第901話「窟獣の廃都」

 全身が砕け、潰れる。急速にLPを失い、そしてわずかに回復する。アクセサリ“死地の輝き”の銀鎖に繋がれた鮮血石が怪しく輝き、身体が再構成されていく。


「……大丈夫?」

「問題ない。カミルも平気そうだな」


 俺が復活し目を覚ましたのは、ミカゲが糸を伝って壁を蹴りながら降りてきたのとほぼ同時だった。ミカゲの背中にしがみついていたカミルは、着地するなり俺の脛を蹴る。


「ぐあっ!? な、なにを——」

『何を、じゃないわよ。アンタが死んだらアタシも機能停止するんだからね!』


 分かってるの? とご立腹のカミル。


「機能停止って言っても、その時は街に戻れば復活するじゃないか……」


 カミル自身が死ぬのと、俺が死んで機能停止に陥るのとでは、復活の可否が決定的に違う。カミル自身のLPがゼロにならない限りは大丈夫であると知っているから、こうして飛び降りたわけだが。


『アタシが死んだら呪うわよ』

「そうならないように守るよ」


 少し遅れて、白月が霧を踏みながら降りてくる。こいつはこいつで大概な能力を持っている。高低差による落下ダメージ無効というだけで、調査開拓員からすれば垂涎ものだ。


「さて。ここは〈窟獣の廃都〉って言うみたいだな」


 穴から落ちてきたことにより、俺たちは新しいフィールドに入った。自動更新されたマップは予想通り真っ白ではあるが、フィールドの名前だけは分かった。なるほど確かに、荒廃して悠久の時を経た都である。


「それで、これからどうする?」


 俺が復活し、インベントリに避けていた装備類を着込むのを待って、ミカゲが切り出す。

 壁の足元には瓦礫が積み上がり、その中には動物の骨らしき白いものや、割れた陶器なども混ざっている。まるで広大なゴミ捨て場のような様相だ。


「とりあえず、街の方を目指そう」


 大空洞の中央に石塔が見える。その足元に、廃墟の街並みが広がっていた。

 俺ははるか上方の穴にいるレティたちに向けて、ドローンの光を点滅させる。無事に底へ着いたことと、これから調査を始めることを知らせるサインだ。深い闇の奥から、ゆらゆらと揺れる小さな火が見える。穴で焚き火をしているレティの、松明の光だ。彼女も一応〈野営〉スキルを(レベル5程度ではあるが)持っているため、最低限の光源は確保できるのだ。

 レティと連絡を取り、先に進む。俺とミカゲは隠密装備がしっかりと効果を発揮しているのを確認し、カミルを挟むように列を成す。先頭に立つのは斥候としても優秀なミカゲである。


「せっかくだから、今日はミカゲの斥候を見学させて貰おうかな」

「……そんなに面白くないと思うよ」


 基本的に斥候というのは、パーティの本隊より先行して原生生物や危険を探る役割だ。そのため、その活動を直接目の当たりにすることはあまりない。

 父兄参観のような気持ちでミカゲに目を向けると、彼はやりづらそうに肩を縮めた。


「レッジは、五感については知ってる?」

「視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚か?」

「うん。そのうち、斥候に必要なのは?」


 どうやら、ミカゲは丁寧にレクチャーまでしてくれるらしい。せっかくなので、彼から色々教わろうと考える。


「味覚、触覚。それ以外か」

「うん。簡単に言うと、ライカンスロープ初期三種の長所」


 その言葉になるほどと頷く。

 タイプ-ライカンスロープの内、最初から選べる三種。すなわちモデル-ハウンド、モデル-リンクス、モデル-ラビット。それらは感覚器が他の機体と比べて優れている。ハウンドは嗅覚が、リンクスは視覚が、ラビットは聴覚が。それらは全て、斥候として重要な能力だった。


