第905話「束の間の宴」
トーカが“
「それで、さっきの奴はなんだったんだ?」
気絶から覚めないレティを簡易ベッドに寝かせ、焚き火を囲んでトーカを問いただす。モデル-オニが原生生物の血を浴びることで“血酔”状態になるのは知っていたが、仲間の血をヴァンパイアよろしく吸って自分を強化するなど、聞いたことがない。
トーカは椅子に座り、ぐったりとした様子だ。何か副作用でもあるのだろう。それでも、俺の問いに答えようと口を開く。
「モデル-オニの特殊能力です。なかなかプレイヤーの血を飲もうという発想に至る人がいなかったのか、あまり知られていませんが」
「だろうな……。そもそもトーカはなんでそんなのを見つけたんだ」
「そ、それはですね……」
追及を重ねると、トーカは言葉に窮した。何やら言いにくいことでもあるらしいが、聞いておきたい。俺が諦めないと察したのか、彼女は観念した様子で答える。
「その、地下闘技場でレティと模擬戦をしてまして」
〈アマツマラ地下闘技場〉は調査開拓員同士の戦い、つまり
「そこで、レティが私の武器を壊したんですよ」
「武器を?」
「……打撃属性とか〈杖術〉スキル系のテクニックの一部に、相手の装備品の耐久度を削るものがある」
ミカゲ先生の補足に、なるほどと頷く。レティの使うテクニックにはなんたら砕きと言うようなものがあるが、そういったものはプレイヤー相手に使うと武器や防具を効果的に破壊できるようだ。
対人戦に於いて武器と防具は重要だ。それらを破壊すればかなりの有利を取れるというのは、考えれば分かる。レティもその戦法を取り入れて、トーカの武器を積極的に破壊しようと画策したのだろう。レティのハンマーに対して、トーカの大太刀は間合いが全く異なるので、当然といえば当然の作戦だ。
「それで、私の妖冥華が壊されまして」
「はぁ」
少し嫌な予感がして、シフォンの方へ目を向ける。彼女は何も知らないと言うように、ふいっと目を逸らした。
「仕方ないので、レティの肩に噛み付きました」
「なんでそうなるかなぁ」
ラクトが俺の言葉を代弁してくれる。全くである。
「矢が尽きれば槍を突き、槍が折れれば刀を振るう。刀を失くせば歯を使う。当然では?」
「どこの戦国時代の常識だよ」
トーカも普段はお淑やかでおとなしい、まさに大和撫子を体現したかのような少女なのに、なぜか偶に蛮族も裸足で逃げ出すような発想を見せることがある。以前のオフ会で、それなりに名の知れた道場の娘だと言っていたが、それが関係していたりするのだろうか。
「ともかく、武器が無かったのでレティに噛み付いたんです。一応、そういうプレイスタイルのプレイヤーも知っていたので」
「そんな物好きがいるのか……」
あっけらかんと言うトーカに、戦慄を覚える。彼女の言うことには、噛撃は〈格闘〉スキルの範疇に入るようだ。何でもアイテム使用不可装備不可の縛りプレイをしているプレイヤーがいるそうで、彼がそういったことを発見したらしい。
ともかく、武器を失ったトーカは咄嗟にレティの肩に歯を立てた。〈格闘〉スキルは持っていないため大したダメージは入らなかったそうだが、その時点でモデル-オニの隠された能力が発動する条件が整った。
「その後、レティとその場にいた〈ゴーレム婦人会〉の皆さんに協力してもらって、色々と検証したんです。その結果、輸血パックのようなBBだけでは意味がないことがわかりました」
輸血パックが使えれば便利だったんですが、とトーカは唇を尖らせる。戦闘中に突然輸血パックを破いて啜る鬼人というのもなかなかバイオレンスな光景だが。
「プレイヤーの身体から直接BBを摂取した場合のみ、一定時間LPが大幅に増大します。更に吸血対象のステータスに応じて大幅なバフが掛かり、その機体の特性も一部受け継ぎます」
「馬鹿みたいに強いな……」
その結果が、あの本来なら使えないはずの大技による蹂躙だ。トーカは一時的に上限を超えるLPを獲得し、タイプ-ライカンスロープ、モデル-バニーの身体能力を手に入れた。
だが、当然強すぎる力には相応の代償がある。
「効果時間が切れれば、ご覧の有り様です。しばらくは一歩も歩けませんね」
せっかく敵を排除したのに、廃都の探索に乗り出さずテントに止まっている理由。レティが未だ目を覚まさないのもあるが、トーカが動けないというのもある。どうやら、機体にかなりの負荷が掛かっていたようで、あらゆるテクニックが使用できず、更に全身がひどい筋肉痛のような状態になっているらしい。
「ふへ」
「もしその指先で私に触れたら、切りますよ」
「はええ……」
背後からそろそろと忍び寄って人差し指を向けていたシフォンに、トーカがドスの効いた低い声で警告する。マジな殺気にシフォンは尻尾を丸めて逃げてくる。何をやってるんだ……。
ともかく、レティとトーカという2本の柱が活動不能になっている今、下手に動けない。2体目の“洞窟獣人の勇士”や、それよりも更に上級の職持ちコボルドが現れないとも限らないのだ。
「ねね、レッジ。折角だし何か食べない?」
メラメラと揺れる焚き火を眺めているだけと言うのは勿体無い。隣に座っていたラクトがそう主張して、俺の服を引っ張ってくる。
