第911話「鑑定士の目」

「ドワーフの遺物?」

「ああ。なんでも、未踏破区域は元々ドワーフの居住区だったらしくてな、その頃のガラクタが転がってるそうだ」

「その中で見つけたのが、この古文書なのです。レッジさんたちはこれを頼りに、“グレムリンリーダー”の捜索を始めたのです」


 暗い洞窟をランタンの光が照らし出す。記録保管区域の壁に大きく穿たれた壁の向こうに続く洞窟を進むエイミーの背後には、二人の付き添い人の姿があった。中央管理区域でエイミーを呼び止めたレングスとひまわりは、自分達も同行したいと申し出たのだ。


「二人とも戦闘はできないビルドでしょ? 大丈夫なの?」

「もちろん。戦うのはゴメンだが、逃げ隠れするのは得意だからな」

「襲撃の際には頼らせてもらいます」


 レングスとひまわりは、揃ってフード付きの外套ですっぽりと身を包んでいる。隠密効果のあるこの装備は、じっと蹲っていれば大抵の場合敵の目を欺ける。それに加えて、二人はエイミーにも大きな期待を寄せていた。何といっても、彼女は〈白鹿庵〉の盾役なのだ。


「守りきれなくても知らないわよ?」

「バックアップもちゃんと取ってるからな。安心してくれ」


 レングスが胸を叩き、エイミーに責任を負わせないことを確約する。そこまで言うならと彼女も肩をすくめ、再び歩き出す。

 そうして、3人は無数の小穴が壁に並んだ開けた空間へとたどり着く。


「いきなり選択肢が多いわね」


 レッジたちもこの穴のうちのどこかに入ったはずだ。エイミーは大量の分岐を前にして眉を寄せる。


「どうします? ひとつひとつ虱潰しにするのは時間がかかりそうですが」

「うーん。まあ、なんとでもなると思うわよ」


 憂うひまわりに、エイミーは軽い調子で言葉を返す。そうして、彼女は穴の一つ一つをじっくりと注意深く観察していく。

 時折、穴の中から黒い蛞蝓が飛び出してくるため、レングスとひまわりは壁際に座り込んで大人しくしていた。


「よし、この穴ね」


 そう時間も掛からず、エイミーは進むべき穴を定める。何を根拠に、と不思議がる二人にエイミーは穴の縁を指差した。


「ミカゲが同行してるってことは、何かしらのサインを残してるはずだと思って。あの子、そういうところは抜かりないから」


 彼女の指の先には、細い蜘蛛糸のようなものが壁面に張り付いている。それはずっと穴の奥まで続いていて、まるで3人を案内するかのようだ。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 エイミーは楽しそうに口元に笑みを浮かべ、穴の中に飛び込む。レングスたちも後を追い、狭い穴の中へ身を屈めて入っていった。

 暗い洞窟内をランタンの明かりだけをたよりに進む3人。天井からぼとりと落ちてくる蛞蝓にひまわりが慣れてきた頃、エイミーが二人を手で制止した。


「何かいるわね。ちょっと待ってて」


 そこに留まるように言って、エイミーは一人穴の先に向かう。そこは、壁面を綺麗に削られた半球状のドームだった。異様なのは、酸っぱい臭気が充満していること。そして、床面がどろどろとした粘液で浸され、中央に巨大な影があることだった。


「これは厄介ね……」


 手早く鑑定を済ませたエイミーが口をへの字に曲げる。

 進む先で待ち構えていたのは、異形の悪食芋虫、“水腹のラリプレタ”。強力な名持ちネームドエネミーだった。

 エイミーは後方に控えるレングスたちに引き続き待つように伝え、ゆっくりと足音を忍ばせてドームの中に入る。


「っ!」


 しかし、床に溜まる液体に足先が触れた瞬間、激痛が伝わる。見れば、靴と爪先が火傷したように爛れていた。更に厄介なことに、ラリプレタがゆっくりと振り向く。


「打撃も効かなさそうな顔してるわね」


 エイミーは拳を構えながら敵を分析する。ブヨブヨとしたゴム質の皮は、彼女のメインである打撃属性が効果的とは思えない。更に、足元が腐食液によって著しく制限されているのも嬉しくない。