「だから、ライカンスロープは斥候向きなのか」


 他のパーティなどを見てみても、タイプ-ライカンスロープのプレイヤーが斥候役を務めていることは多い。それはやはり、彼らの適職であるという証拠だろう。


「五感があるように、アイテムとか、原生生物にもそれに対応したステータスがある。可視性、可聴性、臭気、物性、味」


 5本の指を立てながら、ミカゲは丁寧に説明を施してくれる。

 普段、あまり意識していないが、それらのパラメータがあらゆるオブジェクトに設定されているらしい。例えば、さっき俺がレティたちに向けたドローンの光は可視性のステータスがかなり高いため、暗闇の中でも遠く離れた仲間に届く。逆に、臭気などはほとんど無いため、レティたちがドローンの匂いを感じとることはまずない。


「斥候は、視覚、聴覚、嗅覚が大事。〈追跡者チェイサー〉なんかは、この感覚が鋭敏になる能力アビリティがある」


 〈追跡者〉というのは、斥候役の定番ロールだったはずだ。〈歩行〉〈鑑定〉〈忍術〉の三種を一定レベルまで鍛えることで就くことができる。ミカゲも構成的にその要件を満たしているはずだ。


「それに、〈追跡者〉の専用テクニックに『感覚強化』がある」


 瓦礫の丘を下り、俺たちの方へ振り返りながらミカゲが言う。


「『視覚強化』『聴覚強化』ってそれぞれある。斥候は基本的に、三つを常時発動状態にしておけるようにしておくべき」


 それぞれの強化系テクニックは、一定時間感覚器を敏感にする、という効果がある。最初は効果時間より再使用可能時間の方が長いため、発動の合間に隙ができる。しかし、それぞれにテクニックの熟練度を高めていくことと、装備などで再使用可能時間を短縮することで、連続発動が可能らしい。

 ミカゲの言うことには、慣れればほとんど意識せずとも重ね掛けするようになれるらしい。


「僕は〈忍者〉のロールもあるから。そっちの能力アビリティで少し余裕がある」


 ロール自体は一つのものしか就けないが、能力自体は条件さえ満たせば複数を同時に発動させることができる。〈忍術〉スキルの単一ロールである〈忍者〉の能力は関連テクニックのディレイ短縮だそうだ。


「それと、斥候は見つけるのと同時に見つけられないのも大事」


 瓦礫を踏み渡り、廃墟の街へと入っていく。光源のない暗い通りは埃臭く、静寂に満ちていた。ドローンのプロペラが静かに唸り、光が扇状に広がって闇を払う。


「〈忍術〉スキルの『影渡り』と『闇纏い』、あと“匂い袋”でそれぞれのステータスを抑える」


 五感に対応するステータスはマスクデータだが、それを操作することはできるらしい。『影渡り』は周囲が暗いほど音を消し、『闇纏い』は周囲の闇に身を紛らせる。“匂い袋”はいくつかの種類があり、フィールドの臭気に合わせて使うことで自身の匂いを消せるようだ。

 優秀な斥候は、これまた同様に常に切らさないように発動しつづけ、自分の身を隠す。

 つまり、ミカゲは常に最低六つのバフを維持しているのだ。なかなか大変である。


「あとは、視線誘導から死角に入って消えたり、ダミーを置いてみたり。そういうこともやる」

「ははぁ。奥が深いんだな」


 斥候は盾役や攻撃役と同じくらい重要な役割だ。それだけに研究も進んでいる。優秀な斥候が一人いるだけで、パーティの生存率はかなり向上するらしい。


『ねぇ。それってアタシたちがついてたらお邪魔って話じゃないの?』

「そ、そういえば」


 黙って聞いていたカミルが唐突に口を開く。その指摘に、はっとする。

 ミカゲがどれだけ闇に潜んでいても、俺たちが足音を響かせて歩いていると、意味がないのではなかろうか。しかし、彼は首を振って否定する。


「大丈夫。『一蓮托生』っていうテクニックで二人にも共有してる」

「本当だ……」


 言われてバフ欄を見て初めて気づく。どうやら多少効果量は落ちるようだが、俺とカミルにも『影渡り』『闇纏い』『土の匂い』という三種のバフが入っている。


「『一蓮托生』は共有するバフが多くなると効果量が下がるし、消費LPも増えるから。二人には三つだけ」

「ま、それで十分だろうな。目や耳が良くなっても扱える気がしないし」

「……レッジなら使いこなしそうだけど」


 ミカゲに褒められ(?)つつ、ひとけの無い瓦礫の街を歩く。どの建物も石を積み上げた四角形の豆腐型で、屋根や壁が崩れているものがほとんどだ。今の所、何かが出てくる雰囲気もない。とりあえず、レティたちを降ろすための何かを見つけたいところだが、それも無さそうだ。


