第925話「大規模攻勢」
指揮官のうち、少なくともT-1が〈
「うーん、完全に閉じてますね」
〈鎧魚の瀑布〉下層、シード02-スサノオから2キロほど離れた森の中に俺たちは身を隠していた。周囲には俺を含めたキャンパーたちが立ち上げた迷彩テントが並び、各地から集まってきた戦闘職たちが着々と準備を進めている。
レティは双眼鏡を目から離し、都市の様子を伝えてくる。〈
「吶喊ッ!」
「ウォオオオオオオオッ!」
突如、森から重装の調査開拓員たちが大声と共に飛び出してくる。しかし、彼らは10メートルほど走ったところで、正確な狙いを付けた機術式狙撃砲によって爆発四散した。
「グワーーーーッ!」
「何やってるんだアイツら……」
俺たちが陣を構えているのは、ギリギリ都市防衛設備の迎撃範囲外に当たる地点だ。そこから少しでも前に出れば、即座に都市防衛設備によって消し飛ばされる。
「機術式狙撃砲の威力でも、俺たちは耐えられないか」
「そもそもが凶暴化した大型原生生物に対応するための兵器ですからね。防御力が1,000程度だと紙みたいなものだと思いますよ」
都市防衛設備は管理者の判断の下、限られた状況でしか使用されない。そんな制限が付くだけあって、威力は調査開拓員の攻撃能力をはるかに上回っている。装填に時間のかかる固定式BB極光線砲の隙間を埋めるサブウェポン的な立ち回りをする機術式狙撃砲でも、防御力に特化した一線で活躍できる重装盾でギリギリ耐えられるかどうか、という高威力である。俺やレティなど、基本的に当たれば即死と考えていい。
「近づくだけでも絶望的だな」
「1キロ線を越えると、ガトリング砲もありますからね。まさに砲弾の雨あられですよ」
レティが憂鬱な顔になる中、森の中から勇ましい楽器の演奏が始まる。
「イクゾッ!」
「デッデッデデデデッ!」
演奏家による移動速度上昇バフを受けた一段が飛び出す。彼らは次々と空気を切り裂いて飛来する弾丸や光線を間一髪で避けながら、なんと一気に都市防壁へ肉薄した。彼らが突破口を開くかと期待が膨らんだその瞬間、ダダダと小刻みな震動音のようなものが響き、全員が爆散した。
「ガーーンッ!」
固定式BB極光線砲と機術式狙撃砲の弾丸を乗り越えても、都市防壁から1キロ以内のエリアに入ると、更に実弾式近接防御システムの射程圏内となる。六砲身のガトリング砲は瞬時に狙いを定め、次々と弾丸を放つ都市防衛の最終関門だ。
「あれ? これ無理じゃないか?」
〈
「おっさん、珍しく弱気だな! でも安心しろよ。もうすぐ〈ダマスカス組合〉の航空機隊が到着するらしいぜ!」
隣で俺たちの会話を聞いていたらしい男性が、そういって豪快に笑う。ちょうどタイミング良く、〈ワダツミ〉のある方角から五機編隊の戦闘機がやってきた。
「うおおおっ!」
「やったれやったれ!」
「俺たちもアレに続くぞ!」
〈ダマスカス組合〉が誇る最新鋭の極超音速戦闘機。音さえも置き去りにして、堅牢を誇る都市へ急襲を掛ける。黒色の機体はまるで、鋭く獲物を吟味する鷹のようで——。
「うわっ」
突然、五羽の鷹が爆発四散する。〈ウェイド〉から狙撃でも受けたのかと思ったが、狙撃砲が動いた気配はない。
気まずい沈黙が、陣地の中に流れた。
『あー、あー。こちら〈ダマスカス組合〉。急襲爆撃機は爆発後墜落。おそらくはエンジンの不調かと——』
連絡員の持つスピーカーから流れ出すばつの悪そうな声。組合の飛行機も、もっと安定性が高ければ良いのだが、それは今後に期待ということだろう。機体だけに。
「そういえば、アストラたちはどうしたんだ?」
空に残る黒煙から目を離し、周囲を見渡す。こんなイベントには真っ先に来るはずのアストラたちがいまだに見当たらないのだ。幹部連中の銀翼の団や、最精鋭の第一戦闘班だけでなく、そもそも銀鎧の騎士たちがいない。
レティも言われて気がついたようで、困惑顔で首を傾げた。
「確かに見ませんね。アストラさんなんか、一番乗りで来そうな人なのに」
「騎士団はちょっと前に先遣隊が来て、すぐに撤退してったわよ」
