第890話「頼れる助太刀侍」

 レティたちと共に反省部屋で15分間の懲役を受けて、罪を償う。再訓練プログラムも拠点によって内容は違うようで、〈オモイカネ記録保管庫〉では資料整理という名のパズルを延々と解かされた。


「うぅ、1日に2回も反省部屋に入るなんて」

「なんだかんだ、懲役受けたの初めてかも」


 ぐったりとした様子のレティとは対照的に、ラクトはさっぱりとした表情でいう。普段から品行方正な彼女は、俺やレティとは違って反省部屋も初めてだったらしい。


「三人揃って何やってるんですか」


 懲役を終えて合流した俺たちに、呆れた声が掛けられる。振り向いて見てみれば、トーカとミカゲが立っていた。


「トーカ、ミカゲ! 二人もログインしてたのか」

「さっき来たばかりですよ。そしたら三人とも再訓練中と表示されていて、驚いて様子を見に来たんです」

「なるほど。すまんすまん」


 反省部屋に入っている間は他のプレイヤーとの交流が取れないため、フレンドリストにその旨が注記される。トーカたちはそれを見て何事かと駆けつけて来てくれたのだ。


「でも、トーカが来てくれて助かりましたよ」

「そうだね。ここは一つ頑張ってもらおう」

「はい?」


 困惑するトーカの腕を、レティとラクトがしっかりと掴む。彼女たちの怪しげな笑みに、トーカは戸惑いを覚えていた。



「なるほど、蛞蝓ですか」


 再び未踏破区域。トーカとミカゲの二人を加え、5人体制で挑む。トーカは穴の中からわらわらと現れる黒蛞蝓たちを見て、レティたちの思惑を察したようだった。彼女は背中に背負った大太刀を引き抜き、緩く構える。


「これを片付ければいいんですね」

「そうですけど、あんまり平然とされると押し付け甲斐がないですねぇ」


 あっさりと言い放つトーカを見て、レティが拍子抜けだと言わんばかりに唇を尖らせる。トーカは不本意そうに眉を寄せる。


「この程度で臆するほどはないですよ。山籠りなんてしてたら、いくらでも出てきますし」

「こんなのに慣れてるって、トーカの住んでるところは魔境ですか?」


 顔を青くするレティの言葉に、トーカは否定も肯定もしない。俺がミカゲの方へ視線を向けると、彼はさっと目を背けた。天眼流は有名な古武術一門らしいが、その修行とはどれほど過酷なものなのだろう。


『とりあえず、さっさと片付けてくれない? もうこの辺りの写真は撮り尽くしちゃったのよ』


 俺たちが駄弁っていると、痺れを切らしたカミルに急かされる。彼女はずっと無言でシャッターを切り続けていて、目ぼしいものは全てカメラに収め切っていた。

 トーカが苦笑し、刀を振るう。


「『斬波』」


 ログインした直後だからか、彼女もいつものような気迫がない。それでも、横薙ぎに振られた大太刀から斬撃の波が広がり、ずるずると這い寄って来る黒蛞蝓たちを纏めて上下に切り分ける。


「うわぁ、豆腐みたいに……」

「色からして胡麻豆腐だな」

「あんまりそういうこと言わないでくださいよ」


 何かに強い耐性を持つ原生生物は、それ以外の属性に弱いというのが定石だ。球腹魚ボールフィッシュの場合は刺突属性が弱点だったが、黒蛞蝓たちは斬撃属性に極めて弱かったらしい。三人の時の苦労が嘘のように、トーカ一人で圧倒してしまっている。


「これ、無限湧きですかね?」


 斬撃を繰り出しながら、トーカが振り向く。湾曲した壁には細かな穴が無数に並び、そこから次々と黒蛞蝓が際限なく出てくる。いくら一方的に倒せると言っても、延々とこれを繰り返すだけでは進展がない。


「その可能性もなきにしもあらず、ってところだな。とりあえず進めそうなら進みたいが」

「どの穴に入る?」


 ラクトが無数の穴を見て尋ねてくる。正直、どの穴も同じに見えるし、手がかりは皆無だ。


「レティ、決めてくれ」

「うええ、レティですか?」


 意思決定をレティに委ねると、彼女が驚きの声をあげる。


「今回の任務はレティの〈破壊〉スキルの新テクを見つけるためのものだろ。レティが先導してくれよ」

「うぅぅ。なら、あそこで!」


 おそらく当てずっぽうでレティが定めたのは、入り口から見てど真ん中に位置する穴だった。


「それじゃ、入りますよ」


 トーカが先頭に立ち、黒蛞蝓を蹴散らしながら穴の中に入る。小さな穴と言っても俺とラクトが並んで立てるくらいの幅と高さはある。トーカの大太刀は少し窮屈そうだが、それでも戦えないことはないようだ。


「本当に元々はドワーフの住居だったんだね」

『よく分かんないガラクタがいっぱいね。もっと片付ければいいのに』


 小穴の中は入り組んでおり、奥へ奥へと続いている。時折壁面に穴が開いていて、そこには風化した金属機械の残骸などが転がっていた。カミルはメイドロイドの本能が刺激されるのか、混沌とした小部屋に嫌悪感を露わにしている。