 敵の背後の壁に大きな穴が開いている。おそらくはレティがぶっ壊したのだろうとエイミーは即座に当たりをつける。


「なら、とっとと倒して追いかけないと!」


 エイミーが跳ぶ。自ら飛び込んできた愚かな獲物に歓喜しながら、芋虫が大きな口をがばりと開く。しかし、その胃袋が満たされることはない。


「『爆散する三連障壁』」


 エイミーの拳が3枚の重なった障壁を打ち砕く。その衝撃は無数の破片と共にラリプレタへ降り注ぎ、その身を削いでいく。エイミーもまた爆風で吹き飛ばされ、天井に打ちつけられる。


「狭いフィールドは苦手なのよね!」


 背中を強かに打ち付けながら、エイミーは身を翻して体勢を整える。

 反抗する彼女をただの獲物ではなく敵と見做したラリプレタは、体を大きく震わせる。口を閉じ、全身を蠕動させ、何かを繰り出す。その気配を機敏に察知して、エイミーは防御機術の術式を展開した。


「『溶けることなき大障壁』ッ!」


 果たして、彼女の咄嗟の判断は正しかった。

 ラリプレタの吐き出した腐食液は、八角形の障壁に阻まれてエイミーには届かない。鋼鉄の盾すら溶かす強力な腐食液だが、アーツによる障壁はそれを完全に防御した。エイミーは素早く身を翻し、足元に小さな障壁を展開する。


「『弱点看破』! 『情報共有』」

「おっと!」


 障壁を踏み台にして、エイミーがラリプレタに迫る。その時、彼女の視界に映るラリプレタの体表に、弱点を示すマーカーが鮮明に現れた。


「軽い支援はできますから、あとはよろしく頼むのです」


 後方からエイミーに声が掛かる。ひまわりが洞窟の穴から様子を窺い、ラリプレタの鑑定を行っていた。


「助かるわ!」


 レティやエイミーではできない、本職の鑑定士による詳細な弱点看破。これにより、エイミーの攻撃は通常よりも遥かに鋭さを増す。

 なかなか経験することのないタイプの支援だが、それだけに強力だった。


「『斬烈脚』ッ!」


 長い脚をしならせ、空気を捉える。鋭い蹴撃は斬撃属性を乗せて芋虫に迫る。


「せいっ!」


 エイミーの脚がラリプレタの頭部を裂いた。弾力のある皮は柔らかく、斬撃には弱い。ただの一撃で、芋虫のHPはごっそりと削れる。

 しかし、エイミーは攻撃の手を緩めない。相手に反撃する暇を与えず、一方的に蹴り続ける。障壁を足場に、腐食液に触れないように細心の注意を払いながら、着実にダメージを与えていく。

 ラリプレタは一方的に攻撃を浴びせられ、瞬く間に満身創痍に陥った。そして、その風前の灯火と化した命が尽きようとしたその時だった。


「エイミー!」


 戦々恐々と見守っていたレングスが叫ぶ。

 ラリプレタの体が爆発的に膨張し、たるんだ皮膚が固く張り詰める。体積を数位倍に急増させた芋虫は、まるで過剰に空気を詰め込んだ風船のようで——。


「っ!」


 弾ける甲高い音。

 溜め込まれた体液が広がり、降り注ぐ。岩壁も溶かす酸の雨がエイミーたちを襲う。


「まったく、最後の最後にやってくれるわね」


 間一髪のところで穴に逃げ込んだエイミーは、咄嗟に展開した障壁の下から様子を窺って肩を竦める。ラリプレタはボロボロの肉片と化し、ドームの真ん中で事切れていた。レングスの声が無ければ、回避の遅れたエイミーもあそこに倒れていたことだろう。


「ありがとう、助かったわ」

「声掛けなら任せてくれ」


 どっと疲れた様子のエイミーに感謝の言葉を送られ、レングスはニヤリと不敵に笑う。


「これ、いつになったら通れるようになるのです?」


 ひまわりは腐食液に塗れた洞窟内を眺めて、途方に暮れていた。


━━━━━

Tips

◇“水腹のラリプレタ”

 悪食芋虫ロックイーターの特異個体。非常に貪欲で、常に何かを食べている。洞窟酸蛞蝓の腐食液を取り込み、消化液として用いているため、岩や金属ですら捕食する。体内に蓄積した腐食液の量は膨大で、それを嘔吐することで敵を攻撃することもある。

 強い命の危機を感じた場合、自身の体を破裂させて広範囲に腐食液をばら撒く自爆戦術を用いる。

“どれほど食べようと飽くなき渇望。腹は張り、身は重く、それでも欲は満たされない。弛んだ腹を擦りながら、僅かな快楽を求めて闇を彷徨う。”


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