第917話「背負い投げ」

 モーターの回転音が唸りを上げて、節々から黒煙を吹き出しながら、大きなロボットが飛び込んでくる。胸に操縦桿を握ったグレムリンリーダーが乗り込み、ニタニタと笑いながら見下ろしている。


「なんですかあれは!」

「よく分かんないけど、パワーアップしたみたいね」


 耳をまっすぐに立てて驚くレティ。グレムリンリーダーの眼が光り、巨大ロボットの背中がぱかりと開く。そこから発射されたのは、無数の誘導ミサイルだった。


「うわああっ!? 急に文明レベルが上がりすぎです!」

「とんでもないことしてくるわね!」


 直上へと昇り、高所から鋭く下降してくるミサイルは、回避行動を取ってもしつこく追尾してくる。私はレティとトーカに障壁を張って保護しつつ、自分に向かってきたミサイルを殴って爆発させる。


「面倒だわ、まったく」


 爆風をもろに浴び、LPが吹き飛ぶ。素早くアンプルを飲み、包帯を巻いて回復を図りながら、視線はロボットから離さない。


「うおおおっ! 次はレティの番ですよ!」


 ミサイルで一方的に攻撃されたことに腹を立てたレティがハンマーを構えて飛び出す。トーカも覆面の下から覗く唇をきつく結び、彼女を追いかけていた。しかし、グレムリンリーダーの表情は崩れない。ロボットの太い腕が腰に伸び、短い棒のようなものを握った。


『ギギギッ!』

「ぬわっ!?」


 ロボットが棒を振ると、バチバチと電流を放つブレードが展開される。おそらく、元々は機械警備員の持っていた電磁警棒を魔改造した代物だ。機械人形である私たちとは相性が悪い。


「私に剣技で挑みますか。面白いですね!」


 だが、得物が悪い。

 ロボットが両刃の電磁剣を展開したことがトーカの心に火をつけた。


「『迅雷切破』ッ!」


 彼女は一瞬で距離を詰め、ロボットの腕を大太刀で斬る。それだけでは終わらず、廃墟を蹴って身を翻すと、そのままぐるりと回転しながらロボットを縦に切り付ける。


「良い硬さですね。切り甲斐がありますよ」

「レティのぶんも残してくださいよ!」


 地面を滑り土煙を巻き上げながらトーカが不敵に笑う。彼女が一呼吸置くのと入れ替わりに、レティがハンマーをロボットの腹部に叩きつけた。


「ぎゃっ!?」


 ハンマーの衝撃が伝わった瞬間、ロボットの纏う装甲が爆発する。予期せぬ反撃を受けたレティが悲鳴を上げて吹き飛ぶ。


「爆発反応装甲!?」


 弾けた装甲は、その内部に薄く火薬のようなものが敷き詰められていた。魚の鱗のように吊り下がる形も、角度を付けて衝撃を逃すことを目的としているらしい。


「レティ、大丈夫?」

「問題ないです!」


 頬の汚れを拭いながらレティは立ち上がる。予想外の攻撃を受けたが、この程度のことで挫けるような子ではない。


「レティは見学でもいいですよ!」

「なんのっ!」


 煽るようなトーカに、レティは毛を逆立てて走り出す。


「あの装甲は私がなんとかするわ。ちょっと待ってなさい」


 私はそう声をかけて、レティより早くロボットに肉薄する。おそらく、このロボットの爆発反応装甲は打撃属性を狙い撃ちにしている。私の殴打でもきっと発動するだろう。内部の爆薬が装甲の金属を打ち破り、細かな破片が周囲に飛散する。レティやトーカがダメージを受けては、盾役タンクの名折れだ。


「『ピックショット』『ガード』!」


 長方形の装甲が魚の鱗のようにロボットの全身を覆っている。一つを破壊しても、隣の装甲は反応しないようになっているらしい。私は出の早い小技で装甲を殴り、間髪入れず盾を構える。爆発が巻き起こり、細かな鉄片が降りかかる。


「エイミー、大丈夫ですか?」

「問題ないわね」


 こういう時、タイプ-ゴーレムの体格の良さがありがたい。装甲の破片は全て私の身体で飛散を阻止できた。そして、そのダメージは私の防御力を超えられるほどのものではないことも分かった。


「鏡威流、一の面。——『射し鏡』!」


 ならば、あとは殴るだけだ。

 大きな鏡を展開し、そこにロボットの全容を捉える。その上で、きつく拳を握りしめ、ずらりと並ぶ装甲を見渡す。


「『山砕く百腕の殴打ヘカトンケイル』ッ!」


 一定時間移動不可、中断不可の大技。言ってしまえば単純なパンチを繰り出すだけの単純な技だけど、その数は驚異的だ。10秒間で80回。毎秒8発の打撃がロボットの爆発反応装甲を全て撃ち抜く。

