第893話「幸運の狐娘」

 約2名が満身創痍になりながらも、俺たちは中央管理区域へと帰還した。ドワーフたちは大層慌てていたが、俺たちはアップデートセンターで機体を入れ替えれば真新しい身体になるので問題はない。


「さて、それじゃあ鑑定していきましょうか」

「なんでレティがワクワクしてるんだ?」


 レティたちのスキン修復が終わり、再びカフェエリアに陣取る。レティとトーカは防具が壊れてしまったので、街歩き用のカジュアルな服装に変わっている。俺が“ドワーフの遺物”を鑑定しようと居住まいを正すと、レティが耳をぴこんと揺らして気合いを入れた。


「レティが祈祷しますからね。レア物が出たらレティのおかげです」

「ガラクタしか出なかったら?」

「レッジさんの日頃の行いですね」

「都合いいなぁ」


 そんな会話を交わしつつ、。早速鑑定を始めていく。


「ぬぬぬー!」

「本当に念を送るんだ……」


 手のひらをこちらに向けて唸り始めたレティを見て、ラクトが呆れたように言う。レティはいたって真剣な表情で、俺はそそくさと一つ目を手に取った。


「“錆びた歯車”だな」

「古代の超技術を示唆するものでしょうか」

「何の変哲もないただの鉄片だな。歯が欠けてるし、錆と腐蝕でボロボロだ」

「ぬぅぅ」


 まあ、どんな価値があるかは俺には分からんし、あとでまとめて司書部に押し付け——提供しよう。彼らならきちんと適切に管理してくれるはずだ。


「次、行きましょう!」

「はいはい」


 気合いを入れ直すレティに合わせて、二つ目を見る。


「“錆びた歯車”だな」

「またですか!?」


 まさかの二連続だった。ボロボロの歯車をインベントリに入れて、三つ目の遺物を手に取る。


「『遺物鑑定』——“古い取手”」

「もはや道具ですらないですね」


 続いて現れたのは泥まみれの鉄製の取手だった。ドアか箱にでも付いていたのだろうか。ともかく、今の段階では無用の長物には変わりない。


「『遺物鑑定』——“鉄導の杖”」

「おおっ! なんだかレアそうな響きですね!」


 四つ目でようやく面白そうなものが出てきた。レティも俄然テンションを上げ、テーブルに身を乗り出す。俺は鼻息を荒くする彼女を押し戻しながら、鑑定結果を読み上げた。


「かつてドワーフが鉱脈を探すために用いていた杖。安定した場所で倒すと、近くの鉱脈を指し示す。だとさ」

「ほほーう! いいですねぇ。アーティファクトっぽいですねぇ」

「アーティファクト……。そんな良いもんかな?」


 30センチほどの杖を手に取ったレティは感激した様子で頬擦りする。鑑定したとはいえ泥だらけのものなのだが、頬が汚れることなどお構いなしだ。レティどころか〈白鹿庵〉の誰も〈採掘〉スキルは持っていないのだから、これこそ無用の長物だろうに。


「よぅし、この調子でどんどん行きましょう!」


 レティは勢い付いて拳を突き上げる。彼女に急かされ、俺も次々と残りの遺物の正体を明らかにしていった。


「“錆びた歯車”、“錆びた歯車”、“粗鉄のカップ(破損)”、“歪んだ鉄皿”、“グレムリンの首輪”——」

「ぬーん……」


 しかし現実は甘くない。その後に出てきたものはどれもパッとしない鉄屑ばかりだ。レティはすっかりテーブルに突っ伏し、だらりと耳を倒している。


「うぅ、どうして……。どうしてレアが一つしか出ないんですか……」

「まあ、試行回数が20回くらいだからかな」

「最低保証が付いてるわけでもないしなぁ」

「うぅぅ。公取委に訴えてやります!」


 涙目のレティは無茶苦茶なことを叫ぶ。俺とラクトは困った顔でお互いを見て、揃って肩をすくめた。


「まあまあ、とりあえずお茶でも飲んで落ち着きなよ」

「うぅぅ……」


 ラクトが紅茶を注文し、レティの前に差し出す。レティは両手でカップを包むようにして持ち、ちびちびと飲み始めた。

 その時、突然テーブルの上に大量の遺物が積み上げられた。


「うわっ!?」

「——これだけあれば、レア物も一つくらいあるのでは?」


 澄ました顔でそう言うのは、いつの間にかいつもの着物と袴に着替えたトーカだった。隣には疲れた顔のミカゲもいる。


「二人とも……」

「いつの間にこんなに?」

「レティが爆死してうだうだ管を巻くのは分かってましたからね。私とミカゲなら、二人でも集められますし」


 何と言うことはない、とトーカは言う。どうやら、俺たちが遺物の鑑定をしている間にさっきのドームに戻って遺物を攫ってきたらしい。さすがというかなんというか、思い切りのいいことだ。


