第903話「洞窟獣人の勇士」
大空洞に響き渡る咆哮。にわかにコボルドたちが殺気立つ。
「やっぱり斥候役がいたのか!」
「“
「安直だなぁ!」
シンプルだが、驚異的だ。俺はカミルを抱え、ミカゲと共に即座にその場を離脱する。
「白月!」
並走する白月に指示を出し、周囲を濃霧で包み込む。視覚的に消えるだけでなく、多少の混乱を敵に付与するため、慰め程度にはなるだろう。
「それで、どこに逃げる?」
「正直、分からない。廃都の構造が把握できてないし、他のスカウトがどこかにいるかもしれない」
「なるほど。とりあえず走り続けろって話だな」
背後からはコボルドたちが瓦礫を蹴って走る音が迫ってくる。コボルドスカウトが鳴き声で誘導しているのか、俺たちが進路を変えてもピッタリと付いてくる。流石の連携だと舌を巻くが、ぜひやめて頂きたい。
「レッジ、耳押さえて」
「えっ?」
ミカゲが立ち止まり、身を翻す。何かまずい事が起こると察して、自分の耳を手で覆う。カミルも華麗に着地しながらぎゅっと手を押さえつけた。次の瞬間。
「『爆音玉』」
ミカゲの手から離れる小さな玉。糸が引き抜かれ、火花が散る。そして、耳を劈く激音が響き渡った。
『きゃぴっ!?』
耳を抑える手を貫通するほどの音に、カミルが悲鳴をあげる。俺たちですらこうなのだ。より敏感な耳を無防備に晒していたコボルドたちはひとたまりもない。
至る所でキャインと甲高い悲鳴が上がり、俺たちを追っていた集団も総崩れになる。特に被害が大きかったのは、他よりも更に耳のいいスカウトたちだった。中には気絶しているのか倒れて動かない者までいるようで、ドローンの光が惨状を照らし出す。
「一時的に聴力が無効化できる。いまのうち」
「忍者ってえげつないなぁ」
ともかく、ミカゲのおかげで大きなチャンスができた。俺たちはひとまず、レティたちの待つ穴の真下を目指して走る。彼女たちも既に状況は察しているだろう。“死地の輝き”を持つトーカとレティだけでも合流できれば、難を凌げる可能性はグッと高まる。
俺はドローンを操作して、穴に向けて赤い光を点滅させる。
事前に示し合わせたサインの一つで、緊急事態を知らせるものだ。それを見たら、彼女たちも何かしらの行動を——。
「だらっしゃーーーーーいっ!」
サインを送った瞬間、勇猛果敢な声と共に、壁に亀裂が走った。もうもうと土煙が舞い上がり、ガラガラと音を立てて大きな瓦礫が落ちてくる。
「うおおおっ!? 何やってるんだ!?」
突然の大崩落に、真下へ迫っていた俺たちは慌ててUターンする。容赦なく降ってくる瓦礫に、小脇に抱えたカミルがピーピーと悲鳴なのかエラー音なのか区別の付かない声を発している。
「レッジさーーーん!」
「レティ!」
瓦礫に混じって、レティの声が落ちてくる。見上げれば、全身から黒煙をモクモクと吹き出しながら、彼女は軽快に瓦礫から瓦礫へと乗り移りながら降りてきていた。彼女の背後には、ラクトを抱えたトーカや、涙目のシフォンも続いている。
「曲芸みたいなことしてるな!?」
「結局この手に限りますよ!」
どうやら〈破壊〉スキルと虎の子の爆発鎚を合わせることで、強引に硬い岩の壁に亀裂を刻んだらしい。もはや潜入やら偵察やらといった行動の全てが無に帰す所業だが、状況が状況だけにそうも言っていられない。
「お困りのようですね!」
見事な着地を決め、目の前に現れたレティはルビーの瞳を輝かせる。黒焦げになったハンマーヘッドを外して足元に転がし、新たなヘッドに換装する。
「敵は音に弱い、という認識で良いですか?」
「視覚が無い代わりに聴覚と嗅覚が敏感だ。大部分はウォーリアだが、一部更に感覚の鋭いスカウトもいる」
「なるほど。了解です」
切迫している状況のなか、レティに必要な情報を手短に渡す。彼女は頷くと、装備をいくつか変更した。
「レッジさんはドローンで光源を増やしてください。そっちの方が戦いやすいので」「了解。環境は整えるから、よろしく頼むよ」
黒い機械脚を装備し、数十センチ身長を高くしたレティ。彼女は更に、背中にジェットパックを背負っていた。……なんか見たことあるジェットパックだな。
俺の視線に気がついたのか、レティは得意げに鼻を鳴らして笑う。
「フフン、いいでしょう。ネヴァさんが小型化軽量化単純化の改良を施してくれたんですよ。これなら多少性能は落ちますが、カタパルトもいりません」
「なるほど……。ま、グッドラック」
「はいっ! ——レティ、行きます!」
ジェットパックが青い炎を噴き出し、レティは急加速する。瓦礫を機械脚で蹴り砕きながら、低空飛行でコボルドの群れに突っ込む。
