第907話「脅威の通訳」

 テントを中心に築いた陣地へコボルドたちが殺到する。俺も地雷や機銃で支援しているが、主力となるのはシフォンの風水術だ。


「『千針岩顎烈』ッ! 『大地鳴動』ッ!」


 彼女が手を振るたび、周囲の地面が大きく揺れる。太い針のような岩が次々と突き出してきたり、大地がぱっくりと割れて深い亀裂の中にコボルドを落としていったり、やりたい放題だ。

 とにかく、風水術は一箇所に陣取る戦法に対して破茶滅茶な威力を発揮する。


「レッジ、ブレイブが来たよ!」


 雑兵をシフォンが大雑把に片付けている傍で、ラクトが戦場を俯瞰し撃ち漏らした相手を狙撃していく。そうしてついに、敵の主力が到達した。


『オォォォーーーーーーンッ!』


 五つの遠吠えが共鳴する。その力強い響きはコボルドたちの意志を奮い立たせ、四肢に力を漲らせる。

 廃墟の奥から現れたのは、鉄の武装を纏った勇士。大振りな棍棒を掲げ、俺たちに鼻先を向けている。

 今の俺たちでは一体を相手にするのでやっとという強敵。それが一度に五体も現れた。それだけで絶望するのに十分だ。


「くっ」


 トーカが大太刀を支えに立ち上がる。しかし、彼女の足は震えていて、いまだに完治したとは言い難い。


「詠唱に入るから、その間もたせて!」


 ラクトがそう宣言し、長い詠唱を始める。それを察したわけではないだろうが、五体のブレイブたちが一斉に走り出した。手足の全てを駆使し、強靭な筋肉を全て動かし、多少の瓦礫をものともせずやってくる。

 ラクトの詠唱が終わるよりも、奴らがやってくる方が早いだろう。


「はえええっ! 『地脈回廊』ッ!」


 涙目になりながらシフォンが地面を隆起させる。土壁が周囲を取り囲み、巨大な迷路を作り上げる。コボルドたちは入り組んだ通路に従って進むことを余儀なくされ、一気に進行速度が鈍る。


「『泥砂混濁』ッ!」


 更に地面がぬかるむ。コボルドたちは手足を取られ、転倒するものまで出てきた。


「ようし、このまま行けばラクト先生の機術が間に合うぞ!」


 シフォンの活躍により、かなり時間を稼げた。ラクトの詠唱も順調に進んでいる。このぶんなら、問題なく襲撃を凌げそうだ。

 そう慢心した直後のことだった。


『ガゥッ!』

「うひゃっ!? ちょ、ちょっと困るよ!」


 ブレイブの一頭が短く鳴く。そいつは近くの廃墟に登り、そこから勢いよく助走を付けて飛ぶ。そうして、『地脈回廊』の迷路の壁の上に着地した。

 シフォンが焦って抗議する。しかし、コボルドたちはブレイブの動きに追随し、続々と迷路の壁を伝って進んでくる。


「ミカゲ!」

「分かってる!」


 ミカゲと共に迷路を無視する無粋な輩を攻撃する。しかし、俺たちは遠距離攻撃の手段を持っていないため、どうしても処理が追いつかない。


「はえええっ!」


 シフォンの泣き声が聞こえる。

 ブレイブは軽やかに通路を飛び越えながら、勝利を確信した様子でこちらへ迫る。その時だった。


『オォォォーーーーーーン』

「レッジさーーーんっ!」


 ブレイブのものより更に力強い咆哮が響き渡る。それに重なり聞こえるのは、レティの声である。


「何っ!?」


 予想外の展開に驚く。

 声のした方を見ると、レティと大柄なコボルドが一緒にこちらへ走ってきていた。


「攻撃中止! 攻撃中止です!」


 ぶんぶんとハンマーを振りながらレティが主張する。彼女の言葉に戸惑うのは、俺たちだけではなかった。


『クゥ?』

『グルゥルル……?』


 勢いのまま侵攻していたコボルドたちも、困惑して顔を見合わせている。ブレイブたちなど、レティの隣にいる大コボルドと俺たちの方を交互に見て、耳をぺしょりと垂らしている。


