第894話「餅は餅屋に」
レティの祈祷か、はたまたシフォンの幸運か。ともあれ俺たちはドワーフの遺物の中から何やら重要そうなアイテムである“ドワーフの古文書”を発見した。しかし、そこにひとつ問題があった。
「うーむ、読めんな」
「これ本当に文字なんですか?」
「ミミズがのたくったようにしか見えないねぇ」
レティやラクトと額を突き合わせ、慎重に開いた古文書を覗く。しかし、紙面は土や泥に汚れ、長年の風化でボロボロだ。そうでなくとも、記されているのは古代ドワーフ語とかいう未知の言語であり、そこから意味を読み取ることはできそうにない。
「ミカゲは古文書も読んでるでしょ。なにか分かる?」
トーカがミカゲの脇を肘で突く。しかし、ミカゲは古文書を一瞥しただけで即座に首を振った。
「何にも分からない。崩字じゃないし、そもそも全然言語体系が違うでしょ」
おそらくミカゲの主張は正しいだろう。俺たちが普段使っている言語とは根本的なところからして違っているような感じはする。頻度分析など掛ければある程度の規則は掴めると思うが、それは非常に手間がかかる。
そもそも、これはそうやって読むものではないだろう。
「誰か〈解読〉スキル持ってないか?」
「レティが持ってるわけないですよね」
「普段使わないからねぇ」
「それで敵の行動などが読み解けるなら取るんですが……」
恐らく、というより十中八九この古文書の解読には〈解読〉スキルが必要となる。しかし調査系スキルの中でもかなり使い所が限られ、特に戦闘にはほとんど関連しないスキルと言うこともあり、〈白鹿庵〉の面々が習得しているはずもなかった。
聞く前から予想できた答えを知って、特に驚きもなく頷く。
「——と、言うわけでこのお二人に来てもらいました」
「突然呼び出してきたと思ったら……」
「面白そうなモン持ってるじゃねぇか」
エレベーターから真っ直ぐこちらへやって来たのは、どう見てもカタギには見えないタイプ-ゴーレムの男と、黒いゴスロリドレスを纏った金髪のタイプ-フェアリーの少女である。
「久しぶりだな、レングス、ひまわり」
二人はwiki編集者として活動している調査系のエキスパートだ。彼らならきっと古文書の謎も解き明かしてくれるだろうという確信を持って、わざわざ来てもらった。
ひまわりは早速テーブルに広げられた古文書を見て、その状態をチェックしている。何やら俺の知らない鑑定系のテクニックも使って、正確に状態を調べ上げているようだ。
「この前のイベントでも色々暴れ回ったそうだな」
噂は聞いてるぜ、とレングスが笑う。サングラスを掛けて無精髭を生やした口に笑みを浮かべると、なかなか威圧感たっぷりだ。情報に聡い彼らは、俺が第5回イベントでいろいろとやっていたのもすっかり把握しているようだった。
「流石に色々やらかしたな。その返済でてんてこまいなんだ」
「だろうな。今回も、その一環か?」
「いや、こっちはレティ案件だな」
そう言うと、レングスは顎髭に指を添える。そして、すぐにピンと来た様子で再び笑みを深めた。
「レティ案件ってことは〈破壊〉スキルに関わる何かでも見つけたか」
「流石だな。まあ、まだ関わりがあるかもしれないって段階だが」
レングスはドワーフの古文書を一瞥し、俺に手を差し出してくる。どうやら、協力してくれるらしい。
「じゃ、よろしく頼むよ」
握手を交わし、レングスの力を借りる。彼はさっそくテーブルに着くと、ルーペやら小さな辞書やらと細々とした道具を並べ始める。その間、ひまわりは別のテーブルをレティたちと共に囲んで、砂糖の塊のようなフラペチーノを早速注文していた。
「ひまわりは?」
「ひまの出番はないな。あっちは偶にフィールドに出るときの護衛とか、道案内がメインだ」
サングラスを外し、モノクルを着けたレングスが言う。あまり外見で判断するのも良くないが、二人は凸凹ががっちりハマったようなコンビだ。ひまわりは多少の戦闘スキルも取っているようだが、レングスは完全な非戦闘ビルドらしい。〈解読〉や〈解錠〉といった調査系スキルを重点的に抑えているのも彼の方である。
「レングスは体ばかり大きくて、ビビりです。私がいないとこの記録保管庫にも入ろうとしませんし」
「おいコラ。いつ俺がベソかいたって言うんだよ」
「何かと理由をつけて町に引きこもっていたのは事実ですもの」
「町の調査が本業なんだから当然だろ!」
