第913話「変わる世界」

 廃都の中心に聳える黒い石塔。その足元に、大きな亀裂が走っていた。ミカゲが調べてくれたところによると、おそらくグレムリンたちはここから出入りしているのだろう、とのことだった。


「いくつか罠が仕掛けられてた。たぶん、コボルド対策」


 そう言ってミカゲが持ち帰ってきたのは、黄色いロープに金属の札が取り付けられた鳴子のようなものだった。匂いはほとんど消されているようだが、代わりに暗闇でも見やすいように塗料が塗られているらしい。ミカゲなら発見は容易だが、コボルドたちはそうもいかない。


「ここのグレムリンたちは知恵が回るようですね」


 罠を見てトーカは感心したようにいう。確かに、繰り出してきたミサイルや銃火器などを見ても、俺たちの知るグレムリンとはレベルが数段違う。彼らはこの石塔を根城にしているようだが、ここに何かがあるのだろうか。


「塔の中は、とりあえず安全だと思う。亀裂も大きいし、みんなで入れるはず」

「分かった。とはいえ、どこからグレムリンが襲ってくるとも分からんしな、用心しつつ進もう」


 ミカゲの調査報告を頭に詰め込み、いよいよ塔の中に入る。

 石塔を割くような亀裂は、どうやら長年の経年劣化によって生じたものではないようだ。細かく何かを打ち付けたような跡が残っている。

 ドローンを先行させ、内部の視界を確保する。ミカゲの言葉通り、中にはグレムリンの気配はない。しかし、そこかしこに何かを食い散らかした後の骨や皮が散乱しており、血の匂いも漂っている。


『グルゥ』

「コボルドたちにはちょっとキツイか?」


 俺たちですら顔を顰める悪臭だ。コボルドたちは鼻が曲がってしまう。このぶんだと、彼らの嗅覚に頼った索敵は期待しない方がいいだろう。


『ラウラッ』

「上か?」


 氏族長が天井を見上げて吠える。どうやら、俺たちが向かうべき道は上に続いているらしい。ドローンの光を巡らせると、塔の一階にはエレベーターらしい扉が並んでいる一角がある。


「動きますかね?」

「まあ、十中八九動かないだろうが……」


 何万年と分からないほどの悠久の時の中で放置されてきた塔だ。例え第零期先行調査開拓団の遺産だとして、この荒廃っぷりで動作保証はされていないだろう。

 とはいえ、試してみるだけならタダである。俺はエレベーターに近づくと、壁に埋め込まれたコンソールを強めに叩く。


「ほら、やっぱり——」


 動かないな、と言おうとしたその時だった。ゴリゴリと何かを削るような音が上方から落ちてくる。レティがピクンと耳を揺らし、コボルドたちも身構える。すわグレムリンたちの襲撃かと臨戦体制を整える中、チンと小気味の良いベルが鳴り響いて、エレベーターのドアが軋みながら開いた。


「ええ……」

「開くんだ……」


 予想外の展開に、シフォンとラクトも立ち尽くす。エレベーター内はずいぶんと綺麗で、埃も浅く積もっている程度だ。おそらく、エントランスと違い今まで誰も立ち入っていなかったからだろう。それにしても、まだ機能が保たれているとは思わないが。


「どうします?」

「入ってみるか……?」


 エレベーターはそれなりに大きいようだ。とはいえ、俺たち7人と1匹、コボルド15頭を全て乗せられるほどではない。どうしたものかと悩んでいると、突然エレベーターのコンソールが点滅した。


『ようこそ、調査開拓員。どうぞ、お進みください』

「うおっ!?」


 突然の機械音声。その明瞭な語りに全員が驚く。棍棒でコンソールを叩き壊そうとするコボルドウォーリアを抑えながら、恐る恐るスピーカーへ近づく。


「これは、録音か? リアルタイムで話しているのか?」

『リアルタイムコミュニケーションです』


 問いかけると、返ってくる。つまり、何かしらの知性を持った存在がこのスピーカーの向こうにいる。


「あなたは一体、何者だ?」

『私はこの第壱術式的隔離封印杭“クナド”統括管理者。第一期調査開拓団の慣習に則って表すならば、管理者クナドとなりましょう』

「管理者クナド……。つまり、ウェイドたちと同じ存在ということか?」


 クナドはコンソールを明滅させて肯定する。

 どういうわけか分からないが、この管理者は現在の俺たちのことをよく知っているらしい。


『調査開拓員レッジ』

「物知りだな」


 名前を呼ばれ、少なからず驚く。まさか、俺のような一般調査開拓員の名前すら把握しているとは。いったいどんな手品を使ったのか。


『私は現在、様々な危機的状況下に置かれています。よって、緊急特例措置として、あなた方へ救援要請を行います』

「救援要請?」

『現状と要求を説明します。当施設は現在、自己修復術式の発動中です。主要機関部の修復が完了しましたが、他の付随機能部に関しては修復資源が不足しています。また、当施設内部において敵性存在の不当占拠が確認されています。当施設の外敵排除機構が機能不全に陥っている現状から、調査開拓員各位には代理として敵性存在の追放を依頼します』


 なるほど、つまりクナドは俺たちに、この石塔の中に巣食っているグレムリンの退治を任せようと思っているらしい。それならば、俺たちも断る理由はない。むしろ利害が一致していて丁度いいくらいだ。