「はえっ、はえっ? な、何がどうなってるの?」


 突然の急展開に、シフォンは理解が追いついていない様子だ。俺もぽかんとしているし、ミカゲも手裏剣を握ったまま固まっている。

 勢いよくテントへと飛び込んできたレティは、つかつかと俺の元へと歩み寄ってくる。そうして、テントの中に避難していたカミルにも目を向けた。


「とりあえずレッジさん、カミル、ごはんを作りましょう!」

「は?」


 レティの口から飛び出した脈絡のない言葉に、俺とカミルの声が重なった。



 大柄なコボルド、“洞窟獣人の氏族長コボルドヘッド”が瓦礫を寄せ集めた急拵えの椅子に腰掛け、長蛇の列を作るコボルドたちを見ている。5体の洞窟獣人の勇士コボルドブレイブたちも列を抜かそうとするものがいないか目を光らせている。いや、鼻を利かせていると言った方がいいのだろうか。


『ステーキできたわよ!」

「あいよー」


 そんな列の終端にあるのは、俺たちのテント、より厳密に言えば調理設備を揃えた焚き火である。カミルがデカい鉄板で一気に焼き上げた輪切りの肉を、順番を守ってやってきたコボルドたちが受け取り、氏族長の周囲に集まってもぐもぐと食事を摂っている。

 ちなみに俺がやっているのは、次々と持ち込まれる“悪食芋虫ロックイーター”と“洞窟酸蛞蝓ケイブアシッドスラッグ”を無心で解体し続けるという作業だ。

 言ってしまえば、何故か俺たちはコボルドに対して炊き出しを行っているのだ。


「それで、どういうことなんだ?」


 次々と芋虫を運び込んでくるレティに、事情を尋ねる。まず第一に食事を作れと言われて、詳しい説明を受けていなかった。


「どうも、コボルドたちはお腹を空かせてるみたいで。たぶん、ラクトの作った料理の匂いに釣られて出てきたみたいなんです」

「なんでそんなことが……」

「氏族長さんに悪魔風焼きを上げたら食べたので」

「ええ……」


 何がどうなったら敵対していた原生生物を餌付けすることになるんだ。レティの行動がよく分からないが、その結果として平和的な交流が始まっているのは嬉しい流れだ。


「というか、この芋虫はどっから出てきてるんだ?」


 コボルドたちは食べ終わった者からまた列に並び直すので、無限に料理が捌けていく。それでも、レティがどこからか持ってくる芋虫は尽きる様子がない。


「“洞窟獣人の狩人コボルドハンター”と“洞窟獣人の斥候コボルドスカウト”の皆さんと協力して、廃都に隠れてるやつを見つけてきたんですよ」

「爆速で仲良くなってるな……」


 言葉も通じないはずだが、レティは瞬く間にコボルドたちと仲良くなっている。彼女の野生力的な何かが通じ合っているのだろうか。もしくはライカンスロープ特有の獣性とか。

 ちらりと同じくタイプ-ライカンスロープのシフォンの様子を窺うが、彼女はプルプルと震えてテントに篭っている。


「というか、コボルドは飢えてたわけじゃないのか? そこらへんに肉はあるんだろ」


 コボルドは料理の匂いに釣られてやってきたとレティは言うが、その割に次々と食材が供給されている。これでは辻褄が合わないだろうと指摘すると、レティはすんなりと頷いた。


「原生生物は多いんですが、コボルドたちとは相性が悪いみたいで。音も匂いもほとんどしない上、せっかく捕まえても体液が厄介で食べられなかったんじゃないかと」


 レティはコボルドたちから直接事情を聞くことはできないが、行動を共にすることで推測していた。

 廃都に生息している原生生物は、コボルドたちの他には大部分を芋虫と蛞蝓が占めているらしい。しかし、蛞蝓は強力な酸性の体液を有しており、それを捕食する芋虫の体液も同様に有害だ。視力がなく、また光そのものがない世界に住むコボルドたちはそれらを見つけるのも苦手としており、また捕らえても安全に解体する技術を持っていないらしい。


「コボルドたちが芋虫を調理しようと思うと、体液を漏らしてお肉がダメになってしまいますしね」

「なるほど?」


 システムの恩恵を受けられるか否かが重要らしい。

 俺たち調査開拓員は、例え〈解体〉スキルを持っていなくても安全かつ確実にドロップアイテムを手に入れることができる。芋虫の内臓を破いて肉がダメになる、という悲しい事件は起きない。

 しかし、コボルドたちはそんなことはできない。音と匂いだけを頼りに肉を裂いても、すぐに体液でドロドロに溶けてしまうし、口をつけようものなら自分達まで溶けてしまう。

 被捕食者たちもこの環境と捕食者たちに適応しているということだ。


『グルゥ』

「うおっ。ちょっと待ってな」


 レティと話し込んでいると、ぬっと大きな影が上から落ちてくる。見上げると立派な体躯のコボルドヘッドがこちらに鼻先を向けていた。カミルが急いで厚切りの芋虫肉をプレートに載せて渡すと、彼は嬉しそうに尻尾を振って瓦礫の椅子に戻っていく。


「彼もよく食べるなぁ」

「お腹が空いてたみたいですからね」


 コボルドの列を見張っているブレイブたちも、交代で列に入って食事を受け取っている。やはり、種族全体として食糧が枯渇していたらしい。——これ、俺たちが来なかったらどうなってたんだ?