和気藹々と口喧嘩を繰り広げながら、レングスは古文書を睨む。そうして、『言語解析』というテクニックを使った瞬間、真剣な眼差しで押し黙った。
辞書をパラパラと捲りながら、次々と大小様々なウィンドウを展開し、古文書に連ねられた文字の意味を探っていく。システムの支援を受けながら、幾つもの難しいパズルを解いているようだ。
「レティ、ここはフィナンシェが美味しいらしいですね」
「さすがwiki編集者ですね……。依頼料としてご馳走しますよ」
「むふー。レティがそこまで言うのなら、受け取らないのも失礼ですね」
向こうは向こうで楽しそうだ。レティが注文したフィナンシェを、ひまわりは両手で掴んでもそもそと食べている。時折きゅっと目を閉じて余韻に浸っている様子を見るに、ドワーフ族自慢のフィナンシェは彼女のお眼鏡に適ったらしい。
「さて、俺はこの辺のガラクタを司書部に持っていくかな」
レングスの作業は難航しているようで、もう少し時間がかかりそうだ。俺は時間を有効に扱うため、遺物ガチャで出てきた様々な物品を司書部のカウンターに運び込むことにした。
「レティもご一緒しますよ!」
「そうか? 助かるよ」
荷物持ち要員としてレティが手を挙げてくれる。ガラクタと言いつつも大体が鉄製品なので、まとまった量になるとかなり重いのだ。ラクトたちにはひまわりの相手をしてもらうことにして、俺とレティでカウンターに向かう。
資料請求や関連任務の受付など忙しそうに職員が動き回っているカウンターに並び、順番がやってくるのを待つ。
『次の方ー。って、げぇ……』
「人の顔を見てそんな声を上げられると悲しいな」
『自分達が何をやったか考えてから言ってくださいよ……』
俺たちの対応をしてくれた司書部のドワーフはそう言いながらやってくる。彼の顔は知らないが、向こうは俺たちのことを知っているらしい。まあ、管理区域の壁をぶち抜いたりいくつかの建物を半壊させたりしてたから、当然か。
『それで、ご用件は? 自首なら警備部の方にお願いしますよ』
「違う違う。ほら、これ未踏破区域で見つけた遺物なんだが」
妙に失礼なことを言うドワーフに首を振りながら、カウンターに鑑定した遺物を並べていく。初めは胡乱な目つきをしていたドワーフの表情が、みるみるうちに変わっていくのがよく分かった。
『こっ!? こっこっこれはっ!』
鶏のような声を出すドワーフ。隣に立つレティが何やら清々した表情で笑っていた。
「ふふん。見直しましたか? レティたちの実力を!」
『成果を確かに挙げてるのが逆に厄介ですよね……。とりあえずレパパさんを呼んでくるので待っていてください!』
むむむ、と悔しげに唸りながらドワーフがカウンターの奥に引っ込む。その背中を見送って、レティは勝ち誇ったように腰に手を当てて胸を張る。
とはいえ、司書部長のレパパが出てくるとはなかなかの大事だ。周囲に立つ他の調査開拓員たちも何事かとざわついている。
「何だ何だ?」
「おっさんだ」
「赤ウサちゃんもいるぞ」
「〈白鹿庵〉か」
「またなんかやらかしたのか?」
「はいはい、頭おっさんだな」
何やら、俺たちの評判がどんなものか気になってきた。普段から他のプレイヤーたちと同じように自由にプレイしているだけだというのに、有名になってしまったものだ。
「レティたちも名が広まりましたねぇ」
レティも同じことを思ったのか、感慨深そうに言葉を漏らす。
「ま、それで不利益を被る訳じゃないならいいさ」
FPOのプレイヤーたちは礼儀正しい人たちがほとんどだ。こうして遠巻きに見られてザワザワとすることはあるが、直接的に面倒な絡み方をしてくるような者はそうそういない。いたとしても、周囲のプレイヤーは止めに入ってくれる。
『今度は何をやらかしたんですか!!!』
調査開拓団の治安の良さを改めて実感していると、鬼のような形相でレパパが飛び込んできた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇暗号職人の秘密手帳
とある暗号好きなNPCが己の技法の全てを書き記した秘密の手帳。彼の最高傑作である“作品”を全て読み解いた者だけに開くことが許される。様々な暗号の作成法や解読法がつぶさに記されており、その知識は暗号職人や解読士たちにとって垂涎の代物。
“俺っちの作った謎を知りたいって? なら、俺っちの作った謎を解くんだな!”——暗号職人グーマ
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます