第895話「古人の警句」
開口一番俺たちに容疑を掛けて来たレパパに断固として抗議しつつ、用件を話す。ドワーフの遺物の中から見つかったアイテムを見せると、レパパは唸ってメガネを押し上げた。
『なるほど、ドワーフの遺物ですか』
「存在は知ってるんだな?」
『ええ。未踏破区域の探索はあなた方が初めてと言うわけではありません。それに、DWARF側でも警備部を中心にいくつも同様のアイテムを発見していますから』
レパパの言葉に少なからず驚く。てっきり、俺たちがドワーフの遺物を持ってきた一番目のプレイヤーだと思っていたからだ。しかしよくよく考えてみると、レティは掲示板で情報を得てここへやって来た。つまり、俺たちの前にこの一連のイベントをこなしているプレイヤーがいるはずなのだ。
「それじゃあ、レパパさんはどうして驚いてるんですか?」
『ええ。こちらの遺物、どれも保存状態がとても良いのです。今まで司書部に持ち込まれた遺物はどれも損傷が激しかったので』
「ははぁ、そうだったんですか……」
レティはカウンターに並べたガラクタを見て意外そうな声を上げる。俺たち素人からしてみれば、どれも等しくただの鉄クズのようにしか見えない。しかし、然るべき知識を持つ者が見ればまた違うらしい。
レパパは俺たちに断りを入れて、慎重に遺物を手に取る。彼女は細長い指でそっと表面の泥を落とし、錆びきった鉄の表面を注視する。
『ふぅむ。“グレムリンの首輪”ですか』
彼女が興味を示したのは、小さな鉄製の輪だった。鎖が付いていたようで、さらに等間隔で穴も空いている。
『かつてのドワーフ族は、一時的にか否かに関わらず、この道具を使う機会があったということですね。むむむ……』
嘆いているのか、感心しているのか、驚いているのか。レパパの押し殺した声からは推察できない。
『鎖で繋ぐ……。この穴は、螺子が嵌まるようになって……。なるほど、苦痛で……』
すっかり自分だけの世界に入り、深く集中している。何やら呟きながら、首輪を熱心に調べている。そんなレパパを、司書部のドワーフたちが遠巻きに覗き見ていた。
「レッジさん、レッジさん。もしかして、あの首輪ってレアだったんですかね?」
予想外の反応を目の当たりにして、レティは喜びとも困惑ともつかない微妙な表情で俺の服の裾を引いてくる。物が物だけに、素直には喜べないのだろう。
「どうだろうな。首輪自体はいくつか出てたし」
『なんですとっ!?』
「うわっ!?」
レティに向かって軽い気持ちで答えると、何故かレパパが強く反応する。突然視界にドワーフの顔が飛び込んできて思わず仰反る。そんな俺の胸に張り付いて、レパパが鼻息を荒くする。
『今すぐ見せてください! さあ、早く!』
「分かった、分かったから……」
豹変したレパパに戸惑いながら、レティに視線を送る。彼女は俺の意図を正しく汲み取ってくれて、素早く自分のインベントリから残りの首輪を取り出して並べた。
「“グレムリンの首輪”が2つ。“首輪の欠片”が7つ。あと、“鎖の欠片”もいくつか」
『ほおおおっ!』
じゃらりと並べられた拘束具の数々に、レパパが恍惚とした表情を浮かべる。彼女はピクピクと耳を動かして、感極まった様子で背後にいる部下たちを呼び寄せた。
『至急、これらの精密な鑑定を! 情報を纏めておくのです!』
『了解!』
司書部の他のドワーフたちも、反応はレパパと同じようなものだった。彼らはトレーを抱えてやってきて、慎重に遺物を載せて奥へ運び込んでいく。
「首輪ってそんなに重要なアイテムだったんですねぇ」
『少なくとも我々ドワーフにとってはとても重要で貴重な歴史的史料となり得ます。我々、現在はオモイカネ様のご指示を受けてドワーフ史の編纂も行っているのです』
「そうだったんですか。何かの助けになれば、レティも嬉しいですけど」
どうやら、レパパたちは自分達の出自を正確に調べるプロジェクトも進めているようだ。発起人はオモイカネらしいが、彼女の思惑も分からないではない。彼女からしてみれば、寝ている間に棲家へ入ってきた者が、いつの間にか自分を信奉しているのだから。彼らの正体を明らかにしたいというのは当然の思いだろう。
『ともあれ、貴重なアイテムを頂き感謝します。お二人には相応の謝礼をお渡しせねばなりませんね』
「ああ、ちゃんとそのへんもしっかりしてくれるんですね」
