第908話「賢い小鬼たち」

『ガウガウ』

『グラウ』

『グラヴァ!』


 キャンプの焚き火の隣で、氏族長と“洞窟獣人の鉱夫コボルドマイナー”たちが何やら話し合っている。


『グルゥル』

『バウバッ!』

『グルゥ……』


 コボルド語はさっぱり分からないが、どうやらレティが伝えてくれた通り俺たちを地上に戻すための道について話しているらしい。

 彼らが熱心に話し込んでいる傍では、他のコボルドたちが丸まってクゥクゥと寝息を立てている。食事を摂って腹も膨れて、眠たくなってしまったらしい。


『グァウッ!』

『アオンッ!』


 遠巻きに見守っていると、突然コボルドたちが立ち上がる。


「話が纏まったみたいだな」

「ですね。これで一安心です」


 どうやら彼らのなかで話が纏まったらしい。氏族長がたちあがり、空に向かって短く吠える。その号令で眠っていたコボルドたちが一斉に飛び起き、突然駆け出した。


「うわわ。どうしたの?」


 突然のことに、ラクトたちも驚いてやってくる。コボルドたちは闇の中へ紛れ、消えてしまった。その場に残ったのは氏族長ヘッド勇士ブレイブ、更に数体の戦士ウォーリア斥候スカウト、そして鉱夫マイナーの、10体ほどのコボルドたちだけである。


「外に通じる道を案内してくれるみたいです。キャンプを撤収して、出発しましょう」

「なるほどね。了解」


 レティがコボルドたちの意志を汲み取り、代弁してくれる。相変わらず、よくすんなりと理解できるものだと感心するが、間違っている様子もない。

 コボルドたちも出発しようと立ち上がっているから、俺は手早くテントを片付けた。


「どこから帰れるんですかねぇ」

「そうだなぁ。穴の方はまだ通れない可能性もあるし……」


 俺たちが入って来た壁の穴は、ネームドの“悪食芋虫”によって腐食液で満たされてしまっている。あれがどれほどの時間持続しているのか分からないが、そこに希望を掛けて断崖絶壁を登るのは労力に見合わない。

 それに、コボルドたちがより楽な道を知っているという可能性も無きにしも非ずだ。


『グラゥ』


 氏族長が俺たちを急かすように吠える。慌てて追いかけると、彼らは暗闇の満ちる廃墟の街を歩き出した。


「あの石塔に入るのかな?」


 コボルドたちの歩く先を見据えてシフォンが首を傾げる。廃墟の隙間を縫いながら、彼らは都市の中央にある石塔に向かっていた。


「そうかもな。石塔の中は別のフィールドになってる可能性もある。ミカゲ、警戒頼むぞ」

「任せて」


 コボルドの斥候たちも鼻を利かせ耳を澄ましているが、ミカゲも目を光らせている。ついでに俺もドローンのライトを光らせて、最大限の警戒態勢だ。

 しかし、道中は予想よりも平和に進む。レティの話では芋虫や蛞蝓も生息しているはずだが、コボルドの気配に怯えてしまうのか姿は見えない。やはり、彼らはこの廃都に於いて生態系の頂点に君臨しているらしい。


