第916話「殴る蹴る潜る」
颯爽と駆けつけたエイミーによって、俺たちは爆風から逃れることができた。両腕に拳盾を構えて、エイミーは素早く状況を確認する。
「なんか騒がしいから来てみたら、ビンゴだったみたいね」
「助かったよ。ナイスなタイミングだった」
「それは良かった。で、あのデカブツを倒せばいいの?」
黒煙が晴れ、グレムリンリーダーの姿が露わになる。だが、それと同時にエイミーは苦い顔をして走り出した。グレムリンリーダーの背後に、壁がなかった。爆発によってクナドの壁面が破壊され、大きな穴が開いていたのだ。
『グギギッ』
走るエイミーを嘲笑うかのように一声鳴いて、グレムリンリーダーが背中を見せる。そして、奴はそのまま塔の7階から飛び降りた。
「逃さないわよ!」
「エイミー!」
エイミーはそれを追いかけて、躊躇なく穴から飛び降りる。驚いて穴の縁まで駆け寄ると、彼女は瞬時に展開した無数の障壁を割り、勢いを殺しながら落ちていた。
「そんな方法があるのか……」
「あれ全部ジャストガードで割ってますよね」
様子を見に来たレティも慄くほどの高等テクニックだったらしい。エイミーはそのままくるりと前転して着地すると、逃げるグレムリンリーダーを掴む。
「——らあっ!」
『グギエッ!?』
そのままハンマー投げの要領で身を捻り、クナドの外壁に叩きつける。
リーダーの悲鳴を聞きつけて次々とグレムリンが飛びかかるが、エイミーはそれら全てを鎧袖一触で吹き飛ばしていく。
「しかたない。俺たちが塔の中を押さえるから、レティとトーカはエイミーの方に行ってくれ」
「了解です! といっても、この高さは飛び降りれないので、エレベーター使いますけど」
塔の中にも無数のグレムリンたちが残っている。こいつらは、対群戦闘に利がある俺やラクトで殲滅するのが楽だろう。レティとトーカのアタッカー二人には、リーダーの撃破を依頼する。
「レッジ、アンプル余ってない!?」
「持ってけ!」
バリケードの方からラクトの声が響く。俺はインベントリからアンプルを取り出しながら、慌てて走り出した。
†
「さて、どうしようかしら」
勢いよく飛び出したはいいものの、せっかく合流できたレッジたちと再び分断されてしまった。塔の壁にぶつけたデカブツは顔が半分めり込んでいるけれど、うめき声を上げながら急速に傷を癒している。
おそらく、コイツがレッジたちの探していたグレムリンリーダーとやらなのだろう。であれば、私が倒してしまってもいいはずだ。
拳を構え、足を引く。上から降ってくるグレムリンたちが私を取り囲み、じりじりと輪を狭めていく。動き出したのは、リーダーだった。
『ギギギアッ!』
号令を下すように叫ぶ。それを合図に、グレムリンたちが抱えていた筒を一斉にこちらへ向けた。塔に入る前から焦げ臭いにおいが漂っていたけれど。
「なるほど」
その正体に感付いた瞬間、私を取り囲む無数の火砲が轟音を上げる。一瞬後、飛び出してくる大きな鉛玉。見たところ、弾丸と呼ぶのもお粗末な、ただ鉄の塊を乱暴に削っただけのものだ。射撃の精度も悪く、弾速も遅い。十分対応できる。
「ふっ」
『ギャギッ!?』
四方八方から飛んでくる弾丸を避けつつ、軽く手で弾道を修正する。しかし、敵を取り囲んで発砲とは、扱い方が分かっていない。そんなことをすれば、反対側にいる味方に当たるだろうに。
悲鳴を上げながら弾け飛ぶグレムリンたち。リーダーが大声を上げて、慌てて射撃を止めさせる。ならばどうするかと出方を待っていると、リーダーが勢いよく飛びかかってきた。
「肉弾戦はもっと得意よ」
両手を掲げて迫るリーダーを、その勢いを利用して背負い投げ。地面に激突し、骨でも折れるような音がする。起き上がる前に肩と膝の骨を砕く。立ち上がれず悲鳴を上げるグレムリンリーダーの首に拳を突き込んだけれど、固すぎて砕けない。