俺たちに情報を与えてくれたのは、占拠声明があった直後からこの辺りにいるという女性だった。彼女曰く、騎士団も〈
「旨味がないから関わらないって言ってる人もいるっぽいけど、なんか引っかかるのよねぇ」
騎士団が早々に諦めたと主張する者もいるようだが、情報通の彼女はそう考えていないらしい。レティもコクコクと頷き、それに同意する。
「騎士団の人たちって損得でやらないですもん。こんな面白そうなことに首を突っ込まないわけがないですよ」
「だよねぇ」
騎士団と付き合いの長いレティが太鼓判を押すと、女性は安心した顔になる。
とはいえ、アストラたちが今どこで何をしているのか分からないのも少し気になる。まあ、彼のことだから、良いタイミングで出てくるはずだ。
「さて、そろそろのはずだけど……」
出るに出られぬ停滞した状況のなか、情報通の女性がおもむろに時刻を確認する。
「何か始まるのか?」
「あれ、おじさん知らないの?」
周囲を見渡せば、着々と準備を進めていたプレイヤーたちも時間を確認している。きょとんとする俺を、女性は意外そうな顔で見ていた。
「IGT14:30に、あの滝の上からね——」
彼女が親切に説明をしてくれた、ちょうどその時だった。ゲーム内時間が14時30分となる。その瞬間、ここからも良く見える大瀑布の上で何かが煌めいた。
遅れて、5色の鮮やかな光線が空を裂き、猛烈な勢いで飛来。そして、〈ウェイド〉の都市防壁に激突し轟音を響かした。
「うおわああっ!? な、なんだこれ!?」
火炎、雷、水氷、礫土、暴風。五つの要素が渾然一体となり、純粋な暴力として顕現していた。それは都市防壁の分厚い鋼鉄に迷いなく突き刺さり、爆音と高熱と閃光を噴き上げる。
「〈
その余波は俺たちの陣地にまで及び、森の木々が震え上がる。
「うひゃぁ! メルさんたちもダイナミックですね!」
レティもそれを見て歓声を上げる。
〈七人の賢者〉が放った乾坤一擲の大規模機術。おそらくはTB級に匹敵するでろうかなり強力なアーツ。たっぷりと時間を掛け練り上げた、複数人による輪唱詠唱。その威力は絶大で、都市防壁を徐々に赤く溶かしていく。
「しかし、反撃を喰らうぞ!」
もちろん、都市側もただやられるはずがない。次々と壁上の都市防衛設備が銃座を旋回させ、滝の上に陣営を組んだ機術師たちへ狙いを付ける。即座に砲が轟音を鳴らし、火焔を吹く。放たれた機術封入弾が風を裂いて、彼女たちへ飛来する。
だが、それが役目を叩くことはなかった。
「なるほど。距離が緩衝材になってるのか」
唸りを上げて飛び込んだ機術封入弾は、陣地の前方に展開された分厚い防御機術の障壁によって阻まれ、爆散する。その爆風すら、機術師たちには届かない。
狙撃砲と機術師たちの間にある長い距離そのものが、撃ち出された弾丸の勢いを減衰させているのだ。数キロ程度なら無視できるが、数十キロとなれば大きい。歴戦の防御機術師たちが全力を挙げて障壁を展開すれば、なんとか守り切れるほどになる。
「後続も来てますよ!」
レティが耳をぴんと立たせる。
メルたちがなおも維持し続けている太いレーザービームのような機術に合わせて、陣地から万色の雨が降り注ぐ。〈七人の賢者〉の下へ集まった、多くの機術師たちによる一斉攻撃である。大きな弧を描き、次々と降り注ぐそれを都市防衛設備が次々と撃ち落としていく。しかし、それこそが彼女たちの狙いだった。
「今だ! 突撃ぃぃいいいいっ!」
俺たちの陣地で勇ましい号令が突き上がる。それを合図に、無数の猛者たちが一斉に森の中から飛び出した。10メートルを超えてなお、彼らに砲弾が降り注ぐことはない。都市防衛設備の迎撃能力は、機術師たちが飽和させていた。
「レッジさん!」
「いくか!」
この好機を逃す手はない。
俺はレティと共に、側で伏せていたしもふりの背に飛び乗る。ついに出番が来たかと歓喜に震える機獣の体側を、レティが足で蹴る。
霧の包み込む冷たい森から、次々と戦士が飛び出してくる。俺とレティもそれに紛れて、黒い都市へと飛びかかった。
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