第904話「鬼人のごとき」

「『迅雷切破』ッ!」


 雷を纏い、トーカが駆ける。彼女の鞘から滑り出した大太刀は迫り来るコボルドウォーリアたちを滑らかに斬りながら、勢いよく突き進む。トーカの鋭い眼に雑兵どもはない。彼女が狙うはただ一つ、ウォーリアたちを鼓舞しているコボルドブレイブだけだ。

 だが、しかし。


「くっ!」


 トーカの繰り出した神速の一刀が、硬い金属の棍棒によって遮られた。

 その事実に俺でさえ少なからず驚く。彼女の抜刀術は熟練度もカンストした超高速の一撃だ。それに対し、コボルドブレイブは反応してみせたのだ。


『グラゥッ!』

「くっ」


 コボルドブレイブが釘バットのような棍棒を振り上げ、トーカを吹き飛ばす。彼女は空中で身を翻し軽やかな着地を決めたが、その表情は不満げだ。今までどの敵に対しても遅れを取らなかっただけに、衝撃は大きい。


「手強そうですね。助太刀しましょうか?」

「ハンマーなんて遅い武器、もっと分が悪いのでは?」


 ウォーリアたちを吹き飛ばしながらトーカの元へやってきたレティ。挑発するような返しにむっと眉を寄せながら、機械脚のブーストを掛けて一気にブレイブの懐へと飛び込んだ。


「ハンマーは振りが遅くとも——!」


 彼女が黒い爆破鎚を振り上げる。ブレイブは再び棍棒を正面に構え、受け止める体制に入る。レティの目が笑った。


「——相手の防御を崩せば勝ちなんですよっ!」


 ハンマーヘッドが棍棒と衝突する。爆発が巻き起こり、業火が両者諸共包み込む。周囲へ波及した衝撃波だけで、ウォーリアたちが次々と気絶し倒れていく。


「ほぎゃあああっ!?」


 立ち込める黒煙の中から飛び出してきたのは、悲鳴を上げるレティだった。彼女は放物線を描きながらウォーリアの群れに墜落し、周囲の敵を吹き飛ばしながら立ち上がる。

 煙幕が散り、中から巨躯が現れる。毛のない白い肌が焼け爛れ、血の匂いを周囲に振り撒きながら、それでも勇士は立っていた。


『グォオオオオオオオッ!』


 それは吠える。

 満身創痍の事実を忘れさせるかのように、堂々と声を響かせる。


「厄介ですね……」

「いきなり敵のレベルが上がりすぎじゃないですか!?」


 トーカが鞘に収めた妖冥華を構える。レティもブレイブの咆哮で強化されたウォーリアを散らしながら悲鳴を上げる。

 彼女らの視線の先で、勇士はゆっくりと体を動かす。焦げ臭い皮膚が剥落し、その下から真新しい半透明の皮膚が現れる。レティの爆発によって半分以下に削れていたHPは、急速に回復していた。


「不屈系のテクを持ってるみたいだ」

「タスキだったか」

「おじちゃん、ガッツとかの方が通じると思うよ……」


 ブレイブの様子を見ていたミカゲが、奴の耐久力の理由を看破する。不屈系というのはつまり、HPが一定以下になったのを発動条件にして瞬間的にHPが回復するものだ。ボスエネミーやネームドエネミーならそれなりに見るものだが、ただのエネミーでは珍しい。しかもブレイブのそれは瞬間回復後も一定時間継続的にHPが回復する追加効果まで付いている。


『つまり、ボスエネミークラスだと思ってた方がいいって事?』

「そんなところだ。カミルは俺の側から離れるなよ」


 カミルも状況は正確に捉えているようで、俺の側から離れない。近くにはミカゲやラクトもいるし、彼女を守るのは難しくないだろう。懸念事項は、ブレイブをレティとトーカだけで倒せるか、という点だ。


「仕方ないですね。——レティ、アレを」

「ええっ!? あ、アレはできればやりたくないんですが……」

「今更でしょう。さっさと倒さないと泥沼ですよ」


 祈りを送っていると、レティとトーカが合流する。

 二人が揃ったのを好機と見たか、ブレイブが猛然と走り出す。彼のHPはすでにほとんど回復しきっており、筋骨隆々の巨体が瓦礫を散らしながら迫る。

 レティとトーカはそれに気付いていないかのように、互いに向き合っている。そして、突然トーカがレティの肩に手を置き、そっと白い首筋に口を近づけた。


「力を借りますよ」

「うっ」


 トーカがレティの首筋に噛み付く。レティが一瞬顔を顰める。驚く俺たちの目の前で、トーカは額から伸びた2本の角を青く染めていく。まるで、レティの身からブルーブラッドを吸い上げているかのような——。