 それくらいならば、と頷きかけたが、クナドの言葉はまだ続いていた。


『加えて、第一期調査開拓団への理解を深める試みとして、説明を求めます』

「説明?」

『こちらのデータ群に心当たりはありますか?』


 コンソールの画面が乱れ、数字の羅列が始まる。


「うへぇ。なんですかこれ?」

「意味のない数字の連なりに見えますが?」


 俺の背後から様子を見ていたレティたちが首を傾げる。俺も一瞬面食らったが、よくよく見てみると、どうやらこれは16進数のデータになっているらしい。


「クナド、これは総量どれくらいあるんだ?」

『圧縮済みデータパッケージで9YBです』

「ヨタ……」


 告げられたのは単位のぶっ飛んだデータ量だった。数字に直せば9かける10の24乗、9,000,000,000,000,000,000,000,000Bとという途方もない数字である。


「流石にそんなもんの一部だけ見せられても、何かとは言えないと——」


 そう言いかけて、はたと気付く。いや、なんだかこのデータ配列に見覚えがある程度なのだが、どこで見たのか……。


『ちなみにこれは開拓司令船アマテラス中枢演算装置内で機密指定されていいました』

「なんてもん持ってきてるんだ! って、もしかしてこれがあったのはT-1の管理領域か?」

『そうですが?』


 クナドの回答を聞いて、なるほどと思い至る。


「これ、稲荷寿司だな」

『稲荷寿司……』

「T-1的にはおいなりさんだが」

『おいなりさん……』

「たぶん、T-2が作ったやつだと思うぞ」

『T-2が、T-1に……?』


 うーむ、クナドも混乱しているようだ。しかたない、俺だってそうだ。

 どうやらT-1は以前にT-2が作った情報量が多すぎて調査開拓員が食べると発狂して死ぬ稲荷寿司を戸棚の奥に隠し持っていたらしい。どういう方法かは知らないが、クナドがそれを見つけて安易に手を出して、火傷でもしたのだろう。


『理解不能です。なぜ、中枢演算装置の統括人工知能であるはずの三体が、わざわざ有機的な栄養補給を? 必要ないはずですが』

「あー、うん。そのへんはまあ、色々事情が入り組んでててな」


 クナドの疑問も当然だが、それを説明するには余白が足りなさすぎる。ともかく、今はそんなことをしている暇がない。


「クナドは多分、第零期先行調査開拓団員なんだろうが、一つだけ覚えててくれ」


 俺は全ての説明を吹っ飛ばすため、コンソールに向かって語りかける。


「君が寝ている間に、指揮官は稲荷ジャンキーと情報量ジャンキーと愛ジャンキーになった」

『…………は?』


 コンソールのスピーカーから絞るように飛び出した声は、これまでで一番リアリティのあるものだった。



 レッジたちが不在の間、T-1は管理者としての仕事に集中できる。今回はカミルも彼らに同行しているため、メイドロイドの自分に意識を割く必要もないため、より理想的な状況であった。

 とはいえ、管理者としての彼女の本体は惑星イザナミの静止軌道上、丁度シード01-スサノオの上方に停泊している巨大な開拓司令船アマテラスにある中枢演算装置〈タカマガハラ〉だ。更にその処理能力は三分割され、“三体”によって相互監視と管理が行われている。

 通信監視衛星群ツクヨミを介して、〈タカマガハラ〉には地上から様々な情報が送られてくる。T-1はその中から特に領域拡張プロトコルに関連する重要度の高いものを処理していくのが業務だった。一秒間に数百兆件を超える案件を処理できるのは、規格外の物理的規模を誇る〈タカマガハラ〉だけである。なにせ、T-1の実体とも言える第一区画だけで、地上に広がる地上前衛拠点スサノオよりも更に巨大なのだから。


『くぬぅ〜〜〜! 疲れたのう』


 物理的な筐体はともかく、運動しているわけではないため疲労はないが、T-1はきっかり6時間ごとに白々しくそんなセリフをログに残す。そうして、いそいそと彼女の個人的な情報管理領域へとアクセスし、その最奥にひっそりと隠している最重要機密タグのファイルへと手を伸ばすのだ。


『おほっ』


 思わずそんな言葉がログとして記録されてしまうが、ログを見るのは他の“三体”くらいしかいないため構わない。T-1は舌先を少しだけ触れるように、その情報体に一瞬だけアクセスする。その1ピコ秒にも満たない刹那にも、大量の情報が彼女の演算装置へと流れ込み、痺れるような快感をもたらす。


『うひっ。これがクセになるんじゃよなぁ』


 まったくT-2も罪なものを作ったものじゃ、とT-1はほくそ笑む。一瞬のアクセスで指揮官の高度な演算能力すら僅かに痺れさせるほどの劇薬である。しかも、このおいなりさんの存在はあの厄介な監視者カミルですら知らない。地上の管理者用機体で摂食するわけでもないので、1日のおいなりさん摂取制限にも抵触しないのだ。

 彼女はその背徳的な味に舌鼓を打ちつつ、新たな独創的なおいなりさんの構想を練り始めるのだった。


━━━━━

Tips

◇ヨタいなり

 T-2によって作成された超高密度圧縮情報集合体型食品。9YBにのぼる情報を凝集しており、食べると全身に情報が流れ出す。その味は通常の調査開拓員の味覚センサーでは捉えきれず、大抵のスーパーコンピューターでも演算しきることができない。

 これが調査開拓員に出回った場合の被害を考慮し、T-1が自身の管理情報領域に収容している。

“こんな危ないものを放ってはならぬのじゃ! 妾が責任を持って、しっかりと大切に保管するのじゃ! 任せてほしいのじゃ!”——T-1


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