そこまでしてようやく、取り巻きたちが爆弾に火を付けて投げ込んでくる。自分達のリーダーも巻き込みそうだけれど、いいのだろうか。
「ほら、返すわよ」
『ギャイッ!?』
投げ込まれた爆弾をそっと受け止めて、投げ返す。反射的に受け取ったグレムリンは悲鳴を上げて逃げ出し、爆発した。
その時、グレムリンたちがちらりと上を見たことに気付く。その視線を追うと、塔の中からこちらを狙うバズーカ砲のようなものが見えた。
「流石に痛そう、ねっ!」
近くに居たグレムリンを掴み、バズーカに向けて投げる。悲鳴を上げるグレムリン。発射された砲弾と直撃し、花火が町を照らす。
その明かりの下、グレムリンリーダーがよろよろと立ち上がる。なんと、骨折もこの短時間で治してしまうらしい。私はその脅威的な再生能力に舌を撒きながら、リーダーの懐に潜り込む。
「内臓の治りは遅いかしら? ——『浸透打』」
『ギョギャッ!?』
掌底を密着させて、エネルギーを余すことなくリーダーの腹筋のその下まで伝える。衝撃に備えて力んだ頃にはもう遅い。むしろ、内部の衝撃が暴れ回って余計に被害が広がる。
グレムリンリーダーがもんどり打ち、口から血を吐き出す。
「動きは素早いけど、ガード崩しはあんまり使ってこないわね」
次々と飛びかかってくるグレムリンをいなしつつ、敵の分析を進める。記録保管庫にいるグレムリンと基本的な能力は一緒で、素早い動きで翻弄するタイプの敵だ。その代わり、強力な攻撃はしてこず、こちらの防御を崩されるほどではない。
リーダーの方はどうかと言えば、おそらく攻撃力はその巨体相応に高いのだろうが、いかんせん遅い。向こうが一発殴ろうを腕を振り上げている間に、こちらは五発ほど無防備な腹部に叩き込める。そうすればダウンが取れるので、実質的にワンサイドゲームだ。
このまま順調にパターンを決めていけば、そう遠からず倒せるだろう。そう考えていると、突然グレムリンリーダーが転身して脱兎の如く逃げ出す。
「まずい!」
私は走る速度はグレムリンリーダーに遠く及ばない。逃走に全力を出されると追いつけない。そのためにまず足を壊していたのだが、いつの間にか治っていたらしい。直前まで足の痛むような動きをしていたから騙された。
追いかける私を、グレムリンたちが妨害するのも厄介だった。この小鬼たちは、自分の命を懸けてボスを守っている。
「エイミー!」
「ごめん、逃した!」
リーダーの背中がどうしようもないほど離れてしまった直後、塔の中からレティとトーカが駆けつけてくる。私が謝ると、二人は大丈夫だと言うように頷いた。
「大丈夫ですよ。レティたちが追いかけて——」
言葉が途中で途切れる。何かと彼女を見ると、呆然とした顔で前を見つめていた。
「レティ?」
「あー。追いかける必要はなさそうですね」
レティが前を指差す。
暗い瓦礫の山の向こうで、何かが立ち上がった。ポツポツと光が増え、大まかに人型を取っていく。問題なのは、その大きさだ。
「逃げたんじゃなくて、あれを取りに行ってたのね」
ゆっくりとそれが歩き出す。
2メートルの体が小さくその胸元に収まっている。動くたびに細かな部品を落としながら、徐々に速度を速めて、こちらへ迫ってくる。
「デカすぎませんか!」
「カグツチよりも立派ねぇ」
それはグレムリンが作り上げたパワードスーツ。胸元にグレムリンリーダーが乗り込み、無数のレバーを操作して動かしている。
機械警備員の部品を寄せ集めて組み上げた、歪なロボットだった。
━━━━━
Tips
◇グレムリンバズーカ
洞窟悪鬼たちが独自に開発した大型火砲。鋼鉄製の筒に火薬と砲弾を装填し放つだけのシンプルな構造だが、威力は絶大。砲撃を受ければ、ガードが崩され無防備に体を晒すことになる。
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