 いくつもの小さな爆発が立て続けに巻き起こり、鉄の鏃が雨のように降り注ぐ。それら全てを大きな鏡が捉え、真っ直ぐに反射する。つまり。


『ギャアアアッ!?』


 無数の打撃と同時に、自身が放った爆発と鉄片の雨も、ロボットは全て受けることになる。

 悲鳴を上げ、後ろへ下がろうとするグレムリンリーダー。けれど、そんなことはさせない。


「『睨み殺す獣王の威眼』」


 対単体威圧系最上位のテクニック。私がひと睨みすれば、悪鬼の長も竦み上がる。思考が濃密な恐怖で塗りつぶされ、逃走という本能的な行動さえ起こせなくなる。まるで足が地面に縫い付けられたような、そんな錯覚さえ感じていることだろう。


「はぁあああああっ!」


 ヘカトンケイルの効果時間は、まだたっぷりと残っている。次々と繰り出す拳が装甲を割り、爆発させる。手の届くところに装甲がなくなれば、その下に露出した柔らかい機関部を抉っていく。

 その最中も、自分に飛んでくる攻撃や鉄片は全て跳ね除ける。大技を連発しているので、一度でも攻撃を受ける余裕はない。


「エイミー!」


 レティの声が聞こえる。

 ロボットが逃走を諦め、こちらに腕を伸ばしてきていた。露出した機関部が赤熱している。異常な回転を見せて、黒煙が噴き出している。


「3、2、——」


 カウントダウン。

 鋼鉄の手が私の肩を握る。


「1——」


 ゼロ。

 ヘカトンケイルの効果時間が終わる。身体の自由を取り戻した瞬間、腰を落として身を捻る。向こうが襲いかかってくるのなら、むしろ好都合だ。


「せいやぁっ!」

『ギィアッ!?』


 ロボットの腕を巻き込み、背負い投げ。3メートルを超える巨大な物体を投げられるか少し不安だったけれど、〈格闘〉スキルの補正も手伝って、軽やかに一本決めることができた。

 悲鳴を上げながらロボットが転がり、黒い石塔の壁に激突する。


「おう……」


 節々から熱気を噴き出しながら機能停止するロボットを見て、レティが感嘆の息を吐く。私は肩で息をしながら、LPアンプルを一気飲みした。


「『野営地設置』」


 その時、突然空からテントが降ってくる。


「なっ!?」


 驚く私たちの目の前で、テントは瞬く間にロボットを包み込み、装甲を固める。次の瞬間、テントの内側からくぐもった爆発音が響き、大地が僅かに揺れる。


「ロボットに自爆機能はマストだからな。ちゃんと最後まで気を抜かない方がいいぞ」


 塔の上からひょっこりと顔を出し、レッジが笑う。最後の最後に、彼に助けられたことを理解して、私は思わず全身から力が抜けた。


「エイミー、大丈夫ですか?」

「ええ。平気よ。レティもありがとうね」

「ええー? なんのことですか?」


 駆け寄ってきたレティの頭を撫でながら感謝を伝える。ロボットを背負い投げしたとき、私一人だけでは飛ばせなかった。見えなかったけれど、彼女がロボットの背中に回って勢いを付けてくれたはずだ。レティはとぼけているけれど。


「あの電磁剣、刀身がありませんでしたね。重心がずれて扱いづらい気もするのですが、どうなんでしょうか」


 トーカは早速刀剣に思いを馳せている。このぶんだと、地上に戻ったらすぐにネヴァのところへ行きそうだ。


「あっ、忘れてた」


 ひと段落して、ようやく思い出す。私は慌てて塔の中に入り、一階の瓦礫の影で身を寄せ合っている二人の元へ向かう。


「二人とも平気?」

「なんとか……」

「随分と暴れ回ってたなぁ」


 私と一緒にやってきた二人、ひまわりとレングスは黒い外套で身をすっぽりと包んだまま、安堵のため息を漏らした。


━━━━━

Tips

◇『山砕く百腕の殴打ヘカトンケイル

 〈格闘〉スキルレベル90のテクニック。不動の構えを取り、猛烈な勢いで殴りつける。

 効果時間中、移動不可、中断不可、その他の攻撃系テクニック使用不可。攻撃がヒットするたびに攻撃力がわずかに上昇していく。

“岩山をも打ち砕く剛腕の巨人。その怪力は神をも殺す”


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