は、レティの肩に掴まってしもふりの背上に立ち上がる。「危ないですよ!?」と慌てふためく彼女を傍目に、俺は懐から種瓶を取り出した。


「せめて、デコイぐらいにはなってくれよ!」


 〈投擲〉スキルはないが、アイテムを一切投げられないわけではない。祈るような気持ちで空に放った小さなガラス瓶は、緩く弧を描いて前方の大地に落ちる。本当はもっと遠くに投げたかったが、贅沢は言うまい。


「『強制萌芽』」


 種瓶の内部機構が動き出し、栄養液と種子が触れ合う。硬い皮があっさりと割れて、柔らかな新芽が現れる。濃縮された栄養を乾いた砂のように勢いよく吸い上げ、すかさず生長に転嫁する。


「“千年楼樹”」


 ミシミシと軋みをあげて、巨木がたちまち立ち上がる。本来であれば千年かけて大陸全土へ根を伸ばし、星を覆うほどの影を落とす原始原生生物。とはいえ、それほどに生長するのに必要な栄養は与えられず、贔屓目に見ても三百年程度。それでも、10階建のビルに匹敵する巨大さだ。その自重を支えるため、根は太く、地中深くまで張り巡らされ、幹は岩のように硬い。少しでも陽光を浴びようと貪欲に伸びる枝葉は、たちまち暗い影を落とした。


「ぬわっ!? なんですかこれ!?」

「デコイになると思って育てたんだが、今いち使いづらくてな。ずっと死蔵してたんだ」


 ちょっと試してみたかった、と言うとレティは呆れて肩を竦める。

 しかしこの大規模な戦闘に於いて“千年楼樹”は十分な活躍をしてくれた。突如として現れた巨木の存在感は圧巻の一言で、それは都市側にとっても同様だったのだろう。俺たちに向いていた攻撃の何割かが、その楼樹を伐採するために割かれた。そうでなくとも、太い幹の背後は射線の通らない安全地帯だ。後続のプレイヤーたちも次々と大樹の影に隠れて距離を稼ぐ。


「とはいえ、そう長くは持たないぞ」

「そうなんですか?」


 勢いをつける軍勢の目の前で、大樹が折れる。

 あまりにも呆気ない盾の敗北に、困惑が広がった。

 千年老樹の幹を見れば、まるで空間を丸ごと球状に切り取ったかのようななめらかな断面が見える。事実、空間が切り取られたのだ。

 物質消滅弾。機術式狙撃砲に装填可能な、大規模術式封入弾。都市防衛の切り札とも言える特殊な砲弾で、着弾地点から球状の範囲内を全て空間ごと切り取り削除する。


「物質消滅弾は装填と発射に時間が掛かる! その隙に潜りこめ!」


 強力な兵装ではあるが、物質消滅弾にも弱点はある。その連射性の低さを最大限に享受するため、俺たちは更に速度を上げる。だが、都市側も安易と防御を破られるつもりはない。その心意気を表すかのように、前を走っていた調査開拓員たちが次々と爆散していった。


「ぬわー!?」

「ぐわー!?」

「ほぎゃー!?」


 立て続けに歴戦の調査開拓員たちが陥落し、周囲に動揺が広がる。そんな中、集中力を切らさずに前方を見張っていたレティがあっと声を上げた。


「光学迷彩! 警備NPCが出張ってますよ!」

「何ぃ!?」


 動揺が驚愕に変わる。

 誰かがジャミングボールを投げ、周囲にビリビリと震える激音が響く。その波が、光を曲げて隠れ潜んでいた蜘蛛型のロボットたちを露わにした。

 本来ならば都市防壁の外へ出ることもできない、陣地防衛特化の警備NPC。ものによってはプレイヤーを遥かに凌駕する戦闘能力を持つ厄介な存在。それが、門からワラワラと飛び出してきていた。


「仕方ない、戦闘だ!」


 こうなれば、回避と突撃に専念することもできない。苦渋の決断で調査開拓員たちが次々と武器を抜く。俺とレティも同様で、長柄を活かした騎乗戦闘へ移行する。


「倒す必要はない! 町の中に入れば俺たちの勝ちだ!」

「それが難しいってのに!」

「EMP持ってるやつはどんどん投げろ!」


 〈アマツマラ地下闘技場〉で機械人形を相手取った戦闘が行われていることもあり、ジャミング装置やEMP爆弾といった対電子機械戦用のアイテムもそれなりに開発が進んでいる。今回はすでに警備NPCとの戦闘も予想されていたため、市場に出回っている装備が根こそぎ集められているはずだ。


「EMP!」

「回避!」


 しかし、これらのアイテムは警備NPCに対して絶大な威力を誇る反面、俺たちにも同様に影響を与えてしまう。機能停止はフレンドリーファイア防止機能の対象外らしく、モロに喰らえば動きが鈍くなってしまう。


