第914話「頼もしい味方」

 残酷な事実をクナドに伝えると、彼女の意思を表すエレベーターのコンソールが数秒の間硬直した。少ししてまるで瞬きするかのように明滅し、おろおろとした声がスピーカーから漏れ出す。


『そんな、理解不能です』

「俺たちもそうだが、まあ実際そうなんだからしかたない」

『〈タカマガハラ〉は調査開拓団を指揮する最重要の存在です。いったい、誰がそのようなひどい性質へ変貌させたのですか』


 クナドは口調に怒気を含めて追及してくる。

 第零期先行調査開拓団の時代には“三体”はなかったはずだが、それでも〈タカマガハラ〉の重要性は変わらない。指揮官として調査開拓員の指針となり、導いてきたのだから。


「あー、うん。誰だろうな。それよりも、まずは目の前の問題を片付けよう」


 だからこそ、俺は問題をうやむやにしてはぐらかす。“三体”それぞれの人格形成はともかく、T-1のいなりジャンキー化に関しては俺も無関係ではないと言えないこともない。もし、ここでクナドにそれがバレたら、今の比較的穏便な関係が崩れる可能性もある。

 俺はレティたちに余計なことを言わないように目配せしつつ話題を逸らす。クナドも現在の置かれた状況を思い出したのか、素直に逸れてくれた。


『そうですね。まず、現在の最も懸念すべき点は、封印状態に綻びが発生しているか否かが観測できていないことです』

「封印?」


 そういえば、クナドは第壱術式的隔離封印杭と言っていた。つまり何かしらを術式的に隔離して封印している杭——この塔そのものの管理者ということか。何を封印しているのかは分からないが、あまり解き放って良いものではないはずだ。


『とはいえ、周囲の状況やあなた方の様子を見るに、まだ危機的な状況ではないと判断できます。ですので、まずは施設内を占拠している敵性存在の除去をお願いします』

「敵性存在ってのは、グレムリンのことでいいんだな?」

『あなた方の背後に立つ原生生物もその範疇に入りますが、見たところ友好的な関係を築けているようですし、その認識で構わないでしょう』


 クナドの判断に、密かに胸を撫で下ろす。コボルドたちも原生生物と言えば間違いないし、一度は俺たちも戦った。問答無用で敵認定される可能性もあったが、彼女は思ったより柔軟な判断をするようだった。


「そうと決まればレティの出番ですね! グレムリン共はぶっ飛ばしてあげますよ!」


 話を聞いていたレティが腕を捲って気炎を上げる。彼女の逞しい言動を喜ぶように、クナドはコンソールをピカピカと光らせた。


「できればグレムリンの配置とか数とか知りたいんだが、教えてもらえるか?」

『監視設備類の損傷も激しいため、施設全域をカバーできません。そのため、正確な情報提供は不可能です。ただし、2階部分から最上層の一つ下の7階まで広く分布し、特に7階には社会的最上位地位を占めると推測される個体が存在します』

「なるほど。バカと煙は高いところに登るってやつだな」

『ちなみに最上階には私の本体があります』

「そ、そういう意味で言ったわけじゃないからな」


 クナドの言葉に少し冷たいものを感じて慌てて弁明する。よく考えれば、この封印杭とやらは都市にある中央制御塔そのものだ。となれば、管理者の本体たる中枢演算装置はその最上階に安置されているのも同様だろう。


「では、シンプルにボスを目指して登りつつ、各階層のグレムリンも掃討していけば良いですね」


 チャリ、と刀を鳴らしながらトーカが言う。結局、それが一番確実だろう。


「ちなみになんですが——」


 レティがハンマーをブンブンと振り回しながら尋ねる。


「壁とか床って、どれくらいまで壊しても平気ですか?」

『安心してください。当施設は非常に堅牢な素材を用いて、立体造形印刷製法で建造されています。損壊の激しい部分もありますが、基礎構造は戦略爆撃機を投入されてもびくともしません』

「なるほど! なら思う存分暴れられますね!」


 太鼓判を押されたレティが目を輝かせる。俺は天井を見上げて、安請け合いしたクナドに忠告しようと口を開いたが、その時にはもう遅かった。


『では、2階へとエレベーターで——』

「あ、お構いなく。自分で行くので」

『は?』


 虚をつかれたクナドの声。レティはぐっと膝を折って力を溜めると、勢いよく直上に飛び上がった。


「『ラビットジャンプ』ッ!」


 同時に、黒鉄の巨鎚を振り上げる。その尖ったハンマーヘッドが天井に突き刺さり、亀裂が広がる。パラパラと降ってくる細かな欠片にギョッとして、俺は慌ててカミルを抱えて逃げ出した。


