第919話「行動の災難」
〈アマツマラ地下坑道〉、第二十八番大坑道。〈ホムスビ〉を起点として延びる鉱石採掘の基幹では、現在も多くの鉱夫や鉱業用カグツチが種々様々な鉄鉱石の採取に励んでいる。しかし、ここは都市管理者の庇護から外れたフィールドであり、原生生物の脅威も常にある。固い地中を掘り進み、鉱石を食べることで体を固くしていくロックワームなどは鉱物を取り合うライバルでもあった。
「ロックワームの巣だぁ!」
「全員逃げろ!」
坑道に男たちの悲鳴が響く。ツルハシを放り投げて遁走するタイプ-ゴーレムの作業員の背後から、見上げるほど巨大なロックワームが現れた。
鉱石採掘にスキルレベルを全て割り振っている彼らは、ロックワームに対抗できるほどの戦闘能力を持たない。小型の原生生物ならともかく、坑道上層ならボスクラスとして君臨するほどの個体には逃げるのみだ。
「近くに護衛はいないのか!」
「さっきの崩落に巻き込まれて死んじまったよ!」
普通、アイテム採集などを行う非戦闘職には、戦闘職の調査開拓員が護衛として随行する。しかし、大坑道は灼熱の気温や生息する原生生物の特徴、そして頻繁に崩落が発生するという危険度の高さから、護衛がいないことも多い。
この日は、ちょうど護衛を務めていたパーティが突然の落盤によって圧死した直後の襲撃だった。
「煙玉を!」
「投げるぞ!」
鉱夫たちも無策で危険地へ赴いているわけではない。インベントリから取り出した玉を投げると、濃い煙幕が周囲を埋め尽くす。ロックワームに覿面の効果を発揮するわけではないが、大抵の原生生物に一定の妨害効果を発揮する定番のアイテムではある。
「こっちだ!」
「トロッコ、出発!」
「乗せてくれ!」
坑道に敷設された線路には、鉱石運搬用のトロッコが列を成している。避難者はその荷台に飛び乗り、カグツチが懸命に押し始める。彼らの背後で岩の砕ける音が迫り、苛立ったワームが着実に近づいてきているのを知らせる。
「線路に岩が!」
「クソ! 砕け砕け!」
ゆっくりと車輪を回し始めたトロッコだったが、早々に動きを止める。護衛パーティを押し潰した崩落の片付けが完璧ではなく、レールの上に土砂が横たわっている。ピッケルやスコップを持った鉱夫たちが必死の形相で取り除こうとするが、時間がかかりすぎる。
「カグツチでバリケードを組め!」
「勘弁してくれよ! 俺まだローン払ってねぇんだぞ!」
かくなる上は、と誰かが叫ぶ。特大機装カグツチは全長3メートルほどの鉄の塊だ。大坑道を掘り進める強力な装備だが、腕を組ませて並べれば堅固なバリケードにもなる。いかに老成したロックワームといえど、そう簡単には突破できない。とはいえ、カグツチは非常に高価な装備でもある。特に採掘作業用アタッチメントに換装した鉱業用カグツチは量産のきく戦闘用カグツチよりも頭ひとつ抜けている。念願叶ってマイカグツチを手に入れた鉱夫が、そう簡単に手放せる代物ではない。
「また掘って稼げばいいだろ!」
「テメェが勝手なこと言うんじゃねぇよ!」
極限状態の中で、醜い争いが始まる。そんな悠長なことをしている場合かと声が上がるが、頭に血の上った男たちの耳には届かない。
そうしているうちにも、巨敵はやってくる。鉱夫たちが少しでも荷物を減らすために放り投げた純度の高い鋼鉄を食いながら、ロックワームが頭を見せる。
「ひぃっ」
「助けてくれー!」
敵の姿が露わになり、鉱夫たちも現実を直視する。互いに抱き合ってブルブルと震え、悲鳴を上げる。そもそも、生産職を志す彼らは、仮想現実とはいえ自分の背丈をはるかに超える化け物と戦うことに慣れていない。
恐怖に足が竦み動けなくなる鉱夫たち。ロックワームが舌舐めずりしたような、そんな錯覚に陥る。もうダメだと観念し、目を閉じた。
「『
その時、黄金の奔流が広がった。
重い衝突音が響くが、鉱夫たちには衝撃が伝わらない。恐る恐る瞼を開いた男たちが見たのは、暗い地下で燦然と輝く巨大な黄金の盾だった。
「お困りのようですわね。助太刀いたしますの!」
信じられないほど巨大な大盾を地面に置いて、金髪の少女が勇ましく笑う。ロックワームが破城槌のように強烈な頭突きを繰り返すが、その盾はびくともしない。タイプ-フェアリーの小さな少女が何十倍も巨大な原生生物相手に余裕の笑みを浮かべていることに、鉱夫たちは唖然としていた。
「“爆毒瓶”ッ!」
