第891話「穴を見定めて」
「行き止まりですか」
「そうみたいだね。残念」
小穴を進むこと数分。俺たちは素っ気ない岩壁に突き当たる。どうやら、ハズレを引いてしまったらしい。
「あの芋虫はどこから来たんでしょうか?」
「途中にあった部屋のどこかで寝てたとかじゃない?」
ともかく、俺たちは一度ホールまで戻り、別の穴を探索し直すことにした。
「ホールに芋虫いませんかね?」
「どこかに出掛けてるんじゃない?」
「帰りは蛞蝓が少なくて楽ですね」
悪食芋虫が黒蛞蝓を手当たり次第——口当たり次第?——に食べたおかげで、穴の中は綺麗さっぱりとしている。トーカも刀を鞘に納め、肩の力を抜いている。
レティの危惧した芋虫との再会は、結局叶わなかった。広いホールの黒蛞蝓たちも食い散らかされ、あの巨大な芋虫は忽然と消えていた。
「じゃあ、次はどの穴に入る?」
「そうですねぇ……」
二つ目の穴もレティが選ぶ。彼女はさほど悩むことなく、最初の穴の隣を指差した。
「どうせ手がかりもないですし、虱潰しにいきますよ」
「了解。じゃあ早速——」
「ちょっと待ってくれ」
歩き出そうとするレティの肩を掴む。引き止める俺に、彼女たちは首を傾げて振り返った。
「なんですか、レッジさん?」
「この数だと虱潰しは時間がかかる。少し考えてみよう」
「むぅ、レッジさんがそう言うなら……」
彼女たちが足を止めるのを見て、俺はカミルを呼ぶ。
『何よ?』
「高精度撮影をしよう。何かしら分かるかもしれない」
『はいはい。三脚は持ってるんでしょうね?』
「もちろん」
俺はインベントリから三脚を取り出し、カミルに渡す。彼女は首にかけていたカメラをそれに取り付け、位置を調節する。俺も同様にカメラと三脚を用意して、彼女から少し離れた位置にカメラを置く。
「れ、レッジさん? いったい何を……」
準備を進めていると、レティが困惑した顔で尋ねてくる。そういえば、彼女たちの前でこの撮影をするのは初めてだったかもしれない。
「『高精度撮影』っていうテクニックを使う準備だ。複数のカメラを使って撮影して、それを一枚の写真に合成する。情報量が増えるから、その写真を使って『写真鑑定』をすると、普段は分からないことも見えてくるんだ」
「へぇ、そんな便利なものが」
説明を聞いて彼女たちは驚いた様子だった。
高精度撮影はかなり高等なテクニックだけあって、普通の鑑定では分からないこともかなり分かる。その分、撮影には時間がかかるし、準備も大変なのだが。今回も悪食芋虫が黒蛞蝓を粗方食べ尽くしてくれたおかげでゆっくりとカメラを構えられる。
「カミル、ケーブル」
『はいはい』
こちらのカメラとあちらのカメラを有線で接続する。どれほど技術が発達しても、やはり有線の安定性には敵わないらしい。
「じゃあ、みんなカメラの後ろに」
「はーい」
しげしげと物珍しげにカメラを見ていたレティたちを退避させて、シャッターを切る。カメラの内部のイメージセンサーを動かしながら、パシャパシャと連続でシャッターを切っていく。そうすることで、サイズ的にはイメージセンサー以上の大きさの高精細な写真が撮れるという寸法だ。
さらに、二台のカメラが角度を付けて別々の位置から同時に撮影を行なっている。これにより、より立体的な構造が把握できるほか、フラッシュと同時に放たれている音波や赤外線などによる測定もかなり精密に行える。
「撮れましたか?」
シャッターを切る音が止まり、レティたちがそわそわとこちらを窺う。
「今、出力中だ。データが大きいから少し時間がかかる」
カメラのディスプレイには白いプログレスバーが表示されている。少しずつ青に染まっていくそれが、高精度撮影で撮れた写真データの完成度合いを示している。二台のカメラを使い、しかも複数回にわたって写真を撮り、それを合成しているため、流石に時間がかかる。管理者なんかの演算能力があれば一瞬で終わるのだろうが、そういうことはできないだろう。
写真が完成するまで、しばらく時間がある。その間、俺は一本目の穴から回収してきたガラクタの鑑定をすることにした。
「とはいえ、本当にガラクタなんだけどな」
「ドワーフの遺物?」
ラクトも興味があるようで、栄養バーを齧りながらやってくる。ガラクタは全て“ドワーフの遺物”という名称で統一されていて、『遺物鑑定』という特殊な鑑定テクニックを使わなければ正体がわからない。こういった遺物は他にもいくつかあって、〈白き深淵の神殿〉などでもたまに入手できる。
