第918話「通せんぼ」

 “洞窟悪鬼の首領グレムリンリーダー”が倒れ、残された洞窟悪鬼たちは蜘蛛の子を散らすように消えてしまう。コボルドたちが周囲を入念に探った上で、嬉しそうにワンと吠えたところを見るに、ひとまず脅威は去ったと考えて良さそうだ。

 俺は駆けつけてくれたエイミーに感謝を伝え、彼女と共に来たレングスとひまわりの二人とも顔を合わせる。編集者の二人は瓦礫の陰から這い出てくると、開口一番にテントを建てるよう要請してきた。


「ふぅ。やっと安心できるぜ」

「そのなりで虚弱なんだから、よくわからないよなぁ」


 揺れる焚き火を見てリラックスしたレングスに呆れて肩を竦める。スキル制のゲームだから、彼のように筋骨隆々で厳しい顔面の大男よりも、大和撫子と評されるような儚げな表情をしているトーカの方が圧倒的に強いということはままある。

 ちなみに、憂いを帯びた表情で睫毛を下ろしているトーカは、新しい刀剣の構想を練っているらしい。


「しかし、二人が来てくれて助かったよ。色々と調べたいことが多くてな」

「俺もちょうど、この廃墟都市を見て回りたいと思ってたところだ。時間と物資に余裕があるなら、調査したい」

「それもそうだが、まずはコボルドの言葉を解読できないか? いつまでもレティの感覚頼りも大変でな」


 レングスとひまわりは都市専門のwiki編集者だ。普段は各地の都市に籠り、そこの調査を進めている。彼らの興味は廃墟となった都市にも適応されるようで、ひまわりは早速スケッチを始めていた。

 だが、俺が今ほしい情報はコボルドとの円滑なコミュニケーションを取る方法だ。その点も〈解読〉スキルを伸ばしているレングスなら何とかならないかと期待を掛けてみる。彼は少し離れたところで集まっているコボルトたちを見て、眉間に縦皺を刻む。不機嫌そうな怒り顔だが、単純に考えているだけだ。


「できるかどうかは分からんが、一応やってみよう。レティも貸してくれ」

「もごもご。いいですよー。お任せください!」


 レーションを齧っていたレティが手を上げ、3人はコボルドの下へ向かう。道案内はいいのかと戸惑う彼らに、レティが身振り手振りで意識を伝え、早速コボルド語の解読作業が始まった。


「さて……」


 状況が落ち着いたのを見て、俺は塔の中に入る。エレベーターのコンソールが明滅していて、そこに何かの意思が宿っているのを示す。俺が近づくと、スピーカーからかすかなノイズが聞こえた。


「クナド、で良かったか」


 話しかけると、コンソールに(^^)と笑顔の絵文字が表示される。


『はい。私は第壱術式的隔離封印杭クナドの管理術式思念体です。正式な個体名にあたるものは存在しませんが、第一期調査開拓団の命名法則にのっとり、クナドと名乗りましょう』


 淀みのない言葉でクナドは名乗りをあげる。それを聞いて、隣に立っていたカミルの肩が強張るのが分かる。NPCの上下関係に敏感な彼女は、クナドをウェイドたちと同じ管理者クラスの上位権限者と捉えたようだ。


「いくつか質問あるんだが、いいか?」

『はい。調査開拓員レッジたちには危機的な状況から助けて頂きました。相応の謝礼は必要と考えます』


 再び笑顔の絵文字。彼女の快い返事に感謝しながら、胸の内で温めていた疑問を投げかける。


「どうしてグレムリンに武器と技術を供与したんだ?」

『——』


 コンソールの表示が固まり、スピーカーが沈黙する。


『ちょっとアンタ、何言ってるのよ!?』


 目を見開いたカミルが、俺の腕をグイグイと引っ張る。信じられないといった表情で、彼女は慌ててクナドに謝罪した。


『ごめんなさい! この人、たまに変なことを言う癖があって。えっと、クナドをバカにしてるわけじゃなくて——』


 ほら、アンタも謝りなさいとカミルが俺の足元を蹴ってくる。しかし、コンソールが再び笑顔の絵文字を表示し、ポロンと軽い音が流れた。


『何故、そのような結論を出したのですか?』


 返答は否定ではない。

 俺は記憶をさらい、直感の中から理由を組み立てる。


「ひとつ、グレムリンは高い技術力の必要な武器で武装してたが、それを使うことには慣れてなさそうだった。ふたつ、機械警備員はここのグレムリンたちが修理して送り込んでると予想してたが、そのための工場らしき施設が見当たらなかった。みっつ、クナドが生きているにも関わらず、敵性存在が塔の7階まで侵入するのを許すはずがない。ああ、俺たちがこの廃都に入ってきた時にドローンの最高輝度で光を照射したにも関わらず、グレムリンたちは反応を示さなかったってのもあるな」


