第924話「危機一髪」
地上前衛拠点シード02-スサノオが陥落した。その衝撃的な報告は、〈
「レッジさん、やばいですよ!」
〈ワダツミ〉の別荘でゆったりと土弄りをしていると、レティが勢いよく飛び込んでくる。彼女の伝えたい内容を知った俺もまた、耳を疑う。
「これは本当なのか? 何かのイベントとか……」
「イベントかどうかは分かりませんが、避難訓練みたいなものではないようですね。実際、〈ウェイド〉の都市防壁は完全に閉鎖されていますし、近づくと警備NPCや防衛設備によって迎撃されます」
アナウンスを受けた直後から、少なくないプレイヤーがその真偽を確かめるため現場に急行した。彼らを待ち受けていたのは、調査開拓団規則を当然のように破り、無慈悲な攻撃を仕掛けてくる都市防衛設備と警備NPCたちだった。
掲示板を含め、各所では混乱が広がっており、既に他の都市も陥落したという眉唾な話も出回っている。
「どうしますか?」
レティが耳を倒す。
都市防衛設備も、警備NPCも、味方としてはとても頼もしい存在だ。だからこそ、こちらに牙を剥くと手が付けられない。自分達よりもはるかに強大な戦闘能力を有した兵器に真正面から立ち向かうのは自殺行為だ。しかし——。
「行くぞ」
答えは決まっていた。
管理者ウェイド、指揮官3人。調査開拓団の要とも呼べる存在が囚われている非常事態だ。四の五の言っている暇はない。俺が即座に決断し立ち上がると、レティもその言葉を前もって予想していたらしい。すぐにぴこんと耳を立てる。
『レッジ!』
農園の奥から呼び止める声がする。振り返ると、ジョウロを抱えたカミルが顔を土気色にして立っていた。
『み、ミモレは——』
〈ウェイド〉には彼女の姉のような存在がいる。カミルにとっても俺にとっても、互いの縁を繋いでくれた大切な存在だ。
呆然と立ち尽くすカミルの側に歩み寄り、その鮮やかな赤髪を軽く撫でる。
「任せろ。俺がしっかり救出してやるよ」
『っ! 分かった。しくじったら承知しないからね』
カミルを連れていくことはできない。言外にそう伝える。彼女も理解していた。だから、健気に俺を睨んで釘を刺す。頷き、約束する。そうして、レティの方へ振り返った。
「ラクトたちは?」
「ログアウトしてます」
「仕方ない。俺とレティで行こう。白月としもふりも連れていくぞ」
「用意できてます!」
リアルタイムは既に夜更けだ。明日が早い社会人などは既にログアウトしてしまっている。無職と変わらん俺はともかく、学生だったはずのレティが元気にログインしてるのはちょっと気になるが。
「大丈夫ですよ。レティ、明日は3限からなので」
「あっはい」
安心して夜ふかしできます、と胸を張るレティに呆れつつ、準備を素早く整える。
「まずは情報収集だ。ワダツミに会えたらいいんだが」
「管理者はみんな、対応に忙しそうですけどね」
しもふりの背に乗って町に向かう。海を望む〈ワダツミ〉には、すでに多くのプレイヤーが詰め掛けていた。
「弾丸! ありったけくれ! 3級以上なら気にしない!」
「包帯余ってないか? アンプルでもいい!」
「バフ飯一通り用意したぞ!」
まるで戦時中かと思うような混乱で、次々と戦闘物質が売り買いされていく。背の低いラクトなど連れてきたら、3秒ではぐれそうな混雑具合だ。しもふりに乗っているおかげで向こうが避けてくれるが、それでも進みづらいのには変わりない。
「あっ、レッジさん! あそこ!」
町の広場を指差して、レティが声を上げる。普段は露店などが立ち並ぶ憩いの場には、急遽組まれた特設ステージが置かれ、そこに青髪の少女が立っていた。
「ワダツミだ。ちょうど何か話すみたいだな」
シード01-ワダツミの管理者は、広場に集まった調査開拓員たちを見渡してマイクを構える。そうして、町中に響き渡るような声で話し始めた。
『
管理者からの正式な発表に、調査開拓員たちもざわつく。特殊な状況を想定した訓練という説もまことしやかに囁かれていたが、その可能性もなくなった。ワダツミの切迫した表情からも、事態の深刻さが読み取れる。
『〈
『管理者ウェイド、そして3人の指揮官。更に多くの調査開拓員があの町に囚われています。それを見捨てることはできません。よって、調査開拓員による都市奪還を命じます』
管理者として、調査開拓員を指揮する者として。ワダツミは依頼や嘆願ではなく、強い口調で命令を下した。
「うおおおおおっ!」
「ウェイドたんは俺が守る!」
「ワダツミちゃん、よう言うた!」
「任せろ!」
それに対し、調査開拓員たちは勇猛果敢な声で答える。彼らは各々に武器を掲げ、都市奪還の意志を燃やす。彼らの迷いのない目に、ワダツミも満足そうに頷いた。