「うわーい! ありがとうございますトーカ! やはり持つべきものは頼れる友ですね!」


 トーカとミカゲの働きもあって、レティは再び活力を取り戻す。先ほどまでの意気消沈っぷりはどこへやら、目をキラキラと輝かせて俺の肩を大きく揺らす。


「さあ、早くガチャを!」

「ガチャじゃないんだがな……」


 急かされるまま、トーカの集めてきた遺物を鑑定していく。


「うーん、やっぱりほとんど鉄屑だなぁ」


 しかし、出所の元が居住区ということもあり、それらしいアイテムはなかなか現れない。そもそも、本当に貴重なアイテムなど残されているのだろうか。元気になっていたレティも、再びどんよりとした雰囲気を纏い始める。彼女の耳の立ち具合がテンションのバロメータになっていた。


「おっ」

「なんですか!」


 鑑定結果に思わず声を上げると、怖いぐらいの勢いでレティが食いついてくる。俺は若干慄きながら、彼女にアイテム名を告げる。


「“折れたスミスハンマーA”だとさ」

「それって、もしかして!」


 レティもピンと来たらしい。彼女はインベントリを探り、目当てのアイテムを取り出す。“折れたスミスハンマーB”と言う名の、金属製の柄である。

 “折れたスミスハンマーA”は穴の開いた円柱状の金属パーツだ。その穴に、Bをはめ込むと——。


「ピッタリはまるな」


 ピッタリと合致する。なるほど、こういうこともあるのだな。としばし感心するが、レティは怪訝な顔をしていた。


「うーむ。レッジさん、これもしかしてCもありますかね?」

「そうか? もう完成に見えるが……」

「だって、“折れた”スミスハンマーなんですよね。これだとすっぽ抜けたスミスハンマーですよ」

「なるほど。それは一理あるな」


 レティの鋭い指摘に感心する。柄の断面は滑らかだが、まだ続きがあると言われればそう見えないこともない。


「こうなったらCも見つけたいですね」

「はいはい」


 耳をぶんぶんと振るレティに急かされ、鑑定を進める。その途中で、再びトーカが遺物の追加を持ってきてくれた。


「助かるが、トーカは鑑定を見なくていいのか?」

「あんまり興味ないので」


 気になって尋ねると、トーカはあっさりと言い切って再び出掛けていく。彼女は新たにリュックサックを装備して、完全に遺物回収に徹する構えだった。


「ガチャの結果に興味ないなんて、トーカも変わってますねぇ」

「レティはガチャ中毒にならないように気をつけなよ?」


 不思議そうな顔で首を傾げるレティに、ラクトが釘を刺す。しかし、次の瞬間にはうずうずとした顔でこちらを見ているところ、彼女の忠告はあまり役立っていないようだ。


「さあ、レッジさん。どんどん鑑定していきましょう!」

「はいはい」


 鼻を膨らませるレティ。俺も良い加減慣れてきて、遺物を手に取る。その時、不意に声が掛けられた。


「あっ! おじちゃん!」

「シフォンか。ログインしてたんだな」


 エレベーターの方からやって来たのは、白い狐耳を揺らすシフォンだった。オフ会以来、彼女は俺のことをおじちゃんと呼ぶようになった。手を振りながら尻尾を揺らして駆け寄ってくるシフォンに、突然レティが立ち上がる。


「ぬああっ!? シフォン、ちょっと来ないでください!」

「はええっ? な、何?」


 脈絡のない拒絶にシフォンが困惑の声を上げる。ちょうどその時、『遺物鑑定』の結果が現れる。


「おおっ! これは——“ドワーフの古文書”だとさ」

「ぬああああっ!」


 現れたのは、見るからにレア物と分かる古びた紙の書物。心なしか、鑑定結果を表示するウィンドウも縁がキラキラと輝いている。

 しかし、せっかく待望のレア物が出たにも関わらず、レティは悲しい声を上げて崩れ落ちる。シフォンが驚いた顔で彼女の身体を支え、椅子に座らせる。


「ど、どうしたのレティ?」

「うぅ。今度こそシフォンの力を借りずにレアを当てられると思ったのに……」

「はええ?」


 ぐったりとしたままうわ言のように呟くレティ。その言葉を聞いたシフォンは、困惑した顔で首を傾げた。


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Tips

◇ドワーフの古文書

 かつて泥と土を掘り鉄を叩いて暮らしていたドワーフが、叡智の光の下で書き記した古い書物。現代では失伝してしまった古代ドワーフ語で記されており、解読には高い知識と技術を要求する。しかし、そこには時代という地層に埋もれてしまった知識が確かに刻まれている。


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