ひとしきり興奮して落ち着いたのか、レパパがアイテムの代金について言及する。内心不安に思っていたらしいレティはほっと胸を撫で下ろす。
『当然です。とはいえ、こちらも予算に限りがありますし、いくらでもと言うわけにはいきません。このくらいの金額になります』
「十分だろ。元手は0ビットみたいなもんだしな」
未踏破区域にいって拾ったアイテムを鑑定すればいいだけなので、こちらのコストはほとんど無きに等しい。それで買い取ってくれるならそれだけで儲けが出る。それどころか、レパパが提示した金額は俺もレティも十分に納得できるだけのものだった。
俺たちが頷き、報酬を受け取ると、レパパはぱっと破顔する。
『史料は多ければ多いほどいいですからね。また見つけたらぜひ持ち込んでください』
「ああ。そうさせてもらうよ」
一番安い“カップの破片”でも数十ビットの値が付いた。これならちょっとした副業にはなりそうだ。
初めの頃とは打って変わって上機嫌のレパパに見送られながら、司書部のカウンターを離れる。だが、一歩歩き出したちょうどその時、カフェエリアの方からレングスたちが何やら切迫した様子でやって来た。
「おーい! レッジ、大変だ!」
「なんだなんだ?」
図体の大きなレングスが大股で走ってくると、それだけで圧迫感がある。彼は古文書を慎重に抱えて、俺たちの前に立つ。
「内容が分かったのか?」
「ああ。それで、ちょっと面白いことが書いてあるぞ」
待てば俺たちも戻ってくるのに、一刻も早く俺たちに見せたかったらしい。レングスは古文書を開き、紙面に指を落とす。
「ここだ」
「はぁ」
ここだ、と言われても俺は読めない。当然レングスも分かっているので、すぐに読み上げてくれた。
「“グレムリンたちが蜂起した。逃亡奴隷たちが隠れ潜み、力を付けていたらしい”」
「逃亡奴隷……」
「そのへんは事実だったみたいだな。これはドワーフの日記だが、グレムリンの奴隷を3匹くらい飼ってたって書いてある」
レングスは補足して、更に続ける。重要なのはここからだ、と。
「“グレムリンは悪知恵を付け、鉄から動く武器を作った。家畜がやられ、ドワーフも多く襲われた。奴らを先導したのは、長く生きる悪辣なグレムリンだという。どうやら、グレムリンは群れが大きくなると、強い個体が長となるらしい”」
グレムリンの長。そのような存在は聞いたことがない。現在、ドワーフとグレムリンは友好的な関係を築き、共に記録保管庫の運営を行っている。グレムリンの方が圧倒的に数が多いため、肉体労働などを担っているらしいが、今の所トラブルが起きたという噂はない。
『——おそらく、グレムリンたちはオモイカネ様を群れの頂点としているため、リーダーが生まれていないのでしょうね』
「レパパ!?」
レングスとの会話に頭を突っ込んできたのはレパパだった。彼女はいつの間にか俺の隣に立ち、腕を組んで真剣な表情をしている。そうして、彼女は俺の顔を見上げて言った。
『しかし、それ以前のグレムリンの群れにはリーダーが居たはず。その発見報告は私の知る限りありません』
「ということは……」
『おそらく、グレムリンのリーダーは未だ未踏破区域のどこかに隠れ潜んでいるのでしょう。ドワーフとの確執が解消されたことも知らず、今も恨みを募らせているのかもしれません』
眉を寄せるレティに、レパパは答える。
『ひとつ、謎も解けました。改造された機械警備員が未だに多く徘徊している理由です。おそらく、まだ敵対的なリーダーの下に属するグレムリンがいるのでしょう。彼らが破損した機械警備員を修理して放っているのです』
であれば、と彼女は一息間を開ける。そうして、真剣な眼差しで言った。
『未踏破区域を探索し、仮称“グレムリンリーダー”を発見。可能であれば対話してください。難しければ、討伐も視野に入れて』
レティの受注している未踏破区域探索任務が更新される。任務の目標に、新たな項目が追加された。
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Tips
◇グレムリンの首輪
かつてドワーフ族がグレムリン族を従えるために使っていた鉄製の拘束具。鎖で繋ぐための留め具の他、等間隔で螺子穴が並んでおり、苦痛を与えられるようになっている。
“今はもう使わない。しかしかつては確かに使われていた道具です”——司書部長レパパ
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