第892話「身を溶かす」
2台のカメラを用いた高精度撮影の結果、選び抜かれた穴の中にレティたちと共に入る。
「レティが選んだ穴ですからね? 分かってますか?」
「そうだな。レティはすごいな」
「んもーっ!」
とはいえ、レティの天性の直感も馬鹿にできない。彼女はこれまでの白熱した戦闘のほぼ全てを勘と反射だけでくぐり抜けてきたのだ。
「レッジさん、なんか失礼なこと考えてますよね?」
「そんなわけないじゃないか。レティは凄いと思ってたんだよ」
「そ、そうですか? むふ、それならいいですけど。むふふ」
突然くねくねと体を揺らし始めたレティの背中を押して、穴の奥へと進む。
「やっぱり小部屋が多いね。遺物も結構回収できそう」
「取れるだけ取っていこう。後でゆっくり鑑定すれば、何かしらお宝も混じってるかもしれないからな」
ラクトはその小柄な体を生かして穴に繋がる小部屋に飛び込んでは遺物を回収してくる。それを所持重量に余裕のあるレティがインベントリに収めつつ、俺たちは先を目指す。
「せいっ!」
トーカ先生のおかげで黒蛞蝓の襲撃も問題なく処理できている。彼女はもはやテクニックすら使わず、LPを節約するためただ刀を振るだけで対処していた。
「レティも〈破壊〉スキルを使えば……」
「蛞蝓に使って瀕死になってどうするんですか。こういうものは適材適所ですよ」
レティはトーカに対抗意識を燃やしているようで、ぐぬぬと歯噛みしている。しかし、トーカは涼しい顔で、慣れた様子でそれをあしらっていた。
実際、このゲームは適材適所という言葉がとても重要だ。システム上、万能なプレイヤーは存在しないため、どこかで協力し合う必要がある。調査開拓団の基礎的な行動指針である“個々としての専門家”と“総体としての万能家”というのは、それを端的に表している。
「だから、レティは荷物持ちに徹していてください」
「むぅ。分かってますよー」
飛びかかってきた三体の蛞蝓を切り伏せながら、トーカが言う。レティはラクトが拾ってきた遺物を回収しながら唇を尖らせた。
「……芋虫が来る」
その時、斥候に出ていたミカゲが戻ってくる。彼の端的な言葉に、全員が臨戦態勢を整える。トーカは刀を正眼に構え、レティがハンマーを下げながら自己バフを展開する。ラクトも手に持っていた遺物を捨て、詠唱を始めた。
「ええ、みんな小部屋に逃げないのか?」
『離しなさいよ!』
ジタバタと暴れるカミルを抱えて近くの小部屋に飛び込んだ俺は、他のみんなが誰一人として続かないことに疑問を覚えて顔だけ出す。すでにメラメラと燃えるようなエフェクトを纏ったレティが、鋭い目をこちらに向ける。
「レッジさんはカミルと一緒に隠れてて下さい。レティは二度も隠れて怯えるのは性に合わないので」
「レティの言う通りです。レッジさんのおかげで敵の能力もある程度把握できましたし、私たちなら戦えるはずです」
「任せてよ、しっかり守ってあげるからね」
いつにも増して女性陣が頼もしい。ミカゲは付き合ってられないとばかりに小部屋に引っ込み、『隠れ身の霧玉』で俺たちの存在をくらませる。その直後、穴の奥からミチミチに張ったゴムのような皮膚を岩肌に擦り付けながら巨大な黒い芋虫が現れる。
「横を通らせてもらうわけにもいかなさそうですしね。レティがぶっ飛ばしてあげますよ!」
「レティは引っ込んでいてください。私が切ります」
「二人とも喧嘩はやめなよ。私が氷漬けにしてあげるからさ!」
三人は仲良く競うようにして攻撃を始める。先に着弾したのは、ラクトが放った銀の矢だった。
「『氷爆』」
シンプルな機術だった。矢に内蔵された機術回路が励起し、簡単な術式を発動させる。ナノマシンパウダーが周囲に拡散し、互いに結合して意味のある形を作る。それは急激に周囲の温度を下げ、芋虫の分厚い皮膚を凍らせた。
そして、爆発する。
凍りつき、脆くなった皮膚が裂ける。どろりと粘ついた体液が流れ出し、レティとトーカの顔面に降りかかる。
「『
「『雷鳴豪轟打』ッ!」
しかし、二人の勢いは止まるどころか、僅かたりとも衰えない。顔面に血の混じった体液を浴びたと言うのに、目を閉じることもなくほぼ同時にそれぞれの武器を突きつける。
芋虫が悲鳴を上げたような気がした。実際には、洞窟に響く轟音で何も聞こえない。
「チッ」
「タフですね!」
芋虫は剛健だった。その立派な体躯に見合うタフネスを備え、三人の一斉攻撃にも耐えてみせた。しかし、すでに三人ともが次弾を準備している。対する芋虫はその巨体が仇となり、転身することもできず退路もない。
「『烈波斬』ッ!」
「『爆砕』ッ!」
ラクトが詠唱に時間を掛けている間に、トーカとレティが先んじて攻撃を仕掛ける。二人の刀と槌が、ほぼ同時に迫る。だが、その先端が触れるよりも早く、芋虫が大きく口を開けた。
『ボェエエッ』
「ぎゃああああっ!?」
「ぬわーーーっ!?」
芋虫の巨体が波打ち、口から何かが吐き出される。それをもろに浴びた二人が悲鳴を上げる。