「うわははははっ! レティが来たからにはもう容赦しませんよ! レッジさんを襲ったことあの世で後悔しなさい!」
何やら威勢の良い声と共に戦闘が始まる。レティは入り組んだ廃墟群を巧みに利用して、壁から壁へと跳躍しながらハンマーを振り回す。次々と大爆発が巻き起こり、少なくない数のコボルドたちが巻き込まれ吹き飛んだ。
「コソコソ隠れてたのが馬鹿らしくなる無双っぷりだなぁ」
「本当は、ああいう状況にならないのが理想」
レティはその機動力を活かして、縦横無尽に駆け巡る。その動きにコボルドたちも追い縋っているが、なかなか捉えるのは難しいようだ。
「レティだけに良い顔させるわけにはいきませんね」
「休ませてもらった分、活躍しないとね」
そうこうしているうちに、第二陣も到着する。
ひらりと地底に舞い降りたトーカは、巨大な太刀に手を添えてレティの後を追いかける。その背後で、ラクトが景気良く大規模な攻性機術を展開し始めた。
「は、はええ……。死ぬかと思った……」
少し遅れて、シフォンも到着する。彼女はぐったりした様子で額を拭っているが、実際のところクルクルと回避前転を繰り返しながら落ちてきたので一番無傷だ。
「シフォンはもう少し自覚を持った方がいいな」
「はええっ!? な、何のこと?」
彼女もすっかりレティたちと肩を並べる実力を持っている。俺はその成長につい涙ぐんでしまった。シフォンはそんな俺に疑問符をいくつも浮かべながら、早速飛び出して行ったレティたちのバックアップに回った。
「とりあえず、『地脈侵炎』」
シフォンの白い狐の尾が揺れる。耳を小刻みに動かしながら、ぱちんと手を合わせた。その指の隙間から青い火の粉が散ったかと思えば、地面に引火する。それは見えない導火線を走るかのように、勢いよく廃都へ燃え広がった。
「おおおっ! かっこいいな!」
「えへへ。風水系テクニックなんだよ」
無数に枝分かれしながら広がる青い炎は、コボルドを燃やすだけでなく視界の確保も兼ねていた。ずいぶんと規模の大きな技に感心していると、シフォンは照れた様子ではにかんだ。
レティたちが合流した事により、形勢は一気に逆転した。ラクトが遠距離からスカウトを狙い撃ちし、シフォンが面の攻撃で全体を翻弄し、そこへレティとトーカが飛び回って各個撃破。この役割分担によって、コボルドは次々と消えていく。
俺は光源ドローンの数を増やして戦場の視界を確保しつつ、時々罠を撒いて地味な嫌がらせをするだけでいい。
しかし、向こうも廃都で数千年以上の時を生きてきた老獪な獣たち。一筋縄で行くはずもない。最初に気がついたのは、やはり全体を見渡し注意していたミカゲだった。
「デカいのがくる!」
彼の声を受けて、ドローンの光を赤くする。警戒のサインをレティたちに送りつつ、ミカゲの視線を追いかける。
「あれは——」
廃都の奥から現れたのは、他のコボルドウォーリアよりも一回り大きく筋肉質なコボルドだった。更に特徴的なのは、荒々しく叩いて形を整えた金属製の鎧を着込み、太いネジや釘を鉄棒に打ち込んだ凶悪な釘バットを担いでいる点だ。
「“
「勇者より蛮族って感じだけどなぁ!」
ミカゲが看破した名前に率直な感想を漏らす。その声が届いたわけではないだろうが、巨躯の獣人は荒々しい咆哮を上げた。ただの示威行為のようだが、その迫力は凄まじい。〈戦闘技能〉スキルの『威圧』に似た効果を俺たちに齎らし、特に耐性の薄い俺やラクトは一歩も動けなくなる。
「ちっ、厄介ですね!」
対策をしているレティたちでさえも、移動速度の低下を強いられる。更に面倒なことに、“
「まだまだ本番はこれからってことですね!」
再び勢いを取り戻すコボルドたち。
それに真正面から対峙してなお、レティは怯まない。彼女の好戦的な笑みに刺激されたのか、ウォーリアたちが走り出す。
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Tips
◇“
洞窟獣人の戦士たちの中でも長く経験を積み生きながらえ、より武の技術を高めた勇敢な個体。恐怖に対する強い耐性を持ち、その咆哮は同族を鼓舞する。武装を扱いこなすほどの賢さも併せ持ち、一筋縄ではいかない手強い存在。
“幾重もの死線をくぐり抜け、幾人もの同胞を弔ってきた。その咆哮は獣たちを勇気づけ、敵を畏怖させる。勇ましき軍歌が耳朶を撃つ。仲間の遺した誇りを胸に、勇士は自ら死地に立つ。”
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