第910話「彼らを探して」
「あれ?」
いつも通り仕事を終えて、諸々の家事を適当に片付けた後でFPOにログインしたエイミーは、ひとけの無い別荘に首を傾げる。大抵は誰かしらがまったりと過ごしている〈白鹿庵〉の別荘には誰一人いない。それどころか、カミルの気配すらなかった。
どこへ出掛けているのだろうかとフレンドリストを開き、レッジたちの所在を確認する。可能性は低いながらそもそもログインしていないということも一瞬頭をよぎったが、他のメンバーは全員ログインしているようだった。しかし——。
「所在地、不明?」
レッジ、レティ、シフォン、ラクト、トーカ、ミカゲ。全員が揃って行方不明である。奇妙な状況に、エイミーは首をかしげる。
「もしかして、新しいフィールドとか見つけたんじゃないでしょうね」
プレイヤーの所在地が不明になる条件は、当該人物が通信監視衛星群ツクヨミの目が届かない領域に存在し、なおかつそこから一度も出ていないことだ。そのため、考えられる可能性はそう多くない。
更に言えば、彼らは現在TELを飛ばすこともできない。これもまた、通信監視衛星群ツクヨミとの接続が遮断されている証左だった。
「何をやってるんだか……」
エイミーは相変わらずなレッジたちに肩をすくめ、ひとまずリビングの椅子に座る。本当ならコーヒーでも飲みたかったが、レッジもカミルもいないとそれもできない。しかたなく、インベントリからオレンジジュースのボトルを取り出してテーブルに置く。
「ええと、“おっさん監視スレ”は……」
エイミーが立ち上げたのは、FPO公式掲示板である。そこから、目的のスレッドを探す。“おっさん監視スレ”はその名の通り、レッジの動向を逐一報告するというものだ。レッジがどこで何をやっていたのか、何か目立った動きがあればまず真っ先にここへ書き込まれる。
正直、ストーキング行為スレスレのこともあり、GMからたびたび警告やBANなども受けている曰く付きのスレッドだが、レッジの動向を探るにはここを確認するのが手っ取り早い。
「〈オモイカネ記録保管庫〉に行って、施設をぶっ壊した?」
スレッドの書き込みを辿りながら、エイミーは眉を顰める。
どうやら、彼女のリーダーは今日も今日とて管理者たちから目を付けられるような悪行を巻き起こしているらしい。
「未踏破区域……。なるほど、それで」
更に読み進めていくと、レッジたちとの通信ができない理由も分かってきた。彼らはオモイカネですら把握していない地下深くへ探索に出掛けているようだ。
そこまで把握した段階で、エイミーは今後どうするか思い悩む。レッジたちに合流できるのが一番良いことだが、未踏破区域はかなり入り組んでいる可能性もある。最悪、お互いに存在を把握できないまま彷徨い続けることになるだろう。
とはいえ、レッジたちの探索がいつ終わるかも分からない以上、ここでじっと座って彼らを待つのも楽しくない。バリテン打ち上げチャレンジのコンボでも練り直そうかと考えたが、そんな気分でもなかった。
「とりあえず、記録保管庫に行ってみようかしら」
エイミーは立ち上がり、イカルガの離陸時刻を確認する。急いで準備すれば、高速機にギリギリ間に合うだろう。彼女はそう判断すると、倉庫からアイテム一式を補充して、別荘を飛び出した。
シード01-ワダツミの真横に整備された広い飛行場に、高速航空輸送網イカルガの機体が並んでいる。エイミーは手早く搭乗手続きを済ませ、高速機の狭い機内に身を捩じ込む。
「タイプ-ゴーレムに優しくないわねぇ」
〈ダマスカス組合〉が開発し、イカルガに正式採用されたHS-09“プリズムスター”は極超音速で空を駆ける飛行機だ。その流線形が特徴的な機体だが、空気抵抗を排するため機内は非常に狭くなっている。タイプ-フェアリーならともかく、大柄なタイプ-ゴーレムには少々息苦しい。
定員2名の座席が埋まり、自動操縦システムが起動する。ブルーブラストエンジンが励起し、ジェットノズルから青い炎が吹き出した。
エイミーを乗せた“コメット”は瞬く間に地上から離れ、オノコロ高地の断崖を駆け登っていく。〈ウェイド〉の白塔を掠め、大瀑布を飛び越え、〈はじまりの草原〉の中央にある〈スサノオ〉へと降り立つ。
「今回は墜落しなかったわね。ラッキー」
無事に到着したことを嬉しく思いながら、エイミーはその足でヤタガラスの駅へと向かう。〈第一オモイカネ記録保管庫〉には直通のイカルガ空路がないため、こうして公共交通機関を乗り換える必要があるのだ。それでも従来の鉄道のみの移動と比べれば、所要時間は雲泥の差なのだから、技術の進歩は著しい。
新たに開通した〈第一オモイカネ記録保管庫〉行きの列車に乗り込み、揺られること数分。彼女は目的地に到着した。
「あら?」
エレベーターで最下層に降りたエイミーが見つけたのは、カフェエリアでテーブルを囲む二人の管理者だった。山盛りのフィナンシェを次々と口に運びながら、オモイカネとウェイドが何やら話し込んでいる。
周囲のプレイヤーたちが彼女たちを邪魔しないように距離をとりつつ微笑みを浮かべて眺めているのは、趣味が良いのか悪いのか。
『調査開拓員エイミー。レッジたちを探して来たんですか?』
背後から近づくエイミーに、管理者たちは同時に気付く。ウェイドが振り返って話しかけ、エイミーは思わず仰け反った。
「え、ええ。所在地が不明になってたから、気になって」
『なるほど。レッジたちは現在、〈第一オモイカネ記録保管庫〉第34階層から繋がる未踏破区域の探索に出掛けています』
「知ってるわ。でも、今から出掛けて合流できるか不安なのよね」
『なるほど』
エイミーの懸念はウェイドにも伝わったようだった。銀髪の管理者は顎に指を添えて、軽く俯く。
『レッジたちが出掛けて、すでにかなりの時間が経過しています。私たちも状況を把握できていないので、彼らの状態を懸念しています』
「そうなの?」
『何らかのトラブルで行動不能に陥っている場合も考えられます。捜索任務を発令することも検討していました』
ウェイドの言葉にエイミーは少なからず驚く。基本的に、管理者と違って調査開拓員は替えのきくリソースだ。そのため、場合によっては自ら機能停止して死に戻ることもできる。
管理者が調査開拓員の安否を慮っているという事実は、なかなかに衝撃的だ。
『レッジは要注意人物に指定されていますから。一定期間、通信が途絶した場合は何かしらの重大な事件が発生している可能性が高いです。早期発見と対処を行わなければ、領域拡張プロトコルの進行にも影響を与えかねません』
「ああ、そういう……」
ウェイドの口から続く言葉に、エイミーは脱力する。
彼女たちがレッジの安否を懸念しているのは、やはりそういう理由だったらしい。
「それなら、私が探しに行こうかしら」
『ふむ。エイミーならばレッジの行動パターンを推測することも容易でしょう。ぜひ頼みたいですね』
「いいわよ。合流できるかどうかは分かんないけど」
結局、エイミーがやるべきことは変わらない。彼女の提案に、ウェイドも二つ返事で頷く。そうして、彼女はおもむろに立ち上がると、いそいそとテーブルの上のフィナンシェをまとめ始めた。
『レッジたちはお腹が空いているかもしれません。食糧を持って行った方が良いでしょう』
「えっ?」
『アンプルと包帯も十分な数を提供します。機体破損の可能性を考慮して、担架も用意します。あとは、縄梯子も必要でしょうか。ええと、それと……』
「ちょっとちょっと! そんなに必要ないわよ」
何やら次々と救命器具を数え始めたウェイドをエイミーが慌てて制止する。彼女の言葉に、ウェイドはしかしと眉を寄せた。
『レッジの状態が分からない以上、万全を期すべきでしょう』
「そんなこと言われても、そんなに持ちきれないわよ」
ウェイドが準備したアイテムの総重量はタイプ-ゴーレムのエイミーでも余裕で行動不能になるほどに達していた。これだけで数ヶ月は暮らせそうなほどの機材である。どう考えても過剰なアイテムを、エイミーは丁重に押し返す。
「それよりも、救難信号みたいなのを発信できるアイテムとかないの? それさえあれば、ミイラ取りがミイラになる心配もないと思うけど」
『そうですね……。通信監視衛星群ツクヨミの専用広域非常用回線にアクセスできるホイッスルを渡しましょう。通話などの双方向通信はできませんが、単純なシグナルを一方的に送ることはできます』
「こんなのあるんだ……。じゃあ、これだけ受け取っとくわ」
ウェイドは不承不承といった様子を露わにしながらも山のようなアイテムを引っ込め、代わりに銀色のホイッスルをエイミーに渡す。管理者のみに使用が許可されている特別なアイテムなのだが、エイミーは特別任務の専用アイテム程度だろうと考えて軽い気持ちで受け取る。
『それと、やはりフィナンシェはいくつか包みましょう。食糧は大切です』
「ふふっ。分かったわ、合流できたら渡すから」
ウェイドが押し付けてきたフィナンシェを、エイミーは苦笑しながら受け取る。そのフィナンシェが何故か他のものよりも少し出来が悪いことには、敢えて言及しない。
「それじゃ、行って来まーす」
『気をつけて。レッジを見つけて、無事に帰還するのを待っています』
『何かあったら救難信号で知らせてくださいね』
そうして、エイミーは管理者たちに見送られながら出発する。
「おーい、エイミー。ちょっといいか?」
意気揚々と歩き出した彼女を出口間際で呼び止めたのは、黒いスーツに窮屈そうに身を包んだ、厳つい顔面の男だった。
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Tips
◇緊急救難信号発信ホイッスル
通信監視衛星群ツクヨミの専用広域非常用回線にアクセス可能な特別なホイッスル。管理者以上の重要な調査開拓団員が危機的な状況を知らせる際に使用することが想定されている。そのため、通常は調査開拓員は使用することができない。
“万が一このホイッスルによる通報があれば、調査開拓団全体の危機レベルが一段階上がるのじゃ。平時から厳重な警備に守られている管理者しか使うことができぬからのう。そうそう使われることはないが、もし使われたらかなり危険な状況に陥っておるじゃろうな”——T-1
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