「こう言う時はどうするんだ?」

「ずっと隠れてるのもいいけど、敵の情報も知りたい。だから、こうする」


 ミカゲは俺たちを廃墟の陰に止めると、懐から小さな玉を取りだす。細い紐の繋がったもので、何かしらの忍具——〈忍術〉スキルのレベルによって効果があがる特殊なアイテム——のようだ。


「——『閃光玉』」


 テクニックを使い、アイテムを励起させる。それと同時に彼は大きく腕を振り、玉を投げる。手のひらから玉が離れると共に、紐が抜かれる。数秒後。


『ぴゃっ!?』


 突然、眩い光が広がった。

 小さな玉から予想だにしない閃光が放たれ、カミルが悲鳴を上げる。俺も油断していたせいで、一瞬視界が白に染まる。ミカゲだけはきちんと目を瞑っていたようで、すぐに動く。

 彼はその場に小さな筒を置くと、俺たちの手を引く。


「ここから離れる。身を隠す」

「分かった」


 彼の案内で、廃墟の奥に分け入る。そこでミカゲは地面に白い玉石をジャラジャラと落とし、水を振りまく。


「闇を満たし帳を降ろせ。我が影は溶け消える。——『黒帳』」


 素早く手を動かし、印を切る。すると、白石で描かれた円に沿って薄く半透明のドームが現れ、俺たちをすっぽりと包み込む。


「あんまり動かないで。動くと隠蔽が解ける」

「了解」

『な、何か聞こえるんだけど……』


 ミカゲが忠告する傍ら、カミルが怯えた様子で俺の腰にしがみつく。耳を澄ますと、俺の聴覚もそれを捉えた。

 ちょうどその時、ミカゲが先ほど立っていた場所に置いてきた筒から激しい炎が噴き出す。煌々と光を放ち、周囲を照らす。闇の中ではよく目立つ。


「さっきの光で、潜んでいたのが起きてきた」


 ミカゲが囁く。

 廃墟の街の方々から、錆びた刃を削るような恐ろしい獣声が響いていた。その数は夥しい。この大空洞に反響しているのを加味しても、考えたくない数だ。彼らは突然の閃光に驚き、それが現れた場所へと集まってくる。


「こいつは……」


 黒帳の中からそれを見る。発火筒の噴き出す光に、その容姿が照らし上げられる。

 金に輝く目、白い肌。ひょろりと細長い四肢。鋭利な牙。


「グレムリンか? しかし、デカいぞ」


 端的に言えば、筋骨隆々の狼男か。俺たちが今まで見ていた小人たちとは違い、その体躯は2メートルに迫る。太い背骨の浮き出た背中を曲げて、毛のない狼に似た顔で吠える。


「“洞窟獣人コボルド”……。グレムリンが、野性的な方向に進化した原生生物」


 鑑定を行い、ミカゲが告げる。

 かつて単一だったグレムリンという種族は、二つに分かれたらしい。方や、優れた叡智を手に入れ、理性を獲得したドワーフとして。方や、深い闇の中で野性を高めたコボルドとして。


「俺たちだけで倒せるか?」

「無理。死ぬ」


 俺の問いに、ミカゲは端的に答える。

 コボルドは発火筒を蹴り、噛み砕く。火を恐れる様子もない。そして何より、数が多い。発火筒の光がなくなり、鮮明には見えなくなったが、闇の中に黒い影が蠢いている。あれら全てを二人で相手にするのは、難しいどころの話ではない。


「レティたちを呼ぶ手段を、早急に考える必要があるな」

「うん」


 大空洞に響く咆哮を聴き、全身を粟立たせながら、俺たちは揃って頷いた。


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Tips

◇〈窟獣の廃都〉

 〈第一オモイカネ記録保管庫〉未踏破区域から繋がる大空洞。広大な土地を、朽ち果てた瓦礫が埋め尽くしている。静寂という恐怖が支配する闇の中に立ち入れば、凶獣がその躯体を食い散らす。


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