「全員退避!」

「だらっしゃーーいっ!」


 俺たちが逃げ出すと同時に、レティが天井を突き破る。ガラガラと轟音と土煙が入り混じる中、少なくないグレムリンたちの悲鳴も落ちてくる。


「なるほど、天井裏に潜んでいましたか!」


 トーカが目隠しを着けて動き出す。

 どうやら、2階との間にグレムリンたちが潜り込んでいたらしい。レティはそれに気が付き、先手を打ったというわけだ。


「はえええっ!? ほっぎゃっ! ひっぎゃ!」

「うわうわ、いっぱい落ちてきたね!」


 強制的に戦闘が始まり、シフォンたちも武器を振るう。俺は砂埃を払いながら、カミルの方へ目を向ける。


『てやーーーい!』

『ギエエエッ!?』

「うおっ!?」


 煙幕の向こうから、奇声と共にグレムリンが吹き飛んでくる。間一髪のところで避けると、その小鬼は壁にべちゃりと衝突して床に落ちた。


『ふんっ。アタシに楯突こうなんて百年早いわよ』


 グレムリンを投げ飛ばしたのはカミルである。彼女はトランクから箒を取り出し、胸を張って構えている。

 ネヴァ特製の箒は攻撃力こそ低いが、吹き飛ばしノックバック能力に秀でた代物だ。カミルはそれを巧みに使いこなし、次々と周囲のグレムリンや彼らが打ち込んでくる砲弾を吹き飛ばしていた。


「カミル、自衛くらいはできるか?」

『今更バカなこと聞かないでよ。戦闘訓練も欠かしてないし、これくらい余裕よ』


 済ました顔で断言するカミルに、少し安心する。この調子なら、カミルの護衛に専念する必要もなさそうだ。


『り、理解不能です。なんで天井を——。いや、躊躇が——』

「もしもし、大丈夫か?」


 エレベーターのコンソールに近づくと、スピーカーから混乱した声がした。


「とりあえず、建物内のグレムリンは俺たちに任せてくれ。多少の損害は見逃してくれると嬉しいが」

『理解不能です!』


 クナドの悲鳴に俺は何も返してやることができない。

 レティとトーカが飛び込んでいった上層からはひっきりなしに爆発音や破砕音が響き、グレムリンがボトボトと落ちてくる。コボルドたちも勢いに乗って暴れ回っているようで、勇ましい咆哮も聞こえる。

 完全な不意打ちで、初動はこちらが有利に進められているようだ。


『あなた方はいったい、何者なんですか?』


 恐ろしいものを見たかのような怯えっぷりで、クナドが言葉を震わせる。


「何って、ただの調査開拓団員だが?」

『レッジ!』


 クナドの問いに答えていると、カミルが名前を呼んでくる。目を向ければ、彼女が数匹のグレムリンを纏めてこちらに吹き飛ばして来ていた。驚きつつも槍とナイフを構え、それを片付ける。何やら全身に爆弾をぶら下げていたから、コードを切って2階に投げ飛ばすと、数秒後に爆音が響き渡った。


『理解不能です。……ただの調査開拓員が、このような——。何か、管理者クラスの上位団員、もしくはその直属の部隊ですか?』

「いいや。ただの、どこにでもいる普通の調査開拓員。強いて言うなら、〈白鹿庵〉の楽しい仲間達だよ」


 バズーカが打ち込まれ、巨大な砲弾が飛んでくる。種瓶を投げ、一瞬だけカミルたちを覆って守る。光のないこのフィールドでは種瓶の働きも著しく低下してしまうが、砲弾くらいなら防げる。

 ついでに小型の爆撃ドローンをいくつか投げて、突然の植物に驚くグレムリンたちを掃除する。


『〈白鹿庵〉……。理解不能です』


 順調にグレムリン掃討が進んでいると言うのに、クナドは呆然とした様子で、そんな言葉を絞り出した。


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Tips

◇小型爆撃ドローン“火蜂”

 DAFシステム構成ドローン〈狂戦士バーサーカー〉から自爆機能だけを抽出し、小型化した高速高機動ドローン。対象へと素早く突撃し、自爆する。爆発した際に構成部品が細かく鋭利な破片となって周囲に拡散し、被害を広める。


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