『グルルル!』

「っと、何かあったか」


 しばらく歩いていると、先頭のコボルドスカウトが低く吠える。即座に勇士と戦士が気配を鋭くし、レティたちも武器を構える。


「ミカゲ」

「石塔の方向から視線を感じる」

「視線?」


 ミカゲの報告に首を傾げる。この廃都は闇に満ちた世界、そこに住むものは視力を有さない。そのはずだ。


「来るっ!」

「『立ち塞がる氷壁』ッ!」


 ミカゲの声を聞き、ラクトが準備していた術式を発動させる。即座に巨大な氷の壁が立ち上がる。それが完全に形を現すよりも早く、強い衝撃を受けて放射状に亀裂が走った。


「なんですか!?」

「はええええっ!?」


 次々と断続的に衝撃が走る。ものの数秒で氷壁が砕け、破片が降り注ぐ。


「伏せろっ!」

『キャウンッ!』


 咄嗟に声を張り上げる。近くに立っていたウォーリアの頭を掴んで地面に押し付ける。彼の鳴き声で意志が伝わったのか、族長たちも身をかがめて近くの廃墟に駆け込む。


「カミル!」

『無事よ!』


 レティたちのLP残量も確認し、大きな被害がない事に胸を撫で下ろす。しかし、突然の襲撃の犯人は分かっていない。最大限の警戒をして、周囲にドローンを展開する。


「ミカゲ!」

「接近中! コボルドよりも一回り小さい! これは——」


 ミカゲの報告。しかし、その全てを聞くよりも早く、闇の中から現れた。

 爛々と輝く金眼。ひょろりと長い手足。肋骨の浮いた痩せぎすな体躯。手に鉄杭を握り、黄濁した牙の間から唾液を垂らしている。


「グレムリン!」

「やあああああっ!」


 レティが飛び出す。彼女は空中から飛び込んでくるグレムリンに、ハンマーを勢いよく叩き込む。車に轢かれたカエルのような声とともに、グレムリンが闇の中に飛んでいく。


「ナイス!」

「どんどん来るよ!」

「ちょっと様子がおかしいですね。鑑定します!」


 レティは初撃を凌いだが、怪訝な顔をしている。しかし、何か結論を出すよりも早く、闇の中から更に複数のグレムリンが現れる。


『グルルルルルッ!』

『ギャィギッ! ギギァッ!』


 コボルドたちも筋肉を隆起させ殺気立っている。グレムリンも威嚇し、両者ともに険悪だ。


「もしかして、コイツらがコボルドの食糧を奪ったのか?」


 そんな予想が脳裏を過ぎったが、ゆっくりと吟味している暇はない。俺はカミルが安全圏にいるのを確かめつつ、グレムリンの攻撃を槍で弾く。その一撃を受けただけで、レティの反応の意味が分かった。


「こいつら、強いぞ!」


 〈オモイカネ記録保管庫〉にいたグレムリンたちよりも力が強く、素早い。更に戦闘の中でフェイントを入れてくるような狡猾さも併せ持っている。更に驚くことに——。


『ギギッ』

「ぐわあっ!?」


 廃墟の影から炎の尾を伸ばしながら円筒状の物体が飛んでくる。慌てて槍の穂先で弾くと、軌道を曲げて廃墟に突っ込み、爆炎を立ち上げた。


「こいつら、ミサイル使ってくるのかよ!?」

「近代兵器はズルくない!?」


 シフォンが涙目で抗議する。

 グレムリンは続々と現れ、耳障りな金切り声を上げる。その手には、粗い作りながら明らかに銃火器と分かる武器が抱えられていた。


『ギャギグギャッ』


 一匹のグレムリンが号令を発する。それに合わせて、10を超える銃口が火を吹いた。


「ほわあああああっ!?」

『ぴえっ!?』


 至る所から上がる悲鳴を聞きながら、カミルを抱えて逃げ回る。流石に銃火器は聞いてないぞ!


「っ! 上からミサイル!」


 ミカゲが叫ぶ。

 闇に紛れ、放物線を描き落ちてくる大きな弾頭があった。


「——『雁落とし』ッ!」


 その時、一陣の影が瓦礫を蹴って飛び上がる。銀月のような大太刀が煌めき、高速で飛来するミサイルを縦に裂く。


「復活したからには、役に立ちますよ」


 にやりと笑うトーカ。彼女の背後で、ミサイルが爆散した。


『オォォオオオオンッ!』

『バウッ!』


 コボルドたちも負けてはいない。氏族長の咆哮がブレイブたちを強化し、猛らせる。彼らは嗅覚と聴覚だけを頼りに、果敢にグレムリンの隊列へ飛び込んでいく。


「ちっ、分が悪いな」


 だが、有利はグレムリンたちにあった。彼らの扱う銃器は精度こそ心許ないものの、撃てば音を聞いた瞬間には着弾している。頼りとなる匂いもなく、コボルドには捉えられない。


「ラクト! 氷壁で遮蔽物を量産してくれ!」

「りょーかい!」

「シフォンはグレムリンの中に飛び込んで統率を崩してくれ」

「はええええっ!?」


 コボルドたちが廃墟の中に潜んでいたのは、グレムリンの脅威があったからだ。自分達ではグレムリンに勝てないと知っていた。だったら、俺たちが守らねばならない。

 コボルドたちは同じ釜の飯を囲んだ仲、彼らが居なければ俺たちも地上には戻れない。ならば運命共同体だろう。それに——。


「レッジ、隊列の後方に強力な個体がいる」

「そいつがリーダーの可能性も高いな。こんなとこで出会うとは!」


 レパパから追加された調査依頼。“グレムリンリーダー”の捜索もここで実現する可能性がある。


「レティ!」

「分かってますよ!」


 俺が何か言うよりも早く、レティは前線に突っ込む。グレムリンたちは銃口を向けるが、引き金を引くよりも彼女の方が速い。

 機械鎚の内部機構が発動し、ミサイルよりも遥かに大規模な爆炎が花開いた。


━━━━━

Tips

◇“洞窟悪鬼イビルグレムリン

 地中の闇の中で息を潜め、怨嗟を溜め込んでいた洞窟鬼の一種。本能的にあらゆる原生生物に敵対し、殺戮の為なら自死すら躊躇わない狂気を孕む。

 かつては原始的で純粋だった洞窟の獣だったもの。闇の狂気に呑まれ、黒き神の子を信奉するに至った。その深淵から救い出すことはもはや叶わない。


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