「こういうガラクタの中にお宝が混ざってるって寸法か」

「思ってたより面倒臭いですね」


 もっと隠されたボスをぶっ飛ばすようなものだと思ってました、とレティが肩を落とす。たしかにレティなんかはそういうものが分かりやすくて得意だろうが、俺はこういうところを慎重に歩くのも結構好きな性質タチだ。


「——止まってください」

「っ!」


 話しながら奥へと進んでいると、突然レティが手を上げる。彼女は耳をピンと立てて周囲を警戒していた。


「何かありましたか?」

「黒蛞蝓よりも重そうな音が近づいてきてます。ひとまず隠れましょう」


 レティは周囲を見渡して、近くの小部屋へと飛び込む。俺たちも彼女の後を追い、最後にミカゲが入り口に立った。


「『隠れ身の霧玉』」


 彼は懐から取り出した球を地面に叩きつける。濃い煙幕が周囲に広がり、俺たちの気配を隠す。


「ミカゲ、忍者みたいだね」

「……忍者だよ」


 最近はもっぱら呪術師的な活躍しか見ていなかったから、少し新鮮だったのだろう。ラクトが誉めると、ミカゲは僅かに不本意そうな声色で答えた。


「来ますよ」


 レティが声を抑えて言う。直後、俺たちの耳にも、ズルズルと体を引きずる重たい音が聞こえてきた。穴の奥から、何かがやってくる。


「なんでもいいですよ。私が全て切り刻みます」

「どうどう。今は相手の正体を確かめてからにしましょう」


 猛るトーカをレティが抑える。全員が息を殺すなか、音は近づく。湿った音の中に、岩肌を削るゴリゴリという音も混ざっているのが分かってきた。


「これは……」


白い煙幕をかき分けて、黒々とした体が現れる。それは次々と飛び込んでくる黒蛞蝓を大きく開いた口で受け止め、咀嚼することなく飲み下す。ぶよぶよとした腹が蠕動し、ゆっくりと前に進んでいる。

 穴いっぱいにミチミチと詰まるほどの、巨大な黒芋虫だった。


「うぅ、流石にこのサイズだと気持ち悪いですね……」


 黒芋虫が去った後、レティが顔を少し青くして言う。〈白鹿庵〉の女性陣は虫を見ても悲鳴をあげる前にぶっ叩くタイプがほとんどだが、自分の背丈よりも大きくて生々しいものは流石に嫌悪感を覚えるらしい。


「カミル、写真撮れたか?」

『当然でしょ』


 カミルは冷静に黒芋虫の撮影をしてくれていた。そのデータを受け取り、『写真鑑定』を行う。


「あいつの名前は“悪食芋虫ロックイーター”というらしい」

「岩食い? 蛞蝓食べてたけど」

「蛞蝓でも岩でも何でも食べる雑食のフードファイターなんだろ。ふむ……」


 黒芋虫の名前が判明し、さらに奴の生態なども概要が把握できる。鑑定結果に記載されているものを読んで、俺は思わず声を漏らした。


「どうやら、奴は黒蛞蝓を食べることでその強力な腐食液を溜め込んでいるらしい。だから、岩でも食い溶かしてしまえるみたいだな」

「なるほど。ヤドクガエルみたいですね」


 ヤドクガエルやフグなんかが摂食するものの毒物を蓄積しているのは有名な話だが、いわゆる生物濃縮というやつだろう。しかし、本題はそこではない。


「どうやら、かつてのドワーフたちはこの悪食芋虫を飼い慣らしてたらしい」

「あの芋虫をですか?」

「なるほど、そういうことか」


 驚くトーカを尻目に、ラクトが何かを察する。彼女はぽんと手を叩き、口を開く。


「ここの穴、悪食芋虫に掘らせたんだね」

「そういうことだな」


 地下の岩盤は、専用のピッケルを持つ鉱夫でも苦労しそうなほど固い。それを掘り抜き居住区とするのは骨の折れる作業だろう。そこで、ドワーフたちは原生生物を飼い慣らし、その力を借りた。彼らが居住区を放棄し忘れ去った後も彼らはここで生き続け、野生化したということだ。


「それじゃ、ああいうのがウヨウヨいるかもしれないってことですか?」

「そうなるな」


 俺が頷くと、レティはあからさまに難色を示す。しかし、ここまできて撤退という選択肢もない。重たい足取りのレティの背中を押して、俺たちは延々と続く小穴を再び進み出した。


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Tips

◇“悪食芋虫ロックイーター

 〈オモイカネ記録保管庫〉未踏破区域に生息する大型の芋虫に似た原生生物。非常に食欲旺盛で、死ぬまで成長が止まらない。満たされない飢えと渇きを慰めるため、口に入る全ての物を喰らい尽くす。主食となっているのは生息地で大量に生息している洞窟酸蛞蝓ケイブアシッドスラッグで、それらと共に強力な腐食液を体内に取り込み、蓄積している。

 “導く手が離れても、彼らは進み続ける。生きているだけで、腹は減る。”


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