『シード01-スサノオをはじめ、各都市でも都市奪還作戦が発表されています。しかし、我々管理者は基幹ネットワークの調査なども同時に行うため、綿密な指揮は行えません』
都市制圧の声明はシステムアナウンスを通じて行われた。それはつまり、〈
だが、そんなワダツミの言葉を受けてなお、彼らは少しも怖気付かない。それどころか、戦は俺たちに任せろとより燃え上がる。
調査開拓団は、個々の専門家が集まることで、全体としての万能家となる。巨大な問題が立ちはだかった時は、それぞれが適材適所に働くのが当然のことだ。
『
天を揺らすほどの声が噴き上がる。ワダツミの激励を受けて、空港から次々と飛行機が飛び出す。最近はあまり使われなくなった土蜘蛛ロープウェイもフル稼働で、次々と戦士たちを送り出す。
「レティ、俺たちも行こう」
「了解です!」
しもふりの背上でワダツミの演説を聞いた俺たちも、人の流れに従って動き出す。まずは空港に行って、そこから——。
「ちょっと待て!」
「おわわっ!?」
今後の予定を組み立てながら進んでいると、人混みに紛れた黒髪を見つける。まさかと思いつつ、慌ててしもふりから飛び降りる。突拍子もない行動にレティが驚く中、俺は人の流れに逆行して進む。そうして、建物の間にある細い路地へと身をねじ込み、彼女を見つけた。
「T-1!」
『ぬあっ!?』
名前を叫んで呼び止める。地味な色合いの布で体を包んでコソコソとしていた彼女は、びくんと肩を跳ね上げて立ち止まる。ゆっくりと振り向いた彼女の黒い瞳が、俺を認めてあからさまに力を抜いた。
『ぬ、主様……!』
「本当にT-1なんだな。無事だったのか?」
両腕を上げて涙目で駆け寄ってくる彼女を抱き寄せる。彼女は鼻先を俺の胸に押し付けて、ぐずぐずと鼻を鳴らした。
〈
『こ、怖かったのじゃぁ。妾、妾……』
「落ち着け。落ち着いて、ゆっくりでいいから説明してくれ」
ヒックヒックと嗚咽をこぼすT-1の背中を優しくさする。ようやく落ち着いた彼女は、俺の服で鼻水を拭って顔を上げた。……勘弁してくれよ。
『妾らはウェイドの取り調べをしておったのじゃが、どうにも結論がでなくてのう。それで、考えを纏めるために散歩に出たのじゃ。その時に突然、町中がシャットダウンしたんじゃが、ベースラインの外に出ておった妾は、少しだけ猶予があったのじゃ』
「なるほど?」
T-1は鼻をならし、汚れた茶色の毛布を脱ぐ。その下に着ていたのは、俺が与えたメイド服だった。
『異常を検知してすぐに、妾は咄嗟に機能をこちらのメイドロイド機体に移し替えたのじゃ。自閉モードに移行しておるから、主様にも通知は行っておらぬが……』
つまり、偶然が重なった結果、ウェイドやT-2、T-3たちは敵に乗っ取られたが、T-1だけは僅かにそれが遅れた。その一瞬を逃さず、彼女は〈ウェイド〉にあった指揮官としての機体から〈ワダツミ〉にあったメイドロイドの機体へと乗り換えたらしい。その辺りの判断は流石指揮官と言わざるを得ない。ポンコツいなり狂いではないのだ。
『しかし〈
「でも、T-1が敵の手から逃れられたおかげで、状況はかなり良くなった。指揮官が1人でもいれば心強い。まずはワダツミに接触するんだろ?」
『う、うむ』
指揮官が1人でもいるのなら、絶望的な状況に少しは光が差す。俺は彼女の肩をがっちりと掴み、頼み込む。
「前線の実動は俺たちに任せろ。T-1は全体の指揮と、ネットワークの修復を」
『も、もちろんなのじゃ! 妾に任せるのじゃ!』
調査開拓団は全体としての万能家。個々はするべき事をすればいい。
「任せたぞ、T-1」
『主様——いや、レッジも期待しておるからの!』
だから、彼女も指揮官として俺に指示を下す。一人の調査開拓員として、俺はその命令をしかと受け止めた。
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Tips
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天地開闢の時より世界終焉の瞬間までの森羅万象の全てを書き記した神聖なる書物。深淵よりもはるかに深き地の底にて封印され、聖銀の鎖と龍の炎によって護られる。一度紐解けば、あらゆる命を簒奪し、暴虐の限りを尽くし、見た者はその精神が完膚なきまでに完全に破壊されると言われている。故にその邪悪かつ神聖な文字(ある時代では
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