「でも、不思議だね」


 そう口を開いたのは、遠巻きにコボルドたちを見ていたラクトである。


「慢性的に食糧が枯渇してたら、こんなに沢山の群れは維持できないと思うんだけど」

「言われてみればそうだな」


 彼女の指摘も最もだ。

 コボルドたちは飢えている割に、数が多い。優に100は超えているはずだ。そして、痩せ細っているものも大半だが、筋骨隆々で活力のあるものもいる。恐らくウォーリアのような戦闘員は優先的に食糧が回されていたのだろうが、それにしても妙だ。


「食糧が減ったのは最近のことなのか?」

「……そうかもしれない」


 頷いたのはミカゲだった。彼は廃都の探索を続けていて、何か発見があったらしい。


「いろんなところに、獣の足跡があった。でも、獣自体が見つからない」

「食べ尽くしたか?」

「そういうことなのかなぁ。コボルドもここで何千年も暮らしてきてるんでしょ? なら、もっと持続的な暮らしを送ってはずだけど」

「となると、何らかの原因で突発的に食料となる原生生物が消えた?」


 ラクトたちが頭を突き合わせて議論する。俺はそれを傍目に、芋虫を解体していく。カミルもくるくるとよく働いて、休む暇もない。


『グラウ』

「またか。早いなぁ」


 そうこうしていると、氏族長がまたやって来た。カミルの声を掛けて彼のためのステーキを用意し始めると、大きな手が制止した。


「なんだ?」

『グゥグ』

「うーむ。よく分からん……」


 とりあえず、お代わりを要求してきているわけじゃないらしい。しかし、悪いがコボルド語はさっぱりなのだ。そんな俺の反応が伝わったのか、氏族長もしゅんと耳を倒す。


「もしかして、食事のお礼がしたいって話ですかね?」


 レティがやって来て、氏族長の意志を汲み取ろうとする。

 彼女は近くに落ちていた石を拾い、氏族長の手に載せる。そうして、次に石を自分の方に戻す。その動きを何度か繰り返すと、氏族長は耳をピンと立てて尻尾を振った。


「すごいな……」

「バーバルコミュニケーションってやつですね」

「そうかなぁ」


 よく分からないが、レティはコボルドたちと心を通わせることができるらしい。特殊なスキルでも持っているのか?

 ともかく彼女の通訳で恐らく氏族長の言っていることが分かったような気がした。


「それなら、あの壁の穴に戻る道か外に出られる道でも教えてくれると嬉しいんだが」

「そうですね。どうやって伝えましょうか」


 レティは少し考え、氏族長の掌に円を描く。そうして、その内側から外へ飛び出すように指先を動かす。円を大空洞、指先を俺たちに見立てているのだろうが、そううまく伝わるものだろうか……。


『ガウッ!』

「マジか……」


 任せろとばかりに胸を叩く氏族長に、思わず唖然とする。

 レティもそうだが、彼の理解力もかなりのものだ。いや、本当に正確に伝わっているのか分からないが。


『ウォオンッ!』


 氏族長は群れに向かって吠える。それを聞いて、食事中のコボルドたちの中から、何やら黒く長い爪をしたものが何体か飛び出してきた。レティが彼らを鑑定して、喜びを耳で表現する。


「“洞窟獣人の鉱夫コボルドマイナー”という方たちみたいですよ! 地上までのトンネルでも掘ってくれるんでしょうか?」

「すごいな……」


 レティとコボルド、双方のコミュニケーション能力と理解力。とても言語や感覚を共有していないとは思えないほど円滑に話が進み、俺はただただ驚いていた。


━━━━━

Tips

◇悪食芋虫のステーキ

 悪食芋虫の肉を鉄板で焼いたシンプルな料理。ゴムのような弾力で噛み切りにくいが、噛むほどに野生的なピリピリとする旨味が溢れ出す。

 一定時間、腐食液に若干の耐性を得る。

 食べすぎると体調を崩す。


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