第920話「重大緊急事態」

 爆砕岩とは、地下深くで産出される鉱物資源の一種だ。黒色の柔らかい岩石で、ツルハシなどの金属で叩けば容易に破壊できる。しかし、その際に爆発するという厄介な性質を持っているため、鉱夫たちからは天然の地雷のように扱われていた。

 この鉱物をうまく取り出せば、爆弾の材料としても使用できる。とはいえ、巷には安価で扱いやすく高性能な火薬も多く出回っているため、どうしても影の薄さは否めない。当然取引価格も低く儲けも少ないため、そう言った意味でも鉱夫たちから見た魅力は低い。


「爆砕岩が欲しいとは、珍しいな」

「高性能な火薬が欲しいなら花火薬の方がいいと思うぞ?」


 そんな厄介な特徴を持つ爆砕岩を集めたいという一団に、鉱夫たちは親切心から忠告を施す。

 単純に強力な爆発物が作りたいのであれば、一般に花火薬と呼ばれるアイテムを使うことが多い。とある栽培家によって安全な栽培方法が確立された原始原生生物“昊喰らう紅蓮の翼花”の花弁を粉末状に加工したもので、微量でも絶大な威力を発揮する。少々扱いにくいが効果が大きく、供給も安定している優等生だ。

 しかし〈紅楓楼〉と名乗ったパーティの、投擲士のモミジはそれでも爆砕岩が欲しいのだ頷いた。


「投擲瓶用の火薬として、爆砕岩が最もバランスが良いのです。花火薬はあまりに少量で十分すぎる威力が出てしまうので、逆に投げづらくなってしまって。それに、爆砕石は比較的価格も落ち着いていますし」

「はぁ、なるほど。投擲士ってのも大変だな」


 モミジのプレイスタイルである投擲士は、比較的ニッチな職業だ。様々なアイテムを使い分けることによって臨機応変に戦えるという利点はあるが、射程では銃や弓に敵わず、効果量と範囲では機術に負ける。それに、様々な状況に対応しようとアイテムを多く持ち込むほど、重量問題に突き当たる。そして何より、アイテムを湯水のように消費するということは、それだけ金がかかるということでもあった。

 花火薬は価格も安定しているとはいえ、原始原生生物を素材としていることもあり高価格帯に位置する。一方、爆砕岩はその安さゆえに鉱夫から見向きもされないほどのものだ。多少深いところを掘れば、いくらでも産出される豊富さも価格の安さに拍車を掛けている。


「本当は爆砕岩よりもう少し威力が高い方が理想なんですけど、そこは腕力でカバーできますし」

「そ、そうか……」


 ふふふ、と手で口を覆って淑やかに笑うモミジだが、鉱夫たちは引き攣った顔で頷くしかない。先ほどのロックワーム戦では、彼らの背後からビュンビュンと砲弾のような勢いで瓶が投げられていたのだ。


「とはいえ、爆砕岩は〈ホムスビ〉の市場にもあまり流通してなくてな。それなら現地に買い付けに行こうと思い立ったわけだ」


 〈紅楓楼〉のリーダーを務める青年カエデが総括する。鉱夫たちもロックワームの脅威から助けてもらった恩があると、彼らの依頼を快く引き受けた。


「それで、どれくらいの量が欲しいんだい」


 トロッコ線路の整備をしていた鉱夫の一人がスコップを担いで尋ねる。

 基本的に、こういった消耗品の素材という大量に使用するアイテムは何枠という単位で取引される。1枠は同種のアイテム1,000個のまとまりで、インベントリの1枠に収まる上限の個数であるところから便利に使われてきた。


「そうですね。ひとまず5枠ほど」

「ごっ!?」


 5枠。つまりは5,000個の爆砕岩である。買い手を探す方が難しいほどニッチな商品にかなりの大口注文が付き、鉱夫たちは絶句する。


「1つが80ビット程度の相場ですよね。400kなら前払いしますし、手間賃も合わせて600kでどうですか?」


 〈紅楓楼〉の財布を握っているフゥがすかさず算盤を弾く。単価80ビットというのは、爆砕岩の相場としては十分に高い。優秀な鉱夫が3人もいれば1時間とかからず5枠程度集まるだろうし、時給200kと考えれば悪くない。鉱夫たちも素早くそこまで計算し、問題ないと頷いた。


「俺たちからすりゃ願ったり叶ったりだが、本当に5枠も買うのかい? 試すだけなら、1枠でも十分だろうに」

「検証はもうずっとやりましたの」


 呆れ半分の鉱夫に光が若干うんざりした面持ちで言う。

 モミジの投擲アイテムの選定では実際の戦闘を通じて検証を行う。その際、前衛の光が原生生物を生かさず殺さず釘付けにしておく必要があるため、タンクとしてはなかなかに大変なのだ。


「ま、なんでもいいさ。金も貰ったし働くだけだ」


 そのまま光が延々と愚痴を溢し続ける未来を察知したのか、鉱夫たちは早々に話を切り上げてツルハシを担ぐ。


「近くに爆砕岩がうんざりするほど採れる場所がある。そこなら1時間もかからんだろう」

「ありがとうございます。採掘中の護衛は任せてくださいね」


 空のトロッコを全員で押しながら、彼らは第二十八番大坑道の奥地へと向かう。時折現れるロックワームやブラックネイルモールなどの原生生物は、カエデたちが軽やかに倒していく。