彼らの背後から、豪速で何かが飛来する。それは鉱夫たちの頭上を飛び越え、黄金盾を掠め、ロックワームの体に衝突する。ガラスの割れる音と同時に爆発が巻き起こり、緑色の液体がロックワームに降りかかる。瓶はいくつも立て続けに投げられ、的確にロックワームにヒットする。5本ほどが炸裂したところで、ロックワームが毒状態に陥りHPを減らし始めた。
急激な展開に唖然とする鉱夫たちの真横を陣風が駆け抜ける。
「『紅蓮斬』ッ!」
それは黄金盾を軽やかに飛び越え、双剣を煌めかせる。身を捻り、力を溜め、一息に解放する。鋭い斬撃が首をもたげたワームの張り詰めた腹を裂き、赤い飛沫が噴き上がる。
「マズい!」
巨大ワームのHPを大きく削ぐ致命の一撃にもかかわらず、鉱夫たちからは悲鳴が上がる。違和感を覚えた少女が振り返ったその時、彼女の持つ大盾を無数の衝撃が襲った。
「なんですの!?」
「奴は子持ちだ! 腹を割くと卵が孵って子供が生まれる!」
驚く少女に、鉱夫たちが答える。
産卵期に入ったロックワームは、より外敵が少なく栄養豊富な鉱物の多い地下深くへと潜る。そのため、大坑道のある深部には、腹に無数の卵を詰めた母親が巣を作る。そこへうっかり穴を繋げてしまえば、気の立ったワームは怒り昂って襲いかかってくる。その上、下手に応戦して切りつけようものなら、腹から溢れでた卵が孵り、無数の幼体が迫り来るのだ。
この扱いの難しさが、思うように護衛要因を雇えない理由の一つでもあった。
「ええい、最初に言ってくれ!」
ワームを切り付けた双剣使いの男が苛立ちを隠さず悪態を吐く。彼は無数の子ワームが蠢く真ん中に降り立ち、必死に双剣でその猛攻を凌いでいた。
生まれるのに適した時期よりも早く産まれてしまった子ワームは、足りない栄養を少しでも補おうと動くもの全てに襲いかかっている。幼体といえど1メートルを超えるワームは、ただ動くだけでも厄介だ。
「フゥ!」
藪蛇を突いてしまった男が叫ぶ。それに応じて、坑道の後方から赤いチャイナ服の少女が飛び出してきた。
「はいよ! 戦闘調理術、『踊り炒り豆』ッ!」
彼女は赤熱した巨大な中華鍋を振り翳し、思い切り地面に叩き付ける。灼熱が周囲へ拡散し、地面を蠢く白いワームたちを焼いていく。熱さから逃れようと蠢くワームは、まるで踊っているようにも見える。
「カエデ君は親を!」
「任せとけ!」
子ワームが一掃され、母親の怒りは頂点に達する。岩石を破砕する硬い歯の並んだ口を開き、咆哮を上げる。その巨体から血を流しながら、狂乱して迫る。
「させませんの!」
猛烈な突進を、黄金盾が受け止める。最高速度の列車が衝突したかのような猛烈な衝撃に耐えながら、少女は身にまとう光を更に強める。母親の怒りがすべて彼女に注がれる。口を裂き、大盾ごと飲み込もうと覆いかぶさる。
「“麻痺瓶”ッ!」
暗い闇の広がるロックワームの口の中へ、薬液の詰まった瓶が投げ込まれる。
鉱夫たちは背後を振り返り、鉱物を満載したトロッコの上に立つ黒髪のゴーレム女性に気がついた。彼女はベルトに吊った瓶を手に取ると、勢いよく肩を回す。放たれた瓶は猛烈な勢いと的確な狙いで飛び、ロックワームへと炸裂する。
強力な麻痺毒を直接流し込まれ、その巨体が痙攣する。動きを止めたそれに、大盾の少女が安堵した直後、バランスを崩した巨体が倒れてくる。
「ひええっ!?」
「“
ぎゅっと目を瞑って大盾の下に隠れる少女。その時、風が吹き荒れる。
ロックワームの硬質な外皮をものともせず、斬撃が襲う。巨大なワームは輪切りになり、ボロボロと崩れ落ちた。
「ふぅ。——なんとかなったな」
「地下の敵強すぎるよぉ」
完全に事切れたロックワームを確認し、着物姿の青年が胸を撫で下ろす。タイプ-ライカンスロープの少女が中華鍋を背負い、駆け寄ってくる。金髪の少女が大盾の下から現れ、呆然とする鉱夫たちの横を通ってタイプ-ゴーレムの女性が合流する。
突如として現れた一団は、ロックワームのドロップアイテムを回収すると、目を丸くして立ち尽くしている鉱夫たちの元へとやってくる。そうして、申し訳なさそうにその中の一人へ声を掛けた。
「一つ聞きたいんだが、“爆砕岩”はこのあたりで採れるのか?」
鉱夫たちは顔を見合わせ、再び彼らを見る。そうして、こくりと頷いた。
━━━━━
Tips
◇爆毒瓶
可燃性の高い液体と毒液を混合し、専用の投擲瓶に封入した道具。対象に当てることで、爆破ダメージと共に毒を蓄積させることができる。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます