第909話「闇に潜む暗殺者」

 レティの機械鎚がグレムリンの隊列で炸裂する。爆炎が巻き上がり、濃い煙幕が視界を覆う。グレムリンたちは大きく開いた目に土埃が流れ込み、悲鳴を上げてのたうち回る。暗闇の中で視力に頼る進化をしてきた彼らは、その敏感な眼球が仇になっていた。


『グルゥアッ!』


 そんな中、俺たちよりもはるかに機敏に動く存在もいる。目を閉じ、鼻と耳を鋭く特化させたコボルドたちである。彼らは我が利を得たりと一気呵成にグレムリンたちへ襲い掛かり、鋭利な爪や巨大な棍棒で次々と吹き飛ばしていく。


「せぇいやっ!」

「こうなるとタダの案山子ですね!」


 レティも耳をピンと立てて駆け回り、トーカも目に覆いを付けて加勢する。


「コボルドはともかく、なんであの二人もこの煙幕をものともしてないの?」

「規格外だからだよ」


 若干引き気味の表情で、混沌とした戦場を見守るシフォン。彼女やラクトはまともに狙いをつけるのも難しいため、煙幕が晴れるまで動けない。というより、普通は彼女たちの方が当然の反応なのだ。視界を制限されても問題なく戦えているレティたちが異常なのである。


「そういうレッジだって狙いうちしてるじゃん」


 戦場を俯瞰しつつチクチクと槍で突いていると、ラクトがそんなことを言う。


「俺はほとんど見えてないぞ。煙幕が包む前の敵味方の位置から計算して予想してるだけだ」

「よくそんなことやってて、レティたちのこと規格外とか言えるよね」

「ええ……?」


 同じ穴の狢を見るような青い瞳に、困惑する。

 そうこうしているうちに、グレムリンたちも体勢を立て直そうと反抗を試みる。煙幕も徐々に落ち着き、彼らの有利が戻り始める。だが、その時には勝負は決していた。


「——終わった」


 グレムリンの隊列の向こう。最も安全な最後尾に立っていた一際体格のいいグレムリン。その胸に鋭い刃が生え、その首が横一文字に裂かれていた。


「ナイスですよ、ミカゲ!」


 崩れ落ちるグレムリンを見て、レティが歓声を上げる。グレムリンたちもそれに気付き、背後を振り返って混乱の声を上げた。

 レティの機械鎚による爆発、コボルドたちの攻勢。それらは全て目眩しにすぎない。闇が支配し、影に満ちたこの場では、彼が最も力を発揮する。

 ミカゲは影を渡って敵の後方にまで浸透した。そうして、相手が気付かぬうちに、その首を掻き裂いた。〈忍者〉系三次ロール、〈御庭番〉は暗殺を非常に得意とする。条件さえ揃えば、ただの一刀でボスすら暗殺するほどだ。


「“洞窟悪鬼の将軍イビルグレムリンジェネラル”。これより上の役職があるかもしれない」


 暗殺ついでに敵の情報を調べたミカゲが可能性について話す。

 レティたちは早速残党狩りに移り、リーダーを失って瓦解したグレムリンたちを殲滅していった。


「“洞窟悪鬼イビルグレムリン”ですか。やはり、これが未踏破区域に逃げたグレムリンの群れ、ということでしょうかね」

「そうだろうな。しかし……」


 レパパから追加で受けた任務が進行しているのを確認する。やはり、こいつらがグレムリンの中でも地中に逃げ延びた一派であることは確実であるらしい。

 だが、今はそれよりもコボルドたちだ。氏族長へと目を向けると、彼は耳をぺたりと倒して尻尾を垂らした。


「どう考えても、グレムリンの襲撃を予想した上で案内してたよな」

「ですねぇ」


 コボルドたちはイビルグレムリンの存在を知っていた。おそらく、彼らに廃都での生活を追われているのだろう。だが問題は、そのことを知っていて俺たちを嗾けたことだ。


『クゥン』


 俺たちの動きに何を感じ取ったのか、氏族長を庇うように勇士たちが前に出る。


「別に怒ってないさ。できれば事前に伝えといて欲しかったが、それも難しいだろうしな」

「レティたちもグレムリンを探してましたし,結果的には良かったんじゃないですか?」


 そう言うと、コボルドたちは驚いた様子で鼻を動かす。そして、何やら話し込んだかと思うと、当然全員が一斉に地面へ転がった。


『ヘッヘッ!』

「うわあっ!? なんだなんだ!」


 氏族長を含め、10体以上のコボルドたちが一斉に腹を見せたのだ。犬のような動きだが、やっているのはツルツルの狼男のような厳つい存在である。なんとも奇妙な光景だが、どうやら親愛の思いを見せてくれているらしい。


「やめやめ! そんなことしなくていいから、さっさと案内を続けてくれ」


 よく分からない罪悪感に苛まれながら、氏族長たちを起こす。

 今後、再びイビルグレムリンたちが出てきた時は、彼らも重要な戦力となる。であれば、上下関係はない。お互いに助け合う運命共同体にならねばならない。


「……レッジ、石塔に亀裂があった。中に入れそう」


 そうこうしているうちに、一人斥候に出かけていたミカゲが報告を上げてくる。


『ワフンッ!』


 コボルドたちも気を取り直し、隊列を組む。彼らはミカゲが指し示した方角に向けて鼻をスンスンと動かしながら歩き出す。


「さて、石塔の中には何があるかね」


 足音を忍ばせて慎重に歩く彼らの背中を追いながら、俺は不気味な巨塔の中に潜むものに思いを馳せた。


━━━━━

Tips

◇〈御庭番〉

 〈忍者〉系三次ロール。〈忍術〉スキルレベル90以上で就職可能。

 闇に潜み、人知れず敵を殺す暗殺のスペシャリスト。彼の存在を捉えられるものはいない。


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