第921話「上も下も大騒ぎ」

 惑星イザナミの隅々にまで鳴り響いた特別な警報に、まず行動を起こしたのはT-1たち指揮官だった。


『警報の発信源を特定するのじゃ!』

『全管理者へ通達。危機警戒レベルを5に設定。ベースライン以外の全都市機能を停止。警備NPCを厳戒態勢に移行』

『発信源特定。地下資源採集拠点シード02-ホムスビより即応部隊の編成完了』


 開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉は即時に警戒態勢に移行し、情報収集を行うと同時に規定通りの初期対応を行う。警報の種類から管理者クラスの調査開拓団員が危機的状況に置かれていると判断し、発信源最寄の〈ホムスビ〉から対応チームを急行させる。


『管理者ウェイドよりメッセージが届いています』

『今は優先度が低い! 後回しなのじゃ!』


 T-2の報告に、T-1は素気なく返す。その間にも調査は進み、さらに重大な状況が報告された。


『通信監視衛星群ツクヨミ、および開拓司令船アマテラス基幹ネットワークに何者かが侵入した形跡が発見されました』

『なぬーーーっ!?』


 淡々と告げられた重大インシデントにT-1が絶叫する。情報通信基盤として調査開拓団を支えるツクヨミと、調査開拓活動の要となるアマテラス。“天の三柱”に数えられるうちの二つが、その堅固な防壁を突破されていた。しかも、緊急事態の急報を受けてトラブルシューティングが行われるまでその事実が発覚しなかった。


『これは、とてもマズいのでは?』


 T-3が懸念を示す。T-1も実体があれば今頃冷や汗を滝のように流していたことだろう。


『まっずいのじゃ、まっずいのじゃ!』

『情報通信管理部門に緊急調査を通達。ネットワークの完全修復まで3時間かかります』

『そっちも全力で進めるのじゃ! ホムスビの方はどうなっておる?』


 ツクヨミとアマテラスの巨大なネットワークシステムの精査と修復作業が突発的に始まるなかでも、緊急通報への対応は途切れない。即応部隊の管理を任せているホムスビに状況報告を命じたT-1は、祈るような気持ちで彼女の返答を待つ。


『即応部隊、先遣調査隊が到着したっす! 発信源は第二十八番大坑道内、ええっ!?』

『なんじゃ、何があったのじゃ!』


 報告の途中で驚愕の声を上げるホムスビ。T-1は仮想人格の突発的なトラブルへの弱さを実感しながら言葉を急かす。


『ゆ、由来不明人工構造物-アマツマラ0201の内部より、管理者ウェイドの識別信号で緊急救難信号発信ホイッスルが使用されてるっす!』

『はぁ?』


 全くもって予期せぬ、突拍子もない報告だった。思わずT-1は頓狂な声を上げ、他の指揮官たちも驚きにコンマ1秒ほどフリーズしていた。すぐに復帰したT-3が困惑した様子で確かめる。


『管理者ホムスビ、その情報は確かなのですか?』

『はい。先遣調査隊が3度精査した結果、結論は変わらないっす』

『管理者ウェイドへ連絡。状況を確認するのじゃ!』


 T-1が即座に指示を下す。

 しかし、それがT-2によって実行される直前、何の前触れもなくネットワーク回線が途絶した。



 暗い洞窟のなか、ドローンのライトが闇を払う。ゴツゴツとした岩肌の坑道は、いつの間にか滑らかな白い石材で覆われた通路になっていた。その最奥、押しても引いても開かない大きな扉の前で、俺たちは焚き火を囲んでいた。


「うーん、これ本当に使えてるのかしら?」


 訝しげな目で首を傾げるのは、白いホイッスルを摘んだエイミーである。ウェイドから受け取ったというそのホイッスルは、どこにいても助けを求めることができるという便利な代物だった。


「困りましたね。ごはんも減ってきましたし」


 リンゴを齧っていたレティも、耳を倒す。彼女を慰めるように、コボルドたちが悲しげな声を漏らす。

 この場にいるのは〈白鹿庵〉の7人とカミルと白月、コボルド15体、編集者の2人。これだけでもかなりの大所帯で、はじめにレティがインベントリに詰め込んでいた食糧もかなりのペースで消費してしまっている。