「いや、本当に血を吸ってるのか?」

「……そうかもしれない」


 タイプ-ヒューマノイド、モデル-オニ。トーカの現在の機体は、原生生物の血を浴びることで酩酊感を覚え各種ステータスが上昇する“血酔”状態になるという特徴がある。しかし、今回彼女はレティから直接ブルーブラッド——調査開拓用機械人形に流れる本来の血液を吸い取っていた。


「負けたら承知しませんよ……」

「任せなさい」


 ブルーブラッドを失ったレティが膝から崩れ落ちる。失血による気絶状態に陥ったらしい。脱力した彼女を優しく地面に寝かせ、トーカは振り返る。すでにコボルドブレイブが間近に迫っていた。


「——はぁああああっ!」


 静かに佇んだまま、トーカが吠える。ビリビリと大気が震える。勇敢なコボルドでさえ、本能的な恐怖によって足を止めるほどの迫力。平時のトーカでは到底できないほどの威圧。

 だが、本領は未だ発揮されていなかった。


「次は外しません。——『迅雷切破』ッ!」


 トーカが刀を抜く。雷を纏った刃がコボルドブレイブに迫る。恐怖から立ち直った勇士は、咄嗟に棍棒を立てる。一度はあの斬撃を防いだ。二度目も同じ結果に終わる。そんな予想を、俺たちでさえ抱いていた。

 しかし。


「ぬるいっ!」


 刃が鉄を斬る。

 コボルドの体が驚愕に固まる。

 本当に同じ技なのかと疑ってしまうほど、妖冥華は滑らかに棍棒を断ち切った。その勢いは衰えず、ブレイブの胸を浅く裂く。血が流れ、勇士は反射的に飛び退いた。


「せいっ!」


 獣人の高い身体能力によって大きく開いた距離を、トーカは一瞬で詰める。これも彼女本来の脚力ではない。まるで、タイプ-ライカンスロープ、モデル-ラビットのような——。


「『鉄山両断』ッ!」


 鞘に収められた刀が再び抜かれる。上段からの振り下ろし。ブレイブの硬い頭蓋に亀裂が走る。


『ガアァアアッ!』


 苦し紛れの爪を、彼女は悠々と紙一重で避ける。その動きのまま身を翻し、刀を振る。鮮血が飛び散り、彼女の頭に降りかかる。青く染まった角に朱が混じる。


「LP最大値が増幅するのはいいですね。——『刀装・銀』」


 妖冥華が燦然と輝く。俺の知らないテクニックだ。事情を知っているらしいミカゲが驚きのあまり立ち上がる。


「『刀装・銀』はまだ使えないはず……!」

「それはどういうことだ?」

「現時点で取れる源石を全部使ってLP最大値を拡張しても、テクニックの必要LPに足りないはず。絶対に、システム的に使えないはずのテクニック」

「は?」


 ミカゲの解説に間抜けな声を漏らしてしまう。

 どうやら信じられないほどのことが起きているらしい。

 トーカは銀に輝く刀を構え、コボルドウォーリアに狙いを定める。真紅の唇が弧を描き、その腰が低く溜められる。


「『烈風斬』」


 真っ直ぐに突き出された刃。その切っ先が、獣の胸元を貫く。太い杭を打ち込まれた狼男は、月のない空に向かって断末魔をあげる。トーカは刀を振り上げ、その体躯を裂く。

 それでもまだ、勇士は息を続けていた。せめて一矢報いようと、滂沱の如く血を流しながら、口を開く。鋭利な牙を、剣士に向ける。


「『首断ち』」


 しかし、冷徹な刃が頭を落とす。飛沫を上げて、勇士の首が瓦礫の上に転がる。

 トーカがゆっくりと太刀を鞘に納める。その背後で、巨躯の獣人が斃れた。


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Tips

◇『刀装・銀』

 〈剣術〉スキルレベル90のテクニック。大量のLPを消費し、刹那的に剣術系テクニックの威力を大幅に高める。

 発動後、2秒間切断属性150%上昇、物理攻撃力100%上昇。

“剣技の極み、切断の頂。その太刀筋は光を放ち、光よりも速い。”


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