「『遺物鑑定』——粗鉄のカップ(破損)だ」
一つ目は取手がとれて縁の欠けた鉄製のカップだった。ネヴァに渡せば鋳溶かして鉄インゴットにでもするだろう。まあ、わざわざ彼女に渡すだけの価値があるかどうか分からないが。
「『遺物鑑定』——折れたスミスハンマーB、ってただの柄だな」
続いて出てきたのは土埃に塗れた鉄製の棒だった。見たところ、おそらく本来は先端にハンマーヘッドがついていたのだろう。もしかしたら持ち手に革などが巻かれていたかもしれない。いずれにせよ、このままでは本来の役目は果たせそうにない。
「本当にガラクタばかりですね」
様子を見ていたトーカが言う。
「まあ、居住区だったって話だからな。あるのも生活用品がほとんどだろう。とはいえ、〈破壊〉スキルに関する何かしらの存在も示唆されてるし、希少な物品も出てくるんじゃないか?」
「なるほど、つまりガチャですね?」
俺の話を聞いて、レティが俄然やる気を出す。源石の一件以来、彼女はガチャというシステムにちょくちょく反応するようになっていた。とはいえ、残念なことに『遺物鑑定』は物品鑑定系のテクニックであり、主に生物鑑定系を鍛えているレティは習得していない。というか、今いるメンバーの中では俺だけしか『遺物鑑定』は使えない。
「ぐぬぅ。シフォンも呼ぶべきでしたかね」
自分が遺物ガチャを回せないことを知ったレティは悔しそうに拳を握りしめる。シフォンは『遺物鑑定』も習得しているし、レティが切望していた〈破壊〉スキルの源石を出した実績もあるラッキーガールだ。実際、俺も彼女が鑑定すれば何が出るのか少し気になっている。
「ま、ないものねだりだな。『遺物鑑定』」
しかし悲しいかな、シフォンはログインしていない。今の所は俺が粛々と鑑定していくしかない。
「おっと」
三つ目で面白いものが出た。俺の反応でそれを察したのか、レティが耳を立てる。
「グレムリンの首輪(破損)だとさ」
「首輪ですか……」
手に入れたのは錆びついた鉄製の首輪だった。壊れているが、大きな錠が付いている。グレムリンもドワーフも元は同じ種族だったという話だが、長い年月とオモイカネの残した叡智の影響で両者が分たれた。互いに敵対するにまで発展し、今は同じ主の元で一応の友好を結んでいるが、かつては隷属関係にあったのかもしれない。
「なんというか、考古学的な価値があるものが多そうですね」
「実際そんな感じだろうな。司書部に持ち込んだら小銭が稼げるかもしれない」
その後も『遺物鑑定』を続けるが、皿や釘といった雑多なアイテムがほとんどだった。それに、どれも錆びついていたり割れていたりと、使い物になりそうにない。
一本の穴から回収できるのはおよそ10個から20個程度のようで、その中から宝を見つけるのはなかなか難しそうだ。
『出力終わったわよ』
とはいえ、時間は潰せた。カメラを見守っていたカミルが俺たちを呼んでくれる。たっぷりと時間をかけただけあって、普段のものとは比べ物にならないほど大量の情報が凝縮された写真が完成していた。
「それじゃ、次に入る穴を決めるとするか」
俺は写真を展開し、それを対象にしてテクニックを発動させる。
「『写真鑑定』」
写真から読み取れるさまざまな情報が流れ込んでくる。穴の形状、深さ、内部の構造、表面温度、闇の中に潜んでいる蛞蝓や芋虫の存在、遺物の数。そういったものを整理しつつ、最も“当たり”の可能性が高いものを探す。
そうして最終的に選び取ったのは——先ほどレティが指差した穴だった。
「やっぱりレティの直感が正しかったんじゃないですか!」
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Tips
◇『高精度撮影』
〈撮影〉スキルレベル80のテクニック。複数台の撮影機材を用い、様々な条件で撮影した画像データを合成することで、通常よりもはるかに高精度な画像データを作る。出力に時間がかかる反面、一枚の写真から大量の情報を解析できる。
“この一瞬の全てを切り取って。完璧な時間をそこに刻んで。”
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