「あんたら、かなり強いな。普段は前線に行ってるのか?」


 道中の雑談に、鉱夫が話しかける。


「〈老骨の遺跡島〉にも行くし、記録保管庫も最下層まで到達してるよ」

「ほう。よく分からんが、凄いんだろうな」


 鉱夫たちは揃いも揃ってプレイ時間のほぼ全てを地下の坑道で過ごしている変人ばかりだ。地上の光を浴びたことさえ遠い過去のことで、調査開拓団の大きな動向には疎かった。とはいえ、彼らの装備に使われている金属が上質精錬特有の輝きを帯びていることには目聡く気付いていたため、一定以上の実力を持っていることは知っていた。

 そんな彼らが護衛に付いてくれているであれば、安心である。鉱夫たちは機嫌よく鼻歌などうたいながら、坑道の奥深くへと歩いていった。


「ここだここだ」


 鉱夫たちが足を止めたのは、大坑道のなかでも異質な雰囲気を帯びた一角だった。黄色と黒のトラロープが壁面を飾り、無数の鉄パイプによって補強がなされている。だが、それらもただのアクセントに成り下がるほど、強烈に人目を引くものがあった。


「扉?」


 カエデが怪訝な顔でそれを見る。

 坑道の途中に突然現れた、巨大な石の門だ。細やかなレリーフが全体にわたって刻み込まれ、まるでつい最近作られたような真新しさを感じさせる。その理由を考え、カエデは石門のどこにも傷や欠けた所がないことに気がついた。


「よく分からん人工建造物だ。どこもかしこも硬くてな、ツルハシどころかカグツチのドリルでも破壊できん。今度、専門家が来て調査するらしいが、俺たちからすりゃ邪魔な置物だよ」


 石門は坑道の行先を阻むように立っている。トロッコもそれを迂回するような線路を敷くしかなく、工事には無駄な手間がかかったのだろう。うんざりした鉱夫の言葉に他の同僚たちもそうだそうだと頷く。


「しかしまあ、この近くに爆砕岩が多く埋まってるんだ。それに、品質もいいぞ」

「そこらじゅうに黒い斑があるだろ。アレ全部が爆砕岩だからな」


 鉱夫に言われてモミジたちは周囲を見渡し、坑道の壁や足元に黒く滲んだようなものがいくつもあるのを見つける。それを見るだけでも、5枠どころではない大量の爆砕岩があることが分かる。


「じゃ、掘り始めるからな。あんたらは護衛をよろしく頼むよ」

「任せてください」

「守ることは得意ですの!」


 鉱夫たちは早速爆砕岩を掘り出しにかかる。逞しい彼らの機敏な動きを見て、モミジたちも坑道の前後を囲むように二手に分かれて周囲を警戒する。

 石扉の前に立ったフゥと光のコンビは、それが非破壊オブジェクトであることを利用して、そこを拠点にすることにした。


「レッジさんとか、こういう遺跡みたいなの好きそうだよね」

「そうですね。〈白鹿庵〉の方々にも教えてあげたいですの」


 ぺたぺたと冷たい石を撫でながら、二人はこういった謎の古代遺跡じみたものを好みそうな男の名前を口にする。第5回イベント以来、ログイン時間などの兼ね合いでなかなか会えていないが、久しぶりに連絡をとってもいいだろう。


「でも、あの人たちならもう知ってるかもね」

「もしかしたら、ここから出てくるかもしれないですの」

「あはは! そんなことになったらびっくりして腰抜けちゃうよ!」


 背後では鉱夫たちが石を掘る音がリズム良く響いている。前方から原生生物がやってくる気配もない。

 フゥと光は和やかに談笑していた。

 その時。


——Piiiiiiiiiiiiii!!!!!!


「ぬあっ!?」

「なんですの!?」


 突然、耳を劈く甲高い音が響く。地中から貫く笛のような高音に、あたりはたちまち騒然となる。

 彼女たちは知らない。そのホイッスルの音は坑道はおろか、地上にあるシード01-アマツマラ、更に他の都市全てにまで響き渡っていた。普段は使用が禁じられている特定周波数の激音は、空に浮かぶ通信監視衛星群ツクヨミの非常回線を通じて各管理者にまで伝わっていた。

 そして、それは調査開拓団そのものが壊滅の危機にあるほどの、深刻な非常事態が発生していることを示すシグナルだった。


━━━━━

Tips

◇爆砕岩

 〈アマツマラ地下坑道〉の深部で算出される黒色の岩石。非常に脆く、軽く衝撃を与えるだけで簡単に砕くことができる。しかし、一定以上の衝撃を受けると高熱を帯びて爆発する性質があるため、扱いには注意が必要。

“それに気付かずうっかり踏んじまったら、片足くらい余裕で吹っ飛ぶ。坑道を歩くなら注意するんだな”——片足のベテラン鉱員


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