第884話「暇な時間に」
『再訓練時間満了です。作業をやめて構いませんよ』
コーヒーを飲みつつ書類を捌いていると、割合すぐに規定の時間がやってきた。よくよく考えれば、30分という刑期は集中してしまえば短いくらいだ。もう少しやっても良かったが、レティたちを待たせているのでやり掛けの書類だけ終わらせて手を止める。
「じゃ、これで俺も解放か」
『そうですね。もう二度とこちらに連行されないように気を付けてください』
「分かった。気をつけるよ」
俺がしっかりと頷くも、ウェイドは疑念の目を崩さない。どうして俺はそんなに信用されていないのだろう。
『カミルは先ほどから中央制御塔の入り口で待っていますよ。さっさと行ってあげてください』
「はいよ。じゃ、ウェイドも頑張ってな」
『貴方に激励されるいわれはありませんよ』
終始ツンとしたウェイドに苦笑しつつ、彼女と別れる。エレベーターで地上階に戻ると、何やら分厚い本を開いて熱心に読み込んでいるカミルがいた。俺が近づいても気付いた様子がないので、少し悪戯心が湧いてきた。
「わっ」
『ぴぎゃっ!? 何すんのよこのバカっ!』
「ごふっ!?」
可愛らしい悲鳴の直後、怒気を含んだ声と共に鋭い拳が鳩尾に突き込まれる。非戦闘区域にも関わらず、鈍い衝撃と共にノックバックで吹き飛んだ。
「ちょ、ちょっとした出来心だったんだ……」
『そんな言い訳知らないわよ。人を待たせてるくせに、全然反省できてないんじゃないの?』
「すまんすまん。ああ、そうだ、コーヒー、ありがとうな」
謝罪と併せてコーヒーの件についても感謝を伝える。すると、カミルは少し驚いた様子で俺を見た。
『なんで……』
「別にウェイドが教えてきたわけじゃないさ。カミルなら買ってきてくれそうだなって」
『うるさいわね』
「ええっ。俺、なんか蹴られるようなことしたか?」
ゲシゲシと脛を蹴られ、地味にダメージが蓄積する。先ほどの突きより弱い分、ノックバックもしないのが地味につらい。
ひとしきり俺をサンドバックにした後、カミルはすっきり気分を入れ替える。大きな冊子を俺に押し付け、一人でヤタガラスのホームへ歩き出した。
『ほら、さっさと行くわよ』
「はいはい」
振り向いた彼女に急かされ、俺も歩き出す。そのすぐ後ろを白月もテクテクと着いてきた。
ヤタガラスに乗り込み、〈第一オモイカネ記録保管庫〉へと向かう。第一層に整備されたホームに降り立ち、そこから第三十四層まで一気に降りる。エレベーターのドアが開くと、レティたちの姿がすぐに見えた。
「行きますよ、ラクト。受け止められるものなら、全力で受け止めてみなさい!」
「ふん、威勢だけはいいよね。わたしの氷壁を砕けるもんなら砕いてみなよ!」
『あー! あー! 困ります! お願いですから武装を解除してください! あー! あー!』
何故か、中央管理区域のど真ん中で分厚い氷壁を展開しているラクトと、それにハンマーを向けているレティがいた。レティはハンマーを真っ直ぐに伸ばしたまま、何やら小刻みい屈伸を繰り返している。周囲では完全武装した警備部のドワーフたちが二人を取り囲み、必死に説得を試みている。
「何やってんだあいつら……」
『とにかく止めてからじゃない?』
カミルの冷静な提案を受けて、群衆の中に飛び込む。
「うおおおおっ! 『破壊撲殺黒龍打——」
「ステイステイ!」
「ぽぎゃっ!」
何やらドス黒いオーラを纏い、物騒な技を使いそうになっていたレティの足を蹴り崩し“型”を崩す。仰向けに倒れる彼女の背中を腕で受け止め、もう一方の腕で彼女の顎を抑えることで“発声”を止める。
「『静寂と停止の——」
「そっちも頭を冷やしなさい」
「ふばっ!?」
物々しい詠唱を始めようとしていたラクトも、白月のタックルで止める。こういう時は的確に動いてくれるから、白月もただの怠け者じゃないんだがなぁ。
とにかく、レティとラクトを組み伏せ、二人の動きを止める。周囲から自然と拍手が湧き上がり、警備部のドワーフたちがあからさまに安堵していた。
「れ、レッジさん……」
「とりあえず何があったか聞かせてもらおうか」
「はいぃ」
