第885話「優秀な被験者」

 しょんぼりとしているレティとラクトに、甘いカフェオレとココアを奢る。


「ま、被害が出なかったなら別にいいだろ。最悪、記録保管庫にまた大穴が開く可能性もあったわけだし」

「うぐぅ……」

「わたしもうっかりしてたよ」


 項垂れたままちびちびとマグカップを傾ける二人。普段とは立場が逆転しているせいで、彼女たちも俺も戸惑いを隠せない。


「やるならちゃんと、安全性を考慮して人のいないところを選ばないとな。それに、万が一の逃走経路も確保して、できれば証拠隠滅もできるようにしておきたいし」

「えっ?」

「うん……?」


 腕を組み、今回の一件の改善点を洗っていると、レティとラクトがきょとんとする。どうしてそんな反応をされるのか、こっちが不思議なのだが……。


「他のプレイヤーやドワーフたちを巻き込むわけにはいかないだろ? 身内だけでやるならノープロブレムだ」

「うーん。そういえばレッジさんはそっち側でしたね」

「安心したような、呆れたような」


 何故か二人は顔を見合わせ、同時に噴き出す。

 俺はプランの改善案を出そうとしただけなのに、どうして。


『あのー……』


 その時、恐る恐るといった様子で呼び掛けられる。振り返ると、司書部の制服を着たドワーフが紙の束を持って立っていた。


『ご希望の情報を取りまとめましたので、良ければ……』

「あっ! ありがとうございます!」


 どうやら、レティたちは司書部に情報請求をしていたようだ。彼女に書類を渡したドワーフは、機敏に身を翻して脱兎の如く去っていく。その背中を見送って、レティはテーブルに紙を広げた。


「何を調べてたんだ?」

「〈破壊〉スキルに関連する情報ですよ」


 適当な紙を一枚手に取り、内容を見る。そういえば、そもそもレティがここに来た理由はこれだったな。決して、記録保管庫の階層をまたぶち抜きたいと思っていたわけじゃない。

 DWARF司書部の仕事ぶりは安定して素晴らしく、レティの要望に合致する情報がすっきりと纏まっている。物質系スキルの概要と、特に〈破壊〉スキルにフォーカスした詳細、そして『時空間波状歪曲式破壊技法』以外の新たなテクニックに関する情報。

それらに関してDWARFが保有している情報だ。


「ふむふむ、なるほど……」

「何か分かった?」


 熱心に読み込むレティを、ラクトが窺う。レティは顔を上げると眉間に皺を寄せて唇を尖らせた。


「むぅ。どうやら、DWARFも喪失特異技術ロストパラテックに関する研究を行なっているみたいですが、あんまり進捗は出ていないみたいですね」

「それじゃあ、〈破壊〉スキルの新テクの情報はデマだったってこと?」

「そういうわけでもないようで、DWARFからは物質系スキル習得者に向けて検体募集を掛けてるようです」

「検体ねぇ」


 よく分からないなら調べてしまえ、というのがDWARFの行動原理なのだろう。物質系スキルの習得者は全体を見るとかなり希少だが、全く居ないわけではない。レティのような者を集めてスキルを使って貰えば、そのメカニズムも解明できるかもしれない。そうすれば、新たなテクニックが生み出せるかも、というところか。


「レティはやってみるのか?」

「そうですね。これしか道は無さそうですし」


 レティは頷き、立ち上がる。“喪失特異技術研究任務”は司書部の管轄らしく、カフェエリアを出た彼女はそのままカウンターに向かう。俺とラクトとカミルもそれに続き、席を立った。


『“喪失特異技術研究任務”ですか! ご協力ありがとうございます!』


 司書部のカウンターに立っていたドワーフにレティが用件を伝えると、何やら大げさに喜ばれる。ドワーフはずれた丸眼鏡を戻しつつ、ニコニコとした顔で言う。


『実験協力者がなかなか集まらなくて、苦労していたんですよ。以前、何度も熱心に協力してくださった調査開拓員さんもいたんですが、他の方はだいたい、1回か2回やると満足なさってしまう様子で』

「はぁ……。何度も繰り返しできる任務なんですね」

『ええ、ええ! 試行回数は情報量に直結しますからね! お時間の許す限り、何度でも!』


 感激している様子のドワーフに、レティは首を傾げる。その間にも事務処理が滞りなく進み、レティは無事に“喪失特異技術研究任務”とやらを受注できた。


「それで、何をすればいいんだ?」

「ええっと……。とりあえず、機械警備員をぶっ壊していけばいいみたいですね」


 任務の内容を確認したレティが簡潔に言う。ドワーフも頷いているあたり、間違っていないらしい。


『まずはレティさんが〈破壊〉スキルを使いこなせているかどうかを見極めることになります。記録保管庫内に存在する機械警備員を、種類を問わず15体、〈破壊〉スキルを用いた状態で倒してください。その戦闘データを確認して、今後の実験内容を組み立てることになります』

「なるほど。分かりやすいな」


 レティもさっそくアップをしているし、最初の任務は簡単そうだ。わざわざ〈破壊〉スキルを使わねばならないというのが面倒だが、致し方ない。レティが“死地の輝き”を装備しているのを確認して、俺たちは暴走した機械警備員の跋扈する記録保管区域へと向かった。


「いいですか、ラクト。今回は手出し無用ですよ」

「分かってるよ。じゃ、わたしはレッジの護衛するから」

「俺も自衛くらいはできるんだが……」

「レッジはカミルも守らないといけないでしょ」

『アタシだって自分の身は自分で面倒見るわよ』


 道中の話し合いの結果、基本的にはレティに戦闘を一任することとなった。ラクトが守ってくれるようだし、俺とカミルはカメラマンとして同行することにする。


「ふふん。レティの勇姿、しっかり撮ってくださいね!」

「任せとけ。どんな動きがドワーフの調査に必要になるか分からんからな」

「むぅううう」


 ぐっと親指を立てて言うと、何故かむくれられた。

 カミルはカミルで、早速記録保管庫内の柱や梁なんかをパシャパシャと撮っている。こういう地下構造物にも心惹かれるものがあるらしい。

 白月は相変わらずぽんやりとしているし、まるで緊張感がない。


「レッジさん、来ましたよ」


 そうこうしているうちに、背の高い本棚の向こうから機械の鎧武者がぬらりと現れる。レティがハンマーを構え、『時空間波状歪曲式破壊技法』の“型”と“発声”をなめらかに実行する。

 レティを包む空間がぐにゃりと歪み、波打つ。物理法則が崩れる音がした。


「ふっ——!」


 一息で駆け出す。

 レティは目にも留まらぬ速さで、巨大な鎧に風穴を開けた。


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Tips

◇“喪失特異技術研究任務”

種別:戦闘

受注条件:物質系スキルレベル30以上

説明:

 DWARF司書部と連携し、喪失特異技術研究プロジェクトが発動した。喪失特異技術を保有する調査開拓員は積極的に本任務を遂行し、未解明部分の究明に寄与せよ。


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