『ふむ、どうしましょうか』

「クナドの案内でここまで来たんだけどなぁ」


 俺は人口音声で言葉を放つドローンを見て肩を竦める。このドローンは俺のものだが、今は俺が操作している訳ではない。この中になんと、クナドが直接入っているのだ。

 クナドの嗾けてきたグレムリンたちを退けた俺たちは、あの後彼女から古い坑道の存在を知らされた。かつてドワーフたちが掘り進めていたというそれを辿れば、地上に出られるだろうという話だったのだ。しかし、詳細な情報を知っているのはクナドのみで、コボルドたちも自由に歩けるわけではなかった。

 そんな説明のもと、クナドがドローンに自身の術式を転写してガイドとして同行してくれているのだ。だが——。


「どうやっても動きませんね」


 扉をペタペタと触っていたトーカが肩を竦める。

 クナドの知識と、こちらの持つ地図を照らし合わせた結果、この坑道はアマツマラ地下坑道に繋がっているはずだった。だが、実際に来てみればクナドも知らない謎の扉によって隔たれているではないか。しかも厄介なことに、この扉はレティたちの物質系スキルを使った攻撃でも破壊できない。正真正銘の非破壊オブジェクトだった。

 行き止まりに突き当たり、途方に暮れていると、エイミーが件のホイッスルの存在を思い出す。そうして、一縷の望みをかけて助けを求めているのだ。


「音も出てない気がするし、頼りないわねぇ」


 エイミーが何度も笛を吹いているが、息が吹き抜けるだけで音がならない。本当に助けは呼べているのか、なんなら壊れているのでは、と俺たちは猜疑心に包まれる。


『特定の周波数の波は出ているので、おそらく機能していると思いますが』


 ドローンに入ったクナドが、エイミーの方を見てそんなことを言う。どうやら、彼女はそういうことが分かるらしい。第零期先行調査開拓団員は、基本的に第一期調査開拓団員よりもスペックが高いような気がする。


「クナドはこの扉のことを知らなかったのか?」

『はい。このようなものがあると知っていれば案内していませんでしたから』

「それもそうか……」


 クナドも知らない謎の建造物。どうやって開けるのか、見当すらつかない。

 いっそ、引き返して別のルートを検討しようかとも思ったが、そうするには物資が足りない。せめてTELが通じればいいのだが、あいにく圏外である。

 考えれば考えるほど八方塞がりな状況で、途方に暮れる。その時、暗い洞窟の奥に何かの気配を感じた。咄嗟に視線を向けると、影の中から溶け出すように何かが現れる。


「なんだ?」


 レティたちもそれに気付き、ハンマーを構える。コボルドたちも牙を剥いて唸り声を上げる。にも関わらず、それはゆっくりと近づいてくる。

 徐々に鮮明になる輪郭。グレムリンのものではない。


『ソノ扉をアけてあげヨウか』


 歪な声だった。男とも女とも、機械音声とも分からない。しかし、それを聞いた瞬間、クナドが激しい声を上げる。


『いけない! 避けて!』


 考えるよりも早く、身を捩る。

 暗がりから現れたのは、骨と皮だけの痩せ細った体にボロ切れを纏った、異様な雰囲気の、おそらく少女。ボサボサに荒れた長い髪の隙間から、ぎょろりとした目が見える。彼女はおもむろに手を前に突き出して、何事かつぶやいた。

 その瞬間、その皺だらけの掌に黒い炎が現れ、矢のように放たれる。

 激音が響き渡り、何かが砕け落ちる。坑道全体が大きく揺れ動き、天井が落ちてくる。俺は咄嗟にカミルを庇い、レングスたちが纏めてエイミーの庇護化にあるのを確認する。


『総員、攻撃態勢っす!』


 扉の向こうから物々しい号令が響く。眩い光が注ぎ込まれ、身が竦む。無数の銃口が向けられていることに気付いた俺たちは、慌てて両手を高く挙げた。


━━━━━

Tips

◇高機動警備NPC“一番槍”

 突発的な異常事態に際し、初期対応にあたる機動力の高い警備NPC。8本の機械脚による悪路走破性能の高さを活かし、即応部隊の中でも先遣調査隊の中核を担う。搭載武装は中近距離用高圧電流機械槍と、中遠距離用機関銃。


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