横向きに抱えているレティを床に下ろし、地面に倒れているラクトの手を引いて起こす。カミルの威嚇を受けて野次馬たちが早々に散っていくのを見ながら、俺たちは中央管理区域内にあるカフェスペースに場所を移動した。
「それで、俺がいない間に何があったんだ」
テーブルに着くなり、単刀直入に尋ねる。
二人とも普段は仲がいいだろうに、どう話が転んだら衆人環視の中でお互いに武器を向け合うことになるのだろうか。
「うー。実はですね……」
力なくうさ耳を倒したまま、レティが口を開く。彼女が語り出したのは、二人がこの中央管理区域にやって来た直後のことだった。
†
ネセカの案内を受けたレティとラクトは司書部が管理する資料室へと向かった。そこには〈第一オモイカネ記録保管庫〉の記録保管区域からサルベージされた全てのデータが分類され、格納されている。全体の総量と比較すれば微々たるものだが、それでも個人で検索能力を遥かに超えた情報があるため、専用の検索端末を扱う司書ドワーフに問い合わせる方式が取られている。
「物質系スキルのテクニックに関する情報を集めたいんですが、頼めますか?」
『畏まりました。少しお待ちくださいね』
資料室のカウンターでレティが尋ねると、眼鏡を掛けたドワーフは慣れた様子で頷き、無数にボタンの並んだ奇妙なキーボードを素早く叩き始める。ドワーフの指は細長く、細かなキーも的確に叩けるようだった。
しばらくして、ドワーフが端末の画面から顔を上げる。
『物質系スキル、
「そうですねぇ。では、〈破壊〉スキルに関するものを。もしくは、非破壊オブジェクトの破壊など、とにかく破壊に関するもので」
『畏まりました』
再びドワーフがキーボードを叩く。
巨大な検索用端末が唸りをあげ、無数の情報から目当てのものだけを抽出していく。数万件あった候補から、よりレティの要望に合致しそうなものを選び抜く。
「レティはどういうテクニックが欲しいの?」
司書の作業を待っている間、手持ち無沙汰になったラクトが尋ねる。同じく暇だったレティは、少し考えて簡潔に答えた。
「全てを破壊する力、ですかね……」
「レティって14歳だっけ?」
「誰が中二病ですか! ——正直、ロマンじゃないですか。なんでも壊せる力って。ていうか、今までずっと破壊力と攻撃力に極振りしてきたから、このまま突っ走った方がいいかなって」
「なんか暴走列車みたいな思考だねぇ」
そんな事を言いつつも、ラクトは納得していた。
レティは、そういう意味ではとても分かりやすいプレイスタイルだ。ラクトと初めて会った頃から一貫して、“破壊力”というものだけを追い求めている。彼女の直線的な強さは、その芯の強さに由来しているのだろう。
であれば、彼女はそのままブレずに突き進むべきだ。
しかし、だからこそ。ラクトの胸中に少しの反抗心が芽生えた。
「わたし、レティが絶対に壊せないもの知ってるよ」
「ほーう? 言ってくれますね。非破壊オブジェクト以外なら何でも壊す自信がありますよ。なんなら、ゆくゆくは非破壊オブジェクトだって壊しますから」
断言するレティ。
明らかな矛盾だが、レティは矛の方が勝つと信じているようだった。だからこそ、ラクトも受けてたつ。
「味方オブジェクト。壊せないでしょ」
「トンチみたいなこと言いますね……」
味方オブジェクトというのは、調査開拓員に利するオブジェクトの相性だ。基本的には非破壊オブジェクトと同一視されているが、厳密には違う。例えば、スサノオを取り囲む都市防壁などは味方オブジェクトであるため、破壊できない。
「あれって、破壊が不可能なのではなくて、“破壊しようとできない”って言うのが正しいのでは?」
「そういう説もあるよね」
味方オブジェクトの破壊というのは、すでに過去様々な手法で検証が進められていた。その結果、うっすらと分かってきたのは、味方オブジェクトは非破壊オブジェクトではない、という可能性だった。
実際、味方オブジェクトには防御機術師が展開する障壁なども分類される。これは調査開拓員には破壊できないが、原生生物などの攻撃によってはあっけなく砕けることもある。
つまり、味方オブジェクトは、調査開拓員には破壊という行為を実行することが許されていない、という表現が正しい。と、言われている。