 指を折りつつ、廃都探索の過程で覚えた違和感を挙げていく。

 グレムリンは銃火器で武装していたが、根城にしていた塔の中の様子を見るとどうにもチグハグな印象を受ける。どうして鉄砲を作れるのに、食器や調理器具といった生活用品が充実していないのか。それに、銃器の運用も下手だ。彼らは距離というアドバンテージを活かす発想がなく、槍のように使っていた。

 記録保管庫のドワーフたちの予想では、ここのグレムリンたちが機械警備員を攫って修理し、再び送り込んできているという話だった。しかし、それにしては輸送ラインや修理施設などが見当たらない。記録保管庫では現在も大量の機械警備員が狩られているのだから、常に大規模な工場などが稼働していなければ計算が合わないのだ。

 極め付けは、クナドの脇の甘さだ。なぜ、敵性存在に自身の本体のある最上階の一歩手前まで侵入を許しているのか。ウェイドなどであれば、俺たち調査開拓員でさえ、そこまで立ち入ることは許されていない。

 彼女が破損していたという説明もあるだろうが、それも妙だ。現に彼女は意思疎通が可能なレベルまで修復が進んでいる。そこまでいけば、敵性存在の排除は行える。もっとも、これはクナドが他の中央制御塔と同じような構造をしている場合に限られるが。

 一つ一つの説明を、クナドは黙って聞いていた。全て話し終えると、彼女はしばらくいくつかの絵文字を順番に切り替えていく。まるで、どう答えようか考えているかのようだ。カミルが青い顔で謝罪しろと背中を叩いてくるが、俺は彼女の言葉を待つ。


『はい。私は洞窟悪鬼イビルグレムリンの群れに武器を供与しました』

『ぴえっ!?』


 クナドが肯定し、カミルが目を丸くする。

 その衝撃は相当だろう。NPCであるカミルにとって、調査開拓団のNPCたちは絶対的な味方だ。敵性存在である原生生物に与することなどありえない。


『誤解しないでください。私は術式に破綻が生じたわけでも、調査開拓団に敵対した訳でもありません。標準的な武装を全て喪失した場合に実行される自爆措置が、私には許されていないのです』


 クナドは語る。

 それは、彼女という存在に与えられた使命の話、彼女の存在意義にかかわる話だった。


「やっぱり、普通は自爆するものなのか?」

『はい。私を構成する術式思念体には重大な機密情報も多分に含まれています。例え、襲撃を試みる敵性存在がそれを利用できるほどの技術レベルに達していない場合でも、あらゆる懸念を排するため、半径100km範囲内を完全に消失させる大型物質消滅術式が備えられています』


 彼女の物々しい言葉に、カミルは震えて俺の腰にしがみ付く。物質消滅術式というのは、都市防衛設備としても実装されている物質消滅弾に組み込まれているものだろう。その影響範囲内の空間全てをアイスクリームを掬うように切り取り、消してしまう。


「それができないのは何故だ?」

『私が第壱術式的隔離封印杭だからです』


 その返答は予想していたものだった。

 名前から推察できるように、クナドは何かしらの存在を隔離し封印するための要石の役割がある。自爆し、自身の存在諸共消滅させてしまったら、封印が解かれてしまう。そのため、例え原生生物に手を貸してでも、自身の存在は保たねばならなかった。


「それで、クナドは何を抑え込んでるんだ?」


 となれば、当然の疑問だ。

 標準的な防衛用設備を排除してまで、守らなければならなかったもの。封印し、隔離しなければならないほどのもの。第壱、ということはクナド自身も複数個が存在するのだろう。彼女のように特別な施設がいくつも必要になるほどのもの。


『知りません』

「は?」


 簡潔な答えに、思わず間の抜けた声が出る。クナドはʅ(◞‿◟)ʃという絵文字をコンソールに表示して再び知りませんと繰り返す。


『私は、私が封印している存在に関する情報へのアクセス権限がありませんから』

「何を守っているのかも知らずに、守り続けてるのか……」

『はい。誰であろうと通さない。それが私の役割です』


 迷いも不安もない言葉だった。それを聞いた瞬間、急に全身の力が抜ける。俺はカミルの頭を撫でながら、なるほどと頷く。彼女がそう言うのならば、仕方ない。

 管理者というのは、自分の職務にだけ忠実なのだ。


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Tips

◇大型物質消滅術式

 特異技術開発室時空間構造部門によって開発された特殊な大型術式。

 異常構造物を含むあらゆる物質的対象を破壊するために開発された。多次元に渡る時空間そのものに干渉する特殊波形衝撃を放ち、物質をその根源的存在意義の段階から破壊する。これによりおよそ知覚可能なほぼ全ての物質の破壊が可能になる。


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