トーカはかなり大量の血を吸ったようで、レティが目覚めるのはもう少し先のことになりそうだ。ミカゲはコボルドたちの情報を整理しているし、シフォンはラクトの反対側から俺に寄りかかっている。カミルは何やら真剣な表情で写真の整理に没頭している。
「そうだな。何か作るか」
「じゃあわたしに任せてよ。エプロン持ってきてるんだ」
どうやら、ラクトが何か振る舞ってくれるらしい。彼女は持参した“料理人のエプロン”を腰に回すと、意気揚々と焚き火に向かう。
「レッジは見てていいからね。本番のシェフ仕込みのイタリアンをご馳走してあげる」
「おお、それは楽しみだな」
ラクトは“親子包丁”を手に取り、次々と食材を並べていく。以前の強化合宿の時はたどたどしさが残っていたが、今ではすっかり手慣れた動きだ。リアルでも料理をするようになったと言っていたし、実際に上達しているのだろう。
「ラクトが料理ですか……。私も手伝いたいのですが」
「姉さんは寝てていいから」
申し訳なさそうに眉を寄せ、ローチェアから身体を起こそうとするトーカ。それに気づいたミカゲがすかさず彼女の身体を押さえつけた。
「くっぅっ!? ミカゲ!」
「ご、ごめん……」
それだけで全身に激痛が走ったのか、トーカが弟を睨む。レティの気絶も厄介だが、トーカの筋肉痛も大変そうだな。
「うげ」
穏やかな時間に身を任せていると、くるくると動いていたラクトがぴたりと止まる。彼女の苦々しい声に顔を上げると、悲しそうな瞳がこちらを見ていた。
「どうした?」
「レッジ、バジルの葉っぱって持ってない?」
どうやら、想定していた料理に必要な食材がなかったらしい。しかし、突然バジルと言われても、そう都合よくは……。
『乾燥させた奴ならあるわよ』
「ほんとに!?」
そこに光明を差し込んだのはカミルさんだった。彼女は肌身離さず持っている愛用のトランクを開くと、そこから小瓶を一つ取り出してラクトに渡す。
「うわー、ありがとう!」
『メイドロイドの嗜みよ』
感激するラクトに、カミルは何でもないような顔で言う。メイドロイドってすごい。
カミルのファインプレーもあり、ラクトはそのまま料理を続行する。そのうち、美味しそうな香りが周囲に広がった。
「完成! “黄金軍鶏の悪魔風焼き”と“マルゲリータ”だよ!」
そうして完成したのは、こんがりパリパリに焼けた大きな鶏肉のローストと、チーズとトマトとバジルの三色が美しいピザだった。
「——はっ! 何か美味しそうな匂いがします!」
「すごいな……」
完成直後、レティががばりと勢いよく起き上がる。彼女はすんすんと鼻を鳴らして、ラクトの側へやってきた。なんともタイミングのいいレティに、笑いが湧く。
「れ、レッジさん。私はこのままでは食べられないので、申し訳ありませんが口元まで運んでもらえませんか?」
「いいでしょう。レティがやってあげますよ。あーん!」
「あつっ!?」
ラクトが作った料理は、早速皆に振る舞われる。熱々のチーズがとろけたピザにトーカが悲鳴を上げるのを聞きながら、俺もさっそく“黄金軍鶏の悪魔風焼き”を頂く。
「おお、美味しいな。ピリ辛だ」
「ふふん。いいでしょう?」
ラクトは俺の隣に座り、自慢げに胸を張る。確かに彼女の料理はとても上達していた。以前のパエリアも美味しかったが、今回は更にそれを上回っている。
「食材とか、ずっと揃えてたのか?」
「えへへ。実は機会を窺ってたんだよ」
妙に準備が良かった訳を聞くと、彼女は口の端を緩めて明かす。“黄金軍鶏”は〈老骨の遺跡島〉に生息する“乱闘軍鶏”のレア個体だ。その肉を手に入れるのも大変だったはずだ。
「ありがとう。まさかこんなにいい食事が取れるとは思わなかった」
「ふふん。これからも任せてもらっていいからね」
ぽんと胸を叩くラクト。俺も彼女に負けてられないが、この味はなかなか出せそうにない。ラクトは今後も料理は続けていくらしいから、楽しみにしておこう。
「ラクト、ピザがもう無くなりました!」
「嘘でしょ!?」
そんなことを言っているうちに、レティが追加の注文をかけてくる。ラクトは悲鳴を上げながらも、満更でもないような顔で早速追加のピザを焼き始める。
「どうだ、美味しいか?」
『まあまあね』
小さなマルゲリータの一切れを食べているカミルの様子を窺う。彼女は素っ気ないことを言いながらも、調子良く口を動かしていた。どうやら、彼女のお眼鏡に適ったらしい。
俺も新しく焼けたピザの争奪戦に参加しようと立ち上がった、その時だった。
『オォォォーーーーーーンッ!』
突然、コボルドたちの遠吠えが大洞窟に響き渡った。
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Tips
◇“黄金軍鶏の悪魔風焼き”
希少な黄金軍鶏を丸々一羽使った豪勢な焼き料理。いくつかのスパイスを用い、鉄板に押し付けながらパリッとするまで焼き上げた一品は、悪魔の顔のようにも見える。
一定時間、脚力と攻撃力が上昇する。
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