第900話「地下都市」
未踏破区域の奥に続いていた道を慎重に進む。横幅は狭く、タイプ-ゴーレムには少し窮屈そうな通路だが、足元は平らな石畳が敷き詰められている。所々に鉄製の枠で補強が施されているのを見ても、明確に人の手が加わっていることがよく分かる。
「やっぱり、ドワーフの旧住居なんでしょうか」
壁を撫でながらレティがかつての光景に思いを馳せる。使われていた頃から比べるとかなり経年劣化が進んでいるようで、彼女の指先からポロポロと砂のような欠片が崩れ落ちる。
「それにしては、さっきまでの小部屋と比べて様子が違う気もするけどね」
レティの言葉にラクトが返す。彼女の言う通り、このあたりはそれまで歩いてきた古代ドワーフの住居跡とは趣を異にしている。なんというか、端的に言えば——。
「こちらの方が、技術的に洗練されている気がしますね」
「それだ」
トーカが俺の抱いた感想を代弁してくれる。
ドワーフの住居跡は岩盤を削って掘っただけの穴倉だった。それと比べて、この通路はわざわざ石を切り出してきて舗装している。その点だけでも、何十年かの技術的な開きがあるように思えた。
「レッジさん、奥が見えて来ましたよ」
レティが耳を立てて前を指差す。ドローンがライトをその先に向けると、細い通路の終端が見えてきた。
俺たちは歩速を上げて、出口を目指す。その先にあるものが何かは分からないが、何か変化はあるはずだ。
「うわわっ——!?」
「レティ!」
そうして勢いよく穴を飛び出し、真下へ落ちていくレティの手を掴む。咄嗟に槍を地面に突きつけ、体を固定しようとする。しかし硬い石がそれを阻み、俺もレティに引きずられるようにして落ちる。
「レッジさん!」
「『繰糸』っ!」
すかさずトーカが俺の手を掴み、更にミカゲが糸を腰に巻き付ける。彼女たちのおかげで、俺とレティの体は固定された。
「は、はひぃ」
ブラブラと宙吊りのまま揺れながら、レティが眼下を見下ろす。
俺たちの通ってきた通路は、果ての見えない巨大な地下空間の切り立った壁にぽっかりと穴を開けていた。真下に続く階段のようなものはなく、はるか下方に瓦礫の積み上がった地面が見える。
「流石にこの高さだと、落ちたら終わりだったな」
「迂闊でした……」
慎重にレティを持ち上げ、俺ごと引き上げてもらう。思わぬトラップに肝が冷えた。あらゆる手段を用いて高所を目指す登山家と呼ばれるようなプレイヤーならいざ知らず、俺たちのような一般プレイヤーはこの高所から落下すればひとたまりもない。
「どうしよう、これ」
ラクトが膝をつき、恐る恐る下方を覗きながら言う。穴の繋がる壁は上下左右になめらかかつ限りなく広がっており、足場や手掛かりになりそうなものもない。ラクトのアーツでも、下まで降りられる階段は作れないだろう。
「どうするかはこれから考えるとして、どうにかして降りないとな」
穴の縁に立ち、ドローンの最大光量で前方を照らす。闇を裂くように広がる白い光の中に浮かび上がったのは、何層にも積み重なった円型の石塔だった。
「あれは、地下都市ですか?」
「みたいだな。どう考えても、さっきの住居レベルのドワーフには作れそうもないが」
巨大な石塔の足元には、四角い石を積み上げた建物群が密集している。そのどれもが朽ちてはいるが、建築技術の高さは一目見ただけでわかってしまう。
未踏破区域から繋がる細い穴の先に広がる謎の地下都市遺跡。なかなか興味をそそられる。俺の隣に立つカミルなどは、早速一心不乱にシャッターを切っていた。
「おやっ?」
ドローンを動かして街の様子を眺めていると、レティがぴくりと耳を揺らす。何やら音を拾ったようで、目を閉じて耳を澄ましている。
「何かあったか?」
「かすかに、何かの鳴き声が聞こえたような」
ライカンスロープの聴覚でも確証はないようで、レティは首を傾げながら伝える。
「つまり、何かしらの原生生物がいるってこと?」
「ま、いない方がおかしいよなぁ」
どう考えても、ここは新しいフィールドだ。この深い闇の中に原生生物が生息していても不思議ではない。おそらく、黒蛞蝓や大食い芋虫はいるだろう。新種の原生生物もいるはずだ。
「——よし。じゃあ、ちょっと行ってくる」
「ちょっ、レッジさん!? 行ってくるって、どうやって降りるつもりですか!」
俺が一歩足を踏み出すと、慌てた顔でレティが引き止めてくる。
「落下死して、“死地の輝き”で甦るよ。レティたちはここで残っててくれ」
「そ、それならレティも!」
「まださっきの壁破壊で消費した分が回復してないだろ。それに、偵察なら俺ひとりの方が都合がいい」
俺は基本方針が平和主義なので、装備品は隠密効果のあるものだ。一人で坑道すれば、そうそう気付かれることもないだろう。俺ひとりでこの都市を探索して、どうにかしてレティたちが降りられるような道具なりなんなりを見つけてくればいい。
「でも……。あっ、カミルはどうするんですか?」
『そうよ。アタシは身投げなんてしたくないわよ』
レティがカミルを抱き上げてこちらに掲げる。カミルも憮然とした顔だが、はっきりと首を振る。俺のメイドロイドである彼女は、フィールド上では俺から離れられない。つまり、おいていくことができない。
「それなら、僕も行く」
そこへ挙手したのはミカゲだった。
「糸を使えば、カミルくらいなら一緒に降りられるはず。それに、隠密は得意」
「ミカゲ!? どっとの味方なんですか!」
「……ここで立ち止まってても、仕方ないから」