「まあでも、味方オブジェクトを狙わずに出した攻撃の余波を受けても壊れないらしいけど」
「そのへんはゲーム的な都合なんでしょうねぇ」
例えば、原生生物のすぐそばで盾を構えている仲間がいるとする。メルのような広範囲殲滅を得意とする調査開拓員が強力な術式を展開したところで、原生生物が消し炭になっても盾は無傷だ。
味方からのフレンドリーファイアを受けない、というゲームの基本的なシステムを鑑みれば、当然といえば当然の結果である。
「だから、レティはわたしの氷は絶対砕けないよね」
「むぅ。それは……どうでしょうね」
「何か案でも?」
簡単には頷かないレティ。ラクトも少し眉を動かす。二人の視線が交差した。
「『破壊滅殺黒龍拳』って知ってます?」
「話題になってたバグテクだっけ? 全裸で左手で使うと10倍以上の威力が出るとかいう」
レティの口から飛び出したテクニックは、その界隈で有名なものだった。黒いオーラを拳に纏い、破壊属性の高い打撃を繰り出す技なのだが、一定の条件下で威力が爆増するバグがあった。
「でも、あれってもう修正されてるんじゃないの?」
「そうですね。『破壊滅殺黒龍拳』は修正されて、ただのカッコいいテクニックになりました」
「だよね」
ならばなぜ、とラクトが首を傾げる。レティは不敵な笑みを浮かべて、そっと彼女に身を寄せる。
「あのテクニック、他の武器種にも姉妹テクがあるんですよ。黒龍シリーズって言われてるんですが。で、〈杖術〉スキルには『破壊撲殺黒龍打破』というものが」
「はぁ……。でも、どうせそれも修正されてるでしょ」
「ええ。当然ですね。でも、多分抜け道があるんですよね」
レティの言葉にラクトが胡乱な顔をする。レティは周囲を見渡し、誰も彼女たちを見ていないことを確認する。司書ドワーフも情報を纏めることに集中していて、彼女たちを意識の外に放り出している。
「『破壊撲殺黒龍打破』って、分類的にはチャージ系なんですよ。で、黒いオーラが半透過系のオブジェクトになってるんですが、味方オブジェクトとゼロゴー干渉するんですよね。だから、理論的にはこういう形の味方オブジェクトがあって、円形の空間内であれば、諸々の計算の結果……」
「威力が7800倍になる?」
「ラクトって計算が早くて助かります」
だがしかし、とラクトが首を振る。
「いくら威力が高くなっても、結局味方オブジェクトは破壊できないでしょ」
「そこで検証班の間でも意見が分かれてるんですよね。実は、オブジェクトバリア理論というものがありまして。まだ仮説の段階なんですけど」
「はぁ……?」
「オブジェクト同士の衝突時に色々な判定が発生するんですけど、その領域がオブジェクトの表面を包むような形になっている、というものですね。だから、判定が始まるよりも速くその領域を突き抜ければ……」
「味方オブジェクトも破壊できる?」
「かもしれません」
レティがにやりと笑う。
ラクトは周囲を見渡し、ごくりと生唾を飲み込んだ。
中央管理区域は、円形の空間である。そして——。
「レティのハンマー、ちょっと改造したんですよ。ヘッドの表面に例の反射壁を付けてまして……」
「なるほど?」
準備が整ってしまっていた。
†
「だからと言って実行に移すなよ」
「おっしゃる通りでございます……」
「ごめんなさい……」
レッジからのストレートな正論に、レティとラクトが揃って項垂れる。
いつもとは違った珍しい光景に、周囲の調査開拓員たちが思わず驚きの声をあげた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇『破壊滅殺黒龍打破』
〈杖術〉スキルレベル65のテクニック。槌に黒龍の力を纏い、その怨念と共に破壊力を増す。
絶え間ない苦痛に苛まれ、憎悪を滾らせ、怨嗟の炎を帯びた黒龍の力を宿す技法。その力は制御できない激流となって噴出し、周囲に存在する全てを破壊し尽くすまで止まらない。
“我を苛むものは何ぞ。我を縛めるものは何ぞ。我の怒り、我の恨み、我の苦しみ、その全てを思い知るが良い”
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