「てりゃあああい!」


 結局、一番効果的なのはレティのように物理で警備NPCをぶっ壊すことだ。


「スイッチ!」

「はいっ!」


 レティがひとしきり暴れ回った後、即座に前後の配置を入れ替える。俺がその場を凌いでいる間に、レティが各テクニックのクールタイムを消化したりアンプルや包帯でLPを回復したりして、次のスイッチに備える。

 流石にレティとの付き合いも長い。俺たちは一応の掛け声はするものの、ほとんどそれも必要ないほどの以心伝心で次々と敵を飛ばしていった。


「まだレティたちでも倒せるレベルですね」

「どうせこれで終わりじゃないんだろうが……」


 次々とやってくる蜘蛛を、槍とナイフで散らしていく。今はギリギリ処理が追いついているが、次第にそれも回らなくなるだろう。それよりも先に防壁に辿り着ければいいが……。


「防壁、硬いですねっ」


 一回り大きくなった、機関銃を乱射する蜘蛛をぶっ叩きながらレティが懸念を示す。

 メルたちによる極大ビームはなおも照射されているが、都市防壁はまだ突破できていない。あの堅城には俺とネヴァが共同開発した特殊多層装甲壁も使われているはずだが、今だけはそれを悔やんでしまう。


「あともう一押しなんだが」


 黒い鉄壁はビームの衝突を受けて徐々に赤熱する範囲を広げている。このまま照射を続ければいつかは突破できるだろうが、その前にメルたちのLPが尽きてしまう方が早そうだ。他の機術師たちも攻勢を強めているが、あと一歩が足りない。


「やばい! “澪刃”が出てきた!」

「はぁっ!?」


 そうこうしているうちに、前線で悲鳴が上がる。

 警備NPC-“澪刃”は折れそうなほど細長い4本の脚を持つ、一見すると弱そうな相手だ。しかし、一部の立入禁止区域への侵入を趣味とする輩は、その脅威を知っている。


「絶対に相手す——」


 言葉の途中で、忠告していたプレイヤーの上下が分離する。斬られたことすら気付かないほどの、鋭利な斬撃。“澪刃”の4本脚は、全てが鋭利な太刀なのだ。


「逃げ——」

「ぎゃっ——」


 次々と仲間達が凶刃に倒れる。果敢にも挑んだ者も、その武器ごと呆気なく切り捨てられる。


「あの武器、トーカのお土産にしたいんですけどね!」

「あらゆる防御を完全に無視する斬撃って、ちょっとやりすぎだよなぁ」


 もし調査開拓員プレイヤーが手にすれば、卑怯者チートと揶揄されそうなほどの、圧倒的な力。トーカも垂涎の顔で見ているが、生憎と手に入れることは敵わない。

 都市を守るためだけに存在する警備NPCにのみ許された絶大な力。その筆頭だ。


「とにかく、アレからは逃げの一手だ」

「分かってますよう!」


 本来の職務を忘れ、次々と味方を切っていく“澪刃”から離れ、蜘蛛を散らしていく。

 その時だった。


『ぬおおおおおっ! 発射! なのじゃ!』


 どこからか、少女の声がした。

 たっぷりと時間をかけて、それが飛来する。

 轟音、衝撃。

 煙の向こうで、都市防壁に巨大な穴が穿たれていた。


「これは……っ!」


 驚きのあまり、敵地のど真ん中にもかかわらず振り返る。

 遠くに霞む大瀑布の上流、〈ウェイド〉を揚々と俯瞰できる高所に、この距離からでも明瞭にその姿を捉えられる黒い巨砲が屹立していた。

 総重量1,000トンを超える、超大型重戦車。動かすだけでも一苦労で、特に〈鎧魚の瀑布〉のような泥濘地への派遣は絶望的と言われる欠陥兵器。その圧倒的な火力と超射程によって、敵の反撃を許さず一方的に殲滅することを——を、期待されていた巨大な文鎮。

 それが今、天に向かって黒鉄の砲を掲げ、その先端から誇らしげに黒煙を吹き流していた。


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Tips

目覚めの詩モーニングコール

 深淵よりも深き闇の底にて秘められし〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉を呼び起こす一連の旋律と神聖なる文字の複合体。運命に選ばれし御子チルドレンオブデスティニーのみに口伝によって継承され、他者へ漏らすことは決して許されない。この神々しくも根源的な恐怖を聞く者に与える壮麗なる音楽は、世界を改変する福音とも、終焉を慈しむ讃美歌とも称される。

 おお、混沌極める地上にて迷い惑う民たちよ。この美しき旋律に身を委ね、新たなる救世主の目覚めに歓喜せよ。

 春のひだまりのような安らぎを、夏の風のような爽やかさを、秋の暮れのような落ち着きを、冬の夜のような激情を。その身に流るる祖霊の威風を歌詞に乗せ、地平を越え世の果てにまで響くよう朗々と。歌え、歌え、歌え。


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