ミカゲに言われ、レティは窮する。その隙に俺はカミルに武器を準備するよう伝える。
「おおよそのことは分かりました。レティ、シフォン、ラクト、私の4人はここで待機しましょう」
更に、壁に背中を預けていたトーカが口を開く。
「ただし、何か異変が生じた場合は即座に合図を。私は“死地の輝き”を持っていますし、レティも再使用可能時間は程なくして明けますから」
「分かった。危機的な状況に陥ったらドローンのライトをそっちに向ける。……TELは通じないみたいだしな」
地中深くではTELが使えないというのも不便な話だ。〈オモイカネ記録保管庫〉では通信環境も整っているんだが、未踏破区域ではそうもいかない。
「うぅ。気をつけてくださいよ」
「分かってるさ。カミルもいるしな」
心配そうなレティたちに頷き、穴の下を見る。高さは100メートルくらいか。
「ま、植物園の時よりは低いか」
そんな感想を抱きつつ、前へ踏み出す。足は空を踏み、重力のまま落ちていく。
少しして、俺は一瞬の衝撃を感じると共に意識を失った。
†
『おや、レッジは再訓練を終えていましたか』
『これはこれは、ウェイド。わざわざご足労いただくこともなかったですのに』
〈第一オモイカネ記録保管庫〉第34階層へとやって来たウェイドは、周囲を見渡して首を傾げる。彼女の来訪を知って急いでやって来たオモイカネは、突発的な管理者の行動に驚きながら出迎えた。
『レッジがまた何かしでかしたようで、様子を見に来たのです』
ウェイドはオモイカネから受け取った重大インシデント記録のデータを示しながら言う。どうやら、彼女はレッジ関連事件の対応のため、わざわざ管理者機体で出向いてきたようだった。
多忙を極める管理者がこうして直接やってくるとは。オモイカネは内心で驚きつつ、レッジたちの動向を彼女に伝える。
『調査開拓員レッジとバンドメンバーは再訓練プログラムをつつがなく終えて、現在は未踏破区域の探索を行っています。どうやら、ドワーフの遺物の中に重要なものが見つかったようで、その調査も兼ねています』
『なるほど。反応がロストになっているのはそういうことでしたか』
『未踏破区域は通信監視衛星群ツクヨミの範囲外となりますから。しばらくすれば帰ってくるでしょうし、フィナンシェでも召し上がってください』
いかに管理者といえど、自身の管轄範囲外にある事象に関しては完璧な把握が難しい。オモイカネからレッジたちの現状を知ったウェイドは、かすかに胸を撫で下ろす。ツクヨミによる監視の目から逃れて、また何かとんでもないことをやらかしているのではないかと、気が気ではなかったのだ。
『ここも開発が進んでいますね』
オモイカネに案内されてカフェエリアへ向かう途中、ウェイドは整備された中央管理区域を見渡して言う。
『調査開拓員の尽力によるものです。ドワーフとグレムリンも心強い仲間ではありますが』
『第一期調査開拓員は、
自分達を遠巻きに見つめている調査開拓員たちに愛想よく手を振りながら、ウェイドが呟く。オモイカネは一瞬、動きを止め、すぐに微笑を戻した。
『確かに、戸惑うことは多いですね。
個体としての専門家、群体としての万能家。第一期調査開拓団の基本方針がそうであるならば、第零期調査開拓団は、個体としての万能家である。個々が管理者クラスの権限を持ち、それぞれの行動原理に基づいて開拓を行う。互いの協力は必要最低限しか行わず、基本的には個々に独立していた。
だからこそ、オモイカネ——コシュア=エグデルウォンはDWARFという大規模な組織を設立し、重要情報記録封印拠点という大掛かりな施設を複数作り上げることができたのだ。
『どちらの方が良い、というものではありません。第零期調査開拓員は、そうする方が効率的だったのでしょう』
『そうですね。私たちが活動していた時は、それこそ星を砕き、海を作り、土を練り上げて大陸を整え……。お互いに構っている暇がなかったと言った方がいいかも知れません』
ウェイドは第零期調査開拓団の実情を知らない。その記録にアクセスする権限も限定的だ。だからこそ、オモイカネも詳しくは語らない。ただ懐かしそうに、過去を思い返すだけに留める。それでも、彼女たちの行った開拓活動の規模の大きさ、現在に至るまでの影響の大きさを、ウェイドは知っている。
『さながら、オモイカネは私たちのおばあちゃん、といったところですか』
『……は?』
ウェイドの導き出した感想に、オモイカネは笑顔のまま表情を固める。自身の聴覚センサーが異常を来していることを疑い、瞬時にトラブルシューティングを開始。全身の機能が
『お姉さん。私たちに適合する形容はそれで十分では?』
『しかし、私たちはスサノオやサカオたちが姉妹として捉えられているようですし』
『であればお母さんでも良いのですよ。なぜ一世代開けたのです』
『時間的な隔たりで言えば、それくらいが——』
『たったの数千年程度で何を言っているのですか』
『いや、数万年どころか数十——』
『お姉さん、と呼んで良いのですよ』
「あの……』
『お姉さん』
『はい……』
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Tips
◇お姉さん
管理者オモイカネによって提唱された、元第零期先行調査開拓員の管理者への呼称。第一期調査開拓員全員に対して使用が推奨される。
“お主らが姉なら、妾らは何になるのじゃ?”——T-1
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