「う、うわぁ……」
それを見たラクトが絶句する。彼女は後衛だったので、二人が大量の吐瀉物に包まれるのを見て即座に距離を取り事なきを得ていた。
「ひーん、臭いですよう! 助けてください!」
「レティ!? 近づかないで!」
レティとトーカはそれでもテクニックは中断せず、きっちりと芋虫を仕留めていた。ゆっくりと崩れ落ち、自重に耐えきれず形を失っていく芋虫を背中に、こちらへ駆け寄ってくる。ラクトが青い顔をして逃げてくる。
「レティ! ちょっとまずいですよ、これは」
完全に取り乱しているレティの肩をトーカが掴む。彼女は口をきゅっと結んで眉間に皺を寄せていた。
「何が——。って、ぎゃああっ!?」
一瞬首を傾げたレティも、再び悲鳴を上げる。二人の体から白い蒸気が立ち上り、着ている防具を溶かしていた。
「ひぎゃっ!? ひぎゃっ!? ど、どうしたらいいんですか!」
「これは芋虫の胃液、というより蛞蝓を捕食することで蓄積した腐食液ですか。アンプルで回復できそうにないですね」
「トーカはなんでそんなに冷静なんですか!?」
二人の装備は猛烈な勢いで溶けていき、次々と耐久値をゼロにして消滅していく。二人が攻撃力を高めるために日頃からこだわって選び集めていた装飾品も、問答無用で溶けていた。
しかも、事態はそれだけで止まらない。
「ぎょわーーーっ!?」
芋虫の遺した腐食液は装備だけでなく、二人のスキンも溶かし始めた。白い肌の下にある銀色のフレームが露出し、それも黒く焦げて曲がっていく。
「やばばばっ! やばいですよ!?」
半分骸骨のような姿になったレティが慌ててこちらへ駆けてくる。
「うわー!? 来るな来るな!」
しかし、俺もそれを迎え入れるわけにはいかない。今もレティは全身が腐食液まみれなわけで、触れてしまえば俺まで巻き込まれる。
「『
「ぎゃわあああっ!?」
両手を伸ばしゾンビのような風貌で追いかけてくるレティと覚悟が決まった顔で佇むトーカ。二人を突如現れた濁流が押し流す。莫大な水量はもはや純粋な暴力で、彼女たちの姿は瞬く間に消える。しかし、数秒後にはその水も地面に染み込むように消えてしまった。
「全く、もうちょっと冷静になってほしいよ」
「ラクトも思い切りがいいな……」
突然大量の水を生み出したのは、ラクトの機術によるものだった。普段は好みで氷しか使っていないが、そもそも彼女は水属性の機術を集めているので、こういうこともできる。
「……迎えにいこう」
姉とレティがまだ死んでいないのを確認して、ミカゲが歩き出す。
『アンタたち、フィールドだといっつもこんな事してるの?』
彼の後に続いて歩き出す俺を見て、カミルがドン引きした顔をしていた。
「うぅ、酷い目に遭いました……」
「戦うのは厳しそうですね。一度、管理区域に戻りましょう」
穴の突き当たりに、スキンが溶けてフレームも歪んだレティとトーカがびしょ濡れの状態で佇んでいた。パーティの主戦力である二人がこの調子では、これ以上の探索もままならない。俺たちもトーカの意見に同意して帰還を決める。
『その前に、拾えるものは拾っておいたら?』
何故か俺の服の裾を掴んで離さないカミルが、奥の壁を見て言う。彼女の視線を辿ると、小部屋から押し流された無数の遺物がそこに流れ着いていた。
「こりゃいい。回収が楽だな」
わざわざ小部屋に入らなくて済むのは楽だ。まさに怪我の功名というべきか。
俺たちは急いで遺物を拾い集め、レティのインベントリに入れてもらう。
「うぅ、レッジさん肩貸してもらっていいですか?」
「もちろん。トーカは大丈夫か?」
「片足が折れた程度なら歩けますから」
「そ、そうか……」
拾うものを拾って、帰路に就く。レティは足のフレームが歪み、歩行もままならなくなっていた。遺物のほとんどを彼女に持ってもらっている都合上、死に戻るわけにもいかず、俺は彼女の肩を支える。
「むふふ、役得ですね」
「元気そうで何よりだよ」
頭をこちらに倒してくるレティに呆れつつ、彼女の歩調に合わせて歩く。トーカは鞘に納めた妖冥華を杖代わりにして、一人でサクサクと進んでいる。
帰りはミカゲとラクトが敵の相手をしてくれた。
「持つべきものはレッジさんですねぇ」
「それを言うなら、持つべきものは頼れる仲間とかだろ」
満身創痍になりながらも何故か幸せそうなレティを支える。
中央管理区域に入った瞬間ドワーフや調査開拓員たちが蜂の巣をつついたような騒ぎになることを、俺たちはまだ知らない。
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Tips
◇“腐蝕”
状態異常の一つ。強力な腐蝕液などを浴びることで、装備品やスキン、さらには機体そのものが損傷する。腐蝕の度合いによっては、行動すらままならない事態に陥ることもある。
大量の清潔な水などで患部を洗うことなどで対処が可能。
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